ep.85
「マリエル!!!」
完全に固まってしまっていると、隣からかなりの勢いで揺さぶられる。
間近に迫ったフェリアはとても大きな声で私の名前を呼んで私の意識を戻した後、切迫したように言った。
「マリエルはガブエラ様のところに直接行って!私は看護師さん呼んで対応してもらうから!」
「え...」
「早く!」
未だ回りきらない頭で混乱していると、フェリアは酷く焦りながら私の手を引いて病室を出た。出る瞬間、扉に肩をぶつけて辺りに派手な音が鳴る。
その痛みでようやく冴えてきた私は、状況と、フェリアの指示の意図を理解し、フェリアの手をぐっと引っ張って立ち止まる。
「マリエル!?」
「ガブエラさん向こうなんです!さっき見ました!」
「...分かった!じゃああとで!」
「はい!」
先ほど魔力検知で見たとき、ガブエラさんはいつもの休憩室にいた。ホールとは真逆の方向なので、フェリアとは一旦別行動だ。
人が少ないのが功を奏して閑散とした廊下を全速力で走る。すれ違う看護師さんの驚いた視線すら意識に止めず、ただがむしゃらに走って部屋に向かった。
「ガブエラさん!!!!」
「おわぁ!!!何!?え、なになになになに!?!?」
「話は向かいながら!」
バン!と扉を開け放ち、思い切り体を揺らして驚いているガブエラさんの手を取って廊下に出る。無理やり引っ張って走ったほうが恐らくは速いからだ。
「ねぇ、もしかして―
「はい!師匠です!!ただ脇腹からかなり出血してて」
「はいぃ!?...っチッ...なんで確認してないんだ...!」
「とにかく急ぎましょう!多分あの出血量からしてかなり深いです!」
ガブエラさんを半ば引きづるように走らせ、ラズさんの部屋に戻ってくると、担架が丁度部屋から出てくるところだった。そのすぐ後ろにはフェリアがいるので、スムーズに事が運ぶよう、手配してもらったのだろう。フェリアも私を認識したようで、目を合わせて互いに頷きあう。
「マリエルちゃん。僕は今から手術に向かうけど、君はセシリアを呼んできてほしい。あ、治癒魔法使いね。王都から真っすぐ東の方角にある大森林にいるはずだから、転移魔法で向かって。どれだけ持たせられるか分からないから早くね」
「分かりました」
ガブエラさんは言うだけ言ってがらがらと運ばれていくラズさんの後を追っていった。
残された私は使命を果たすべくホールに走った。また船をこいでいる受付さんに断って中に飛び入り、地図のありそうな書類を探す。
「あの!地図ありますか!書いてあれば何でもいいんですけど!」
「え、ち、地図ですか!?」
あわあわと困惑している受付さんに、自分でも書類をひっくり返しながら尋ねると、机の下に置かれていたカバンをごそごそと漁り、一冊の本を差し出してくる。
「ええっと、薬草の本なんですが、分布図のページに地図があったはずです...」
「ありがとうございます!」
ブレスレッドを外しながら本を受け取った私は、目次から分布図のページを調べて開く。
恐らくは私物であろう本を受け取ってしまった手前かなり抵抗があったが、なんといっても緊急時なので仕方がないと割り切って、件のページを破り、現在の地点と教えてもらった地点とが重なるように折る。そして手元にあったペンで穴を開け、特異魔法でゲートを開いた。
「すみません!あとで弁償しますので!」
「あわわ...わ、わかりました...?」
完全にショートしてしまっている受付さんに謝って、ゲートをくぐると、特有の眩暈の後、体が支えを失い、とんでもない浮遊感に襲われる。
(外!?)
