加茂さんと例のゲーム
水曜日、週の真ん中。体育では球技選択が始まり、私が選んだのはテニス。
「加茂ちゃんお疲れ」
「お疲れー!」
「…………(ふりふり)」
一ゲームが終わり、コートの横でそれを見ていた桃ちゃんと詩穂ちゃんの元へ合流する。
「惜しかったね。でも、テニス部の子相手にあれだけ粘ってるの凄かったよ」
「そうそう! 相手の子へろへろになってたし! ……というか、加茂ちゃんって本当に運動何でもできるよね。苦手なスポーツとか無さそう」
「…………(ふるふる)」
「え、あるの?」
苦手なスポーツ……全くできない訳じゃないけど、私の中にもスポーツで得意な方、苦手な方という分類はちゃんとある。
「…………(ぶんっ)」
「ボウリング?」
「…………(ずるっ)」
私のジェスチャーに対する詩穂ちゃんの斜め上な回答に、私はその場でずっこけかけてしまう。
私が伝えたかったのと違う。まあ、確かに投げ方は似てるしボウリングも得意ではないんだけどさ。
「ソフトボールじゃない?」
「…………(びしっ)」
そう! それ! 私は桃ちゃんに指を差す。伝わってよかった。
ソフトボールは、打つこと自体はそこまで苦手じゃない。キャッチも得意。でも、投げるのはかなり苦手なのだ。私が投げてもボールが届かなくて、守りの時に足を引っ張ってしまうことが多い。
「そっか。忘れそうになるけど加茂ちゃんってボール投げ苦手だったっけ」
「…………(こくり)」
私は頷く。
……いや、足を引っ張るって話だけなら、苦手とか関係なくチームスポーツ全般に言えてしまうのだけれど。だから、球技選択も個人スポーツのテニスを選んだ。
――12月、期末テスト明けにある球技大会では女子はバレーボール、ドッヂボール、キックベースの三種目。私はその中のキックベースに出ることになっている。
人数の問題でバレーにも出てほしいと誘われて、嬉しかったしバレーも好きだったけど……少し怖さがあって、私は遠慮してしまった。
「加茂ちゃん? どしたの?」
「…………(はっ)、…………(ふるふる)」
降って湧いたネガティブ感情を頭から追い出す。
できるだけ、考えても仕方ないものは考えない。キックベースだって楽しみだし、今はそれよりも考えないといけない事だってあるんだから。
「あ、次私だ。行ってくるね」
「桃も頑張れーっ」
「…………(ふりふり)」
ラケットを手にコートに入る桃ちゃんを見送ると、詩穂ちゃんが小さめの声で私に訊ねてきた。
「ねえねえ。話変わるんだけどさ、加茂ちゃんって今日が何の日か知ってる?」
「…………(きょとん)」
▼ ▼ ▼ ▼
* * * *
加茂さんの様子がおかしい。
「…………(そわそわ)」
放課後になって帰り支度をしていると、隣から落ち着かない視線を感じる。
というか、視線自体は今に始まったことじゃない。昼休み頃から、授業中もチラチラと加茂さんに見られていた。
しかし、俺が加茂さんの方を見れば、彼女は俺から目を逸らしてしまう。訊ねてみても『何でもない』の一点張り。
だから、彼女から話してくれるのを待っているのだが……なかなか用件を話してくれそうにない。
「……じゃあ、帰るか?」
「…………(こくこく)」
加茂さんは何度も頷く。依然、落ち着きはないのだが、俺を引き止めたそうな気配もない。学校内でないといけない用件でもないらしい。
加茂さんが何をそんなにそわそわしているのか見当がつかないまま、俺は彼女と学校を出た。
そして、その加茂さんの妙な様子は家に着くまで続き――。
『ゲームしませんか』
"また明日"と言って駅に引き返そうとした俺の制服の袖をつまんで、加茂さんは突然そんなお誘いをしてきた。
「夕飯作らなきゃだからあんまり長居はできないけど、それでもいいか?」
「…………(こくこく)」
珍しく急なお誘いに驚きつつ確認すると、加茂さんは何度も頷く。
もしかして、昼休み頃から変にそわそわしてた理由ってこれだったのだろうか。
「新しいゲームでも買ったのか?」
訊ねてみると、彼女は視線を逸らして頰を搔く。
『買ったというか
知ったというか』
それから返ってきたのは不思議な返答だった。
結局どんなゲームなのかは分からないが、ホラーではないのだろう。ホラーだったら、加茂さんの場合はもっと助けを求める感じで誘ってくる筈だから。
加茂さんの家にお邪魔すると、里子さんは不在だった。
そのまま俺は二階にある彼女の部屋に通され、絨毯の上に座らされる。すると、彼女は鞄からあるものを取り出した。
「お菓子?」
それは棒状のプレッツェルにチョコがかけられた、世間では知らない人はまずいない有名なお菓子。
加茂さんは箱を開けて一袋取り出し、机の上に置く。もしかして、くれるのだろうか。チョコプレッツェルは嫌いじゃないし貰えるならありがたいが、何故急に。最近の加茂さんのマイブームとか?
