日向と映画の余韻
「最高でしたね! 観れて良かったです!」
「そうだな」
シアターから出て、余韻に浸る日向に同意する。
恋愛映画自体、俺は初めて観たのだが、なかなか良い映画だったと想う。色々考えさせられた。
「……先輩的には微妙でした?」
日向の感想に同意した筈なのだが、彼女は何故か俺の様子を窺うような質問をしてくる。
「そんなことないけど、どうした?」
「いえ、なんだかぼーっとしてるように見えるので。もしかして、先輩は退屈だったのかなぁと」
「……あー、いや、そういう訳じゃない。あの映画観たら少し考えちゃってな」
「?」
日向は不思議そうに俺を見る。
彼女に話すのもなんだか気恥ずかしいものがあったが、俺は頰を掻きつつ彼女に考えていたことを打ち明けた。
「恋って……凄いな」
主人公はヒロインに恋をして、猪突猛進という言葉のままアタックし続け、冷たくされてもめげずに想いを伝え続けた。
最初は冷たかったヒロインも、主人公と会話を重ねるごとに段々と絆され、主人公の話を聞くだけだった彼女は自分から話をするようになった。
その後、二人はずっと順風満帆に距離を縮めていった訳ではない。時にはすれ違うことだってあった。
でも、最後には結ばれた。二人で、幸せを掴み取った。
映画は映画であって、現実ではない。フィクションだ。それは分かってる。
分かっていた上で、そう思った。それぐらい、心が動かされた映画だった。
「はい。恋は凄いんですよ」
日向は頰をほんのり赤らめ、笑みを浮かべながら同意を示す。そして、続けて言った。
「私が、これからもっと、もーっと教えていきますからっ」
「……お手柔らかに頼む」
面と向かって言われて、少しこそばゆい気持ちになってしまう。
そんな気持ちを誤魔化すように、俺は彼女に問いかけた。
「因みに聞くけど、日向もああいう映画みたいなのに憧れたりするのか?」
「一年で記憶なくなっちゃうのは嫌です」
「ごめん、聞き方が悪かった」
それは俺だってごめんだ。
「そうじゃなくて、何ていうか……ロマンチックな恋愛に憧れたりはするのか?」
「……それは、はい。憧れはあります、よ」
「……そっか」
「……そうです」
二人揃って自分の顔を手で煽ぎ始める。
「あ、暑いですね」
「外出るか」
「出ましょうか」
俺達はお互いに気恥ずかしさを紛らわすように、足早に映画館の外へと歩くのだった。
「「暑っ」」
しかし、外に出た俺達は秒速で映画館の中に撤退した。
どこで昼飯を食べるかもまだ決めていなかった上、外は天気も良くて時期もまだ9月。更にお昼時で太陽は真上。暑いのも当然だった。
「先輩は何か食べたいものあります?」
「何でも……ちょっと待ってくれ」
日向に聞かれて、俺は何も考えずに口から出しかけた言葉を慌てて飲み込む。
――テレビで見たことがあったのだ。彼女に"何がいい?"と聞かれた時、"何でもいい"は禁句だと。
「くすっ」
すると、そんな俺が滑稽に映ったのか、日向は吹き出すように笑い出す。
視線を送れば、彼女は笑みを少し抑えながら謝ってくる。
「すみません、笑っちゃって。恋愛には疎いのに、そういうこと気にしてくれる辺りは先輩らしいですね」
「……それ、褒めてるのか?」
「はい」
恋愛に疎いのは自覚しているが、そこを"先輩らしい"と言われても褒められている気がしない。
けれど、くすくすと笑う彼女は楽しそうで、自然体に見えて、だからなのだろうか。俺も、まあいいかと思ってしまった。
「折角ですから、お昼は先輩が決めちゃってください」
「……了解」
お願いされたとなれば、拒否はできない。
この辺りで昼食を取れる場所をスマホで調べようとして、俺は彼女に聞きそびれたことを思い出す。
「そうだ、日向って食べられないものとかあるか?」
「えーっと……食べられない訳じゃないんですけど、納豆が少し苦手です」
「分かった」
日向は殆ど好き嫌いがないらしい。納豆だけならあまり考慮しなくても平気だろう。
「よし、決めた」
「早いですね」
俺が悩むことなく決めたからか、日向は少し驚いた様子を見せた後に言った。
「初デートにラーメン屋はやめてくださいよ」
「俺を何だと思ってる」
日向がラーメン好きなら話は変わってくるが、俺はまだ日向の好きな食べ物すら知らない。
だから、ここは"デートと言えばこれ!"と言えるような無難な選択をした。
「この近くに今年できたばかりのカフェがあるんだけど、そこでいいか?」
「予想の遥か上を行くお洒落なチョイス……!?」
「だから俺を何だと思ってる」
驚き目を見開く日向に突っ込む。そこまで意外か。
……それとも、デートでカフェって変なのか?
