雪解けハッピーバースデー
「もしもし」
『もしもーし』
「こっちは電車止まってるけど、そっちは?」
『こっちも止まってる。いつ動くか分かんねーや』
秀人に電話をかけてみると、予想通り向こうでも同じような状況になっていたらしい。
『まさか今日こんなに積もるとはなー』
「そうね……」
雪は膝下ぐらいの高さまで積もっていて、駅の周りではお店の人が雪かきをしている。
昨日までの天気予報では曇りの予報だったこともあり、朝のニュースでは異常気象と報道されていた。だから、正直な話、結構驚いている。
「どうしよ」
電車が動くまでの間、どこで時間を潰そう。そんなことを考えていると、秀人が訊ねてくる。
『今日は中止にするか?』
「え?」
その言葉が秀人から出てきたのが意外で、少しムカっとした。
「別に、待ってればそのうち電車動くでしょ。中止にしたいの?」
『したくない』
「ふふ、でしょ?」
素直に即答する彼がおかしくて笑ってしまう。
多分、私に気を遣ってくれたんだと思う。だけど、私はそんな気遣い秀人に求めていない。
――私だって、それなりに楽しみにしてたんだから。
「とりあえず、適当に時間潰してるわね。電車動いたらまた連絡するから」
『おう! 俺の方も電車復活したら電話するわ』
「分かった。それじゃ、また後で」
通話を切って、寒さでかじかんだ手に軽く息を吐く。とりあえず、どこでもいいから室内に入りたい。
……そういえば、今日は九杉も赤宮君と過ごすって言ってたっけ。でも、電車止まってるからこっちと同じ事になってそうよね。今、何してるのかしら。
[今どうしてる?]
暇してるだろうなと思って、九杉に送ってみる。すると、想像より早く返信が来た。
「えぇ……何してるのよ」
――九杉は簡潔に一言で何をしてるのか教えてくれた。
私はそれを見て、呆れながらも九杉らしい行動に笑みが溢れた。
▼ ▼ ▼ ▼
[そっち向かうね]
それが加茂さんから送られてきた連絡の内容だった。
別に、待っていればいずれ電車も動き出す。遅れはしても会えなくなった訳ではない。そもそも、電車が止まっているというのにどうやってこっちに来る気なのか。
[電車止まってるけど]
[線路沿いの道歩いていく]
この返信を見て絶句してしまった俺は悪くないと思う。
バイト先から加茂さんの家の最寄り駅まで、電車で30分以上はかかる。加茂さんはその距離を歩いてくるというのだ。
[早く会いたいから]
理由はそれだけだった。
「さむ……」
だから、俺も寒空の下、加茂さんの最寄り駅方面に向かって歩いている。そうすれば、加茂さんが片道で歩いてくる距離も半分になるから。
それでも何時間かかるか分からないのだが、そこは頑張るしかない。
――俺だって、早く会いたいんだ。
▼ ▼ ▼ ▼
「へぶっ」
会いたいと逸る気持ちが抑えられず早足になっていたら、足がもつれて新雪の上に顔からダイブしてしまう。
転びやすいけど、雪の上だから痛くないのが救いだ。すぐに起き上がって、プレゼントが入った紙袋に付いた雪を手で落として、また歩き出す。
赤宮君からも連絡が来て、向こうからも歩いてきてくれるらしい。寒いのが苦手だと知ってるから少し心配で、だけどやっぱり嬉しくて。雪で少し大変な足取りも軽く感じる。
「……すぅ、はぁ……」
歩くペースは落とさずに深呼吸する。
実は今日、私は赤宮君に会うことに緊張していた。不安じゃなくて、緊張だ。選んだプレゼントを喜んでもらえるかは気になるけど、そこはあんまり心配してない。
この緊張は前向きな気持ちだ。誰かに何かを言われた訳でもなく、私が自分で考えてやろうと決めたことなのだ。
赤宮君に喜んでほしいけれど、それどころじゃないかもしれない。今日は驚かせてしまうだけになる気がする。でも、それでもいい。今日のこれは、私の自己満足だから。
* * * *
▼ ▼ ▼ ▼
バイト先から出発して二時間は経った。未だ彼女の姿は見えない。流石に徒歩はキツいな……。
気の遠くなる距離に心が折れかけていると、後ろの方から音が聞こえた。
「お、電車動き出してる」
どうやら電車が復活したらしい。これなら、混んでいるから多少は待つかもしれないが、次に着いた駅から電車に乗っていけそうだ。
加茂さんは今どこまで歩いてきているのだろう。電車のことを知らせるために、俺は彼女に電話をかけた。
▼ ▼ ▼ ▼
歩き始めてどれくらい経っただろう。ふとスマホを見てみて、真っ暗な画面から変わらないことに気がついた。
* * * *
▼ ▼ ▼ ▼
三時間かけてようやく、加茂さんの家の最寄り駅まであと半分の距離の駅が見えてくる。
