選別 9
壁を壊して入ってきた男は上半身裸で、不精ヒゲを生やし髪もボサボサに伸びきっている。
そして、何日洗ってなかったのかと思わせる程に汚れているジャージの上に、だらしない出っ張った腹が乗っていた。
見た目はただの不潔なオジサンのようだが、壁を壊してくるようなヤツなら只者じゃないことは確かだ。
コイツが俺と同じ転生者……?
「ヒヒヒ、これが異世界ってやつか、これが転生か。本で読んだ通りだ。そうだよな、俺死んだはずだもんな。うんそうだ、トラックにはねられたもんな」
転生者は不気味なほどに呼吸を置かず、ずっと何かブツブツ喋っている。
「まずこっから出てギルドに入って……いや、力ずくでハーレム生活っていうのもいいな……ん?」
転生者は俺達の存在に気付いたようだ。
ヴェーラは左手の人差し指を頭上でクルッと回転させると、今まで俺に説明をしていた男はそれを見てローブの右袖を肘まで捲り上げた。
その直後、男の指と手の平の間の何もない空間が仄かに緑色に光り始めていた。
ただの人が良さそうなお爺さんだと思っていた人が、今では狩りをする獣のような目をしている。
そしてヴェーラは肩で一呼吸すると、転生者をめがけて走って行った。
俺はただ顔を上げて、うつ伏せになっているだけだった。
「ウヒッ、可愛いハーレム第1号発見!」
転生者はそう言い右手を頭の上まで上げると、瓦礫の埃が男の周りに渦となって集中し始めた。
これが男が言っていた転生者の能力とういやつか。
どんな能力なのか分からないが、もし壁が壊れるような衝撃を体に受けたら命はないだろう。
「……ヒヒッ、女の体はあまり傷つけたくないなぁ。俺のは痛いよ、深く切れちゃうよ。痛いのは嫌だよな、そうだよな。剣を置いた方がいいよな」
ヴェーラは構わず男に向かって突進している。
大丈夫だろうか。
もし2人が死んだら俺はどうなるのだろうか。
最悪の結果がが頭をよぎってしまう。
渦は次第に男の右手に集中して、高速で回転したかと思うと、バチバチと音を立て始めた。
「ヒッ、まずはそのローブの中がどうなってるのか切って確かめないとな……キヒッ」
転生者はニヤニヤしながら手に集まった渦を眺め終わると、大きく振りかぶって投げようとした。
ヴェーラが男に近づくまでまだ距離がある。
間に合わない。
そう思った瞬間、ヴェーラの真横を緑色の小さな光が追い越し、転生者の顔に向かった。
「ぎゃああああああああああ!」
転生者は突然自分の目を押さえながら叫び声を上げていた。
既手に集まっていた渦が空中に霧散している。
転生者の身に何が起こったのか分からなかった。
ふと男のローブを捲り上げた手を見ると、右手の緑色の光が消えているのに気付いた。
そして、これはこの男がやったことなのだろうかと考える間もなく、ヴェーラの剣は男の胴体を貫いていた。