そう思っていると、加茂さんは袋を開け、その中から一本を取り出して俺の横に座る。
「…………(んっ)」
それからお菓子を口に咥え、顔は熟れた果実のように真っ赤になりながらも、目はしっかり開けてこちらを見つめてくる。
「…………(じっ)」
………………ああ、そういうこと。
停止した思考は再稼働し、加茂さんが何をしたいのかが分かった。加茂さんがそれをするまで、俺は今日が何日なのか忘れていた。
今日は11月11日。世間では、加茂さんが今咥えているお菓子の日とも言われている。
ゲームしませんかって、なんて回りくどい誘い方だろうか。普通にテレビゲームでもするのかと思ってしまっていた……まあ、恥ずかしかったんだろうけどさ。
そして、顔を真っ赤にする程恥ずかしくても、やってみたかったのだろう。加茂さんのそういうところ、可愛いなぁと思う。
「あむ」
「…………(ぎょっ)」
加茂さんが咥えているお菓子の反対側を咥えると、彼女は驚いたように目を見開く。何でだよ。
誘ってきたのは加茂さんで、俺は乗ったまでだ。まさか、断られると思っていたのだろうか。
……というか、いざやってみると顔近いな。
「…………(もぐもぐ)」
「っ」
ゲームに対してあまりにも当たり前過ぎる感想を抱いていると、加茂さんが少し前進してくる。
俺も、進んだ方がいいのだろう。大丈夫。加茂さんとの距離はまだまだある。そう心の中で自分に言い聞かせるが、俺の心音は既に煩い。
「……っ……(ぴくっ)」
それでも、俺だけ進まない訳にはいかない。少しだけ食べ進めると、加茂さんの更に高まった緊張が表情から伝わってきた。
平静を取り繕ってるつもりではあるが、俺の顔も赤くなってしまっていると思う。取り繕い切れる筈がない。だって、このまま食べ進めたら、触れてしまうのが分かっているから。
――俺達は、まだ口同士のキスをしたことがない。
「…………」
加茂さんがこのゲームを所望したということは、したいんだと思う。流石に、このゲームを始めればどうなるのか考えていない程に抜けてはいないと思いたい。
そして、正直言えば俺もしたい。欲求はある。つまり、お互いに損はない。ないのだが……。
「…………」
お互いに口が止まる。
加茂さんは緊張と羞恥心がピークを迎えたらしく、既に目を瞑って受けの姿勢を取ってしまっている。あとは、俺次第。
………………決めた。
俺は咥えていたお菓子を噛み切り、彼女から顔を離した。
「…………」
「……俺の負け、だな」
彼女は目を開き、俺を見つめる。
そんな彼女は無表情……いや、少しショックを受けているように見える。多分、期待してくれていたんだ。
「負けた側が言うのもおかしいと思うけど、一個お願い聞いてほしい」
「…………(きょとん)」
「残り、飲み込んでくれ」
「…………(もぐもぐ)」
加茂さんは俺のお願いに従って、咥えていた残りのお菓子を咀嚼する。
「…………(ごくん)」
「じゃあ、しよう」
「…………(え?)」
俺は加茂さんがお菓子を飲み込んだことを確認してから――口付けた。
「――――!?」
初めてのキスの味は、チョコ味だった。





