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25 モブ、旅人の追放を断るⅢ

「おい凡人、なにぼうっとしている。後ろがつっかえているぞ」


 イスファーナがゲシゲシと足を蹴ってきた。トロッコに乗りこもうとしたところでもの思いにふけってしまっていたオレはふと我にかえる。


「すまない」


 慌ててトランクを積みこむ。後ろではアルハンゼン先生がイングラシウスの手を借りてラボの器具をトロッコにのせていた。


 オレの顔をのぞきこんだイスファーナが顔をしかめる。


「貴様、青い顔をしている。休んだほうがいいのではないか」


「い、いや。いい」


 オレは力なく首をふった。


 それでもまだ疑わしそうにしているイスファーナだったが、アルハンゼン先生に話しかけられてそちらの積みこみの手伝いにいく。残されたオレはため息をついた。


 未だに疑ってしまう。まだ妖精のみせる幻と言われたほうが信じられた。


 銃後でぬくぬくと暮らしたいというずっと抱いていた願いがこうもあっさりと叶うとは。オレは宝くじのような幸運に恵まれたことに未だ首をかしげているのだ。


「おいおい、辛気臭い顔をしているじゃないか。君の願いを叶えてあげたんだよ、なら僕としても君には笑っていて欲しいんだけれど」


 ふと顔をあげると、モルグレイドが笑っている。


 ほかのメンバーたちと違ってモルグレイドには辞令が下っていない。つまり、モルグレイドは一人でこのオグダネル城跡に残るのだ。


「いや、まだ信じられなくてな」


「いやいや、もうトロッコに片足つっこんでるじゃないか。まさか軍大学についてからも疑ったままなんじゃないだろうね」


 モルグレイドとしては冗談を口にしたつもりなのだが、オレはまったく笑えなかった。そんなオレを目にして、モルグレイドが顔をひきつらせる。


「……ま、まあ一ヶ月もすれば教官の務めがいそがしくて疑いなんて抱いているひまもなくなるさ」


 そうであることを祈ろう。


 背後のトロッコではアルハンゼン先生の積みこみも終わろうとしていた。巨大なフラスコをベルトできつく締めあげている。


「あー、そうだな。モルグレイドも達者でな、死なないように気をつけてくれ」


「はは、ここは戦地だぞ。僕だって死ぬ時は死ぬさ」


 オレはモルグレイドの顔がどこか暗いことに気がついた。


 なんだか嫌な気がして、オレは眉をひそめる。もうとっくに病からは治っているはずなのに、今のモルグレイドは今にも死んでしまいそうなそんな儚さがあった。


 思わずオレは口走ってしまう。


「これまでのメンバーの件といい、このオレたちの辞令の件といい、モルグレイドにはとても世話になった。なにかオレにしてやれることはないか」


「べつに、戦友なんだからそれぐらいどうってことないさ」


 すげなく断られて、オレとモルグレイドは黙りこんでしまった。ようやくすべての荷を積みこんだのか、いよいよトロッコは走りだそうとしている。


 後ろから歩いてきたアルハンゼン先生がモルグレイドの肩をたたいた。


「モルグレイド、そろそろである。ミッカネンも頭をぶつけたくなければトロッコにそろそろ座るべきと考える。モルグレイドも、一歩さがったほうがいい」


 アルハンゼン先生に従ってオレはトロッコに乗りこむ。トロッコをひっぱる蒸気車が白煙とともに雄たけびをあげた。


 なにかを思いたったかのようにモルグレイドが顔をあげる。


「……ごめん、やっぱりお願いしていいかな」


「わかった、なにをすれば………ムッ!」


 そして、身を乗りだしていたオレに口づけをした。ほんの一瞬の後、モルグレイドの桜の唇が遠ざかっていく。


「な、なっ!」


 顔を赤くするオレと違って、モルグレイドはうるんだ瞳で顔をくしゃりとさせて笑った。その姿に、なぜかオレは言葉を失う。


「ありがとう、おかげで思い残すことはもうないよ」


 トロッコが軋んで走りだす。あっというまにモルグレイドはみえなくなった。