「カフェですか……いいですね! 行きましょう!」
少し不安になったものの、彼女の反応は悪くなかった。どうやら杞憂だったらしい。
「そこのカフェ、先輩は行ったことあるんですか?」
「一回だけな。良い所だったぞ。コーヒー美味しいし」
「楽しみです。というか、先輩ってカフェ自体はよく行くんですか?」
「滅多に行かない」
「……ん?」
日向は何か引っ掛かったのか、疑問の声を漏らした後、俺に訊ねてきた。
「因みに聞くんですけど、今から行くカフェ、前に誰かと行ったりしました?」
「加茂さんと神薙さんともう一人」
「……へー」
その瞬間、日向の俺に向ける目がジト目に変わる。
「女の子に囲まれてカフェって、先輩、モテモテですね」
遅れて、俺はそのジト目の意味を理解した。
「違う違う。誓ってそういうのじゃない……っていうかそもそも囲まれてない。あともう一人は男だから。男女比1:1だから」
「男……? はっ、先輩まさかそっちの趣味が」
「ねえよ?」
更に危ない方向に可能性を広げる日向の言葉を即行で否定する。秀人とそんな関係とかあってたまるか。
「あはは、冗談ですよ」
「心臓に悪い」
「すみません、楽しくてつい」
「ドSか」
例えドSじゃなくても素質はあると思う。そんな気がした。
「でも、先輩もデート中に他の女の子の話は駄目ですよ」
「……日向から聞いてこなかったか?」
「うっ」
俺の指摘に、日向は一瞬言葉に詰まる。
「つ、次からでいいです」
「うん?」
「次からでいいです!」
「何だって?」
「聞こえてますよね!?」
俺はわざと聞こえてないフリをすると、日向は涙目で詰め寄ってきた。
反応が面白いからもう少しいじり返したい気持ちもあるが、ここは自重しておこう。
「悪い悪い。楽しくてつい、な」
「先輩、絶対にSですよね。ドSですよね」
「そうでもないと思う。けどまあ、これでおあいこだろ」
「……先輩から余裕を感じます。何ですかこの敗北感」
「それは知らん」
確かに俺も負けた気はしないけど。
すると、日向の表情が、むっとしたものから何かを思いついたようなものに変わる。
「えいっ」
「っ」
そして、突然、何も言わずに俺の腕に飛びついてきた。
「おい」
「よ、余裕なくしてあげますっ。離れろなんて言わないでくださいね。言ったら泣き喚きますよ」
「どんな脅しだよ」
というか、もしここで泣き喚いたとしても、日向の方がダメージ酷い気がする。
主に泣き喚いた後、冷静に振り返った時のダメージが。
半ば呆れる俺に対して、日向は腕から離れようとしない。
しかし、しがみついてる本人も少しは恥ずかしいのか、頰を赤く染めていた。
……仕方ないな。
「着いたら離せよ」
「ふぁっ」
予想していた答えとは違ったのか、日向は俺に引っ付いたまま変な声をあげる。
そんな彼女をスルーして、俺は歩き出した。





