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21 モブ、牧師の崇拝にとまどうⅤ

 今に限っては人類は妖精たちよりも優勢にあるが、長い戦争の歴史でそれは実にめずらしいことである。むしろこれほど妖精の森に迫ったことはなかっただろう。


 ほとんどの時で人類は負け続けで、いつも滅びかけだった。


 オレが生まれた時も違わない。人類は敗北を重ねに重ね、領土をバラバラにひきさかれ、息を潜めて暮らさなければならなかった。


 だから、妖精すら考えもしないような恐ろしくおぞましい手段に訴える者も数えきれないほどいたのだ。あのガンギマリショタがましにみえるほどである。


 イングラシウスはそんな人類の傷跡なのだ。


 イングラシウスは人類が勝つためならばなんでもするサリウス教においてさえ眉をひそめられた狂信者たちが密かに築いた修道院、そこで育てあげられた。


 そこでの考えるのもおぞましい業はかつてイングラシウスが語ったとおりだ。後にその跡地にて憲兵は百にのぼる子どもの遺骨をみつけている。


 たしかにイングラシウスは優れた狩人で、百人力の頼れるメンバーであることには違いがない。が、どう考えても失った倫理にくらべてあまりにも実りがなさすぎる。


 はやい話が、狂気だけで人類を救えるのほどこの死にゲーは甘くないのだ。


 その修道院の末路は、オレのサリウス教嫌いを激しくするとともにメンバーのひとりの人生をぐちゃぐちゃにして終わった。つまりは無駄だったのだ。


 オレはとにかくイングラシウスを気にかけ親しくしてきた。しだいに心から笑うようになったのを目にして、かつてを乗り越えたのだと思いこんでいた。


 だが、それはオレの思い違いだったらしい。


 ベッドの上で悪夢にうなされているのかイングラシウスが顔をしかめる。毛布からだらりと垂れたその手をオレは握りしめた。


 歯ぎしりしながらイングラシウスがオレの手に爪をたてる。オレはその痛みを甘んじてうけ入れて黙りこんだ。


 これだからオレはこの世が嫌なのだ。


 死にゲーと笑って『妖精たちの狩人』をプレイしているうちは楽しかった、なぜならそれはただのゲームなのだから。


 だが、リアルになれば話は違う。人は生きていて、そして絶望している。


 己がいつ妖精に食われるのか脅えて、イングラシウスの悲劇に怒りこそするものの胸のうちでは己がいつ狂気に飲まれてもおかしくないと思っている。


 誰も望みや夢がない、いつ死ぬかもわからないのだから。


 オレはそれが正しくないことを知っている。かつて穏やかなゲーマーとして生きたからこそ、たとえそれが思いあがりだとしても、生きる楽しみを知っている。


 それをせめて親しい人には気づいて欲しい。


 だから、オレは嫌われようと努めながらも時にはメンバーを気にかけてきたつもりだった。上官として、戦友として、心を砕いてきたつもりだった。


 だが、オレはイングラシウスを救えてはいなかった。


 暗い一室でオレは静かに息をつく。せめてでもオレはイングラシウスが幸せになれるよう試みたかった。



 ◆◆◆◆◆



「さあ、いくぞ」


 イングラシウスが起きてからすぐ、オレは軍務と口にして戦地からはずれた荒れ山を訪れていた。イングラシウスはなにか疑うように首をかしげている。


 まったくあのガンギマリショタを頷かせるのには苦労した。


 休みに狩人を軍務につかせるのは軍規がどうのというで、これから十日オレの休みはいらんと言ったらアグラシュタインのやつ笑ってやがる。


 その時になってからオレはハメられたことに気づいたのだ。


 そんなどうでもいい話をしながら、オレたちは大砲の煙で枯れきってしまった木々のあいだを登っていく。イングラシウスは黙ってオレの後をついてきていた。


「さて、軍務というのはこの荒れ山で一晩森のほうの妖精どもに目を光らせることだ。このごろなにやら騒がしくなっているからな」


 イングラシウスに遠くにみえる黒く沈んだ妖精の森を指さす。この荒れ山は戦地からはなれた人類の領土にあるので、こうした情報集めにもってこいなのだ。


 岩だらけの山肌に転がり、じっと戦地と妖精の森に目をやる。


