3話:鑑定
壇上に立つ男は会議室に集まった俺達を見渡すとイメージを裏切らないドスの効いた、されども応変な態度で会議に声を響かせる。
「皆さん、はじめまして私はこの中部本部ギルドを統括する西園寺 剛毅です」
「(さ、さいおんじごうきぃ〜・・・)」
その見た目と名前の迫力に思わず、リフレインしてしまった。俺の人生でこれほど驚愕する日はもうこないのではないか。
「学生である君達にわかりやすく言うのであれば、ギルドマスターと言った方が伝わるかな?」
ギルドマスターといえば、[北海道、東北、関東、中部、近畿、中国、四国、九州]の地域にそれぞれ一人しかいないブレイバーを束ねる偉い人。学生の俺達からしたら雲の上のような存在だ。
俺達の驚愕した表情に満足したのか、ひとつ相槌を打つと再び話し始める。
「まずはブレイバー選別お疲れ様。君達は選ばれた人間だ。そして、これからの日本を背負っていく力だ!」
選ばれた人間、その言い様には選民意識を感じずにはいられない。しかし、彼の言葉には重みがあった。それは自らが先頭に立ち、困難を乗り越えてきた者にしか宿らない重みであり、絶対なる自負。
「この後、それぞれ能力の鑑定を行うがどんな結果であろうと歩む足を止めるな!止めればそこに待つのは敗北のみ」
無意識に俺は唾を呑みこんでいた。
「君達の邁進によりこの日本、ひいては家族や大切な人を守ることに繋がる!君達の活躍に期待する」
最後に一礼するとギルドマスターは会議室を出ていった。
ここに集まった全員が完全に呑まれていた。実力と権威と自信を兼ね備えた人間の言葉とはこうも違うのかと思った。学校の校長とはえらい違いだ。
「それでは学校毎に能力鑑定を行っていきます。扉に近い学校の方から案内させていただきます」
気付かぬ内にいた案内の女性の声に高揚していた気持ちが現実へと引き戻される。
「ついに俺の能力が明かされる時がきたようだな!」
いや、隣の奴はまだ戻ってきていない。むしろ旅立ったかもしれない。
「み、御堂くんはなりたいジョブとかあるの?」
また、近藤さんからのいきなりの話し掛けにも平静を装いながらさっきの失敗は繰り返さないと決意する。
「どうせなら魔法を使ってみたいから魔法職とかかな。こ、近藤さんはなりたいジョブとかあるの?」
「わ、私も魔法を使ってみたいからできるなら魔法職がいいかな。それに前衛は怖いから・・・」
「そ、そうだよね」
「うん、二人で頑張ろうね」
「ああ、お互いに頑張ろうな」
「・・・」
「・・・」
何だよ、お互いに頑張ろうって!頑張ったって良い職業にはなれないよ!大事なのは運だよ!運!しかも、近藤さん浜口のこといない者として扱ってなかった?今も視界に入らないように微妙に立ち位置変えてるよね?
「次は◯◯中学の方、こちらへどうぞ」
ついに俺達が呼ばれた。案内のお姉さんに救われた感があるが明らかにさっきよりも会話が出来た。これは俺にとって大いなる進歩だ。
ここでも当然のように浜口は肩で風を切るように先頭を行く。誰かこいつの足を引っ掛けてくれ!
扉を抜けた先には何の変哲もない通路とエレベーター。
ここでも案内係に従い、一階へ向かう。エレベーターを降りた先は入り口とは異なるエントランスがあり、また違う案内係に従い奥の通路へと向かう。通路には能力鑑定を終えたと思われる学生が選別判定の時よりも一喜一憂している。
それもそうだ。この鑑定結果が今後の生存率に直結してくるのだ。
一気に自身の緊張が高まるのが分かった。耳の横で心臓が音を出しているんじゃないかと思えてくる。
「あちらのベンチでお待ちください」
事務的な言葉を口にすると案内係はそそくさと立ち去っていく。
とりあえず、ベンチに腰を下ろすが生きた心地がしない。ふと隣の近藤さんを見れば、同じように切羽詰まっている。浜口は論外だ。
俺達の前の学校の鑑定が始まった。一人また一人と鑑定が終わる度に笑顔の者、抜け殻となって出てくる者。
そして、とうとう俺達の順番がきた。浜口が立ち上がり、「行ってくる」と笑顔で鑑定室へと入っていく。
「「「・・・」」」
誰も返事をしない。他の学校の奴らは鑑定を受ける奴にみんなで声を掛けていたのに薄情とはこのことか。
「そんなっ!?あり得ないっ!」
室内から浜口の声が聞こえてきた。
「もう一回鑑定しろっ!」
これはまさか揉めているのでは?
