加茂さんのサプライズ来宅
赤宮君へのプレゼントが決まり、私は人生初の編み物に挑戦した。
――そして、一時間かけて生まれたのは謎の毛玉だった。
「なんでぇ……?」
完成品の画像と私が生み出した謎物体を見比べて、あまりにも酷い出来に泣きそうになる。不恰好どころか、そもそも形にすらならないなんて思わなかった。
簡単だと思っていた訳ではないけれど、想像していた以上に難しい。
……あ。
「…………」
不意に漏れた声を自覚して、自分の喉に触れる。
枯れていた声が戻っている。喉の痛みも違和感もすっかり無くなっている。もう、治っているんだと思う。
「……あー……」
誰も居ない部屋で、私は小さく小さく声を出した。
「あーいーうーえーおー」
今度は、もう少し声を大きくしてみた。
胸が少しだけキュッとして、鼓動が少しだけ早くなる。だけど、やっぱり喉は治ってる。
「すぅー……ふぅー……」
深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。
一人なのに、独り言だけでこんなに緊張してしまう。前よりも声を出すのが怖くなってしまったからなんだと思う。
それでも、出せてる。ちゃんと、私は声を出せてる。
多分、まだバレー部の皆の前では出せないと思うけど、焦らずに、少しずつ頑張ろう。大丈夫。待っててくれるって、もう信じられるから。
それよりも、今は目先の問題だ。
「……どうしよう」
確実に分かるのは、私がこれ以上抗ってもこの毛玉がどうにかなることは決してないということだった。
* * * *
そんな訳で、私はできる人に編み物を教えてもらおうと決めた。
だけど、真っ先に思い浮かんだ赤宮君には当然頼めない。駄目元で聞いたお母さんはやっぱり編み物ができなくて、鈴香ちゃんを頼ったら自信がないとやんわり断られてしまった。
鈴香ちゃんに断られた時の絶望感は凄かったけれど、まだ希望は残っていた。しかも、その人は赤宮君以上に編み物ができると思われる人だ。
「九杉さん、いらっしゃい」
『今日はよろしく
お願いします!』
最終的に私が頼ったのは、赤宮君のお母さんである日和さんだった。
今日は日曜日。赤宮君が朝からバイトで家に居ないのは日和さんに確認済みだ。
「私も特別得意って訳じゃないから、期待し過ぎないでね」
日和さんはそう言って謙遜するけれど、赤宮君に編み物を教えたのは日和さんらしい。だから、その辺りの心配はしていない。
「何作るかは決まってるの?」
「…………(こくり)」
私は頷き、ボードにプレゼント予定の物を書いて日和さんに伝える。
「……できるかしら」
日和さんの反応はあまり良くなかった。それはプレゼントの内容が悪いというより、プレゼントが出来上がるかを心配をされているようで。
『難しいですか』
大きい物じゃなければ、私でも頑張れば編めると思っていた。だから、予想していなかった日和さんの反応を見て、自分の見立てが甘かったこと自覚させられて不安になった。
「初めて編むなら今日中は厳しいかも。持ち帰って続きを家で編むってことなら間に合うと思うけど……」
『家でもあみます』
「九杉さん、部活入ったんでしょう? 時間ある?」
私が部活に入ったことは日和さんも知っていたらしい。
赤宮君、家で私の話してるんだ。少しそわそわした気持ちになる。どんな風に話されてるんだろう。
「加茂さん?」
「…………(はっ)」
日和さんの声で脱線してしまった思考が引き戻され、私は慌ててペンを動かしてボードに書いた。
『冬休み入ったら
部活午前だけなので
大丈夫です!』
「……まあ、時間も無いしとにかくやってみるしかないわね」
『よろしくお願いします!』
こうして、私の戦いが始まった――。
* * * *
▼ ▼ ▼ ▼
バイトから帰ってきて、今度は逆に驚かされることになるなんて思わなかった。
『おかえり』
「た、ただいま……え、何で?」
玄関に出迎えてくれたのは加茂さんだった。
しかし、今日は加茂さんが俺の家に来る予定はない。そもそも、加茂さんも俺が今日バイトで居ないのは知っていた筈だ。
『おじゃましてます』
「うん……それは分かるけど」
もう外は日が暮れて暗くなっている。今来たばかりというのも考えにくい。こんな時間になるまで、加茂さんは俺の家で何をしていたんだろう。
「九杉さんは私が呼んだのよ」
俺が驚きで呆けているところに、加茂さんの後ろから母さんがやってくる。
「母さんが? 何で?」
「光太の昔話でもしてあげようかと思って」
「…………(ばっ)」
「何で!?」
そのためだけにわざわざ加茂さん呼んだのか。そんなに家が近い訳でもないんだぞ。というか、加茂さんに一体どんな話をして……あれ。
「何で加茂さんも驚いてるんだ?」
「…………(はっ)、…………(ふるふる)」
俺が訊ねると、加茂さんは首を横に振って否定してくる。だけど、その否定は何だか慌ててしたもののようで、まるで何かを誤魔化しているかのように見えた。
「加茂さ――」
「九杉さん、夜ご飯も食べていくでしょう? 本人も交えてもう一回話しましょうか」
「…………(ぱあっ)」
「いや一回でいいだろ! 公開処刑じゃねえか!」
バイトで疲れて帰ってきたところに何で公開処刑されなくちゃいけないんだよ。
しかも母さんのこの口振りからして、昔話は昔話でも絶対俺の幼い頃に起こした大失敗とか、そういう恥ずかしい系の類だろ。
「ってか、もう暗いし加茂さんは帰ってくれ。駅まで送るから」
「…………(がーん)」
「心配要らないわ。帰りは家まで車で送るから」
「…………(ぱあっ)」
「そんなに急に決めたら里子さんが心配するだろ」
「二時間前に連絡して許可も貰ってるのに?」
「…………(えっ)」
「……さいですか」
用意周到が過ぎる。ここまで言われてしまうと、加茂さんが乗り気な以上、これから再開催されるらしい俺の黒歴史発表会を止めるのは諦めざるを得なかった。





