ep.24
朝起きて一通りの準備を終えた私は、鏡の前で顔を振り、耳の下でゆらゆらと揺れる魔石を感慨深く見ていた。とうとう完成し、昨日ラズさんが受け取りに行ってくれたものだ。
ラズさんはもともと真っ黒なピアスをしていたからそれを付け替えるだけでよかったのだが、私は新しく穴を開ける必要があったので、ラズさんに軽く炙った針で耳たぶを刺してもらった。思ったよりも痛くはなかったものの、刺す前の緊張で心臓がおかしいくらいに脈打っていて、その反動か耳に穴が開いた頃には手足に力が全く入らなくなってしまって、うなだれる私にラズさんがピアスを付けてくれた。
いざ自分についているのを見ると、なんだか少し大人になったような気分がする。耳がほんのり重たくて、ラズさんの魔力がじんわりと感じられた。
私は鏡の前でもう何度か顔を左右に揺らした後、もう何分もこうしていることにハッとして鏡から目を引きはがした。
外出するのでラズさんに一声かけようかとも思ったが、朝食の後自室に行ってしまったっきりなのでなにか作業の邪魔になっても悪いと思い、私はそそくさと玄関に向かった。
ドアを開けると冷たい風が頬を叩いた。それでも寒くないのはラズさんに買ってもらったローブが非常に上等なものだからである。
買ってもらった時こそ『お金が...』と思ったのは否めないが、こうなってしまえば感謝しかない。
しかし身長がまだまだ伸びそうなので一生物にならないのが少し残念というか、もったいなく感じてしまう。ただここから身長が伸びなかったら伸びなかったで余りにも小さすぎるし、ラズさんに子供扱いされ続ける事が目に見えているので成長に期待してはいるのだが。
記憶と照らし合わせながら町を歩いていると、やけに視線が自分に向いていることに気づく。
今日は隣に美男子もいなければ後ろにクマのぬいぐるみを引き連れているわけでもない。どこかおかしいことがあるんだろうか、とそこまで考えて思い出した。
そういえば私のこの白髪は珍しいのだ。
今まで旅をしてきて同じ髪色だった人は一人としていないし、なんなら人生で白髪の人に会ったのは自分の母親ぐらいのものである。
勿論老化による髪の脱色で白髪になっているおじいさんおばあさんは見かけるが、生まれた時から白髪というのは相当珍しいようだ。
どうやらそれは以北地域でも変わらないようで、そうと分かれば確かに人の視線は好奇の色が強い。
しかし以南地域でも珍しがられることはよくあったがここまでではなかった。
まぁ差し詰め白髪に関する風潮や噂があるんだろう。正直私の知ったことではないし染めるつもりも毛頭ないが、私の評価は師匠であるラズさんの評価にも関わってくるわけで、余りに悪いものならば対策も考えておかなければいけないかもしれない。
と、つらつらと考えながら歩いているとあっという間にお目当ての場所についていた。さっすが私。
言われてみれば魔法院の周りには色の違う道がぐるりと敷かれているし、魔力検知で確認してみると何人かがぐるぐるとそれに沿うように移動しているのが分かる。
ローブで運動というのもいかがなものかと最初は思ったが、実際狩りをしているときに『魔力検知に引っかからない普通の熊や狼が気づけば近くに』、なんてことは多々あるので実戦を想定しておいて損はないだろう。
それにこのローブは伸縮性に優れているため運動にそれほど不便を感じない。
誰かの真後ろについて行ってしまうのもやや気まずいので、私は魔力検知で人々の場所を大方確認して人と人との中間の位置から走り出した。
結果的に言えば非常に運動不足を感じた。
最初こそ風を切る感覚や足を回すリズムが心地よかったが、十周程したところで足は重たくなってくるわ脇腹は痛くなってくるわでなかなかに苦しいものがあった。
「お嬢ちゃん大丈夫かい?よかったらこれ飲んで?」
「あ、どうもありがとうございます」
走り終えた位置から一番近かったベンチで息を整えていると、パリッとした印象のおじいさんが話しかけてきた。
この人は確かここら辺のベンチに座って景色を見ていた人で、何周もしている手前、何度も顔を合わせたので最後のほうは若干気まずかったのだが、そこそこの距離走っていた私を心配してくれたのか、スポーツドリンク手渡してくる。
一瞬、お父さんに言われていた『知らない人から物をもらうな』という教えが過ったが、続けざまにお母さんの『人の善意は有難く受け取りなさい』という教えがそれを上書きしたので、ありがたく受け取ってゴクゴクと飲んだ。
汗で流れた塩分と水分を補うようにぐびぐび飲んでいると、おじいさんが「よくそんなに走れるねぇ」と感心したように言った。
こういう時心配ばかりされると、悪いとは思うのだが多少辟易してしまうので話をそちらにシフトしてくれるのは有難い。
