第58話:光
俺たちが息を呑んで見つめる先、古代の地図は、複雑怪奇な迷宮の全体像と、いくつかの意味ありげな光点を表示し続けていた。
禍々しく明滅する赤い光点は、先ほど俺たちが死闘を繰り広げたコア・チャンバーの位置を示している。
そして、そこから離れた場所に、穏やかな青い光を放つ点が複数、さらに一つ、ひときわ強く清浄な輝きを放つ緑色の光点が見えた。
「……エリシア君、解析を」
リゼット調査官が促す。
「はい!」
エリシアは頷き、台座の水晶らしき制御部を慎重に操作しながら、地図の情報を解析していく。
「赤い光点はやはりコア・チャンバーね……。青い光点はいくつかあるけど、どれもエネルギー反応が比較的安定している区画を示しているみたい。おそらく、迷宮内の小規模なエネルギー供給施設か、あるいは安全な待避所の跡……」
彼女が指し示した青い光点は、どれも今の俺たちの位置からは遠く、そこへたどり着くには、再び汚染された区画を長時間進む必要がありそうだった。
「待って……この緑色の光点……!」
エリシアの声が、興奮と緊張でわずかに上ずる。
「エネルギーの流れが他と全く違う。清浄で、指向性がある……これは、迷宮内に意図的に設けられた特殊経路よ。見て、この経路図の注釈……『最終浄化路経由、外部隔壁ヘ』とあるわ! 地上よ!」
「地上へ!?」
俺たちは思わず声を上げた。
「ええ、間違いないわ!」
エリシアは頷き、興奮を抑えながら続ける。
「おそらく古代の人たちが設けた、正規ルートとは別の道……地上へ抜ける道よ! 地図上では、汚染区画を避けて繋がっている!」
「その緑の光点まで、ここからどれくらいだ?」
バルガスさんが、身を乗り出すように尋ねる。
「距離は……あるわね。でも、地図が示している経路を見る限り、汚染のひどい区画を大きく迂回して、比較的安定した古い通路を通って行けるみたい。それに……」
エリシアは俺を見た。
「ノアがさっき感じた『純粋なエネルギー』、あの通路の先にあるのは、この緑の光点じゃないかな?」
俺は、地図に示された緑の光点と、先ほど自分が壁の向こうに感じた純粋なエネルギーの感覚を重ね合わせる。
「……はい。たぶん、そうです。この通路は、あの緑の光点が示す場所へ続いているんだと思います!」
「よし」
リゼット調査官が決断を下した。
「我々の最大の目的は、コアの暴走を鎮圧し、これ以上の被害拡大を防ぐことだった。それは達成できた。これ以上の深部調査は、改めて万全の態勢を整えてから行うべきだ」
彼女は、負傷したバルガスさんやダリウスさん、そして消耗しきっている俺とクララさん、フィンさんを見回した。
「現在の我々の最優先事項は、全員が無事に地上へ帰還すること。エリシア君、その緑の光点が示すルートを我々が今いるこの部屋から辿れるかね?」
「はい! この地図が正確なら、ここから直接その経路に合流できるはずです!」
「決まりだな」
バルガスさんも頷いた。「もはや、一刻も早くこの忌々しい迷宮からはおさらばしたい」
俺たちは、エリシアがホログラム地図から読み取った情報を元に、この「古の道標の部屋」から、緑の光点が示す「地上への道」へと続く、新たな通路へと足を踏み入れた。
その通路は、俺が最初に感じた通り、清浄な空気に満ち、壁や床も安定しており、バグの影響をほとんど感じさせなかった。
道中は、これまでの過酷な道のりが嘘のように、罠も、危険な異常存在も現れなかった。
俺たちは、互いに肩を貸し合い、励まし合いながら、ただひたすらに、地上へと続く道を歩き続けた。疲労はピークに達していたが、希望の光が見えたことで、足取りは不思議と軽かった。
どれくらいの時間、歩いただろうか。