本当はもっと前の駅で電車に乗りたかったのだが、加茂さんに連絡がつかなかったのである。恐らくスマホの充電がなくなったのだろう。
このまま電車に乗ったら入れ違いになる可能性があったので、俺は泣く泣く徒歩で駅を通り過ぎたという訳だ。
……これで加茂さんが電車に乗ってたら普通に泣く。
▼ ▼ ▼ ▼
スマホの充電、ちゃんとしてなかったことを今になって後悔している。
何個も駅を通り過ぎた。だけど、普段あまり電車に乗らないから、自分が今どれぐらいの距離を歩いたのか分からない。体力はまだまだ大丈夫だけど、あとどれだけ歩いたら赤宮君に会えるのか分からないのは結構辛い。
前から電車がやってくる。いつの間にか電車は動いていた。
もしかしたら、私が大人しく待っていた方が早く会えたのだろうか。そう考えると、赤宮君に寒い思いをさせてしまって申し訳ない気持ちになる。
――電車が通り過ぎて、ふと線路の方へと目を向けた。
「あ」
線路を挟んだ反対側の道を歩く、大好きな彼の姿が見えた。
彼は私に気づいていない。このままだと通り過ぎてしまう。
「っ……」
声が喉元まで出かかって、引っ込んでしまう。それから、向こう側に行くために周りを見回す。
そして、もう少し先へ進んだ所に踏切があることに気づいた。
出会ったばかりの頃、彼に怒られた事を思い出しながら、私は見えた踏切へ向かって駆け出す。
電車は見えていない。警笛も鳴っていない。それだけ確認して、減速せずにそのまま駆け抜ける。
「わっ」
足が滑って転びかけて、手をバタバタ振り回してギリギリ耐える。危ない危ない。
それから、今度は転ばないように早歩きで彼の背中を追いかける。
踏切を渡って、彼の背中が段々大きくなっていく。
「っ……」
口を開けて、閉じる。
今はまだ、この距離は難しい。
だから、私はその距離を埋めるためにもう一度駆け出した。
▼ ▼ ▼ ▼
「おわっ」
何かが背中にぶつかってきて、体がよろける。
一体何だと困惑したのも束の間、俺にしがみつくように前に回された両腕を見て、つい笑みが溢れた。
「こうた、くん」
――初めて呼ばれた下の名前に胸が高鳴る。
背中に顔を埋めながら喋るから声がくぐもっていたが、俺の耳には確かにはっきり届いた。
「めりくり」
続けて聞こえた、あまりにもラフな挨拶に気が抜けてしまう。だけど、そのおかげで俺はすんなり彼女に返すことができた。
「メリクリ、九杉」
俺にしがみつく腕の力がほんの少し強くなる。
「あ、あの、ね?」
それから、上擦った声で再び彼女は喋り出す。
腕から震えが伝わってくる。きっと、この震えに寒さは関係ない。
「無理しないでいいから」
「や、ちがっ……これは、こうたくん、が、名前、呼んだからっ」
「……それはごめん」
どうやら、俺が想像していた理由でもなかったようだ。安心したと同時に、少し申し訳なく思う。
「お願い、聞いてて」
彼女は喋ることを止めずに、俺にお願いをしてくる。
彼女はこのまま喋り続けるつもりらしい。
俺は止めるつもりはない。多分、これは止めなくても大丈夫だと思うから。だけど、叶うなら一つだけ要望したい事があった。
「加茂さんの方、向いちゃ駄目か?」
できれば、加茂さんの顔が見たい。
「……………………」
「……駄目でしょうか」
「……………………だめ」
「そっかぁ」
残念なことに俺の要望は通らなかった。まあ、仕方ない。
「あの、聞いてて、くれる?」
「……うん」
加茂さんのやけに念入りな確認に、俺は頷く。
これから加茂さんが何を言う気なのかは薄々分かっていた。
今日はクリスマスであり、俺の誕生日でもある。そして、"メリークリスマス"は既に言った。となると、残るは"誕生日おめでとう"しかない。
……分かっていても、好きな人に祝ってもらえると思うと嬉しくなる。
まあ、できれば正面から聞きたかったなぁという気持ちはあるが、ここまで頑張ってくれている彼女にこれ以上頑張らせるのは気が引けてしまう。だから、来年に期待しよう。
――しかし、聞こえてきたのは俺が想像していた言葉とは違うものだった。
「はっぴーばーすでー、とぅーゆー」
それは誕生日の定番ではあったが、今日聞くことは無いと思っていた歌。
「はっぴーばーすでー、とぅーゆー」
歌うことが好きだったけれど、それが喋れなくなったきっかけになった。彼女自身から、そう聞いていた。
「はっぴーばーすでー、でぃあ、こうたくん」
そんな彼女が今、俺のために歌ってくれている。
「はっぴーばーすでー、とぅーゆー」
……顔、見られなくてよかった。
「もう一回、聞きたい」
「……はっぴーばーすでー、とぅーゆー」
彼女は何も聞かずに、俺のお願いを叶えてくれた。
――その後も俺達は声を交わし合った。時間も忘れて、二人きりで。





