加茂さんと迷子の少年
秀人に連絡し終えて、俺と加茂さんは直接神社に向かう運びとなった。
神社に向かう理由は花火を見るためだ。その神社は高台の上に建っていて遮蔽物もなく、加茂さんと神薙さんは毎年そこで花火を見ているらしい。
「えーっと、高台は……逆か。遠いな……」
加茂さんと歩いてきた道の正反対に高台が見える。暗くて見えにくいが恐らく間違ってないだろう。
花火が打ち上がる時間まではまだ時間がある。でも、この距離だと少し急いだ方がいいかもしれない。
「加茂さん、行こう」
俺は加茂さんに手を差し出して言った。
「…………(じー)」
加茂さんは、差し出した俺の手を不思議そうに凝視している。
「……説明なかったな。はぐれないように俺と手繋いでほしい」
「…………(ぽんっ)」
加茂さんは成る程と手を叩くと、少し遠慮がちに俺の手を握った。
小さくて、柔らかい。手を握ってるだけなのに、心地いい。
……また思考が変な方向に飛びかけた。気を取り直して、俺は加茂さんに提案する。
「屋台のところを避けて行くか、突っ切るか……どっちにする」
『りんご飴食べたい!』
「……了解。でも、混んでると思うし食べ歩きできるか分からないから」
「…………(ぐっ)」
加茂さんは親指を立てる。そして、歩き出そうと一歩踏み出した時――。
「こっちじゃなかったか」
耳に入ったのは子供の声。
その声の方を見ると、まだ小学生ぐらいの着物を着た男の子が、屋台通りの方を呆けるように見ていた。
俺は彼の珍しい容姿――髪の色に目を引かれた。彼の髪は、雪のように真っ白だったのだ。
一目見て外国人かと思ったが、彼は流暢な日本語を喋っている。その自然すぎる発音を聞く限り、外国人とも考えにくい。
「む?」
目が合った。辺りを見回しても、他に人は居ない。
目が合ってスルーできる筈がないし、こんな子供を放ってもおけなかったので、ひとまず話しかけてみた。
「親はどうした? それとも、一人でここに来たのか?」
「連れは居たが、物の見事にはぐれたな」
他人事のように言って、少年はけらけらと笑う。
最近の子って凄い。この子が珍しいだけかもしれないが、慌てた様子もなくかなり落ち着いている。どこか楽観的にも見えるが。
……で、どうするべきか。
「迷子センター……この花火大会の本部みたいなのってあったよな」
「…………(こくり)」
「じゃあ、そこに「待て待て待て!」……?」
慌てた様子で少年は叫び、俺達に訴えた。
「神社! 神社に連れて行ってくれ! きっと連れもそこに居る!」
「……神社?」
「じ、神社に知り合いが住んでおってな! とにかくそこに行けばどうにかなるのだ!」
「お、おう」
あまりに必死の訴えに押されて、少し考え直す。迷子扱いがそんなに嫌なのだろうか。
「頼むっ、神社に連れて行ってくれっ!」
「……分かった、分かったから」
神社に知り合いが居るというのも、嘘ではないのだろう。そうでなければ、神社に連れて行ってなんて自分から言い出す理由がない。
とりあえず、一応、加茂さんに確認を取る。
「加茂さん、いいか?」
「…………(こくこく)」
加茂さんが快く頷いてくれたので、今度は少年に確認を取る。
「花火までに間に合えばいいか? 一応、途中の屋台で食い物買ったりしていくから」
「うむ」
「あ、お前も食いたいものとかあったら言えよ。買ってやるから」
「いいのか!」
子供らしく目を輝かせる少年に、俺は頷く。
「では、その言葉に甘えてご馳走になろう!」
「おう。変な遠慮はすんなよ」
「承知した!」
「……んで、一つ聞きたいことがある」
これからのことも決まり、俺は出発する前に少年に聞かなければならないことがあった。
「名前、聞いてもいいか?」
そう、名前だ。正直な話、名前が分からないため呼び方に困っていた。
「……名前か」
「言いにくいのか? なら無理に言わなくてもいいけど」
「……いや。我はミガトだ」
少し珍しい名前と、あまり聞かない一人称。
今更だが、話し方も少し変だ。昔の人みたいな、古風な話し方。神社に知り合いが居ると言っていたが、それが関係しているのだろうか。
「我もお主達の名が聞きたい」
「俺は赤宮光太。好きに呼んでくれ」
「うむ。そちらの女子は?」
ミガトは加茂さんに目を向ける。しかし、彼女は困った様子で、何故か俺をチラチラと見ていた。
「あ、そっか」
視線の理由に気がつき、俺はすぐに手を離す。
両手が使えるようになった加茂さんは、ホワイトボードに文字を書き始めた。
『加茂九杉だよ』
「光太と九杉、だな。あい分かった」
いきなり名前を呼び捨てか、という突っ込みはしない。見るからに子供だし、変に畏まられるよりはこっちも楽だ。
「もう一つ聞いてもよいか?」
「何だ?」
「お主ではなく、九杉に聞きたいのだが……もしかして、喋れないのか?」
加茂さんが一切言葉を発していないことが気になったのだろう。子供らしい素直な疑問だから、こればかりは仕方ない。
俺が答えるのも憚られたので、加茂さんに視線を送る。彼女は少し迷うように視線を彷徨わせた後、ボードに文字を書き出した。
『だいたいあってるよ』
「ふむ……」
ミガトは何かを考え込むように唸り、加茂さんに近づく。
「…………(びくっ)」
――そして、何の断りもなく加茂さんの首に手を伸ばして、撫でるように触れた。
「ふむ」
「…………(こてん)」
ミガトは何かを確かめたかのように頷き、加茂さんから手を離す。対して、首を触られた彼女は首を傾げて困惑していた。
「突然すまぬな。では、神社へ向かうか」
「あ、おいっ」
「…………(あわわ)」
加茂さんに一言謝罪すると、ミガトは一人で勝手に歩き出してしまう。
俺と加茂さんは、マイペースな彼の後を小走りで追いかけた――。





