日雇いコリーの憂鬱な顛末
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訳が分からない。俺はそう呟くと、がっくりと肩を落とした。煙草をくわえ、力なく空を見上げる。仕事を失敗したのはこれが初めてではなかったが、それと同じかそれ以上の新郎を感じていた。原因は分かっている。一週間前、依頼主であったリヒャルダ・ロットーがある少女に殺されたからだ。“アストルガ”と呼ばれていたその少女は、まぎれもなく賞金首のラウラだった。彼女の言っていた“白薔薇の錬金術師”という言葉の意味、そして復讐じみたラウラの言動。その全てが謎だらけだった。
「随分と浮かない顔だな、日雇いコリー。まさか、仕事の失敗で落ち込んでる訳はないだろ? どうしたのさ?」
「……少し、気になる話を聞いたんでな。ジャック、お前、“白薔薇の錬金術師”って聞いたことあるか?」
俺が問いかけると、隣の席の同僚ジャックは顎に手を当てて低く唸った。情報通な彼なら知っていそうだと思ったのだが、やはり無理かと内心焦る。
「白薔薇……はよく分からないが、錬金術師ならそれらしい話はあるな。確かここから西にある“ 星屑の休憩所
スターダスト・レスト
”の周辺の森にある古ぼけた屋敷に、錬金術師を名乗る男が住んでいたはずだよ。名前は……えっと、なんとかレティって言うんだけど……。すまない、どうも最近物覚えが悪くてね」
「いや、十分だ。ありがとなジャック、助かった」
俺が礼を言って立ち上がると、ジャックはにこやかに微笑んで手を振った。その手には領収書が握られている。情報代としておごれということか。俺は気づかれないようにため息を吐くと、それを受け取って支払いを済ませた。ジャックが満面の笑みを浮かべてこちらに手を振る。今度は分かるように大きなため息を吐いてみせた。すると、ジャックが肩をすくめておどけてみせる。彼の動作に疲れがどっと押し寄せてきたため、俺はその場をあとにした。
「星屑の休憩所か……。今出れば着くのは夜だな。――少し散策でもするか」
俺は時計を軽く見やると、近くに立てられた案内板の前に立った。特に行きたい場所はないが、たまには気ままに歩いてみるのもいいだろう。最近大変なことばかりだったから、柄にもなくそんな気分になったのだと思った。
それにしても、ジャックの情報網には脱帽した。諦め半分で聞いてみたのだが、思わぬ収穫が得られた。流石は情報屋と言ったところか。
「となると、あのぬかりないジャックが人名を忘れたのは奇跡だな」
錬金術師を名乗るレティという人物の名字を、彼は覚えていなかった。彼に少しでも人間らしい要素があったことが驚きだ。俺のジャックに対する印象というのは、もっと超人的で理解しがたいものだった。しかし、今回のことで少しだけ印象が変わった。これで、俺の中で理解できない部類の人間は一人になった。
「賞金首のラウラ、か……」
俺は彼女と出会った酒場に貼られた賞金首の紙を見て呟いた。この前の依頼主であったリヒャルダ・ロットーからはアストルガと呼ばれていたが、それが彼女の姓名で間違いないのだろうか。賞金首ともなれば、名前を偽っていたとしても何らおかしくはない。むしろその方が自然だ。
「なんであいつ、あんなことを……」
一週間前に起きた事件以来、彼女は俺の前に姿を現さなかった。恐らくその『レティ』という人物のもとで再会することになるのだろうが、あまり気乗りはしない。できればもっと穏やかなシチュエーションで出会いたかった。しかし、それは無理そうだ。
「復讐、か……。考えたくはないが」
恐らく、ラウラは身内の復讐のために動いている。しかもその対象者は複数のようだ。「次は」と言っていたということは、“白薔薇の錬金術師”以外にもまだいるのだろう。およそ三、四人と言ったところか。
ここまで関わってしまったからには、もう他人のままではいられないだろう。俺は覚悟を決めると、煙草の煙を夕空に吐き出した。
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