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昏き眠り(3)

 もうちょっと気の利いたコメントができたら伸びるんですかね? 毎回時間ごとに見てくださっている二十数名の方はいったい……? 物語とは関係ないところで謎が多いです。

 さっきまで命だったものが、辺り一面に転がっていた。それは数瞬で燃え尽きて風に消えていく。理由はどうあれ人間を守ろうとしたものの末路がそれだ。


 ヨシムラもそれを分かっているらしかった。顔に手を当てて、必死にその死から目を逸らそうとしている。そして、胸の内から新たな魔を目覚めさせようとしている。


「ねえ……あなたには聞こえていないの? 見えていないの、この惨状が」


 怪人に変化してヨシムラを止めようとした人々は、あっけなく配下に敗れてあちこちに倒れていた。これまで悪を貪ってきた化け物どもですら、彼を止めようとしているのだ。


「これを罪だと思うのなら……もう戻れないと思っても、まだ」


 天使ルゥリンは、目を闇色に輝かせる。


「きっと戻れる。戻してみせる」


 ヨシムラの胸から、腕が飛び出す。


そして、怪人「万魔殿」は天使に飛びかかった。直線的な軌道を見定め、腰だめに放ったルゥリンの一撃は、そのまま怪人の肩を破壊する。


『グ、グ……ア』


 勢いのままルゥリンの斜め後ろへと吹き飛んだ怪人は、ゆっくりと、ふらつきながら立ち上がる。肩が砕けて使えなくなった左腕が、ぶらりと揺れた。振り返った天使にもう一度殴りかかろうと、腕を上げようとする。


『ゴガッ、グッ』


 黒い怪人の胸から飛び出ている腕が、少しだけ動いた。雷に打たれたかのように怪人はのたうち回り、背骨が折れんばかりに反り返って苦しんでいる。


「あなたは……?」


 ルゥリンは、理解の糸口に立とうとしていた。しかし飛んでくる拳を避け、蹴りを捌いているうちにそんな余裕はなくなっていく。今の攻撃をなんとかするのにいっぱいいっぱいで、それ以上を考える暇がないのだ。切れ切れの思考はあるが、連続的に一貫したことを考えることができていなかった。


 また、腕が少しだけ動く。怪人は倒れ、のけ反って痙攣している。


「あなたは、もしかして……」



 ◇



 人間として芳村紫苑の名前を持っていた怪人は「万魔殿」となり、完全に破壊され修復不可能になったその心の代わりに魔物「芳村紫苑」が体を乗っ取っていた。


「おまえにだけは渡さない……」

「無駄だよ」


 精神世界でどれだけ抵抗しても、現実の肉体には何の影響も及ぼさない。それが分かっているだけに、芳村は冷淡だ。


「配下を操る能力を取られてさ。それ以外の能力なんてほんの残りかすみたいなものだ。半分以下になって、それでもまだ強いのには素直に感謝だけど……君は不必要だ」


「そんなはずはない……生み出した本人がいなくなっても、それは分かる」


 後悔の罪と停滞の罪、このふたつは同じようなものだ。とても似ているうえに、重複する点が多い。しかしそれでも違うのは、先に向かうか後ろを見るか、という単純かつとても大きな事実である。


「もしもヨシムラシオンが闇だけに生きるなら、とっくにそうしていたはずだ。あれだけの強い力があって、ほかの怪人を適当にあしらえるなら……。マゾヒストでもないのに学校に通い続けて、光の世界に生き続けた理由は何だ?」


 芳村は「黙れよ」と玉響をにらむ。


「いらないんだよ君は、今この場に。彼は闇に堕ちた。心が壊れて、作り出した架空の自分に身を任せたんだ。僕が何人もいてもしょうがないだろ?」


「俺とおまえは別人だ、「芳村紫苑」。道徳的、倫理的に正しくあろうとしたこの体の持ち主が、自分を抑えきれないことに絶望して――天級にまで成長した。正しくありたかった、人を傷付けたくなかったのに、周りはそれをさせようと仕向ける」


