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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第六章 人類敗北編
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第百六十六話  我が人生はこの時のために

 突然現れて皆殺しを宣言したガイアク大臣の姿を見た私たちは、警戒と同時に戸惑いの感情を浮かべていた。

 正直彼がこの状況で私たちを殺す理由が分からなかったからだ。

 難民キャンプが崩壊し、氷河が迫り、モンスターが殺到し、人類は絶滅寸前というこの状況。


 こんな状況で王もへったくれもあるものか。

 せめて島へ渡ってからクーデターを画策したのなら理解できなくもなかったのだが。


「落ち着いてください、ガイアク大臣! この状況で王位を簒奪したところで何になるというのですか!」

「馬鹿だねぇ、ガイアク大臣。状況判断も碌にできないのかい? この国はもう滅びるんだよ。王になりたけりゃ一人でやってな」

「土地も町も民もなく、王を名乗ってどうするのだ。お主らしくないぞ、ガイアク大臣」

「誰がガイアク大臣だぁ!!」

「「え?」」


 私と神殿長殿と父上がガイアク大臣を説得するも、ガイアク大臣は自らの正体そのものを否定してきた。

 しかしそれはおかしい。

 彼はどこからどう見てもガイアク大臣だ。

 まぁ今は魔族化の影響で見た目が大分変わっているが、それでも人であった頃の名残は残っている。

 それなのに彼は自分はガイアク大臣ではないと言ったのだ。

 では彼は一体どこの誰だと言うのだろうか。



「落ち着いてください、ガイアク大臣。あなたがガイアク大臣でないのなら、一体誰だというのですか?」

「私をガイアクと呼ぶな偽物共が!」

「……偽物?」

「偽物だろう! 貴様も、貴様の姉も、母も、父親も、一族も! 本来は王族を名乗れる者たちではなかったのだぞ!」

「はぁ?」


 いやいや、彼は一体何を言っているのだろうか?

 私は生まれた時から王族であり、父上だってそうである。

 私を生んですぐに流行病で亡くなった母上や、エースの手で殺された姉上だって王族であることに間違いはない。


「我が名はガイ! ガイ=Aアーク=ゲンブ! 我こそがこの玄武の国における唯一絶対、ただ一人の正当なる王族なのだ!」

「なっ!?」

「馬鹿な! ゲンブだと!」

「ニック王が倒したっていう、かつての暴君の一族、ゲンブの末裔!? まだ生き残りがいたのかい!」

「その通りだ、馬鹿者共め! そもそもガイアクなんて名前を子に付ける親がいると本気で思っていたのか!」



 私と父上と神殿長殿はまさかの事態に驚きの声を上げた。

 ゲンブ一族。

 それはこの玄武の国を遥か昔から支配してきた『かつての王族』の名前だ。

 元々は民に愛され、善政を敷く立派な王族だったらしいが、いつの頃からか権力に溺れ、民を害し、悪政を敷く暴君の一族へと変貌してしまったという。


 そんなゲンブ一族に異を唱え反旗を翻したのが、ゲンブ一族の傍流であった我がタートル一族だ。

 民を愛した偉大なるご先祖様たちは、当時の王族であったゲンブ一族に楯突いて、最終的には内乱に発展。

 当時は大陸各地で人間同士の争いが勃発し、まさに戦国時代の様相を呈していたという。

 その混乱の中、私の総曽祖父に当たるニック=A=タートルが当時の王を玉座から引きずり下ろし、我が玄武の国は落ち着きを取り戻したのである。


 それからはニック、サック、シック、ゴックと代を重ね、私もまた先祖の志を受け継いで立派な王になるつもりでいた。

 だから私は知っていたのだ、かつて我が国を支配していたゲンブ一族の存在と、その傍若無人ぶりを。

 だが彼らはニックとサック、かつてのご先祖様たちの行った厳しい追跡のために一族郎党捕らえられ、その血脈は絶えたのだと聞かされていた。

 ガイアク大臣はその失われたゲンブ一族の血を引いているというのか?


 ……いや、引いているからどうしたというのだ。

 よしんばそれが事実だとしても、これから国が滅びることに何ら違いはないではないか。



「……そうか。お主が魔王の魔石を用意したと聞き、ずっと疑問に思っていたのじゃが、あれは……」

「その通り! 亀岩城の結界は王族を判別し、王族の移動は妨げない! 真なる王族の血を引く私は宝物庫にもフリーパスで入ることが出来るし、こうして魔王の魔石を取り出すこともできたのだ!」


 そうして大臣が見せた胸の中には禍々しく光る巨大な魔石が存在している。

 だがそれを見ても私は納得がいかなかった。

 なにしろ宝物庫に保管されていた魔石は全て回収してあるのだ。

 大魔王の氷河が迫っているというのに、相手の戦力を底上げしてしまう魔石を残しておくわけがない。

 使える魔石は回収してあるし、魔王の魔石は全て破壊ずみだ。


 それなのに大臣は魔王の魔石を手に入れている。

 これは一体どういうことなのだろうか?


