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刑事が恋愛リアリティショーに参加する物語  作者: もしものべりすと


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第十四章「送検の演出」

翌日から、番組の中の空気が、変わった。


最初は、些細なことだった。俺が話しかけると、里佳がさりげなく席を立つ。透が俺を見る目に警戒が混じる。誰かが、参加者たちのあいだに俺についての良くない話を流している。そう気づくのに時間はかからなかった。


流しているのは、氷室だった。


だが氷室は、決して、自分の口からは言わない。詐欺師のやり方だ。噂は、必ず、他人の口から流す。氷室は加賀美や里佳にこう囁いたのだろう。相馬さんって、ちょっと怖くない? みんなのこと、ずっと観察してるみたいで。刑事だからって、俺たちのこと、監視してるんじゃないかな、と。


事実に、少しだけ嘘を混ぜる。俺が人を観察しているのは、本当だ。その本当の上に、監視という悪意を薄く塗る。すると、俺は参加者を見張る、気味の悪い刑事になる。


これは、詐欺師が、いちばん得意とする技だった。まったくの嘘は、いつか綻びる。裏を取られれば、崩れる。だが、真実に一滴の毒を混ぜた噂は、崩れない。なぜなら、その大部分は、本当だからだ。俺は取調べで、この手の噂に、何人もの被疑者が、はめられるのを見てきた。真実の中に悪意を溶かす。溶かした悪意は、もう真実と、見分けがつかない。


そして今、俺自身が、その手にかかっていた。皮肉だった。人の嘘を見抜く男が、真実を使った嘘に絡め取られていた。しかも、その真実を提供したのは、俺自身のあの行動だった。澪を洗った。人を探るように見た。氷室は俺の本当の行動をそのまま悪意の証拠として使った。嘘をつく必要すら、なかった。


孤立は、じわじわと、進んだ。朝食のテーブルで、俺の周りだけ、席が空く。誰かと目が合うと、すっと、そらされる。この箱は狭い。逃げ場がない。二十四時間、カメラに囲まれ、九人に遠巻きにされる。その圧力は、想像より、ずっと重かった。俺は二年間、署の中で一人だった。だが、あのときは、少なくとも、悪意には、囲まれていなかった。ここでは、笑顔の裏の悪意が、常に俺を見ていた。


そして、その噂の材料をいちばん多く提供していたのは、皮肉なことに、俺自身のあの行動だった。俺は実際に澪を洗っていた。人を探るように見ていた。氷室は俺の本当の行動をそのまま悪意の証拠として使った。嘘をつく必要すら、なかった。



榊もこの流れを歓迎していた。


「相馬さん。いい感じよ」


編集ブースの前で榊が俺に言った。モニターには、参加者たちが、俺を遠巻きにする映像が、映っていた。


「孤立する刑事。疑心暗鬼の中心にいる男。──視聴者は、こういうの大好物なの。あなたのおかげで、今期は、過去最高の数字になりそう」


「俺を悪者にするのか」


「悪者じゃないわ。主役よ。──ただ、ちょっと、壊れてもらうだけ」


榊の目は、笑っていなかった。この女にとって、俺という人間は、もう一つの物語の素材だった。疑い、孤立し、暴走する刑事。その物語を彼女は最後まで、美しく撮るつもりでいた。俺が本当に壊れようが、真実がどこにあろうが、関係なかった。カメラが映すものが、真実になる。榊はそう信じている。


俺は抗弁しなかった。抗弁すれば、それすら、暴走する刑事の絵になる。この箱の中では、何をしても、榊の物語の一部にされる。俺は初めて、自分が、誰かの手のひらの上で、完全に踊らされていることを実感した。