「運動は好きなので、昔からよく走ってたんです」
「にしたってすごいけどなぁ、将来は騎士団...て思ったけど、その恰好は魔法使い?」
「はい、先日弟子入りして今は見習いです」
こっちにも騎士団はあるらしい。
正直ラズさんを見ていると魔法が強すぎて騎士団の存在価値を疑ってしまう。よもや魔法と剣を組み合わせていたりするのだろうか。燃える滾る剣や、剣を振ると飛ぶ風刃なんかを想像したが、そうまでして剣に拘らずとも魔法で事足りるような気がしてならない。
「すごいなぁ最近の子は。じゃあ僕はもう行くね、魔法の勉強頑張って!」
「飲み物有難うございます、お気をつけて」
おじいさんは渡すだけ渡して会話もそこそこに帰ってしまった。なんとかお礼だけ伝えると背中越しにひらひらと手を振ってくる。なんともクールで格好いいおじいさんだ。
まだ足がかなり重いし急ぐ理由もあまりないので、私は飲み物を飲み切ってから帰ることにして、おじいさんの居たベンチに腰かけた。
運動後特有の眠気に抗いながら、今度は周りの景色を見ながら帰路を歩いていると、ふと、パチパチと物が燃えるような音と供に悲鳴が聞こえてくる。
疲労感も眠気も正直限界だったものの、聞こえてしまったものはしょうがない。このまま帰って後日人が死んでしまったなどと聞いたら寝覚めが悪すぎる。
休ませろと文句を言う体に鞭を打って音の方向に向かうと、やはりというか家が轟々と燃え上ってる。
外傷をこれ以上悪化させずに消火するなら燃えている範囲の酸素を消してしまえばいいのだが、中に人がいた場合、死にはしないものの後遺症が残る可能性があるので、ここは素直に水で消火することにした。
家の真上にたんまりと水を生成してどばっと落とすと、残ったのは焼け焦げて中が丸見えになり半壊した家だけとなる。魔法で出した水は私の足と同じ高さまで落ちたら消えるように設定したので辺り一面が濡れることもなく、被害は最小限に留められた。
というかこの街には魔法使いがわんさかいるのだから最初からこうしていればいいのではなかろうか。
そう思って周りを見ると、皆一様にこちらを凝視している。あまりの光景にびくりと震えた後、後ずさりしたのは正常な反応だろう。
「あなたが消したの...?」
丁度お母さんと同じくらいの女性があり得ないといわんばかりの声で聞いてくる。手癖のようなもので、魔法を使うときに腕を持ち上げたのを今さら後悔しながら、嘘をつくわけにもいかず「えっと、ハイ」とたじろぎながら答えた。
途端にざわつくのは勘弁してほしい。
「どうやって消したの!?」
「ど、どうやって?ふ、普通に...?」
同じ女性がぐいと距離を詰めて聞いてくる。正直ものすごく怖い。
どうやってと聞かれても、ただ水を出して消しただけなのでどう答えるのが正解なんだろうか。
思い切り狼狽している私を前にその女性はなおも詰め寄ってくる。
「あなた、もしかして知らないの!?あれは何をしても消えない”消去の火”よ!?魔法だろうが実物だろうが水をかけたって消えないし、というか何をしてもあの火は消えないの!!」
「えっと...でも実際消えましたし...」
もはや剣幕が凄すぎて何か悪いことをした気になってくるのだが、私がしたのは火事の被害にあっていた家を消火した、で合っているのだろうか。
これで神聖な儀式を邪魔したとかであれば笑えない。悲鳴も聞こえていたし、ないとは思うが。
「助けてくれてありが......ん?君は......さっきのお嬢ちゃん?」
話が嚙み合わなさ過ぎてわなわなとしてきた女性に、最早叱られている気分になって小さくなっていたところ、家の中から家主と思わしき人物が出てきた。
こうゆう奇跡は意外と起きるものである。この家の主は先ほど飲み物をくれたおじいさんだった。頭の端っこでぼんやりと『世界って狭いなぁ』なんて思う。
おじいさんは私と女性との間で何度か視線を彷徨わせた後、どこか会得したようにため息をついた。
「ティア、お嬢さんが困ってるだろう?詰め寄るのも程々にしなさい」
「お父さん...」
「お父さん?」
優しいおじいさんは怖い女性を”ティア”と呼んでたしなめている。どうやらお二人は親子のようだ。
「うちの子が悪かったね、その様子じゃお嬢ちゃんが何とかしてくれたんだろ?」
「は、はい」
前の尋問の衝撃が頭に残っていて、どこか怯えた様に返した私に、おじいさんは「ガハハ」と愉快そうに笑っている。
結構笑い事じゃないんだなこれが。
「ティア、恩人に詰め寄りすぎだ、ちゃんと謝りなさい」
「ご、ごめんなさい!つい...」
「い、いえ、私は大丈夫ですので...それよりおじいさんは大丈夫ですか?」
おじいさんが顎で促すと、あっけなくティアさんは謝ってきた。察するに、何らかの事情があってどうしようもなかった事があっけなく解決してしまって混乱したんだろう。
