14. 星の回路 ②
「その、実物を見たことがないので何とも言えませんけれど、『茜の雪』がどういった代物であるかは、なんとなく理解したつもりです」
ファインはカップを机の上に置き、少し躊躇いがちに切り出した。
「ほう。それで?」
「それを踏まえた上で……私たちが今考えなくてはならないのは、『茜の雪』を盗んでいったのは誰で、今どこにいるのか、その目的は何か、という問題です。ラークさんは、何か心当たりはありますか?」
「……正直に言えば、今のところ全くないと言っていい。しかし一つ分かっていることは、その犯人が非常に厄介な人物であることだ」
「どういう意味でしょうか?」ファインは少し身を乗り出して尋ねた。
「僕のさっきの説明には若干の誇張がある。『茜の雪』を始め、星の回路というのは素人がそう易々と操れるものじゃない。知識もいるし、訓練も必要、それに何より才能が不可欠だ。例えば……誰かが宝物殿の中の『茜の雪』の存在を聞きつけ、警察隊の連中を出し抜いて盗み出すことに成功したとしても、そやつが星の回路を使いこなすのはほぼ不可能に近いだろう。しかし実際には、宝物殿は『茜の雪』の能力によって破壊された可能性が高い。あれほどの建造物を炎に包むなんて、『茜の雪』の力をその場で使いこなしているとしか考えにくい」
話が進むたびに、ラークの表情は雨雲が立ち込めるように暗くなっていった。ファインの方もその変遷に引きずられるように、段々と表情を強張らせていった。
「……これらの事実が意味するところは、犯人は星の回路についてかなり深く理解しているし、それを操るだけの才能も持っている、ということだよ。そしてそんな人間が、簡単にその尻尾を掴ませてくれるとは、僕には到底思えない」
「なるほど」
ファインは腕を組んで苦々しい顔を浮かべた。
「しかしそれでは、一体どうやって犯人を捜したらいいのでしょう。既に二週間以上時間が経っています。一刻も早く捜索を始めなければ、犯人の足取りが掴めなくなってしまう」
「そのことに関しては、だ」
ラークはファインの目をまっすぐ睨んだ。
「……話を戻すようだが、既に君の所の隊長に伝えてあるはずだ。今回の事件の犯人は僕が責任を持って探すから、警察隊が手を出す必要はない」
「何故です?」
ファインは思わず身を乗り出して言った。
「あなたの説明通り、犯人が『茜の雪』を使いこなしているのなら、いつまた宝物殿で起きたような爆発が起こっても不思議じゃないってことでしょう? シャロンの平和維持のためとなれば、警察隊も指をくわえてみている訳には行きません。我々も組織を挙げてその犯人を捜します。ですからここは我々と協力して……」
「無駄だ」
ラークは冷水を浴びせるようにピシャリと言った。
「……犯人が『茜の雪』を使いこなしている可能性が高い以上、君たちド素人が奴を捕まえるのは殆ど不可能に近い。相手は炎を自在に操る超能力者だ。君たちはどうやって捕まえる気なんだい? 無理だと思うがね。下手に手を出せば、君たちの中から今度こそ死人が出る。それも完全なる無駄死にだ。悪いことを言わないから、黙って見ていてくれないかな? 悪いようにはしない」
ラークは我儘な子供に辟易した親が向けるような、心底鬱陶しそうな表情をファインへと向けていた。彼女は何か言い返そうと思った。しかし何を言い返したらいいのだろう。ラークの小馬鹿にしたような物言いに、ファインは内心腹立たしく思ったけれども、咄嗟に言葉が浮かんでこなかった。彼女はグッと奥歯を噛んでラークを睨んだ。
ラークは手に持っていたカップを静かに机の上に置くと、パチンと指を鳴らした。その軽やかな音を合図にして、重く閉ざされていた玄関の扉が突然勢いよく開いた。崖の上に吹き荒ぶ冷たい潮風が部屋の中に吹き込み、棚の上に放置された書類たちがひらひらと揺れた。
「私の意見は変わらない。今回のことは、自分がきっちりとケリを付ける。警察隊には静観していてもらおうか。……これ以上、説明することもないだろう。隊長たちにはよろしく伝えておいてくれ」
ファインは改めてラークの目を見た。その群青色の瞳には、早々に立ち去ってくれという強固な意志が宿っていた。彼女は床に置いた長剣を手に取り、立ち上がった。あんな目をしている人間に、何を言ったって通用しないだろう――ファインはラークに背を向け、開け放たれた玄関までツカツカと歩いて行くと、
「出直してきます」
と短く言い残して部屋を出ていった。
彼女が森の方へと去って行ってしまうと、玄関はまた独りでに、その大きな茶色の扉を閉ざした。荒廃した家の庭先に人影は失われ、ひっそりとした静けさが朝霧のように立ち込めていった。