加茂さん宅で二度目のお泊まり
「相変わらず光太君って料理上手よね。毎日食べたいぐらい」
「ありがとうございます」
夕食中、振る舞った側としては嬉しい言葉を里子さんに言われてお礼を返す。
「加茂さんも、ありがとう」
「…………(えっ)」
多分、"おいしい"って伝えようとしてくれているのだろう。慌ててボードに手を伸ばして"おい"まで文字を書いていた加茂さんにも礼を言うと、彼女は少し驚いた顔で俺を見た。
「あら、これが以心伝心ってやつかしら」
「…………(かあああ)」
加茂さんが文字を書き終わる前に俺が読んだからか、里子さんが茶化してきて、加茂さんは茶化されたことが恥ずかしいのか顔を赤くする。
茶化されるのは俺も少し恥ずかしいが、以心伝心ができていると言われて悪い気はしない。
「日和さんも来れたらよかったんだけど」
里子さんは餃子に箸を伸ばしながら、残念そうに呟いた。
今回の泊まりに母さんは来ていない。明日も仕事で都合が付かない……という理由にしてはいるが、実際は母さんが遠慮しただけである。
一応、今回の泊まりについての理由は、多少小っ恥ずかしくはあったが母さんにも話してあった。そして、話した後、自分が居たら加茂さんが落ち着かないだろうと、母さんは加茂さんを気遣ってくれたのだ。
「…………(こくこく)」
まあ、里子さんの呟きに頷いている加茂さんを見るに、そんな気遣いは無用だったのかもしれないが。
「ねえ、光太君」
「はい?」
「ここに住まない?」
「っ、げほっ、ごほっ!?」
「……!?(ばっ)」
里子さんの唐突な爆弾発言に俺は咳き込み、加茂さんは何言ってるのとでも言いたげな表情で里子さんをガン見する。本当、いきなり何を言い出すんだこの人。
「いやね? 日和さんも一緒に、四人でこの家住んだら毎日美味しいご飯食べれるなぁって思って。部屋も空いてるし、家賃は大変だったらこっち持ちでも全然いいし、悪い提案じゃないと思うの」
「いやいやいや」
確かに加茂さんの家は二人で住むにはかなり広い。里子さんが何の仕事をしているのかは知らないが、それなりの稼ぎがないと住めないような家だというのは素人目でも分かる。
とはいえ、年頃の男女が同じ屋根の下で生活を共にするというのは流石にどうかと思うのだ。
「日和さんに話したら、今すぐは無理だけどって意外に乗り気だったのよね」
「嘘だろ」
母さんなら絶対拒否すると思ってたのに。母さんが止めなかったら誰が里子さん止めれるんだよ。
「二人も付き合ってる訳だし、今日みたいに毎日一緒に居られたら嬉しくない?」
「……それは……」
否定はしないが、ここで素直に嬉しいですと肯定もしづらい。
そっと加茂さんを見やると彼女もこちらに目を向けていて、目が合う。
「まあ、これは私が将来的にそうなったら嬉しいなってだけだから。もしも二人が家を出て二人暮らししたいって言うならそれでもいいの。今すぐ考えてっていう話じゃないから、今は頭の片隅にでも置いといて?」
「は、はあ」
とりあえず、今すぐ結論は出せないので、俺は里子さんの言う通りに一旦この件を頭の片隅に置いておくことにした。
* * * *
一度目は俺の知らぬ間に泊まることが決定していて、心の準備をする間もなかった。
しかし、二度目となる今回は準備万端。心に余裕を持って彼女の家にお泊まりという小イベントに臨める……なんてことはなく。むしろ、俺は前回にも増して"彼女の家に泊まる"ということに対して緊張している。
『あがった』
風呂上がりの加茂さんの姿に、実際に目にするのは初めてではないのにドキッとしてしまう。
火照った顔や湿った髪が、普段、感じることがないような色っぽさを引き出しているのだ。加えて、こういう機会でなければお目にかかれないパジャマ姿というのも大きいように思う。
「光太君、次どうぞ」
「……それじゃあ、お先に失礼します」
それでも、俺は努めて平静を装いながら風呂へと向かった。
――何故、前回以上に緊張してしまっているのかといえば、加茂さんの家に初めて泊まったあの日が、俺にとって大きな転機を迎えた日だったから。
あの日の俺は、心の準備どころか緊張すらする余裕が無かった。だけど、今回は違う。俺が考えるのは疲れている加茂さんのための癒しになることぐらいで、思考に余白がある。それが却って、余計な思考を生んでしまっている気がする。例えば、加茂さんが入った後の風呂に入るのか、なんて事とか。
……いやほんと、なんて事を考えてるんだろう。最初に頭から冷水でも被って本格的に頭を冷やした方がいいかもしれない。風邪? 今の俺は馬鹿だから大丈夫だろ。うん。
変態的な思考に走ってしまった自分に自己嫌悪しながら、脱衣所で制服を脱ぎ始める。
「えっと、確か……」
里子さんがYシャツは洗濯かごの中に入れていいって言って――。
「…………」
洗濯かごの中を目にして、俺の視線はとある白の衣類に固定される。
俺の前に入ったのは加茂さんだ。そして、ここは加茂さんの家だ。だから、それがかごに入っているのは至極普通のこと。そうだ、普通なんだ。それに、この先ずっと目にしないという方があり得ない話でもある。
俺は目にしてしまったそれを隠すように、Yシャツを洗濯かごに入れた。
そして、ズボンのベルトを外したところで――廊下に繋がる扉が勢いよく開いた。
「「…………」」
視線を洗濯かごから開いた扉へと移せば、目が合う。風呂上がりの火照りか、はたまた別の要因なのか、頬を赤らめている彼女と。
「〜〜〜〜!?」
俺を見た彼女はただでさえ赤い顔を更に真っ赤に染めると、声にならない声をあげて勢いよく扉を閉めた。
加茂さんは何しに来たのかは、俺が考える限りは一つしか浮かばない。俺が目にしてしまった、洗濯かごの中の衣類の存在を思い出したのだと思う。
俺が見られたこと自体は別にいい。少し恥ずかしかった気持ちがあるのは確かだが、彼女に見られることに対しての拒否感はないから。
問題なのは、加茂さんが洗濯かごの中の物について自覚してしまっている可能性が高いことだ。
「……どうしよ」
風呂から上がったら、顔、合わせられるだろうか。