「くそっ!離せっ!もう一回やり直せぇ!離せよぉ!」
完全に揉めてますね。学年主任なんて頭を抱え出したぞ。
ガチャ
「俺が[荷物持ち]なわけないだろうがぁ!」
「随伴の教師の方、後はお願いします」
屈強そうな男二人に腕を掴まれ、引き摺られるように浜口は出てきた。
「離せぇ!何かの間違いだっ!もう一回やり直せぇ!」
子供が癇癪を起こしたように暴れる浜口を学年主任だけではどうしようもないのではと思った時、屈強な男の一人がため息を吐くなり、いきなり浜口の胸ぐらを掴み壁に押し当てる
。
「小僧、よく聞け」
短い言葉だったが屈強な男が声を発した瞬間、空気に押し潰されるかと思った。後で知ることとなるが男は技能:威圧を使っていた。
「どんなに喚こうが現実は変わらない。お前の職業は荷物持ちだ」
さっきまで喚いていた浜口はガクガクと震える身体で小さく頷く。その様子を見て男は手を離すと崩れ落ちるように浜口はその場に座り込む。
男はホコリを払うような仕草の後、笑顔で「お騒がせしました。次の方どうぞ」と優しく告げてきた。
こんな後で「わかりました」なんて言って行ける奴がいるのか?普通いないだろう。動けない俺と近藤さんに困った顔を見せると「ではお嬢さんからどうぞ」と宣う。
あんなのを見せられた後では逆らえない。これまで以上にビクビクしながら近藤さんは鑑定室へと入っていった。
近藤さんの背中を見送った後、俺は浜口を見る。俯いた先の床には涙で水溜りが出来ていた。無理もない。
浜口が判定された荷物持ちはその名の通り、戦闘系ブレイバーの為に荷物を代わりに持ち、素材等を代わりに回収するのが仕事だ。一応、技能:アイテムボックスを持ってはいるが能力値は全職業中で最低。重要な役割ではあるが同時に最も死亡率が高いと言われる職業。
俺が1番なりたくないと思った職業だ。同情に絶えない。
「・・・くそっ・・・俺は勇者なんだ・・・ハーレムを築くはずだったのに・・・」
「「・・・」」
俺の同情を返せっ!コラァ!もう一回、しばかれろぉ!
ガチャ
扉が開かれる。そこには笑顔の近藤さんが見える。
俺を見るなり、Vサイン。あ、あんたまさか魔法職を当てたのか?
驚愕とともに扉の向こうから手招きする男の姿が見えた。
「御堂くん、私やったよ!」
「あ、あ・・・おめでとう」
「ありがとう。御堂くんもきっと大丈夫だよ!」
「おう、頑張ってくるな」
俺はなんとも言えない気持ちのまま、扉をくぐっていった。
室内は20畳程の広さに人間が4人(俺を除く)。2人はさっき浜口をつまみ出した男達とパソコンの前に座ってる女性、恐らく記録を取っているのだろう。最後の一人は鑑定装置のそばにいるから技術者か何かかな。
「早速始めたいと思うのでこちらの鑑定装置の前まで来てください」
初めて見る鑑定装置は拍子抜けするほど、簡素な見た目だった。ディスプレイと台に置かれた水晶玉。例えるならデスクトップパソコン。これに尽きる。
「では水晶玉に手を触れてください」
言われるがまま、水晶玉に手を置くと微かに光る。ディスプレイらしきものは技術者の方を向いており、こちらからは見えない。
「ありがとうございます。鑑定結果が出ました」
「えっ!?もうですか?」
「はい、出ましたよ」
こんなにも簡単なものなのかと呆気にとられるが確かにみんな鑑定室に入ってから出てくるまで早かった。
「では結果をお伝えします」
早い早すぎるひと息つく間もない。
「まずは技能からお伝えします。あなたの技能は[直感]ですね」
直感?
「他の人よりも感覚が優れているみたいですね。自身の感性を大事にしてください。そして、職業は[なし]です」
「は?」