加茂さんの元クラスメイト
声が聞こえて後ろを振り向くと、そこには金髪の如何にもチャラそうな風貌の男が立っていた。
その男は加茂さんを見るなり、目を見開かせて驚いた様子を見せる。
「やっぱり! 加茂だよな!?」
「…………(びくっ)」
驚いた声をあげながら歩み寄ってくる男に対し、加茂さんは一歩後退った。
「加茂さんの知り合い……加茂さん?」
加茂さんに訊ねようとすると、彼女はその前に俺の後ろに隠れる。それから、縋るように俺の服を掴んだ。
表情を窺おうと後ろを見るが、彼女は顔を俯かせている。更に、手が震えていた。
「加茂、そいつ誰だよ」
「…………(びくっ)」
男に声をかけられた加茂さんが、肩を震わせる。そして、俺から手を離した。
「…………(だっ)」
「っ、加茂さん!」
突然、加茂さんはあらぬ方向に走り出してしまう。まるで、この男から逃げるかのように。
「ミガト! 加茂さんを追ってくれ!」
「引き受けた!」
加茂さんのことはミガトに頼み、俺は目の前の男と相対する。
「加茂、待て……何だお前」
俺を無視して加茂さんを追おうとする男の前に立ち塞がる。
俺も本当は加茂さんを追いたかった。でも、この男は加茂さんのところに行かせてはならない。それだけははっきりと分かり、ミガトに加茂さんのことを任せた。
ミガトには悪いことをしてしまった。
こんなことに巻き込んで、恐らく花火の時間にはもう間に合わない。だから、後でまた何か奢ってやろうと思う。
「どけ」
「追わせるかよ。嫌がってんのが見えなかったのか。それともド近眼なのか? 眼鏡買って出直してこい」
「あ゛? 邪魔だ」
ドスの利いた声で俺を威圧し、また俺を無視して加茂さんを追おうとする。俺が再び前に立ち塞がっても、男は無理矢理押し通ろうとしてきた。
だから、腕を掴んだ。
「離せや――ぐぁっ!?」
爪を立てて。
「加茂さんは追わせない」
割と思いっきり手に力を入れながら、自分の意志を告げる。
俺は怒っていた。
この男が過去に何をしたのかは知らない。
それでも、加茂さんが怯えていたのは絶対に理由がある。あれだけ怯えさせるような何かを、この男がしたんだ。
「邪魔だってっ……言ってんだろうがっ!」
「ぐっ」
男に力尽くで俺を振り解かれ、その勢いのまま俺は尻餅を突いてしまう。腕を掴んだ時に察してはいたが、この男は俺より力が強かった。
強めに尻餅を突いたせいで少し痛い。けど、それでも立ち上がらなければならない。ここで俺が退けば、誰が加茂さんを守るんだ。
……今更だけど、答えておこう。
「俺は赤宮光太。加茂さんの親友だ」
「は?」
「"誰だ"っていう質問に俺は答えた。今度はお前が答えろ。お前は誰だ」
「……室伏誠。加茂は中学のクラスメイトだ」
中学のクラスメイト、か。加茂さんは前に、中学校は女子の友達しかいないと言っていた。
「その中学のクラスメイトが、何をどうすれば加茂さんがあんな風に怯える対象になる」
この手の輩がまともに答えるなんて思っていない。それでも、一応、あまり期待はせずに訊ねてみる。
「……悪い」
「何だよそれ」
ところが、返ってきたのは先程までの威勢からは想像がつかないぐらい、弱々しい謝罪の言葉だった。
まさか謝罪が返ってくるなんて思いもしなかった俺は、危うく力を抜きそうになる。
「てめえは加茂が喋らない理由、知らねえのか?」
「知らん。けど、関係ない。加茂さんは加茂さんだ」
気にならない訳ではない。
でも、加茂さんに無理させてまで聞きたくない。それは神薙さんとも約束したことだから。
「加茂が喋らない理由を作ったのは俺だ」
――その言葉を聞いた俺は、反射的に室伏の胸ぐらを掴んでいた。
そして、なけなしの平静を装って、俺は震えた声で問いかける。
「どういう、意味だ」
「その言葉のままだ。本当に何も知らないんだな」
何も知らない俺を憐れむような視線にイラつき、胸ぐらを掴む手に自然と力が入る。
「俺はやらないといけないことがある。だから、どけ」
「……やらないといけないこと?」
耳を傾ける価値なんてない。そうと分かっていても、つい聞き返してしまった。
「俺は加茂に謝らないといけない」
「……そんなの、知らねえよ」
「俺は取り返しのつかないことをした。加茂の自慢だった声を奪っちまった」
「知らねえって言ってるだろ。難聴か」
お前の後悔なんて聞きたくない。聞いてどうなる。同情しろと言うのか。そんなもの、願い下げだ。
「あの頃の俺はガキだった。でも、今は違う。また会うことができたら謝りたいって、ずっと思ってた」
室伏は弱々しい声から一転、俺を真っ直ぐに見据えて言う。彼の瞳は、決意に満ちていた。
俺は何も言わずに、室伏の胸ぐらから手を離す。彼は先程のように、俺を無理矢理押し退けるようなことはしてこなかった。
「今日を逃したら、二度と会えないかもしれない。だから、そこを通してくれ」
室伏は一歩下がって、勢いよく頭を下げてくる。
「頼む」
室伏は初めて、命令ではなく頼んできた。口は少し悪いが、誠意は確かに伝わってくる。
俺は自分の心を落ち着かせるために、一息だけ深呼吸を入れる。
……よし、落ち着いた。そして、俺の気持ちも改めて定まった。
「気持ちは分かった。それでも、俺はお前を加茂さんの元へは行かせない」
「っ、何でだよっ」
「謝りたいっていうのはお前の自己満足だろ」
「っ……!」
謝らなければならないのではなく、自分が謝りたいだけ。
それらの言葉の意味は似ているようで、大きく異なる。
「今の加茂さんはお前の謝罪なんか望んでない。だから、お前から逃げた」
謝罪は室伏の望みに過ぎない。加茂さんの望みなんかじゃない。
「それでも、お前は加茂さんに謝りたいか? 嫌がる彼女に近づくのか?」
「…………」
「……謝るのは、今は諦めてくれ」
今度は、俺が頭を下げる番。
もしも室伏がこの要求を呑まなかった場合は、その時はその時だ。絶対に、意地でも加茂さんの元へは行かせない。
「加茂のこと、頼む」
返ってきた言葉は、それだけだった。
「お前に頼まれる義理なんてない……けど、分かった」
俺が顔を上げると、室伏は何も言わずに踵を返す。念のため、俺は彼の背中を見送った。
その後、加茂さんとミガトが走っていった方向を向く。当然、二人の姿はない。
動く前にスマホを確認する。期待はしていなかったが、連絡は来ていない。
「……虱潰しに探すしかないか」
屋台通りの人混みを見据えて、俺は駆け出した――。





