ここが私のスタートライン
「赤宮先輩」
今度は、目の前の先輩から目を逸らさずに。
「好きです」
――私は言った。
「…………え?」
私の想いに対して、赤宮先輩は鳩が豆鉄砲を食ったような表情で私を見つめてくる。
何でって思われてるかもしれない。そう思われても仕方ない。
だって、赤宮先輩と出会って、気になって、好きだと自覚して、まだ一週間しか経ってないんだから。まだ、数える程度しか話せてないんだから。
「一人の異性として、私は赤宮先輩のことが好きです」
――だからこそ、私は告白した。
この告白の目的は先輩と付き合うことじゃない。私を意識してもらうこと。
赤宮先輩の頭の中に、私を、日向詩音という存在を大きくすること。
これで付き合えるならいいんだけど。それに越したことはないんだけど。
「日向」
「返事は、まだしないでください。分かってますから」
きっと、今はまだ良い返事なんて返ってこない。
そこまで自惚れてるつもりはないし、赤宮先輩も"告白されたから付き合う"なんて選択をする人じゃないことは分かってる。
――だから、私は赤宮先輩が喋り出す前に先手を打った。
「お願いします」
「……分かった」
赤宮先輩の返事を聞いた私は、ほっと胸を撫で下ろす。
とりあえず、これで今日の最低目標は達成できた。やっと肩の力を抜ける。
私はベンチシートに腰掛けて、未だに立ったままの赤宮先輩に声をかけた。
「先輩も座りましょうよ」
「……そうだな」
先輩は私の向かい側に座った。
……先輩、落ち着いてるなぁ。いきなり告白したから驚くかと思ってたのに、ちょっと意外。
もしかして、こういうの初めてじゃないのかな。先輩、実はモテてたりするのかな。
「先輩って私以外に告白されたことあるんですか?」
「……ないな。初めてだった」
あ、初めてなんだ。嬉しい……じゃなくて。
「その割に落ち着いてませんか?」
普通、そこまで落ち着ける?
私だって、小学生の頃に初めて男の子に告白された時はかなり狼狽えたのに。狼狽すぎて、最終的にママに何て返事すればいいか聞いちゃった記憶もある。軽い黒歴史だ。
「本当にな。何でだろ」
私の疑問に対して、先輩は少し困り顔になる。自分でもよく分かっていないようだった。
……まあ、それが先輩らしいかも。恋愛事とかかなり疎そうだし。
出会ってまだ一週間だけど、話してる雰囲気でなんとなく分かってしまう。
ふと窓の外を眺めると、橙色に染まる空の向こうに夕日が輝いて見えた。
「夕焼け、綺麗ですね」
「……綺麗だな」
「…………」
「…………」
お互いに沈黙してしまう。
失敗したかも。もう私の目標は達成したけど、ゴンドラはまだ半分も回ってない。時間が余ってしまった。
それと、赤宮先輩の方に視線を戻すことができない。顔が熱い。心臓の音が煩い。
今になって恥ずかしくなってきた。
「なあ、日向」
「ひゃい!」
「……大丈夫か?」
赤宮先輩は少し心配そうな目で私を見てくる。
……この先輩はどうしてこんなに余裕なのさ。
「大丈夫じゃないです」
少しだけ腹が立った私はそう言って、赤宮先輩の隣に席を移す。
そして、横から凭れかかるように、先輩の肩に頭を乗せる。
先輩は、お化け屋敷の時のように私がくっ付くことに対して、何も言わなかった。
だから、私は少しほっとした。
お化け屋敷で、赤宮先輩が言っていた言葉を思い出す。
『たった一週間しか経ってないんだぞ』
その言葉は赤宮先輩なりの心配の言葉だったんだと思う。
でも、私にとってその言葉は、先輩との間に壁を感じた。心がキュッとなった。
――"赤宮先輩と過ごした時間"は、私がどう頑張っても加茂先輩を追い越すことができない。それが分かってしまったから。
加茂先輩が、赤宮先輩の中で特別な存在であることを確信してしまったから。
少しでも早く、私のことを意識してほしかった。
少しずつ赤宮先輩と一緒に居る時間を積み重ねて、段々意識してもらう……そんな正攻法じゃ一生追いつけないし、何より手遅れになってしまいそうで怖かった。
……ああ、そっか。あのモヤモヤは、そういうことだったんだ。
やっと分かった。分かってしまった。
赤宮先輩が、加茂先輩を特別に想っているということを。
――でも。
私はまだ、諦めない。
自覚してないのなら、むしろチャンスだ。
今日、赤宮先輩を振り向かせることはできた。
スタートラインには立てた。
後は、私を好きになってもらうだけ。
手遅れじゃない。
絶対、惚れさせてやりますから。
覚悟してくださいね、先輩。