 もう夜だというのに絶えず撃たれる砲弾の火花と空で輝く閃光弾が戦地を昼のように照らしている。火薬の香りが遠くここまで伝わってきていた。


「はてさて、この戦争というのはいつまで続くんだろうな」


 イングラシウスは黙ったままだ。


 『妖精たちの狩人』によれば後五年ほどでプレイヤーキャラが妖精のボスを殺してこの戦争を終わらせることになっている。もちろんゲームどおりにいけばだが。


 しかし、そんなことはオレのほかは誰も知らない。


 イングラシウスにとって、いやあのアグラシュタインにとってさえも心のどこかではこの戦争がずっと続くと思わざるをえないのだろう。


「まったく滅入ってくるな。イングラシウス、君はなにかこの暮らしのなかで楽しいと思うことはあるか」


 口を閉ざしたままのイングラシウスがかすかに震えた。


 サリウス教の教えに縛られたままのイングラシウスは、己が楽しむとか喜ぶとかいう話を嫌う。だが、今こそオレはそこに踏みこまなければならなかった。


 震える手でスケッチブックに文字が書きこまれる。


『楽シイコトナドアリマセン。逆ニ軍人ナラ人類ノタメニ喜ビナドステテ戦ウベキデハナイデショウカ』


「オレは人類のために戦っているわけではないからな、それはよくわからないな」


 イングラシウスがオレの言葉に目をまるくする。


 そうだろう、こんな口をオグダネル城跡できこうものならあのガンギマリショタに殴り殺されそうだ。だが、これはまぎれもないオレの思いだった。


「オレはオレが幸せになるために戦ってるんだ。妖精どもを殺して、いつしか穏やかな暮らしができるって考えてな」


 そもそも死にゲーから逃げようとしているオレが人類のためとか大望をかかげているわけがない。これまで戦いぬいてきたのもすべて幸せになるためだ。


 だが、それでいいと思っていた。


「人類の命運なんてものはひとりが背負いこむには重すぎる。だから集まって軍になって戦っているんだろう」


 今も遠くの銃弾が飛びかう戦地で戦っている兵ひとりひとりにも願ってやまない幸せがあって、それがために人はこうして集まって戦うのだ。


 人類のためなんて大きな思いは誰も運べやしない。でもそれは嘆くことではないのだ、ほんのささやかな幸せだけで人は力をあわせて戦えるのだから。


 だから、オレはイングラシウスに人のためでなく己のために戦ってほしかった。


「己をかえりみないで、誰が人を救うことができるんだ。人に手をさしのべるのはそれが責務だからじゃない、ほかならない己がそうしたいと思っているからだ」


 イングラシウスが耳を手でふさごうとするのをとめる。オレはそんなイングラシウスの手を握りしめながら問いかけた。


「修道院での教えはどうしてもすてられないか」


『ソレガズット正シイト、ソウ教ワッタノデス。己ナドドウデモイイト、ソウ考エルノガ善キコトナノダト』


 イングラシウスが泣きそうになりながら顔をうつむかせる。ミミズののたうったような、いつもの美しいそれとは遠い文字がスケッチブックに書きこまれる。


 いつもならオレはそこで足踏みをした、ここから先はイングラシウスの人生でオレが口をはさむものでもないと言い聞かせて。


「いや、それでは困るな。イングラシウスには幸せになってもらわなければオレが悲しくなってしまう」


 だが、もうそんなことは考えないことにした。


 オレは己の命惜しさにこの戦地から逃げようとしている気ままなロクデナシだ。ならばイングラシウスの人生をめちゃくちゃにしてやろうではないか。


「イングラシウス、その教えは頭から追いだしてしまえ。君には罪などない、だから好きに生きることを楽しめ」


『ヒドイ人デス。神ノ教エノホカハナニモ知ラナイノニ』


 イングラシウスのうるんだ瞳が、じっとオレをみつめる。


 それもそうだ、オレはイングラシウスの生きるためにすがった教えをあろうことか壊そうとしているのだから。だが、それでいいのだ。


「そうだ、ぜんぶオレのせいにしていい。だから君は笑うんだ」


 目をみひらいて、イングラシウスは唇をわなわなと震わせる。どうしてか、オレはそのほうが聖人じみたいつもの姿よりよっぽど人らしいと思うのだった。

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