第56話:共鳴
俺が指差したのは、暴走が鎮まったコアとは反対方向の、ドーム空間の奥まった壁際の一角だった。
そこだけ、他とは違う、清浄で安定した微弱なエネルギーの流れを感じる。
「何かって……壁じゃないか。見たところ、特に変わった様子はないが……」
バルガスさんが訝しげに言う。フィンさんも壁を調べているが、首を傾げている。
「私のツールでも、表面上は特別な反応はないね……」
エリシアも解析ツールを操作しながら言う。だが、彼女はすぐに俺の顔を見た。
「でも、ノアがそう感じるなら……。その『流れ』、もっと詳しく教えてくれる?」
俺は、エリシアに支えられながら、その壁際へとゆっくり近づいた。
目を閉じ、意識を集中する。
(この壁の向こうからだ……。とても静かで、綺麗なエネルギーが、まるで呼吸するように、ゆっくりと……。そして、この壁自体が、その流れと……どこか、共鳴しているような……?)
「……この壁、普通の石じゃないみたいです」
俺は、感じたままを伝える。
「奥から流れてくる、すごく純粋なエネルギーと、この壁の『情報』が、同じような……波長? を持っている気がします。だから、外からは何も感じなくても、俺にはその『繋がり』が……」
「波長が同じ……共鳴……?」
エリシアは目を見開いた。
「まさか……! この壁、あるいはこの先に続く道は、特定のエネルギーパターンにしか反応しない、一種の『共鳴式ロック』になっているのかもしれない!」
「共鳴式ロックだと?」
リゼット調査官が眉をひそめる。
「そんなものが、こんな古代の迷宮に……?」
「ええ。古代技術の中には、特定の波長を持つエネルギーや、あるいは特定の『情報キー』にのみ反応して開く扉や通路の記述があります。物理的な鍵や仕掛けを一切持たない、高度なセキュリティシステムよ」
エリシアは興奮を隠せない様子で説明する。
「だが、その『特定のエネルギー波長』とやらを、どうやって俺たちが作り出すというんだ?」
バルガスさんが、もっともな疑問を口にした。
その時、俺は気づいた。
以前、エリシアさんの提案で、あの危険なエーテル結晶の欠片を体内に取り込んだ時のことが脳裏に蘇る。
あの時、俺の体には純粋なエーテル結晶のエネルギーが流れ込み、俺自身のスキルや生命力と融合したような感覚があった。
そして、今もまだ、俺の体の奥底には、あの清浄なエネルギーの『残滓』あるいは『波長』が、微かに息づいているのを感じる。
(もしかして……俺が、あの壁と『共鳴』できる……?)
「ノア君、何か気づいたのかね?」
リゼットが俺の表情の変化を捉えていた。
「……あの、やってみてもいいですか?」
俺は、意を決して言った。
「俺のスキルで……いや、スキルというか……俺自身から、あの壁が求めているかもしれない『波長』を……送ってみます」
「あなた自身から……?」
エリシアが驚いたように俺を見る。
「危険ではないのか、ノア君。君はまだ消耗している」
リゼットも懸念を示す。
「大丈夫です。今度は、力を暴走させるような使い方じゃありません。ただ……同調するだけ、です」
俺は、自分でも確信はないながらも、そう答えた。
リゼットはしばらく俺を見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「……分かった。試してみろ。だが、少しでも異変を感じたら、すぐに中断するんだ」
俺は頷き、再び壁に向き直った。
深呼吸をし、意識を集中する。
暴走したスキルではない。
エーテル結晶を取り込んだことで、俺の中に生まれた、新たな力の『感覚』。
清浄で、安定したエネルギーの『波長』。
それを、ゆっくりと、右の手のひらから、壁へと向けて放出するイメージ。
俺の手のひらが壁に触れるか触れないかの距離に近づいた瞬間。
右腕が、そして体全体が、温かい光に包まれたような感覚があった。
それは、エーテル結晶の欠片を取り込んだ時と似ているが、もっと穏やかで、制御された流れだった。
そして、目の前の壁が、その光に呼応した。
カァン……
高く、澄んだ音が響き渡る。
壁の表面に、それまで見えなかった複雑な紋様が、今度は俺の手のひらから放たれるのと同じ、穏やかで清浄な青白い光を放ちながら、鮮やかに浮かび上がってきたのだ!
紋様は、まるで生きているかのように脈打ち、俺から発せられるエネルギーの波長と完全に同調し、共鳴している。
「……! 本当に……共鳴してる……!」
エリシアが、息を呑んでその光景を見つめている。
バルガスさんたちも、驚きと信じられないといった表情で、固唾を飲んでいた。
光る紋様が、壁全体へと広がっていく。
そして、壁の一部分が、音もなく、滑るように内側へとスライドし始めた。
その奥には、暗く、しかし明らかに人工的な、どこかへ続く通路が口を開けていた。
そこからは先ほど俺が感じた、清浄で安定した微弱なエネルギーの流れが確かに感じられた。
それはこれまでのバグに汚染された通路とは全く違う、清浄な空気を運んできているかのようだ。
「……道が……開いた……」
フィンさんが、呆然と呟く。
「信じられん……。これが、ノアの……」
バルガスさんも言葉を失っている。
「……君は、一体何者なんだね、ノア君」
リゼット調査官が、静かに、しかしその瞳の奥に強い興味を宿して、俺に問いかけた。




