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第62話:試される力

リゼットは、部屋の中央に置かれた一つの木箱――以前、俺が倉庫で不穏な気配を感じたL-773とは別の、しかし同様に古びて封印が施された木箱――を示した。


「ノア君。君の【収納】スキルが、単なる物品の出し入れ以上の現象――空間への干渉や、特定の『情報』への感受性を示唆することは、これまでの報告と君自身の能力行使で把握している」

彼女の言葉は淡々としているが、その瞳は俺の心の奥底まで見透かそうとしているかのようだ。


「しかし、その正確な性質、制御の可否、そして何より、『バグ』――エリシア君がそう呼称する、あの汚染された情報体に対して、君のスキルがどう作用するのか、あるいは影響を受けるのかを、我々は詳細に検証する必要がある」


リゼットは、初めて俺たちの前で、エリシアが使った「バグ」という言葉を口にした。

彼女なりに、あの現象を理解しようとしているのかもしれない。


「そのため、これよりいくつかの『サンプル』を使用する」

彼女は続けた。


「サンプルに使うものは、先日のD-7区画の騒動に関連して緊急回収されたものや、あるいはそれ以前からギルドが厳重に管理下に置いていた『要注意指定物件』だ。中には、L-773と同等、あるいはそれ以上の空間ノイズを発するものもある。細心の注意を払って臨んでもらう」


やはり、そうだったのか……。

俺はゴクリと唾を飲み込む。


目の前の木箱は、ただの箱ではない。

ギルドがその危険性を認識し、特別に管理している代物。


それを、俺のスキルで扱えというのだ。


「まずは、その木箱だ」

リゼットが顎で示す。


「それを『収納』し、そして寸分違わず元の位置に取り出してみたまえ」


俺は、エリシアと視線を交わす。

彼女は、心配そうに、しかし強く頷き返してくれた。


「大丈夫、ノアならできるよ」と、その目が語っている。

俺は意を決し、木箱へと向き直った。


(集中しろ……! リゼット調査官は、俺のスキルが『バグ』にどう反応するかを見ようとしている。なら、俺がやるべきことは……この箱から感じる『情報』の干渉を、可能な限り制御し、ただの『物』として扱うことだ!)


俺は右手を木箱にかざす。


途端に、頭の中に、L-773と似た、しかしどこか質の違う、不快なノイズと空間の揺らぎが流れ込んできた。

それは、まるで箱自体が不安定に呼吸しているかのような、気味の悪い感覚だった。


(感じるな……! 遮断しろ!)


俺は奥歯を強く噛み締め、スキルから流れ込もうとする余計な『情報』を、意識の壁で遮断しようと試みる。

額に汗が滲み、右手が微かに震える。


力の流れを、無理やり抑え込んでいるような、強烈な負荷。

一瞬、制御が緩み、右手の周囲の空間がぐにゃりと歪みかけたが、俺は咄嗟に意識を集中し直し、それを強引にねじ伏せた。


収納ストレージ……!』


ふっ、と。

木箱は、ほんのわずかな空間の歪みを残して、その場から消えた。


俺は、荒くなった呼吸を必死に整えながら、顔には出さないように努めた。

だが、全身にどっと疲労感が押し寄せてくる。


やはり、ただの物を収納するのとはわけが違う。


「…………」

リゼットは、黙って俺の様子を観察していた。

その表情からは、何も読み取れない。


「結構」

しばらくして、リゼットは短く言った。


「では、取り出したまえ。寸分違わず、元の位置へ」


再び、試練が与えられる。

俺は深呼吸を一つし、意識を切り替える。


(大丈夫……できるはずだ……!)


右手を、先ほど木箱があった空間にかざし、スキルを発動する。

収納した時と同じように、不快なノイズや揺らぎの感覚を可能な限り遮断し、ただ『取り出す』ことだけに意識を集中させる。


ポスン。


軽い音と共に、木箱が元の位置に出現した。

……寸分違わず、置けたはずだ。


俺は、内心で安堵の息をつきながら、リゼットに向き直った。


リゼットは、テーブルの上の木箱を一瞥し、そして再び俺の顔を見た。

その怜悧な瞳が、俺の心の奥底まで見透かそうとしているかのようだ。


「……ふむ。見事なものだ」

彼女は、静かに言った。


「だが」

リゼットは続けた。


「君の『特異性』は、まだ測れていない」

リゼットの瞳が、初めて明確な『期待』のような色を帯びて光った。

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