二人の朝/事後報告
今話は視点が『赤宮君→加茂さん→後輩ちゃん』となっております。
「おはよう」
三人で遊園地に行った翌週月曜日の朝。
いつものように教室に入っては、最初に隣の席の彼女――加茂さんに挨拶する。
『おはよう』
彼女も、いつものようにボードで挨拶を返してくれた。
しかし、いつもと違うところもあった。
「「…………」」
お互い目を合わせたまま、沈黙が続く。
そして、その空気に耐えきれず、俺は彼女から視線を逸らしてしまう。
――俺は金曜日の帰りの電車で想像してしまったことを、未だに引きずってしまっていた。
本当に、どうして俺は、日向の告白を一度でも加茂さんで想像してしまったんだろう。おかげで、土曜日も日曜日も彼女のことが頭から離れなかった。
そして、今日、加茂さんの顔を見たら、勝手に想像してしまったことに対する申し訳なさが増した。更に気まずくなってしまった。
そのせいで、彼女との朝の会話はそれっきりになってしまった。
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土日は、ずっと赤宮君のことを考えてた。私にとって赤宮君はどんな存在なのかを。
でも、考えれば考える程分からなくて、気づけば今日を迎えてしまっていた。
そんな思考のまま、私は今日、登校してきた赤宮君に挨拶をした。
――そして、彼の顔を見て、途端に顔が熱くなった。
二日丸々、私はずっと彼のことを考えていたけれど、それが普通じゃないことぐらい分かる。分かるから、恥ずかしかった。
そのせいで、朝、私は彼と目を合わせることができなかった。顔を見れなかった。
朝のSHR前の彼との会話は、その挨拶だけで終わってしまった。
* * * *
▼ ▼ ▼ ▼
昼休み。私はいつものように、学食でバンドメンバーの皆と昼食を取っていた。
私がうどんを啜っていると、茜は何かを思い出したように口を開く。
「金曜日どうだったの? 先輩と距離縮まった?」
「っ……!? げほっ、げほっ」
まさか聞かれると思ってなくて、私は噎せてしまう。
私は三人に金曜日のことは話していない。
そもそも、遊園地に行くことが決まったのが木曜日の帰り道だった。その後にライナーで報告をした訳じゃない。だから、先輩達と遊びに行ったことを知っていることがおかしいのだ。
「だいじょぶ?」
「う、うん……じゃなくて、何で知ってるの!?」
「……あれ、気づいてなかったんだ」
「何に!?」
私が訊ねると、茜はあっけからんと言う。
「木曜日、帰りに私達三人で後ろから尾行してたこと」
「えっ」
「詩音、耳良いから足音でバレてるかと思ってたんだけど……気づいてなかった?」
私は頷く。全然気づかなかった。
千尋と咲にも目を向けると、二人は苦笑いを浮かべる。
……三人が尾行してきたことは一旦置いといて、私は茜に訊ねた。
「何で会話の内容まで知ってるの……?」
「三人で詩音の横通り過ぎた時に偶然盗み聞いちゃって」
「そんな大胆犯行してたの!?」
「てへっ」
「褒めてないっ」
横を通り過ぎたって、そんな近く通ったの……!?
