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刑事が恋愛リアリティショーに参加する物語  作者: もしものべりすと


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第十六章「送検されるのは俺」

セレモニーの夜。俺は自分の名が、一枚も出ないことを最初から知っていた。


会場は、いつものように暗く落とされ、中央に一本のライトが立っていた。司会が参加者のカードを一枚ずつ読み上げていく。氷室は里佳と加賀美から書かれた。熊沢はまた複数から書かれた。そして澪のカードが、開かれた。


「一ノ瀬澪さんが、身元を預けたい相手は──氷室蓮司さん」


予想していた。それでも胸の奥が、鈍く軋んだ。澪は俯いたままだった。氷室が王子様の笑顔で、彼女に手を差し伸べた。カメラは、その絵を余さず撮っていた。美しい二人。視聴者が待ち望んだ、恋の成就。だが俺には、それが、獣が獲物の首に手をかける瞬間に見えた。


そして、誰の名も書かれなかった者が、二人いた。透と、俺だった。


送検。脱落。俺はこの箱から、去ることになった。


皮肉な話だった。恋の番組で、脱落の名に、送検という刑事用語を使う。その言葉に、俺はいちばん最初に嫌悪を覚えた。人の人生が変わる言葉を演出に使うな、と。なのに今、その言葉が、いちばん正確に、俺の状況を言い当てていた。俺はこの箱で、裁かれ、送り出された。罪状は、信じられなかったこと。



だが、本当の地獄は、その後に来た。


控室で荷物をまとめていると、スタッフが、小さなモニターで、放送済みの回を流していた。番組は、撮影と並行して、毎週オンエアされている。つまり、この一ヶ月の俺は、すでに、何百万人もの視聴者の目にさらされていた。


画面の中の俺は、俺ではなかった。


編集された俺だった。参加者を暗い目で見つめる刑事。深夜に一人、庭を徘徊する男。女性参加者を執拗に観察する、不気味な視線。榊は俺が実際にやった行動を一つも捏造せず、ただ順番と、音楽と、間だけを組み替えた。それだけで、真実を追う刑事は、恋人を監視するストーカーに化けていた。


画面の下には、視聴者のものらしき言葉が、紹介されていた。


『この刑事、こわい』

『澪ちゃん、逃げて』

『ストーカー気質すぎる』


嘘は、一つも、なかった。だからこそ、崩せなかった。真実に、悪意の順番を与えると、それは、真実の顔をした嘘になる。氷室が澪にやったのと、同じことを榊は番組ぐるみで俺にやった。


俺は画面を見ながら、奇妙な感覚に襲われた。そこに映る男の行動を俺は一つ残らず覚えていた。庭を歩いたのも、澪を見つめたのも、深夜に眠れず起き出したのも、全部、本当だ。俺がやった。だが、順番を変え、音楽を乗せ、間を作られると、その同じ行動が、まるで違う意味になった。真実を追う目が、獲物を狙う目に変わった。守ろうとする視線が、監視する視線に変わった。


これは、俺が二年間やってきたことの鏡だった。俺は取調べで、被疑者の行動を並べ替え、いちばん黒く見える筋書きを作り、それを突きつけてきた。事実は変えない。並べ方だけを変える。それで人は落ちる。榊が俺にやったのは、まさにそれだった。俺は自分の得意技で、自分が裁かれる側に回った。因果は、巡っていた。


画面の下を視聴者の言葉が、流れ続けた。こわい。逃げて。気持ち悪い。何百万の人間が、編集された数分間だけを見て、俺という人間を裁いていた。裏を取る者は、いなかった。誰も、本当の俺を確かめようとはしなかった。皆、映されたものをそのまま信じた。榊の言うとおりだった。カメラが映すものが、真実になる。この国じゅうで、それが、証明されていた。


俺はこの国じゅうから、ストーカー刑事として見られていた。県警のイメージを上げるために送り込まれた男が、県警のイメージを地に落とした。広報の企画は、大失敗だった。俺の刑事人生は、これで、終わりだろう。二年前に一度失いかけた居場所を今度こそ、完全に失った。