 ◆◆◆◆◆



 王都は、とても穏やかだった。


 オグダネル城跡では気の休まる時などなかった。常に妖精たちが攻めてきていたし、砲撃の爆音で耳がおかしくなる兵も数えきれない。


 ベッドで寝ている時もいつ妖精が扉をつきやぶってくるかと考えてしまうのが狩人あるあるで、いよいよ己の命を絶つ時のために爆薬を抱いているやつもいた。


 だが、ここでは違う。


 たしかに、歴史書で習うぐらい昔から続く戦争の影があちこちにみえ隠れしているが、それでも戦地ではありえない光景があった。


 子どもたちが狩人ごっこと口にして、路地でおもちゃの銃をふりまわしている。休日には街はいきかう人でにぎわい、幸せな笑顔があちこちに咲いていた。


 これもすべて人類が滅びかけのところから死にもの狂いで戦って、オグダネル城跡のある地峡で妖精たちを封じこめられたおかげなのだろう。


 だから、こうして人類はかつての栄華をとりもどしつつある。妖精たちとの戦争のためには栄えた銃後こそが求められると偉い人たちがやっきになった果てだった。


 軍に入ってから十年、ずっと妖精と殺しあってきた。


 いつも目にするのは灰に沈んだ森や沼地で、土と肉片まみれになりながらがむしゃらに駆けぬけてきた。そんなオレが、初めて目にした光景だった。


「ずいぶんと人類も栄えたものだな」


「い、いえ! これもミッカネンさまのような英雄の功績あってのことです!」


 軍大学についてからオレにつけられた秘書は新米の兵のようで、いつもびくびくしている。なんだかなぁ、とオレはため息をついた。


 英雄だなんだと讃えられていてもオレはただの狩人、己の幸せのために妖精と戦っているというのならこの新兵と違いはない。


 ただの教官だというのに秘書をつけられたりと、オレはむずがゆい思いだった。


 あれほど逃げたかった戦地が、なぜか今は逆に恋しく思えてくる。それに、軍大学にきてからもずっと胸もとにつっかえる大きな心残りがひとつあった。


 ひとり残った、モルグレイド。


 オグダネル城跡を後にする時に目にした、あの悲しげな笑顔になぜか心がざわつく。なにか、とてつもないことを隠されているのではないかと気がかりになる。


 だが、そうはいっても今のオレにできることはなにもない。


 来年から入ってくる学生たち、オレの軍大学での軍務はそれを優れた狩人に育て上げることになっている。


 オレはため息をついて穏やかすぎる書類にとりかかった。



 ◆◆◆◆◆



「ちょっとよい時に帰ってきたのである」


 王都のはずれ、下宿にとった家に帰ったその時であった。


 オグダネル城跡で嫌と言うほど目にした白衣がはためく。今や王都のラボで上級フェローとして一大プロジェクトを率いるアルハンゼン先生が、そこにいた。


「なんだ、またベッドに潜りにでもきたか」


 懐から鍵をとりだしながらため息をつく。


 オグダネル城跡ではずっとオレにくっついて寝ていたアルハンゼン先生は、王都でもオレのベッドを狙っている。いつもオレの帰りにあわせて訪れてくるのだ。


 まぁ、深夜に魔術で入りこんでくるイスファーナよりはましだろうか。


 げっそりとした顔を隠すことなく、アルハンゼン先生に目をやる。そして、なにかがおかしなことに気がついた。


 妖精のいないはずの王都で、背後に兵器をひきつれている。まるで、それらが求められることを知っているかのように。


「モルグレイドについて話があるのである。ミッカネンには話すべきと考える」


 思わず目をみひらく。どうしてオレがモルグレイドについての疑問で頭を悩ませていることを知っているのだ。


 アルハンゼン先生が懐からなにやら試験管をとりだす。青く光る薬品のなかで輝いているのは、銀の髪の毛だった。


「モルグレイドは人でない、それが探求の果てだと考える」


 アルハンゼン先生は静かにオレをみつめた。

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