加茂さんの絆創膏
五つ目のレビュー貰いました!
ハデスさん、ありがとうございます!
『おはよう!
(@╹▽╹@)』
「おはよ……う?」
翌朝の教室。俺はいつものように挨拶を返した際、加茂さんのボードを持つ手に目が止まった。
「その手どうした」
「…………(ぎくっ)、…………(ささっ)」
「隠すな」
「…………(!?)」
加茂さんが左手をボードで隠そうとするので、俺はそのボードを上に持ち上げる。
すると、絆創膏が二枚ほど貼られた左手が露わになった。
「それ、どうした」
「…………(えーっと)」
再度訊ねれば、加茂さんはバツが悪そうな表情で俺から目を逸らした。正直には答えにくい、ということだろう。
まあ、聞かずとも理由には想像がついている。
「昨日の夜は何作ったんだ?」
「…………(ぎくぎくっ)」
俺の問いかけに、加茂さんはこれまた分かりやすい反応を返してくる。
彼女は俺が居る時に怪我をしていない。怪我に関しては再三気をつけるように言っていたし、そもそも俺が目を光らせていたから怪我は絶対にさせていない。
だから、怪我をしたのはその後。そして何より、俺に隠そうとしたのが良い証拠だ。他の原因ならわざわざ隠す理由はない。
『やきそば』
加茂さんは観念したのか、ボードに文字を書いてこちらに向けてくる。表情からは少しばかりの緊張が感じられた。
「怪我はそれだけ?」
「…………(こくん)」
俺が訊ねると、加茂さんは頷く。
「はぁ」
思わず溜め息を吐いてしまう。安堵と呆れの両方の意味で。
呆れの方は、怪我をしたことに対してではない。それを隠そうとしたことに対してだ。
『ごめんなさい』
「……謝るくらいなら最初から正直に言ってくれ」
溜め息に反応してか、彼女は文字で謝ってきた。
本人も悪いとは思っているらしく、すっかり身を縮こまらせている様子からは反省が伝わってくる。
「大体、何で隠したんだよ。怒られるとでも思ったのか?」
「…………(すーっ)」
加茂さんは目を逸らして答えない。つまり、そういうことなのだろう。
「当たり前だ」
「…………(びくっ)」
多分、ここは「怒る訳がない」と否定するのがテンプレなのだろうが、俺はそのまま肯定した。
というのも、今回は絆創膏だけで済むような傷だったからいいものの、一歩間違えれば大怪我に繋がっていたかもしれないのだ。どれだけ反省していようが関係ない。
「覚えたものを忘れないうちに繰り返すっていうのは良い心がけだと思う。復習は大事だ。でも、怪我したってことは気でも抜いたのか? 一回上手くいったから、もう楽勝とでも思ったか」
「…………(うー)」
「大体、いつものことだけど加茂さんには注意力が足りないんだ。もう少し落ち着きってものをな……」
「…………(あーあー聞こえなーい)」
「真面目に聞け」
「…………(あいたっ)」
耳を塞いだり塞がなかったりを繰り返す加茂さんにデコピンした。
「…………(むー)」
「何だよ」
彼女は不満を顕にするように頰を膨らませる。
今のは話を聞こうとしなかった加茂さんが悪い。俺が文句を言われる筋合いはない。
『赤宮君だって
けがしたら隠すじゃん』
すると、加茂さんがそんなことをボードに書いてこちらに向けてきた。
「俺がいつ隠した」
『猫探した時』
「……大した怪我じゃないだろ、あれは」
『私のも大した
けがじゃない』
「加茂さんは普段の行いがな」
『不公平!』
そうは言っても、加茂さんの怪我は原因が割と危ないことが多い。今回だってそうだ。冗談抜きで、一歩間違えれば大怪我をしていたかもしれない。
だから、目が離せない。つい口煩くなってしまう。
「おはよー」
――タイミングが良いのか悪いのか、秀人、山田、桜井さんのサッカー部組が朝練を終えて教室に入ってきた。
「あれ、加茂さん怒ってる?」
「朝から喧嘩? 珍しい」
秀人と山田が加茂さんの顔を見るなり、疑問の声をあげる。
「喧嘩って程のことじゃ……」
「…………(ふんふんっ)」
「おい」
俺が否定しようとしたのに、加茂さんは二人の言葉を肯定するように頷いてしまう。
それから彼女は、二人に指摘された怒りを隠すことなく、すぐさまボードに文字を書いてそれを三人に向けた。
「……赤宮君が、ズルい?」
桜井さんはそのボードに書かれた文字を読み上げ、首を傾げる。山田も意味が分からないと、答えを求めるように俺に視線を送ってくる。
しかし、秀人だけは「ははーん」と妙にイラッとする声を漏らした後、俺に言った。
「光太がまた何かやらかしたな」
「違えよ」
どうして俺がいつもやらかしてる前提なんだ……いや、何も言うまい。というか、前にもこんなやり取りした気がするような。
「加茂さん、その絆創膏どしたの」
「…………(ぎくっ)」
思い返していると、山田も加茂さんの指の絆創膏に気づいたようだ。
「加茂さんがその怪我隠そうとしたから、軽く小言をな」
「あー、そういうこと」
「…………(むっ)」
俺の説明に山田が納得したように苦笑すると、加茂さんはムッとした表情のままボードに素早くペンを走らせた。
『赤宮君だって
隠すもん』
「加茂さんが怒ってた理由はそれか」
「隠したって、精々タンコブだけだろ」
「…………(むううう)」
彼女はハリセンボンのように頰を膨らませ、"納得できない"と細められた目が訴えかけてくる。
「加茂さんが素直に話を聞かないのが悪い」
「…………(かちーん)」
そんな訴えを無視して小言を追加すれば、加茂さんは俺の前に立った。
彼女の表情から反省は感じられない。それどころか、如何にもご機嫌斜めな様子だ。
「俺は謝らないからな」
俺も、今回は折れる気にはなれなかった。
「…………(ふんっ)」
「おわっ!?」
すると突然、加茂さんが俺の前髪に手を伸ばしてくる。
俺は反応が少し遅れて避けることもできず、前髪が彼女の手によって掻き上げられてしまう。
それから彼女は、俺のおでこをまじまじと見つめ始めた。
「……タンコブなんてとっくに治ってるから」
突然手を伸ばされた時は何かと思ったが、ただタンコブの有無を確認しているだけのようだ。
それで気が済むというのなら、いくらでも確認させてあげるとしよう。その上で、小言の続きをしてやろう。
「……?」
加茂さんが俺のおでこを見つめて動かないのは分かる。
しかし、山田と桜井さんの二人も俺を見つめて、言葉を失っているように見えるのはどうしてだろう。
「皆して、何で黙るんだよ」
「あ、いや……」
「えっと……」
俺が訊ねても、誰一人としてはっきりとした返答をしてこない。
秀人に至っては返答すらせず、何かをやらかしてしまったかのように片手で顔を覆っている。
「っ!」
皆が見ていたものに遅れて気がついた俺は、反射的に加茂さんの手を払い除けた。
ぱちんっと乾いた音が教室に響き、一瞬、教室が静まり返る。
「……加茂さん、これは、嫌がらせか?」
――そんな言葉が、口から漏れてしまった。





