22 モブ、牧師の崇拝にとまどうⅥ
妖精の森はいつものように黒く静まりきっていた。
火薬と閃光弾で煌々と輝くにぎやかな戦地に知らないふりをするように、チカチカとまたたく星天は穏やかに眠りについている。
「……」
オレとイングラシウスは黙りこんで荒れ山にへばりついていた。
イングラシウスにオレの思いが伝わったかはわからない。だが、イングラシウスがまた心から笑えるようになるまでいつまでもつきまとうつもりはあった。
「きれいだな、星」
『ソウデスネ、泣イテシマイソウナホド美シイデス』
スケッチブックに筆を走らすイングラシウスの顔は隠れていて、その胸のうちを知ることはできない。
そういえば、イングラシウスがオレたちのパーティーに入ったのもこんな夜だった気がする。あの時はとにかく妖精の群れにつっこんでいくもので実に困った。
ガンギマリショタにとんでもない馬鹿をつけられたと思ったほどだ。
傷だらけで帰ってきたイングラシウスの頭を殴って、怒鳴り散らしたことは今でも思いだせる。あの時とくらべれば、イングラシウスはましになったのだ。
だったら、幸せに笑うことだってできるはずである。
◆◆◆◆◆
パキリと、枯れ木の折れる音が聞こえた。
「イングラシウス」
一言語りかけ、オレはロングソードに手をかける。ここに新たに兵がやってくるとはアグラシュタインからは聞いていない。
誰なのかわからないのならば、つまりそれは妖精だと踏んで考えるべきだ。
まったくこっちはイングラシウスについての悩みで頭がいっぱいだというのに、困った話である。妖精ももうすこし気をつかってくれていいではないか。
「……いけるか」
『ラジャー』
イングラシウスがスケッチブックを懐にしまう。その一瞬をついて暗がりから妖精たちが飛びだしてきた。
「っ、後ろからもきている。囲まれたな」
恐らくは毒なのだろう緑の雫をまき散らしながらカラスがつっこんでくる。その首を断ちながら、オレはまわりに目をやった。
なるほど、ガンギマリショタの言う騒がしいとはこのことか。
どうやら戦地をまわり道してオグダネル城跡の後ろまでやってきたらしい精鋭の妖精たち。オレたちが戦っているこいつらは恐らくそんなところだろう。
ちらほら厄災が紛れこんでいるのがみてとれる。なるほど、これは骨が折れる。
ただの妖精で銃を手にした兵や砲弾で殺せるほど、大妖精となれば狩人をくりださなければ倒せず、厄災と戦える狩人のパーティーは片手でたりる。
厄災というのはそういうものである。
ボロボロの頭巾をかぶった大妖精をサイコロに斬りきざみながら、オレは背後から飛びかかってきた野犬のような妖精を蹴り飛ばした。
そうして吹き飛ばされた野犬の妖精は、一瞬の後に拳で頭を砕かれる。
骨片を飛び散らせながら、イングラシウスが拳をふりぬいた。
大木ほどもあるでっぷりと肥えた人の姿の妖精が、その身のほとんどをえぐりとられる。白い脂がうかぶ肉がボチョリと岩にはりついた。
たしかに、厄災までこの妖精の群れにいたのは驚きだ。
だが、とオレはイングラシウスに後ろをまかせ、妖精の群れに斬りかかっていく。これぐらいの死地ならいくらでもオレたちは戦ってきた。
イングラシウスの拳が、岩に潜りこんだ妖精ごと大地をつらぬく。
イングラシウスの魔術はその身を鋼鉄となす。砲弾、火炎、毒ガス、ありとあらゆる魔術でもっても傷ひとつつけられない、その狂拳が妖精の命を狩っていく。
負けじと、ロングソードのひとふりで五つの妖精の首をはねる。
やがて、背と背をあわせてオレとイングラシウスは妖精たちに囲まれた。かなりの数の妖精を殺したはずなのだが、それでもまだまだ山のようにいる。
「イングラシウス、後ろは頼んだぞ」
だが、オレは負ける気などしていない。
いつものような、とりつくろったような笑みをやめたまっすぐな瞳のイングラシウスがそこにいた。優しげな、しかししっかりとした己の光を秘めている。
ここにいるイングラシウスは今までのイングラシウスではない。
かつての呪縛からときはなたれた、ひとりの人になったイングラシウスだ。背教をなすというゲッシュをこの上ないかたちで叶えたのなら、負ける道理がなかった。
