加茂さんの一番
――翌日。加茂さんに室伏に会う約束を取り付けたことを話した後に訪れた昼休み。加茂さんは神薙さんにもそれを伝えた。
「反対しても、行くんでしょ?」
すると、神薙さんから返ってきたのはどこか諦めが伝わってくる一言だった。
「…………(こくり)」
「そう……分かった。万が一何かあったらちゃんと私か赤宮君に言うのよ」
「…………(こくり)」
神薙さんのお願いに対し、加茂さんは頷く。
「それで、話ってそれだけ?」
「…………(こくこく)」
「そう、よかった。急に改まって何の話かと思ったわ」
『ごめんね』
「ううん、何もないならいいの」
神薙さんは安心したように加茂さんに微笑む。
「神薙さんのことだからてっきりもっと強く止めるかと思った」
「止めないわよ。だって、この子が決めたことだもの。それとも、止めてほしかった?」
加茂さんの報告が終わって俺が本音を零すと、神薙さんは苦笑しながら俺に問いかけてくる。
「いや、加茂さんの背中を押してくれるのは俺も嬉しい。ありがとう」
「……何か赤宮君にお礼言われるとムズムズするわね」
「何でだよ」
「なあ」
神薙さんの謎の感想に突っ込みを入れたタイミングで、この場で俺達と共に昼飯を食べていたもう一人――秀人が口を挟んできた。
「今の話、俺は席外した方がよかったんじゃねーの?」
「…………(ふるふる)」
秀人の問いかけに加茂さんは首を横に振る。
秀人は加茂さんの過去を知らない。だから、室伏の話もよく分からないだろうが、秀人は察しが良い方だ。多分、今の会話だけでも彼女の"声"に深く関わる事柄であることは察してしまったかもしれない。
秀人に聞かれたくない話なら、神薙さんの部活が無い日の放課後の帰り道にでも話せばいい。
それでも、加茂さんは今日の昼休みのこの場で神薙さんに話すことを選んだ。少しでも早く報告がしたいというのもあると思うが……きっと、これ以上過去から目を背けないという加茂さんの決意の表れなのだと思う。俺が額の傷を山田達に打ち明けたのと同じように。
「あ、もう教室戻らなきゃ」
昼休み終了の五分前を知らせるチャイムが鳴り、神薙さんは立ち上がる。
「俺トイレー」
続けて、秀人も席を立った。
「…………(ほっ)」
二人になり、加茂さんは胸に手を当てて安堵するように息を吐く。
――神薙さんへの報告は加茂さんがしたいと言い出したことだ。今回の件は大事な一歩になるから、これまでずっと心配をかけてしまっていた一番の友達にも伝えておきたいと。
俺もそういう理由ならちゃんと伝えておこうと、加茂さんを止めはしなかった。しかし、加茂さん過保護者筆頭の神薙さんのことだから、話せば猛反対するだろうと予想していた。最悪、口論になってしまうかもしれないと身構えていた。
加茂さんもまた、俺に近しい心構えをしていたのかもしれない。神薙さんが教室に来る前、表情には隠し切れていない緊張が見えたから。
それだけに、実際の神薙さんの反応は拍子抜けだったのだが。
「よかったな」
「…………(こくり)、…………(えへへ)」
加茂さんは頷くと、俺に力の抜けたような笑みを見せた。
▼ ▼ ▼ ▼
「ねえ」
「ん?」
「トイレって言ってなかった? 何でついて来たのよ」
「あー、そうだな」
「そうだなってあんた……」
鈴香は自分のクラスの前でようやく立ち止まると、振り返って俺に呆れ顔で訊ねて来る。
「さっさと教室戻らないと授業遅れるわよ」
「んー、まあ、そうなんだけどさ」
「……何よ。何か話でもあるの?」
「鈴香、加茂さんに嘘ついただろ?」
俺の確認に鈴香は目を見開いて固まる。元々確信はしていたが、その反応で俺の確信は決定的なものだということが裏付けられた。
「椅子に座ってる時に限った話だけど、鈴香って嘘つく時に足クロスさせる癖あるから」
「……初耳なんだけど」
「今初めて言ったからな。それで、いいのかよ」
「いいって何が」
「本当は会わせたくねえんじゃねーの? その……むろっちって奴に」
「室伏ね。そんな親しみ含んだあだ名っぽくしないで」
俺のうろ覚えに突っ込みを入れてきた鈴香は「はぁ」とため息を吐いた後、独り言のように呟いた。
「止めれる訳ないじゃない」
その呟きと共に見せた鈴香の表情は、加茂さんが報告してきた時に見せた諦めのそれだった。
「赤宮君が居る場で私にも言うってことは、きっと赤宮君は九杉の決断を受け入れてる。九杉を見守ることを選んだのよ。それなのに、私が許さないなんて言っても九杉と赤宮君を困らせるだけでしょ」
「……それで鈴香がモヤモヤしてんなら、言ってみるだけでもしてみてよかったんじゃね?」
鈴香が気を遣って我慢するぐらいなら、本音でぶつかるべきだと思う。
鈴香の言う通り、あの二人を困らせるのかもしれない。だけど、あの二人なら鈴香の言い分も受け止めた上でちゃんとぶつかり合ってくれる気がする。
「九杉は私が反対したとしてもあいつに会うって言ってた。多分、前に進もうとしてるのよ。もう、私が守ってあげなきゃならない程弱くない。私はそんな九杉の足枷になりたくない」
――そんな俺の考えを一蹴するような鈴香の新たな決意は固まっていた。
「それに、何かあっても私以上にしっかり支えてくれる人も居るしね」
「鈴香だって十分加茂さんのこと支えてるだろ」
「私はあの子の時間を止めてただけ。あの子の時間を動かしたのは赤宮君で、今のあの子の一番も赤宮君だから」
時間が云々は俺もよく知らないし、今の加茂さんの一番が光太なのは間違ってないんだと思う。
「九杉の一番を取られちゃったことに寂しさは感じてるけど、こればっかりは仕方ないのよ」
そう言って、鈴香は笑う。
俺も一年の時は多分、光太の一番の友達は俺だった。本音でぶつかり合って、過去を唯一打ち明けてくれるまでに心を許してくれていたのだから、これは自惚れでも何でもないと思ってる。
そんな光太の今の一番は加茂さんだ。そのことに俺は寂しさを感じてはいない。俺と光太が友達なのは変わらないから。ようやく光太にも春がやってきて、最近は心を許せる人も増えて良かったと思っている。
「ほら、そろそろ授業なんだから早く自分のクラス戻りなさい」
でも、鈴香は違うんだ。
前に加茂さんは恩人だと言っていた。鈴香の加茂さんに対する思いは、俺のとは比較にならないような特別なものなんだ。
……それが分かったところで、どうしようもない。
「鈴香」
「何? っていうか本当に早く戻らないと遅れるわよ」
どうしようもないから、今の俺にはこれしかない。
「俺の一番はこれからもずっと鈴香だから」
「なっ」
「それじゃ、また明日なっ」
鈴香に重要な事だけを伝えて、俺は駆け出した。
――チャイムが鳴ったのはその数秒後のことだった。