「貴様たちタートル一族に国を奪われる際に、いくつかの宝を宝物庫の中にある秘密の隠し場所に隠しておいたのだよ! 間抜けな貴様たちはそれに気づかなかった! 100年もの間、宝物庫の影でこれらは真の持ち主の下に戻る時を待っていたのだ!」

「なんだってぇ!? 宝物庫の中に更に隠し場所ぉ?」

「その通り! そして私は偉大なるご先祖様たちの思いを胸に、遂に王の座へと帰還する! これからここは私の国だああぁ!」


 言うが早いか、大臣の体は変形を始めた。

 体は盛り上がり、服は破れて全身から毛が生えていく。

 ずんぐりむっくりとした体型、必要以上に伸びた両手足の爪。

 ムツキが変身したペンギンの魔王と似たような姿だ。

 くちばしの下に大臣の顔があるが、ムツキとは違い、大きさはそれほどでもない。

 その姿はまさに土の竜と呼ばれる……


「なんだいこりゃあ? 土竜モグラの魔王!?」

「なんでモグラが地上に? 太陽の下に出ると死ぬって話じゃ……」

「それは誤った知識だ! そんなことよりも気をつけろ! どんな力を持っているか分からないが仮にも魔王だぞ!」

「これこそ我が新たなる姿! 長い長い地下生活の果てに、遂に光指す地上に辿り着いたのだあぁぁぁ!!」


 王族という事実を隠して生きてきた姿を土に潜るモグラに重ねたのかもしれないが、見た目は完全にモグラの着ぐるみを着た老人だ。

 王の座に固執していることは知っていたが、ここまでして欲しいものなのだろうか。


「さぁさぁさぁ! これで私に敵はいない! 偽の王族は死ね! 崇めよ国民! この国の真の王がここに顕現したのだぞ!」

「馬鹿言ってんじゃないよ! これから氷河に飲み込まれる国に一体誰が残るって言うんだい!」


 神殿長殿の言う通りだ。

 城の屋上に突然現れた禍々しい気配を察して顔を上げた避難民たちは、突然現れたモンスターの姿を見てパニックを起こし、揃って門へと殺到している。

 遠からず全ての避難民は町からいなくなり、このタートルの町は無人の廃都と化すだろう。

 それなのに王だとか、王座の奪還とか。

 ふざけた話だ。魔王化して正常な判断もできなくなったのだろうか?


「ふざけてなどいない! 私は正常だ! この国を取り戻す! この国の王となる! それだけのために! ただそれだけのために私の人生はあったのだから!」

「民もいない、滅びが近い、そんな国の王になってどうなるというのですか!」

「黙れ小僧! 生まれた時から全てを手にしていた貴様に私の気持ちが分かるものか!」


 ガイアク大臣はギロリと睨みを効かせて私に殺気を叩きつけてくる。

 モグラは目が見えないので魔王化してもその目に力はない。

 見つめてくるのは胴体から突き出ている大臣自身の両目だ。

 その視線の重さは叔父上のそれの比ではない。

 積もりに積もった執念、いや怨念のようなものが大臣の視線からは感じとれた。


「物心ついた頃から、いや生まれる前から母様の腹の中で、毎日毎日恨み言を繰り返され、王になることこそが目標だと教わり続けた私の気持ちは貴様には分かるまい!

 この国の王になる! この町の王になる! この城の王になる! それこそが我が人生! 我が人生はこの時のために! 民がいない? もうすぐ滅びる? 知ったことかそんなこと! 例え一年でも、一月でも、一週間でも、一日でも! 王になれるというのなら、私は迷うことなく人の姿を捨て去り、王の座へと還り咲くのだぁ!」