確認のためにもう一度千尋と咲に目を向ければ、二人は否定することなく頷いた。二人が嘘をつくことはあまりないから、事実なんだと思う。
あと、私も私で何で気づけなかったのか。
……いや、うん。先輩達との会話に緊張しまくってたからなんだけどさ。あの時の心の余裕のなさを、私は今になって再認識した。
「それで?」
「……それでって?」
「金曜日、どうだったのさ」
背中を押してくれた手前、近況報告じゃないけど、これだけは三人にも伝えておくべきなんだと思う。
……でも、こんなこと報告したら、三人はどんな顔するんだろう。少し怖い。
「詩音?」
「あ、あのさ、私も私で、色々、考えてやったことなんだけど……」
「「「?」」」
私の予めの言い訳に対して、三人は揃ってきょとんとしている。
私は顔を前に出すと、三人も察してくれたように顔を近づけてくれた。
そして、私は意を決して金曜日のことを小声で報告した。
「告白、しました……」
「「「…………」」」
三人は何も喋らず、ただ私を見る。私は逃げるように視線を逸らす。
それから、私達四人は無言で席に座り直して――一番最初に口を開いたのは茜だった。
「詩音って、突っ走るって決めたらブレーキ間に合わないぐらいの勢いで加速するよね」
「……はい、ごめんなさい」
「謝らなくてもいいけどさ」
呆れる茜の言葉に、私は項垂れる。
「で、でも、そこが詩音ちゃんの良いところだよっ」
「そ、そうだな。勢いは大事だ」
千尋と咲が気遣ってくれてるのかフォローの言葉をかけてくれるけど、その気遣いが辛い。
私が小さくなっていると、茜はため息を吐いてから訊ねてきた。
「一応聞くけど、結果は?」
「あ、そうそう」
「どうだったんだ?」
三人が私を見つめてくる。私は少し上擦った声で答えた。
「へ、返事は保留……にしてもらった……」
「……保留?」
「に、してもらった?」
「それ、告った意味あるか?」
「あ、あるよっ。大アリだよっ。だって、先輩ってば私のこと全然意識してくれないんだもんっ。なら、好きだって分かってもらうしかないじゃんっ」
「「「えっ」」」
私が告白した理由を掻い摘んで話すと、三人は信じられないといったような反応を見せる。
「詩音ちゃんに迫られても意識しない男の人っているんだ……」
「希少種……」
「その先輩、特殊性癖でも抱えてんのか?」
「ち、違うっ……と思うっ」
先輩のこと、まだ知らないこともあるから断言はできなかった。ごめんなさい先輩。
私が心の中で謝罪していると、千尋が「もしかして」と口を開く。
「その先輩、他に好きな人がいるんじゃ……?」
「あの文化祭の時に居た人?」
「え? あの人とはそういう関係じゃないって言ってたんだろ?」
「うん。まだ大丈夫」
「「「まだ?」」」
「あっ」
うっかり口を滑らせたことを自覚した私は、慌てて口を両手で塞ぐ。
でも、意味がなかった。察したような目を、三人は私に向けてくる。
「成る程ねー……ってことは、うかうかしてられないか」
「でも、難しいね……」
「いっそ、二人の間を滅茶苦茶邪魔してみるとか」
「それは嫌っ」
私が反射的に放った言葉に、"邪魔する"という案を出した咲は目を丸くする。
そんな彼女に、私は捲し立てるように言った。
「だ、だって、それ、狡いじゃんっ。卑怯じゃんっ。正々堂々じゃないじゃんっ」
「詩音に一票」
「わ、私も……」
「んー、流石に駄目か」
咲はそう言って、顎に手を当てて考え込み始める。
そんな彼女を見て、私は少し申し訳ない気持ちになった。
「ご、ごめんね。私のために考えてくれてるのに」
「謝るなよ。別の案考えればいいだけだ」
気にしてないといった風に、咲は言ってくれた。
「はいはい! 私の案聞いて!」
すると、今度は茜が元気よく手を挙げる。
「茜? 何?」
「ふっふっふっ……我ながら凄い良案が浮かんでしまったよ……」
「……? 勿体ぶらないで早く言ってよ」
私が催促すると、茜は自信満々な表情で言った。
「好き好きアピールしまくる!」
「もうしてるよっ」
「「「えっ」」」
「あっ」
本日二度目の口滑らし――もとい、今日一番の誤爆をしてしまったことに気づく。
「へー」
「はわぁ……」
「ふーん」
茜と咲はニヤニヤと、千尋はまるで自分のことのように顔を赤らめて、私を見てくる。
「…………うわああああああん!」
私は皆(主に二人)の視線に耐えきれず、食堂から全力で逃げ出した。
――その10秒後、後ろから追ってきた茜に捕まり、私は学食に連れ戻された。





