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日雇いコリーの茫漠な端末

ご閲覧頂き誠にありがとうございます。

 町についてすぐ、俺たちはラウラにフードを被せて宿に入った。多少疑われはしたが、まあ大丈夫だろう。俺はラウラとパティーを部屋に送ってから隣の部屋に入った。半ば倒れるようにベッドに座り、深いため息を吐く。正直なところ、かなり混乱していた。状況が整理できないのだ。あのフェルトという女性は何故レティを殺したのだろう。それに、パティーが狙われているリ理由も分からなかった。

「結局分からずじまい、か……。あと手がかりっつーとパティーぐらい――」

「お呼びですか?」

 ドアの向こうから聞こえた声に、俺は小さく跳び上がって驚いた。どうして都合よくそこにいたのかは謎だが、とりあえずドアに近づく。

「そこにいるのは、パティーか?」

「失礼な人ですね。パティーがパティーでないはずがないでしょう」

 抑揚のないパティーの声に、俺はドアを開けた。彼女は食事が乗ったステンレスのトレイを持っている。慌てて時計を見るともう二時過ぎだった。

「あぁ、悪い。手間かけたな、ありがとよ」

「ええ、どういたしまして」

 パティーは小さく頭を下げると、そのままドアを閉めようとした。俺はとっさにそれを押さえる。

「なぁ! その――パティー。ちょっと話があるんだ。時間あるか?」

「何ですかいきなり、不気味ですね。ですが、主のところにいるとそれはそれで面倒なので居座らせて頂きましょう」

 主のところが面倒、というあたりで、俺はパティーに質問攻めをするラウラを思い浮かべた。確かにそれは大変そうだ。俺は苦笑を浮かべると、パティーを部屋に招き入れた。するとパティーは椅子をスルーして一部屋に一台ずつ設置されている給湯器の前に立った。そして、胸ポケットから何かを取り出す。どうやらティーパックのようだ。

「パティーは紅茶が好きなのか?」

「はい。よく口にするのはアールグレイですが、どちらかと言えばダージリン派ですね。と言っても、見るからにブラックコーヒー派のコリーさんには分からないでしょうけれど」

 俺の好みを適確に言い当てると、パティーは紅茶に口を付けた。紅茶には詳しくないから分からないが、おそらくダージリンなのだろう。パティーの様子から、何となくそう思った。

「――と。こんな話は無意味ですね。本題は別にあるのでしょう?」

 俺が黙っていると、パティーが静かに口を開いた。カップを両手で包み込みながら俯く。

「ああ、そうだな。引き延ばしにしてどうにかなることでもない。――パティー、お前どうして狙われてたんだ?」

 パティーの指がぴくりと動く。しかし、表情に変化は見られなかった。

「フェルト様にとって、パティーは仇なのです。彼女の不幸の上に、パティーはいますから」

「仇……? どういうことだ? いや、話したくないなら別にいい。強制はしないぜ」

 沈黙が続いた。パティーは紅茶の中を覗き込んでいる。そして、ゆっくりと顔を上げた。

「……コリーさんは、自分がなんなのか分からなくなることはありませんか?」

 いきなり何を言い出すのかと思いながら、俺は答える。

「合ってるのかどうかは分からないが……小さい頃、『一期一会』とか言ってたな。だが、今じゃ日雇い。雇い主との関係なんてそれっきりだからな。もう、自分が何のために日雇いなんざやってんのかも忘れちまったよ」

 戦災孤児である俺にとって、生きることは何よりも難しく、そして大切なことだった。だから、人との関わりなど気にしている余裕がなかったのだ。

「いいえ、それで合っています。――それでは少し、パティーの話をしましょうか」

 そこまで言うと、パティーは少しだけ首を傾げて流し目をした。

「パティーが作られるとき、たくさんのヒトの血が使われました。だから、パティーを産んでくれたヒトは一人ではありません。――だから、パティーに親という概念はありません。つまり、パティーの存在を証明してくれるヒトはどこにもいないのです」

 切なそうに瞳を伏せ、まつげを揺らす。何も考えていないみたいだ。

「だからパティーはパティーのことを名前で呼びます。パティーがここにいて、今生きていることを言い聞かせるために」

 そう言うと、パティーはカップを握りしめて俺を見た。ゆっくりと瞬きをする。

「他人を不幸にして産まれたパティーのことが、フェルト様は憎いのです」

 憂いを帯びた瞳を潤ませるパティーに、俺は何も言えなかった。ただ時間ばかりが過ぎ行く。俺には、パティーの悲しみを支えてやる自信がなかった。

お読み頂き誠にありがとうございました。

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