だが、そんなことは、どうでもよかった。


いちばん、こたえたのは、澪だった。俺は彼女を守れなかった。守るどころか、疑い、突き放し、氷室の腕の中へ追いやった。あの読めない女の光の消えた目。あれが、俺の残した、すべてだった。


二年前と、同じだった。俺は守ろうとして壊した。信じられずに失った。学んだはずだった。もう二度と、繰り返さないと。なのに俺はまた、同じ場所で転んでいた。


控室の蛍光灯が、じりっと鳴った。取調べ室のあの音と、同じだった。俺は椅子に座り込んだ。立ち上がる気力が、湧かなかった。


心の中で、何かが、死んだ音がした。二年ぶりに、信じてみたいと思った、あの気持ちが。テラスの夜に芽生えたものが。俺の手で、洗って、疑って殺した。


そして、澪の弟は、まだ氷室の手の中にいる。俺が去れば、あの姉弟を止める者は、誰もいなくなる。死の匂いが、した。比喩ではなかった。闇バイトに深く関わった末端の人間が、どうなるか。俺は二課の刑事として、知りすぎるほど、知っていた。


闇バイトの実行役は、使い捨てだ。トクリュウの中核にとって、末端の人間は、部品にすぎない。強盗や詐欺の現場に送り込まれ、捕まれば切り捨てられる。捕まらなくても、一度深く関われば、抜けられない。抜けようとすれば、家族を人質に取られる。澪の弟は、その泥沼のいちばん深いところに沈みかけていた。そして氷室は、その弟を握ることで、姉の澪まで沈めようとしていた。


俺はこの構図を正確に理解していた。刑事だから。誰よりも、事件が見えていた。なのに、その俺が、いちばん肝心なところで動けなかった。証拠がない。もう箱の中にもいない。信頼も、権限も、居場所も、何一つ、残っていなかった。事件が見える刑事が、事件を止められない。これほど、無力なことは、なかった。


車の窓の外を街の灯りが、流れていった。一つ一つの灯りの下に誰かの生活がある。誰かが誰かを信じて暮らしている。俺には、そのどれもが、遠かった。俺は信じることに失敗した男だった。二度、失敗した。一度目は、赤の他人を壊し、二度目は、愛した女を崖に追いやった。



撮影所を出る、迎えの車が、来ていた。


俺は荷物を抱えて外に出た。夜だった。書き割りの向こうではない、本物の夜。本物の冷たい空気。一ヶ月ぶりに嗅ぐ、作りものでない匂いだった。だが、その本物の空気は、今の俺には、ただ寒いだけだった。


車に乗り込もうとしたとき、背後から、足音がした。


加賀美だった。


彼女はいつもの可愛い声も、あざとい笑みも、浮かべていなかった。ただ無言で俺の前に立った。それから、右手を差し出した。


その手のひらに、小さな、USBメモリが、載っていた。


「なんだ、これは」


「未編集の素材」


加賀美は低い声で言った。


「あたし、ちょっとした伝手で、編集前の映像、抜いてきたの。榊が切り貼りする前の。──あんたと、澪ちゃんのぜんぶ、入ってる」


俺はUSBを見た。それから、加賀美を見た。


「なんで、これを俺に」


加賀美は少しだけ、笑った。今度は、あざとくない、素の笑みだった。


「あたし、計算で動く女だって、言ったよね。──でも、たまには、計算に合わないことも、してみたくなるの。あんたが、澪ちゃんを本気で見てた目。あれだけは、演技じゃなかった。それ、あたしにも、分かったから」


彼女は俺の手に、USBを押しつけた。


「見なよ。編集される前の本当のやつを。──あんたが、いちばん読めなかった女の本当を」


そう言って加賀美は背を向けた。


「じゃあね、刑事さん。せいぜい、後悔しなよ」


車のドアが、閉まった。撮影所が、遠ざかっていく。俺の手のひらの中で、小さなUSBが、やけに重かった。


その中に、俺が二年間、恐れ続けてきたものの答えが、入っているとは、このときは、まだ思っていなかった。

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