 彼の閲覧する記憶は、暗いものばかりだ。芳村紫苑のこれまでの人生は、泥で()()ぎされた寒色のステンドグラスのようだった。ほんの少し明るくなったかと思えばまた沈み、ほかを照らすほど明るくなれば、真っ暗闇へと墜落していく。虚無感で繋がれた、ある典型的な失敗例だ。


 正しいことだけを言えば、周りを傷付けるのに決まっている。


 自分をいじめた相手を傷付けたくなるのは、ある種当然のことだ。


 いや増す後悔をぎちぎちに抑え込み、衝動はもっと強く抑え込み、絶対に爆発しないようにと亀裂が入るそばからもっともっとと補強していた。爆発したときに大変なことになるのは自明のことだったのだ。


「ある程度は発散できていたはずだ……おまえを使って」


「だろうね。暴力に身を任せれば、楽になれる――でも、君が見た通りだよ。毎度のように彼は同じ後悔を繰り返していた。ストレス解消のために人を利用して、ほんとに申し訳ないなんて……考える必要がないことだったのに」


 相手は一般人ではなかった。変化できるまで成長した、罪深い怪人なのだ。外道に堕ちたバケモノが大半で、ほかから暴力を受けても仕方がないと言い切れる。


「外道と同じ存在になることを、こいつがよく思うはずがない」

「そこまで分かれば、もうそれ以上の言葉はいらないだろ?」


 死んだ人間の心をほぼ完全にトレースできるのは、同じものだからだ。


「教えてくれ……なぜ、彼は死んだ」


「単純なことだよ。心臓も脳も損傷、いや……欠損して、それでも生きている人間なんていない。脳だけならともかく」


「……そうか」


 当たり前と言えば、あまりに当たり前すぎる事実だった。


 人間はもろい。怪人になって人間を超えたつもりだったが、その体がどれだけ強化されていても、ベースは人間なのだ。大きさが変わっていなくて形もほとんど同じなら、見た目の傷は同じ場所に影響が現れる。


「脳が半分吹き飛んだだけでも無理だ。心臓が無くなれば死ぬに決まってる。適切な処置を施す前に闇で形だけ直しちゃったから、医者も手出しできないだろうね」


「それで、いいのか?」

「君が思うような迷いなんて、僕にはないんだよ」


 あくまで相手は絶対の存在だと思い込んでいる。これはチャンスだ。


「そうだとは思えんな」

「なんだって?」


 瞬間に、玉響は芳村に肉薄した。自分と同じ顔が、驚愕に歪む。抵抗なく、グロテスクな音を立てて沈み込んだ腕が相手を貫く。


「ご、が……っ」


 相手の動きがほとんど止まった。


「離せっ」

「おまえこそ、体を俺に渡せ」


 魔はすべて戦いに出払っている。ここにいるのはたった二人だけだった。


「やめろ、僕を……殺す気か!?」

「殺しはしない。ただ、しばらく昏睡(ねむ)っていてもらう」


 芳村の手が、何度も玉響を殴る。手のひらでしばいているだとかいたずら心のようなものでなく、本当に相手を殺そうとしているかのような、凄まじい音が響いていた。


「や、め……ろ」


 しかし、それもそのうち力を失くしていく。ほとんど子供を撫でるような拳が、ぽすんと玉響の背に落ちる。


「陰陽どちらも必要だろうとは思うさ。だが傾きすぎるのは禁物だ。おまえはまだ誰も殺していないだけ許せる……眠れ、芳村紫苑。誰も殺さないように」


 胸にぽっかり開いた大穴に、すぐさま黒い泥水のようなものが覆い被さって傷を塞ぐ。それでも完治にはかなりの時間がかかることになるだろう。急速に治させるつもりなどさらさらなく、彼は応急処置の施された体を放置した。