通路の先に、古びた、しかし頑丈そうな金属製の円形の扉が見えてきた。その扉の向こうからは、かすかに水の流れる音と、そして……地上に近い、湿った土の匂いがするような気がした。
「これは……」
エリシアが扉を調べる。「古代の……地下水路への連絡口かもしれないわ!」
「地下水路?」
「ええ。都市の地下には、古い時代に作られた水路網が広がっているという記録がある。もしこの扉がそこに繋がっているなら、地上への道は近いかもしれない!」
彼女は扉の複雑なロック機構を調べ始めたが、すぐに首を横に振った。
「ダメだわ、このロック、特殊すぎる……。私のツールだけじゃ……」
「ノア君」
リゼットが俺を見た。俺は頷き、エリシアに支えられながら扉の前に立つ。
右手を扉にかざし、意識を集中する。エーテル結晶を取り込んだことで、俺の中に宿った清浄なエネルギーの『波長』。
それを、この扉のロック機構が持つであろう『情報』に同調させるイメージ。
カァン……
再び、澄んだ共鳴音が響き、扉の表面に淡い光の紋様が浮かび上がる。そして、ゴゴゴ……と重い音を立てて、円形の扉がゆっくりと横にスライドして開いた。
その先には、薄暗く、ひんやりとした空気が流れる、石造りの広いトンネルが続いていた。
壁からは水が染み出し、足元には浅い水流がある。間違いなく、地下水路だ。
「やった!」
俺たちは、その地下水路を慎重に進んだ。幸い、敵の気配はない。
しばらく進むと、上へと続く錆びついた梯子と、円い鉄の蓋が見えてきた。
フィンさんが先行し、周囲の安全を確認した後、鉄の蓋を押し上げる。
差し込んできたのは、魔導灯ではない、本物の――
「……太陽の、光……!」
誰かが、感極まったように呟いた。
俺たちは、次々と梯子を登り、ついに地上へと這い出した。
そこは、都市の裏路地のような場所だった。
古びた石畳と、建物の壁。
そして、空には夕焼けに染まり始めた、どこまでも広がる空。
久しぶりに浴びる太陽の光が、眩しくて、温かくて、涙が出そうだった。
迷宮の淀んだ空気とは違う、街の喧騒と、生活の匂い。
ようやく、本当に生きて帰ってこれたのだと、実感が湧いてきた。
「……ギルド本部はこっちだ」
バルガスさんが、まだ痛む腕を押さえながらも、しっかりとした足取りで歩き出す。
俺たちは、疲労困憊の体を引きずりながら、ギルド本部へと向かった。
やがて見えてきた、見慣れたギルドの建物。その入り口付近は、いつもより多くの職員や冒険者たちでごった返しており、何やらただならぬ雰囲気が漂っていた。
俺たちの姿を最初に見つけたのは、ギルドの門番だった。
「お、おい! あれは……リゼット調査官とバルガスさんたちじゃないか!?」
彼の叫び声に、周囲の注目が一斉に集まる。
すぐに多くのギルド職員たちが駆け寄ってきた。
医療班と思われる人々が、負傷したバルガスさんやダリウスさん、そして俺やフィンさん、クララさんの手当てを始める。
リゼット調査官は、すぐにギルドの上層部らしき人物――おそらくバルガスの上官だろう――に、厳しい表情で状況を報告し始めた。
その内容は、ここからでは聞き取れない。
俺は、エリシアと顔を見合わせ、どちらからともなく、深いため息をついた。
そして、小さく笑い合った。
助かったんだ、と。
地下迷宮に残された、あの融合実験体のような存在の謎。
新たに見つかった古代の地図が示す未知の領域。
そして、俺自身の、まだ制御不能なこの力……。
調べなければならないことは、山のように残っている。
だが、今は、この生還の喜びと、束の間の安らぎを噛み締めていたかった。
こうして、俺たちのギルド地下迷宮での戦いは、ひとまずの終わりを告げたのだった。
これにて第2部も完結です……!
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