味方は、二人だけだった。


「相馬さん、気にしないほうがいいっすよ」


熊沢は相変わらず、俺の隣で飯を食っていた。噂など、まるで、意に介していなかった。


「俺、相馬さんが、悪い人じゃないの知ってるんで。だって相馬さん、俺に、何も隠してないって言ってくれたじゃないっすか。あんな正直な人が、悪いことするわけないっす」


単純な理屈だった。だが、その単純さが、今の俺には、ありがたかった。


茜も変わらず、俺に話しかけてきた。


「相馬さん、ハメられてるよ、あれ」


彼女は頬杖をついて、氷室のほうを顎で示した。


「あの王子、うまいことやってる。自分は手を汚さないで、あんたを悪者にしてる。──あたし、ああいうのいちばん嫌い」


「なんで俺の味方をする」


「あんたが、いちばん嘘つかないからだよ」


茜はあっさりと言った。


「この箱、嘘つきばっかじゃん。その中で、あんただけ、下手くそなくらい、正直。──だからあたし、あんたのこと、信じることにした。理由なんて、それで、十分でしょ」


理由なんて、それで十分。俺には、その感覚が、まだ分からなかった。だが、茜の言葉は、氷室の言葉とは、逆の方向から、俺の胸に届いた。



その夜、事件は、決定的に動いた。


俺が寝室を少し空けていたあいだのことだった。俺は私物の手帳を枕の下に置いていた。いつもは、肌身離さず持っている。だが、その夜だけ、俺はシャワーのあいだ、それをベッドに置いていった。


戻ってくると、寝室の入り口に澪が立っていた。


彼女は俺の手帳を手に持っていた。開いた、ページを見ていた。


俺の内偵の記録。澪を被疑者として洗った、あのページを。


「澪」


俺の声に彼女は顔を上げた。


その顔を俺は一生、忘れないだろうと思った。


さっきまで、彼女はたぶん、俺を頼りに来たのだ。弟のことで、追い詰められて、もう一人では抱えきれなくて。この箱で、たった一人、信じられそうな相手に、助けを求めに来た。


なのに、その相手の枕元には、自分を被疑者として洗った記録が、あった。


澪の目から、光が、消えていくのが、分かった。信じかけていた相手が、自分をずっと疑っていた。探っていた。その事実が、彼女の中で、静かに何かを壊していく音が、聞こえるようだった。


「見て、たんですね」


澪は掠れた声で言った。


「わたしのこと、ずっと。──疑って、たんですね」


俺は何も、言えなかった。


弁解の言葉は、あった。守るためだった、と。事件を解けば、君を救えると思った、と。だが、その言葉は、二年前、俺が自分に言い聞かせた言葉と、寸分違わなかった。守るために洗う。守るために疑う。──そして、二年前、俺は守ろうとした相手を壊した。


今、俺は同じことを繰り返していた。手帳を握る澪の指先が、白くなっていた。あの花に触れる、優しい指先が。


「わたし」


澪の声が、震えていた。


「今日、相馬さんに、話そうと、思って、来たんです。弟のこと。ぜんぶ。──もう、一人じゃ、抱えきれなくて。この箱で、たった一人、あなただけは、わたしに、嘘をつかないって、思ってたから」


一言ごとに、俺の胸に刃が刺さった。


「あなたなら、疑わずに聞いてくれるって。ばかみたいですよね。──あなた、刑事なのに。疑うのが、仕事なのに」


澪は笑おうとした。だが、笑えなかった。代わりに、目の縁に、透明なものが、盛り上がった。彼女はそれをこぼすまいと、天井を見上げた。


俺は一歩、彼女に近づこうとした。だが、澪は後ずさった。テラスの夜、氷室から後ずさったのと、同じ動きで。今度は、俺から。


その一歩の後ずさりが、俺の胸を二年前より、深く抉った。


俺がいちばん、疑ってはいけない相手を俺は疑った。俺がいちばん、信じるべきだった相手を俺は洗った。テラスの夜、信じてみたいと思った、あの気持ちを翌日には、二年間の習慣で塗り潰した。そして今、その報いが、この光の消えた目として目の前にあった。


「もういいです」


澪は手帳を俺の胸に、押しつけるように返した。


「あなたは、あなたの仕事をしてください。わたしは、被疑者、なんでしょう」


被疑者。その言葉を澪の口から聞くのは、この世で、いちばん聞きたくない言葉だった。俺が彼女につけてしまった、いちばん残酷な名前だった。

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