てっきり魔界を経由するものだと思っていたのだが、どういうわけか今回は直接、それも設定した場所のはるか上空に飛ばされたようで、私は真っ逆さまに落下していた。
あまりに高いので特異魔力の節約のためにすぐに浮遊せず、しばらく落下していると、森の一角に見覚えのある模様が浮き出ているのが見える。結界魔法を知っているのは一部の人間のみで、使用までできるのは私とセシリアさんしかいないため、あそこにセシリアさんがいるとみて間違いない。
私は浮遊魔法を一瞬起動し、体制を整えた後、風魔法を足元に炸裂させて目的の場所に向かった。節約という側面もあるが、こちらのほうが乱暴な分、速いのだ。
一回飛んだところで、空に描かれた紋様にひびが入った。すぐさま魔力検知で確認すると、結界の回りをおびただしい数の魔獣が囲っているようで、他人を触媒にしない純粋な結界魔法では限界が来てしまったらしい。
私は体制を崩さないようにとやや加減していた風魔法を、今回は体が壊れない程度に全力で放った。
その甲斐あって、かなり早く到着した私は、浮遊魔法に切り替えて勢いを逃がし、今にも壊れそうな結界の上空で静止した。間髪入れずに結界魔法を使い、セシリアさんの結界が砕けるほんの寸前に壁を張る。そして、特異魔法で辺りの魔獣を纏めて吹き飛ばした。これでセシリアさんを引き抜いた後でも危険な状況になる事はないだろう。
魔力検知を使い、一番大きな魔力の場所に飛んでいくと、長い金髪の女性が茫然とした表情で私をみていた。
「あの...セシリアさん...であってますか?」
少し不安になりながら訊くと、それだけでセシリアさんは大方の状況を察したようで、はぁとため息をついてから苦々しく頷いた。
「そう。私がセシリアだよ。...で、ここまで来たのはあれ?年貢の納め時ってわけ?」
「いえ、師匠が戻ったんです」
「は...」
「あ、意識はまだなんですけど、脇腹から大量出血してて...」
「待って待って!!出血!?けど意識はない...って事は身体機能だけ戻ったってこと!?」
「い...いや、そこまではわかりませんが、とにかくガブエラさんに頼まれて。連れて来いと」
ガブエラさんの名前を出すと、ピンときたようにセシリアさんは頷いてこちらに歩いてくる。
「あなたのお陰でこっちの心配は無くなったし、行くよ。連れてって」
「わかりました」
セシリアさんがすぐそばに来たのを確認して、私はポケットに突っ込んでいた地図とペンを取り出し、もう一度ゲートを開いた。
これで本日三度目、小さな浮遊魔法も含めれば五度目となる特異魔法の使用でかなり眠気があったが、重い頭を振って自分を激励し、セシリアさんを手招きする。
「これに入ればすぐ病院です。ただ、宙に投げ出されるかもしれないので、手を繋いでいてください」
「うげ、高いとこ苦手ぇ...頼んだよ...」
「任せてください」
私を避けていると聞いていたので少し渋るかとも思ったのだが、案外すんなり手を出してきたので、それをしっかり握って中に入ろうとすると、セシリアさんから「あ、待って」と呼び止められる。
「行く前に、ちょっと治しとくね」
「え?」
何を、と聞く間もなく繋いだ手から魔力が流れてきて、あっという間に私の体を満たした。
それはあまりにも懐かしい、体を内側から温めるような感覚で。
「な、なんで...」
「ふふっ。不思議?これでも《《出涸らし》》なんだけどねー。ラズの事は何度も治してるからさ。治癒魔法の性質上、ラズの魔力もほんのちょっとだけど混じってるの。まぁ付け加えると君のことも何度も治してるから勝手が分かるんだー」
セシリアさんはそう言ってぱちりとウインクをすると、「ほら行こ」と私の背を押した。
ぐいっと押される形で入ったゲートの出口は、どうやらちゃんと地上だったらしく、眩暈で視界は使えないものの、浮遊感に襲われることはなく、ひとまず肩を撫でおろした。
晴れた視界で辺りを見ると、どうやら今回はかなり正確に設定できたようで、私達はホールの真ん中に立っていた。
「はえぇー。すっご...」
関心したように呟いたセシリアさんは「じゃ、大丈夫そうだね」と言って手を放した。
「あ...」
本当に無意識に、その手から貰った温もりが名残惜しくて手を伸ばしてしまった私を見て、セシリアさんは笑った。
「大丈夫。本物にもうちょっとで会えるから」
「...はい。お願いします」
「ふふっ。任せてー!」
たったった、と走って行ってしまった背中を見送り、ホールには私ひとりが残った。
セシリアさんが来たのだから、きっと大丈夫なのだろう。なんせ、街中で致命傷を負った私の救助でさえ間に合ったのだから。ガブエラさんがいれば風前の灯火のような命でも永らえさせられるし、セシリアさんがいれば、死んでから少し経っても元に戻せる。
きっと大丈夫だ。
大丈夫。
「お願い......」
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