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【本編完結済】加茂さんは喋らない 〜隣の席の寡黙少女が無茶するから危なっかしくて放っておけない〜  作者: もさ餅
いつまでも、ずっと隣で

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加茂さんと勧誘と二人の時間

「いつでも待ってますからね」


 移動教室の帰り、廊下で見慣れない先生に話しかけられている加茂さんを見かけた。




 * * * *




「やる気出ねえ……」


 放課後になり、教室で加茂さんとテスト勉強を始めた。

 しかし、問題集とノートを目の前にして、シャーペンを持つ手がどうしても動かない。今日の六時限目の体育のせいだろうか。


『赤宮君も勉強

 嫌になることあるんだね』

「まあ……そもそも、別に俺勉強好きじゃないし」


 物珍しそうに俺を見る加茂さんに答える。

 俺はあくまで成績をキープするために勉強しているだけだ。もしもテストが成績に関わらないのなら、今よりもっと勉強をサボっていたと思う。


『私も勉強嫌い

 今日サボっちゃう?』


 加茂さんは私欲が見え隠れする悪魔の提案をしてきた。正直、その提案に乗ってしまいたい気持ちはある。

 大抵の人は一週間前まで部活があり、二週間前から放課後に居残りしてテスト勉強をしている俺達は少数派だ。だから、今日一日サボったら周りに置いていかれてしまうなんてことはない。


 しかし、それはそれ。これはこれ。


「駄目」

『ですよね』


 加茂さんの提案をバッサリ却下すると、加茂さんはそれが分かっていたかのように苦笑した。

 まあ、どうしても今日サボりたいというのなら、妥協案ぐらいは用意してあったりするのだが。


「今日の二倍、明日の勉強頑張るって言うならサボるのもありだと思うけど」

『今日やります』


 試しに言ってみれば、予想通りの反応が返ってくる。そうして、加茂さんはいそいそと自分の勉強を始めた。いつの間にか立場が逆転しているのはきっと気のせいだろう。

 俺もテスト勉強を始めようとしたところで、ふと加茂さんに聞きたい事があったのを思い出す。


「加茂さん、勉強始めようとしてるところ邪魔してごめんなんだけど、先に聞いてもいいか?」

「…………(きょとん)」


 加茂さんに声をかけると、彼女は顔を上げて不思議そうな表情を見せた後、ボードとペンを手に取り文字を書く。


『赤宮君が分からない問題なら

 私も分からないと思う』

「ああ、違う違う。別の話」

「…………(こてん)」

「今日、聞き間違いじゃなければ"いつでも待ってますから"とか言われてたと思うんだけど、何の話してたのかなぁと」

「…………、…………(あっ)」


 用件を訊ねてみると、少し間が空き、加茂さんは思い出したかのように口を小さく開いた。そして、ペンを走らせる。


『部活に入らない?