一言も口にせず、しかし一瞬にしてしめしあわせたようにオレたちは駆けだす。
荒れ山にて、しばらく血しぶきと断末魔が荒れ狂った。
◆◆◆◆◆
あの山での戦いからしばらくして、イングラシウスはもとの心優しい牧師となって帰ってきたようにみえる。だが、今のイングラシウスはただの聖人ではなかった。
己の幸せを考えることのできる、ひとりの人だ。
「また馬鹿なことをしているな、イングラシウス」
『(*^^*)b』
コーヒーと紅茶を混ぜあわせて、なんとも言い難い謎のカップを作りあげているイングラシウスにオレはあきれた顔をしてしまう。
まあ、これもイングラシウスなりの試みなのだろう。
これまでずっと己というものがなかったイングラシウスは、なにが楽しいコトなのかもわからないでいる。しばらくは馬鹿なことをしてみるのもいいのかもしれない。
『(>_<)』
「作ったからにはきちんと飲み干したまえ、もったいないのだから」
あたりまえというかなんというか、一瞬口をつけただけで目を白黒させているので美味しくはなかったらしい。うるうるとした瞳で残りを飲んでいた。
「それで、楽しいことはみつかりそうか」
『今ハマダ。デモ、帰ルトコロガ今ハアリマスカラ』
スケッチブックを手にして、イングラシウスは恥ずかしそうに笑う。
「それはよかった。オレになにか手伝えることがあったら言ってくれ」
その笑顔に、オレのほうまで心が暖かくなった。イングラシウスはこれまでずいぶん苦しんだのだ、しばらくはうかれていても誰も怒りはしないだろう。
『ソウデスカ! ソレデハ、お願イシタイコトガアリマシテ……』
「なんでも口にするといい」
コーヒーを飲みながらオレは頷いた。イングラシウスがもじもじと恥ずかしそうに頬を染めてスケッチブックをみせてくる。
『(/ェ\) シャツヲ頂ケナイデショウカ』
「ゴホッ、ゲホッ、ガハッ!」
コーヒーが気道にトリプルアクセルしながらつっこんできた。慌ててハンカチをさしだしてくれたイングラシウスに断りを入れながら、胸をばんばんとたたく。
頭をよこぎったのは祭壇の棚にあったオレの品々。うやむやになっていたあの光景を思いだしてオレは脂汗がういてきた。
いや、まだ訳を聞いていないから。もしかすると違うかもしれないから。
「そ、それをもらってなにをするつもりなのかね」
『(≧▽≦)礼拝ニ求メラレルノデス』
「は?」
ぱあっとイングラシウスが笑う。いつもならそのほほ笑ましい笑顔になんでも許してしまいそうになるのだが、今日ばかりは聞き流せそうになかった。
「れ、礼拝とは……」
『ソノ……ミッカネン様ニ祈リヲ捧ゲテイルト心ガトテモ落チツクノデス』
オレに祈りを捧げる? なんだかとてつもなく嫌な気がしてきた。
オレのシャツやら絵やらが祭壇の棚にあったのは、もしかするとただ単に隠しているのではなく祭壇に祀る品として納められていたとしたら。
イングラシウスのゲッシュがカチリとはまる音がした。
背教って、まさかそういう……? サリウス教の神に祈りを捧げているふりをしてその実オレを祀っていたとか、そういう……?
かつての世ではそういえば隠れキリシタンが仏像のふりをしてマリア像を祀っていたりしたな。今その話をするのはキリスト教にとてつもなく失礼な気がするが。
ふと、考えてみる。
誰もいない一室でイングラシウスがまわりに目をやり、そっと祭壇からオレのシャツをとりだす。そして床に跪いて祈りを捧げているのだ。
「す、すまない。それについてはまた話そう」
オレは冷や汗をかいているのを隠しながら残りのコーヒーを飲み干す。そしてすぐさまダイニングホールを後にした。
今すぐ、とオレは焦る。
今すぐ、オレのベッドの脇の棚に鍵をつけなければ。イングラシウスの一室をふと訪れた時、オレのシャツに祈りを捧げているのに鉢あわせするとか考えたくない。
生まれて初めてストーカーに悩むアイドルの思いがわかったかもしれない、オレは頭をかかえた。
……ちなみにひとり残されたイングラシウスは、じっとミッカネンの残した飲みさしのカップをみつめている。




