第48話:欠片
眩い光と轟音が完全に収まった後、打ち捨てられた研究室跡には、異様な静寂だけが残されていた。
空気中には、焦げ付いたような異臭と、魔力とも違う、きな臭い微細な粒子がまだ漂っている。俺は、エリシアの腕に支えられながら、かろうじて意識を保っていた。視界は霞み、耳鳴りが止まない。
「……終わった、のか……?」
バルガスさんの掠れた声が、静寂を破った。
部屋の中央には、先ほどまで暴れ狂っていた融合実験体の、黒い炭のような残骸だけが転がっていた。その異様な巨体は完全に活動を停止し、周囲に渦巻いていた禍々しいバグの気配も、嘘のように薄らいでいる。
「フィン! 大丈夫か!」
リゼット調査官の声。
斥候のフィンさんが、融合実験体の残骸のすぐそばで膝をつき、荒い息を繰り返している。彼の体はいくつかの傷で汚れ、戦闘服も所々焦げているが、致命傷ではないようだ。神官のクララさんが、すぐに彼に駆け寄り、治癒魔法を施し始めた。
そして、フィンさんの手には……いや、彼が地面に落としたそれを、バルガスさんが慎重に拾い上げた。
それは、青白い、しかしどこか不安定な光を放つ、小さな結晶の欠片だった。
エリシアが、息を呑んでそれを見つめる。以前、あのドーム状の部屋で目撃した巨大で美しいエーテル結晶とは似ても似つかない、いびつで、禍々しい気配すら纏った欠片。しかし、その奥底に秘められたエネルギーの質は、間違いなく同種のものだった。
「あんなバグ生命体の内部に、こんな形で……! ということは、やはりここでもエーテル結晶が、あの『コア安定化実験』に使われていたんだわ! そして、この純度と……この不安定なエネルギーは……!」
エリシアは、研究者としての強い好奇心と、目の前の危険物に対する警戒心がない混ぜになったような、複雑な表情で結晶の欠片を見つめている。
俺も、その小さな欠片から目が離せなかった。
(エーテル結晶の欠片……これが、あの化け物の力の源の一部で、エリシアさんの言う通り実験にも使われていた……。まだ何にどう使えるかは分からないけど、これは絶対に重要な手がかりになるはずだ。確保して、エリシアさんに調べてもらわないと……!)
現状の危機を打開するため、そしてこの遺跡の謎を解くために、この欠片はあまりにも重要な存在に思えた。
「リゼット調査官、この結晶片は……」
エリシアがリゼットに意見を求めようとする。
「確保するしかないだろうな」
リゼットは冷静に答えた。
「それが何であれ、今回の事態の重要な手がかりであることは間違いない。ただし、エリシア君の言う通り、バグの影響を受けている可能性が高い。取り扱いには細心の注意が必要だ」
彼女はバルガスに目配せする。バルガスは頷き、クララさんから特殊な素材で作られたらしい小さな収納袋を受け取ると、慎重に結晶の欠片をその中へ収めた。
「ノア君、フィン君、動けるか?」
リゼットが俺たちに声をかける。
俺はエリシアに支えられながら、なんとか頷いた。フィンさんも、クララさんの治癒魔法で幾分か顔色が戻っている。
「ノア君、あなたも」
クララさんが、フィンさんの応急処置を終えると、すぐに俺の方へ向き直った。その表情には、深い疲労と、俺への心配が滲んでいる。
「ひどい消耗です。気休めかもしれませんが……」
彼女がそっと俺の額に手をかざすと、温かく、そして清浄な魔力が流れ込んでくる。先ほどまでの、頭を締め付けるような激しい痛みと、全身から力が抜け落ちていくような感覚が、ほんの少しだけ和らいだ。視界の霞も、いくらか晴れてきた。
「……ありがとう、ございます、クララさん」
俺は掠れた声で礼を言う。
「いいえ。ですが、これは応急処置にすぎません。あなたの消耗は、魔力だけでなく、もっと根源的な……生命力のようなものにまで及んでいるようです。絶対安静が必要です」
クララさんは、厳しい表情で俺とリゼットに向かって言葉を付け加えた。
「分かっている」
リゼット調査官が、バルガスさんが収納袋に納めたエーテル結晶の欠片を一瞥しながら言った。
「だが、このC区画も安全ではない。我々の目的は、D-7区画、及びその下の『コア』領域の異常鎮圧だ。悠長にはしていられん。すぐにここを離脱し、さらに下層を目指す」
彼女の言葉は冷徹だが、現状を的確に捉えていたため、異論を唱える者はいなかった。
「ノア、歩ける?」
エリシアが、俺の腕を支えながら尋ねる。
俺はこくりと頷いた。
スキルの反動による深い疲労感はまだ残っている。特に、新しい使い方をしたせいか、右腕の痺れと頭痛が酷い。
だが、クララさんの治癒のおかげで、なんとか自力で立つことはできそうだ。
「まずはこの扉を開けないとな」
バルガスの声で、俺たちは閉ざされた扉へと向き直った。




