人形パティーの無自覚な憤慨
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薄暗い林道を駆け抜ける。目的地はまだもう少し先だ。ワタシは歩調を強めると、振り返って言った。
「ここまで来ればまあ大丈夫かとは思いますが、念には念を入れて隠れ家まで行きます。きちんとパティーについてきて下さい」
「ついてくるのなにも、引っ張ってるじゃないか……」
ワタシの後ろで主が呟いた。その更に後ろではコリーと呼ばれていた青年がため息を吐く。
「とりあえず、その隠れ家ってのは安全なんだな」
コリーさんがワタシの横に並んで問いかける。心なしか呆れているように聞こえた。ワタシは小さく首を傾げる。
「安全です。パティーの家ですから」
ワタシはあの場所の説明に最も適していると思われる言葉を用いて返事をした。にもかかわらず、二人の顔は引きつっている。
「? どういたしましたか?」
「いや……こんな森ん中に家があるのかと思って――ッ!?」
コリーさんは気まずそう答えると、驚いた顔をして足を止めた。主も呆然と同じ方向を見ている。
「あの、さ。パティーの家って、まさかアレ――じゃないよね?」
主が青ざめた顔で森の先を指差す。その先にあったのはワタシの家、もとい研究所だった。あちこちにツタが張り巡らさせており、お世辞にも綺麗とは言えない。むしろ廃墟と言った方が正しいだろう。
「ああ、着きましたね。ここです、行きましょう」
私が言うと、二人は口を開けて肩を落とした。そして、重々しい足取りでついてくる。主は少し悲しそうだった。ワタシは廊下の灯りをつけると扉を閉めて鍵をかけた。
「ねぇ、パティー。“白薔薇の錬金術師”は、ここで何の研究をしてたの?」
神妙な顔つきで主が尋ねる。コリーさんは心配そうに見ていた。今のワタシにレティを擁護する理由はない。
「ここでは、錬金術による人工生命――つまり、ホムンクルスの研究が行われていました。最近は使われていませんでしたが、昔は頻繁に使用されていましたね」
主も、コリーさんも黙って聞いている。今にも泣き出しそうな主の顔に、ワタシは余計なことを話したくなった。
「……あの方は、錬金術史に残る功績を上げました。“フラスコの中の小人”と呼ばれ、かのパラケルスス以降成功することのなかったホムンクルスを、人と同じ大きさに誕生させたのです」
ワタシは廊下の角を右に曲がって三番目の扉を開いた。ワタシが生まれた実験室だ。鮮明に焼き付いたその記憶に、ワタシは目を細める。
「静かで、一人で、自由なこの場所が、パティーは――」
懐かしい思い出の数々。その全てが、厭わしい。
「大嫌いでした」
主が何も考えていないように驚く。コリーさんは未だに心配そうな顔ををしていた。
「パティー。君はやっぱり……」
「ご心配には及びません。パティーは現状に満足していますから。――とにかく、今日はこの森を抜けることを考えましょう。一息ついたら様子を見て出発しますので、お茶を持って参りますね」
まるで自分のことのように悲しむ主に、ワタシは何だかいたたまれなくなってその場を離れた。何だか自分がよく分からなくなっていた。
――いや、もとから自分なんてものはないのだ。
ワタシは主とは違う。意思を持って動くなんてことはできない。
「ワタシはパティー。“作り物の命”」
ワタシはティーカップにアールグレイを注いで空を見上げた。言葉を持たない草木でさえああも美しく輝くのに、どうしてワタシは沈殿しているのだろう。
どこまでも澄んだ青空へ、問いは空しく消えていった。
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