 って誘われてた』

「部活の勧誘……?」

「…………(こくり)」


 加茂さんは頷く。

 勧誘されること自体は、彼女の運動神経の高さを鑑みればあまり驚くことでもない。ただ、気になることはある。


「こんな時期に?」


 今、俺達は二年生の後半に差し掛かっている。受験を考えれば、引退する時期までもう一年も無い。


『前から時々

 何回か誘われてる』

「ほー、流石」


 俺の知らぬ間に、そこまで熱烈に勧誘されていたとは。

 とはいえ、部員として欲しがる理由はよく分かる。正直、加茂さんの運動神経は帰宅部にしておくには勿体ないと思えてしまう代物だ。


「それで、何部なんだ? やっぱり陸上か」

「…………(ふるふる)」


 俺の安直な予想は外れたようだ。加茂さんは首を横に振り、ボードに答えを書く。


『バレーボール部』

「……加茂さん、バレーボール得意だっけ」

『レシーブだけなら』


 加茂さんは腕力関係がかなり弱い。だから、サーブやスパイクが得意でないというのも俺の想像通りだった。

 更に言えば、バレーボールは身長が高い人が有利なスポーツという印象がある。しかし、加茂さんの身長は女子の中でも低い方だ。


 にも関わらず、バレー部の顧問はそんな加茂さんを何度も勧誘しているらしい。

 加茂さんの運動神経をそこまで高く買っているのだろうか。まあ、体育祭の走りを見れば気持ちは分からなくもないが。


『部員少ないらしくて

 今はギリギリ試合出れる人数みたい』

「あ、そうなんだ」


 加茂さんが何度も勧誘されているのは、そんな訳があるらしい。

 うちの学校の女バレってそんなに人数いなかったのか。興味がなかったからとはいえ、全く知らなかった。


「加茂さんはバレー部、入りたいのか?」


 以前、加茂さんは喋らないことで迷惑をかけるから部活に入っていないと言っていた。


『迷惑かけたくない』


 今でも、その理由は変わっていないらしい。


「入ってみれば?」


 だからこそ、言ってみた。


「…………(ぱちくり)」


 俺の言葉が想定外だったのか、加茂さんは目を瞬かせて驚いた反応を見せる。

 俺も軽々しく言ったつもりはない。加茂さんが自分の声の事でどれだけ思い悩んでいるのかはよく知っている。


「顧問の先生は加茂さんの声の事、分かってる上で勧誘してきてるんだろ」


 加茂さんと話している時点で声の事は知っているのだろう。ということは、知っていてなお、その顧問は加茂さんを何度も勧誘しているのだ。

 それをバレー部の人達が知っているのかはさておき、いつでも待ってるとまで言われているのなら、受け入れてくれる体制は整えてくれていると思っていい気がする。


「それに加茂さん、迷惑かけたくないってだけでやってみたいんだろ?」

「…………、…………(こくり)」

「なら、俺は応援するよ」


 俺が部活に入っていないことを教えた時、加茂さんは部活に入らないなんて勿体ないと言ってきたこともあった。

 俺は今でも部活に入る気はないが、加茂さんは今でも部活をしたいと思っている。それなら、俺はそんな彼女を応援したい。


「部活って高校生までしか経験できないことだし、やりたい気持ちがあるなら俺はやった方がいいと思う」

「…………」


 加茂さんはペンを持つ手を止め、思い詰めた表情で黙り込んでしまう。


 加茂さんに後悔はしてほしくない。だから、やりたい気持ちがあるなら、その気持ちに蓋をしないでほしいと思っている。

 だけど、俺にできるのは彼女の背中を押すことだけ。最終的にどうするかは加茂さん自身が決めることだ。悩んで、それでも勇気が出ないなら仕方ないと思う。無理をしてほしい訳でもないのだ。


「…………」


 加茂さんのペンを持つ手が、再び動く。


『部活入らない理由

 迷惑かけたくない

 それだけだったんだけど』


 書かれた文は、更に言葉が続くと思われる文。

 今の加茂さんには部活に入らない理由が他にもあるらしい。何だろう。不思議に思いながら、彼女が続けて書く文を見つめる。


『赤宮君と帰れなくなるの

 嫌だなぁって』

「え」


 ――書かれた理由は何とも照れ臭くなってしまうような嬉しい文だった。

 そんな文を書いた加茂さん自身も、気恥ずかしいのか照れ笑いを浮かべている。そして、彼女は更に手を動かした。


『土日も部活だから赤宮君に

 料理教えてもらえなくなっちゃう』

「……まあ、確かにな?」


 加茂さんに言われるまで失念していたが、運動部なら大抵の部活は土日にも部活があるだろう。一日中ではないだろうが、俺にもバイトがある。毎週のように料理を教えることはできなくなるかもしれない。

 平日も一緒に下校ができなくなってしまう。俺としても、加茂さんとの放課後の時間が無くなるのは寂しい。


「……確かに、なぁ……」


 頭を抱える。加茂さんが部活を始めれば当然だった話だが、まさか加茂さんを悩ませていた理由の半分が俺だったとは。


 ……来年になれば部活の引退時期もすぐに来る。受験勉強は始まるが、二人の時間はその後に戻ってくる。なら、今だけしかできないことをした方がいいように思う。

 どちらの選択が彼女のためになるのかを考えれば、棒は一方に傾いている。背中を押すなら、この話をするべきだ。


 ――しかし、俺はその傾いている棒を掴んでしまった。


「まあ、もうすぐテスト期間入るしさ。焦らずゆっくり悩んでみたらいいんじゃないか」


 結局、俺は彼女の背中を押す手を緩めてしまったのだった。

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