目の前の女性―ティアさんは、いざ話してみれば怖いというよりもむしろ物腰の柔らかそう...というか物静かそうな雰囲気をまとっている。
とにかく質問攻めから逃れられてほっとしたところで、ひょっこり現れたものの今の今まで火の海に居たはずのおじいさんを見ると、額には汗がにじんでいるし肌も先ほど見た時より上気しているが焦げていたり火傷していたりするわけではなさそうでひとまず安心した。
おじいさんも「暑かったぐらいだよ」と笑っているから大丈夫だろう。......なんというか精神力が強すぎるだけな気がしないでもないが。
「こりゃでっかい恩ができちゃったなぁ。老いぼれにできる事なら何でもするよ?」
ま、まずい。
こういった時に「じゃあこれが欲しいです!」と言えればお互い気持ちがいいのだが、如何せん物欲が薄いせいで何と言ったらいいのかわからない。
「え、えっと...あ、じゃあさっきの飲み物でちゃらってことで!!」
......我ながら、言葉選びのセンスを疑う。
逆の立場で考えて、『じゃあそれで』とは絶対にならない。というか一歩間違えれば『あなたの命なんて飲み物一本分ですよ』と言っているようなものである。これは非常によろしくない。
みるみる不安になっていく私におじいさんはまた「ガハハ」と一笑い。
「流石に飲み物の一本で命救ってもらうわけにもいかないし、今度改めてお礼しに行くよ。お師匠さんにもお礼したいしね?」
「えっと...わ、わかりました」
そもそも見返りが欲しくてやったわけではないし、正直言えば割と自己満足でやったので申し訳ない気持ちはあるのだが、ここで頑なにお礼を貰わないというのも相当失礼なので有難く頂戴することにした。
その後、念のため覚えておいた住所を教えて二人とは別れた。
好きなものを聞かれたので素直に『ケーキです』と答えたのだが、これでケーキを頂いてしまうとまた走りこまなければいけなくなるわけで。まぁそれを差し置いても好きなものは好きなので楽しみにしておくことにした。
というかラズさんの住所をしれっと教えてしまったわけだが大丈夫だろうか。というかラズさんはギフテッドであり、かなりの有名人なので住所を見たら気づくのではないだろうか。最悪書き間違いだと思われるかもしれないので魔力検知でそれらしき人がいれば外に出て顔を見せたほうがいいかもしれない。
一段落つくと忘れていた疲労感と眠気が先刻よりも勢いを増して現れてきて、ラズさんには悪いが事情を話してお昼ご飯は外食にでも行ってもらうことにした。流石にここから料理となるとそれこそ塩と砂糖を間違えかねない。
私は重い足取りで少し逸れてしまった帰路に戻った。
「おかえりー」
「......た、ただいま、です」
紆余曲折あったものの何とか無事に帰宅してリビングの戸を開けると、部屋から降りてきていたらしいラズさんが私の姿を認めるなり”おかえり”と言ってくれた。なんだかんだ一週間以上を供に生活しているが、”おかえり”と言われたのはこれが初めてだ。
元から私の居場所云々は過剰なくらい十分に確保されていたと思うのだが、ラズさん直々に『ここが居場所だ』と言われているようで、何とも言えないくすぐったさを感じながら、やや上ずった声で返すと、ラズさんはどこか嬉しそうに相好を崩した。
「迷子にならなかったか...ってお前なんかやつれてない?」
「色々...ほんとに色々ありまして...」
「へぇ?」
あまり表に出しすぎないようにしていたのだが我がお師匠様にはお見通しらしくあっさりと看過されてしまった。
話すことが多い、というか内容が濃すぎたので濁すしかない私に、ラズさんは懐疑六割、心配三割五分の声を返してくる。残りの五分は...珍しい物を見るようなものな気がする。
待ってほしい、私だってあんなことがあればへとへとになる。というか運動しに行ったのだから疲れて帰ってくるのは普通だと思うのだけれど。
「まぁとりあえず昼寝でもしろ、俺は午後から予定あるから昼飯は要らん」
ラズさんは見かねた様にそんなことを言った。
昼食はこちらからお願いしようとしていたのだが先手を打たれてしまった。午後から予定が入っていて昼食がいらないならあらかじめ伝えておいてくれるはずだし、恐らく、というかほぼ確実に気を使ってくれたのだろう。
「ありがとうございます、夕食の時間になったら起こしてください」
疲れている時の気遣いほど身に染みるものはない。ふわふわとしたものが胸をあたためるのを感じながらはにかんでお礼を言えば、ラズさんは少しだけ目を見張った後、ふいと目を逸らして「ん」と短く答えた。
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