「もともとのそいつは、そういうやつだったろう」


 わざとらしく設置された台の上に転がる体は、何の答えも返さない。精神世界でもなければ即死しているのだろうに、彼は血の一滴も流してはいなかった。



 ◇



 黒い、とげとげした、五つ目の怪人がさらに暴れ狂う様子は、見ていて痛々しいというほかなかった。統率が取れなくなった怪物たちは広がった泉に沈んで撤退し、さらなる災害を避けている。その時点でどうやら最大の脅威は去っているが、問題は本体の「万魔殿」がまだ自分を取り戻していない、ということだ。


 武器もなく、配下もいない。徒手空拳で、ただ暴れている。相手を倒そうという意志も感じられない。スピードはともかく、狙いがめちゃくちゃになっている。


 もう避ける必要もない。そして、魔物の攻撃を警戒する必要もない。


「大丈夫……もう大丈夫だから。これで終わりにする」


 白い流星のように、天使は直線に進む。そして、莫大なエネルギーが解き放たれた。ほんの一瞬で怪人は吹き飛び、装甲の欠片をばらばらと散らす。そしてルゥリンは光芒を引きながら飛び上がり、放物線軌道の中で落下に転じようとした体を再度殴り飛ばした。神聖な光を纏った拳に舞い上げられて、ひどく怒った様子で怪人は攻撃に向かおうとする。


異能(ちから)には頼らない。私の身体(ちから)だけで取り戻してみせる!」


 ルゥリンは、彼を凄まじい勢いで蹴った。くの字型に折れた体は恐ろしいまでの勢いで上昇してゆき、バキ、ビキリと痛々しい音を立ててめちゃめちゃに損傷する。


 地面に落ちて身動きしなくなった黒い怪人の体へ、天使は注意深く近付く。青年のそれというよりは、一回り大きくなってしまった大人のものに見える。やがてそれは卵の殻のように割れ、黒い液体へと還元されて体内に吸収されていく。


「……一発で、済ませて……欲しかったな。全身が痛い」

「おかえり」


 口から黒いものをこぼしながらも、彼は「ただいま」と言った。






 怪人が現れたが、謎の赤い怪人が現れてそれと刺し違えた――などという荒唐無稽かつ証拠がまったくない千里鈴の言葉は、彼女の美しさゆえか、あまり抵抗なく受け止められたようだ。そこにいて状況を目撃していた人々は全員がひどい目に遭い、またそれぞれの元の姿を確認していなかったために、芳村紫苑のことも「黒いのにやられた被害者」として扱うことになった。


「でっち上げの嘘とはいえ、あれを正義の味方扱いするのはどうかと思うが」


「人々の幸福を踏みにじったことは絶対に許さん! とか言ってたわ、あの怪人。もちろんその前に「私が食べるはずだった」が入ってたけど」


 猟奇というよりはある種のコレクターや美食家のような立ち位置だった「紅蓮」は、どうやらこの街で何人もの素晴らしい獲物を見つけていたらしい。ところが芳村が特殊災害を起こしたせいでその獲物のほとんどが深刻なトラウマを植え付けられてしまった。おそらくは彼の食べたい味にひどい雑味が混じったのだろう。紅蓮は激昂していた。


「電車が吹き飛んでたんだけど、「恐竜みたいな怪人」が救助活動を積極的にしていたんだそうよ。ただ無言で、すごく苛立った様子だったみたいだけど」


「……確認作業をしたら、全部がダメになっていた、ということだろうな」


 収穫前の思わぬ災害で、獲物はすべてダメになった。鬱憤を晴らそうとして芳村に襲いかかるのもやむを得ないことだ。芳村自身がそれを報復と解釈しても、ある意味で正解だと言える。もっとも義侠心も正義感もなく、「食物に泥を撒かれた」からという身勝手なものだったのだが。


『みなさーん、そろそろごはんできますよー』


 気の抜けたお姉さんの声が傷んだ市役所全体にアナウンスをする。ようやくすべてが終わったかのように、彼らは立ち上がった。

 ぽっと出のお姉さんに全部持ってかれてしまった。


 次回、最終回です。お楽しみに。

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