日向と映画館
土曜日、映画館の前で待ち合わせをしていると、待ち合わせ時間の5分前に日向が来た。
「おはようございますっ」
「おはよう」
朝から元気な挨拶をしてくる日向は、緑と白のキャップを被り、灰色の伊達眼鏡を付けている。
更に、トレードマークのピンクメッシュの前髪も今日はない。いつもの髪型と違って、今日は後ろ髪を一束の三つ編みで纏めている。
――正直、声を聞かなければ誰か分からなかった。
「せ、先輩?」
俺が固まってしまっていたからか、日向は俺の顔を覗き込むようにしながら声をかけてくる。
「眼鏡とか髪とか、いつもと結構違うな」
「もしかして、変ですか?」
「いや、全くそんなことはないけど」
「よかった……」
日向はほっとしたように軽く息を吐いた。
そんな彼女に、俺は訊ねてみる。
「伊達眼鏡はいいとして、あの髪って日向の拘りだったんじゃ……?」
「……変に目立って、今日を台無しにしたくなかったんです。ここ、学校近いですし。誰が見てるか分かりませんから」
「成る程」
日向なりの目立たない工夫か。
確かに、土日とはいえ、ここは学校の最寄駅近辺。部活の人だけでなく、普通に遊びに来てる人だっているかもしれない。
感心していると、日向は少し照れた様子で言う。
「それに、で、デートですから。顔はできるだけ隠したくなかったんです」
「お、おお」
"デート"という単語が強調されて聞こえて、俺もあからさまに狼狽えてしまった。
「「…………」」
なんだか居た堪れない空気になってしまって、お互いに黙り込んでしまう。どうしよう、この空気。
何か言った方がいいのか迷っていると、日向が俺の手を引いて言ってくる。
「入りましょうっ」
「あ、ああ」
そのまま、俺達は手を繋いだまま映画館の中に入っていった。
けれど、中に入ってすぐに日向は立ち止まり、俺も立ち止まった。
それから、彼女の手を握る力が次第に弱くなっていく。
「日向?」
「あ、あの、一回離してくれますか」
「……分かった」
俺は手を離し、日向を見て察した。
彼女の顔は真っ赤だった。きっと、あの空気をどうにかするために、勇気を出して俺の手を引っ張ってくれたのだろう。
……恥ずかしいとか、気にしてる場合じゃないな。
本来なら、男の俺の方がちゃんとリードしてやらなければならない筈だ。
「今日観る映画って何の映画なんだ?」
俺は頭を切り替えると共に、日向に訊ねてみた。
映画館に行くこと自体は二人で決めていたが、今日何を観るのかは日向に任せていた。
俺が映画にあまり詳しくないからというのもあるが、日向も観たいものが幾つかあると言っていたからだ。だから、今日までに決めてきてもらったのである。
「え、えっと、それはですね……あ、あれですっ」
日向が指差す方向には、大きな映画のポスターがあった。
「一年間フレンズ?」
「CM見たことありません? 結構有名なやつですよ」
「……あー、思い出した」
確か、ヒロインの女の子が一年周期で友達の記憶を失くしてしまう話だったか。夏休み中にCMで見た記憶がある。
「デートの定番といえば恋愛映画ということで、今日はあの映画にしました」
「恋愛映画ってデートの定番なのか?」
「雑誌に書いてありました」
「日向って雑誌読むんだな」
「ママが買ってくるので、暇な時によく読んでます。ファッション雑誌が多いですけど……あ、そうだ」
日向は両手を広げて、その場でくるっと一回転する。
ロングのフレアスカートがふわりと浮いた。
「どうでしょう」
「どうとは」
「今日の服装です」
日向は少し期待するような視線を俺に送ってくる。
俺は改めて日向の服に目を向けてみる。
ダボっとした大きめのサイズの白いパーカーに、上から、緑から青のグラデーション掛かったフレアスカート。加えてキャップに伊達眼鏡と、ラフさと可愛らしさが上手い具合に共存している。
一言で言うなら……。
「良いと思うぞ」
「何て言いました?」
「良いと思う」
「……先輩にもう一度だけチャンスをあげます」
日向は遠回しにやり直しを命じてくる。
自分でも逃げた自覚はあった。恥ずかしいとか気にしてる場合じゃないと分かっているのに、口が勝手に逃げてしまったのだ。
……よし、今度こそ、男らしく、真っ直ぐに正直な感想を伝えよう。
「よく似合ってる。可愛いと思う」
「……あ、ありがとうございます」
「……うん」
――これは俺の勝手な願いだったのだが、照れないでほしかった。
そう素直な反応を見ると、忘れようとしていた気恥ずかしさをまた抱いてしまう。今の言葉がお世辞じゃない分、尚更。
俺は情けない反応を顔に出さないように努めながらも、顔を片手でパタパタと仰ぐ。
顔の熱だけは、抑えようにもどうにもならなかった。
そして、日向はというと、真っ赤な顔を俯かせて、壊れた機械のように暫く動かなかった。