「だ……大臣……」

「だからいつまで王族のつもりだこの無能勇者が! 私は大臣ではない、王だ! 我を讃えよ! 我を崇めよ! 我こそが王なのだ! 我の国から逃げ出すとは何事かぁ!」



 そう言ったかと思うと、ガイアク大臣は突然跳躍し、町の出口へ降り立った。

 そこには町から脱出を図ろうとする避難民たちが殺到していたが、空から降ってきた大臣の姿を目にすると、皆蜘蛛の子を散らすように門から離れていってしまう。


 そうして大臣は門の前に仁王立ちし、まだ半分も残っていた避難民たちの脱出を妨げてしまった。

 それから大臣はうしろを振り向き、門を出て海へ向かって歩を進めている避難民たちの姿を一瞥する。

 彼は私たちに背を向けて、両手を地面につけた。

 その後に起こることに気づき、絶叫を上げるが間に合わない。


「止めろぉ!!」

「我が収める町を捨てるとは我が国民にあらず! 我が民でないのならば死ぬがよい!」


 言うが早いか大臣は魔法を発動させて、逃げる避難民たちへと叩きつけた。

 城の屋上からは逃げ惑う避難民たちの足元の地面が陥没し、悲鳴を上げながら巨大な割れ目に飲み込まれていく避難民たちの様子が見て取れる。

 目の前で行われた突然の虐殺行為に残りの避難民たちは動くこともできない。

 私たちはすぐに屋上から駆け降り、魔王化した大臣の下へ向かっていった。




「何をやっているんだいあんた! 仮にも王を名乗っておいて、国民を害するなんてどういうつもりだい!」

「言っただろうが! 聞いていただろうが! 逃げる者は国民にあらず! 我を崇めない者は民にあらず! ならば殺すことに何のためらいがあるというのか!」

「もはやこれはどうしようもありませんな」

「仮にも同じ官僚として国に仕えた者同士。権力欲は別としてその能力は評価していたのですが残念ですよ、ガイアク殿」


 エイト兵士長とロリコーン伯爵がそれぞれ兵を率いてガイアク大臣へと刃を向ける。

 彼らの後ろでは神殿長殿が、残っていた巫女たちをまとめ上げて大臣との戦いに備えていた。


 私も当然彼らと共に戦うつもりでいた。

 だが私はライに担ぎ上げられて、エリック先生と共に馬車の中に放り込まれてしまったのである。


「って、一体何をしているんだ、ライ!」

「エイト兵士長のご命令です。王子と国王陛下、それにエリック先生やジャックといった戦えない者は先に町から出るようにと」

「ふざけるな! 私はまだ戦える!」

「いいえ戦えません! 王弟殿下を倒し、ここまで皆を逃がすために魔石は使い切ってしまいました。魔道具がなければ今の王子は無力なのです! ここは黙ってお引きいただきます!」

「馬鹿なことを……おい、待て! なぜ馬車を動かす!」

「進め! 王子と国王陛下をこの町から逃がすのだ!」


 私の抗議を聞きもせず、ライの号令の下、馬車は町の出口へと突き進んでいく。

 私とエリック先生の乗る馬車にはハヤテとデンデも同乗していた。

 そして私の後ろにも馬車が付いて来ている。

 話を聞く限り、そちらには父上とジャックが乗っているのだろう。


 魔王化したガイアク大臣は私たちを逃すまいと攻撃を仕掛けようとするが、その瞬間にロリコーン伯爵の騎士団が突撃し、大臣の体勢を崩すことに成功していた。

 そのスキに私たちの馬車は大臣の脇をすり抜けて、そのまま門を潜ってタートルの町を抜け出そうとする。

 しかし続けてすり抜けようとした父上が乗る馬車が大臣に捕まり、大臣は馬車を持ち上げて私たちの乗る馬車へと投げつけてきた。


 ガシャアアン! ドガアアァン!


「うわあぁ!」

「ハヤテぇ!」

「大先生!?」


 馬車同士は激突し、御者は振り落とされ、私たちは門の手前の広場に叩きつけられてしまう。


「死ねぇぇぇ!」

「兄さん! 大先生!」

「先生!」


 地面に叩きつけられて無様に転がり、起き上がった私の目に入ったのは、ハヤテを抱きしめたエリック先生へと向かって振り下ろされるガイアク大臣の無情なる一撃であった。

 鋭く尖り、巨大化したその爪を見た私は、次に訪れる惨劇を理解し声を上げようとするが間に合わない。


 恐らく馬車から振り落とされる際に、エリック先生はハヤテを庇ったのだ。

 そしてそれゆえに狙われてしまった。一撃で2人倒せるのだから一番に狙われてしまったのだろう。

 視界の隅で私と同じように2人に手を伸ばしているデンデの姿が見えたがどうにもならない。


 どん! ザシュ!


「ガハァ!」


 そしてガイアク大臣の爪は、ライの右腕を切断した。

 2人に向かって爪が振り下ろされた瞬間、とっさに割って入ったライが2人を突き飛ばし、替わりに爪の一撃を受けてしまったのだ。

 切断された右腕はくるくると宙を舞い、それは遥か彼方へと吹き飛んでいってしまう。

 切断面を左手で掴み膝をつくライ。

 それを忌々しげに見つめながら、大臣はもう一度ハヤテとエリック先生に向かって腕を振りかぶった。


 ライは倒れ、2人は押し倒されたままの体勢で未だに立ち上がることができていない。

 今度こそといった気迫を持って大臣は爪を振り下ろした。


 ザシュ!


「グハァ! 誰だぁ!?」


 しかし二度目は成功しなかった。

 見ればいつの間にか現れたジョーカーが大臣の腕を切りつけており、そのおかげで攻撃は逸れてくれたらしい。


 そしてジョーカーに続くように続々と仲間が駆けつけてくる。

 エイト兵士長、ロリコーン伯爵、神殿長殿の3人は腕を切られたライを見て表情を歪め、そして倒れた私とそのうしろへと目をやって悲痛な表情を浮かべた。


 彼らの視線を追えば、そこには馬と馬車の残骸の中から突き出ている幾人かの人間の手足が見えた。

 どうやらその正体は父上とジャックのようである。

 2人は馬車から振り落とされることなく、馬車の中に残された状態のまま、ああして埋もれてしまったのだ。


 3人はすぐさまジョーカーの横に立ち、大臣と相対した。

 そして私たちの前にはロリコーン伯爵の部下がやって来た。

 彼らは一台の馬車を用意してきており、私たちはそれに強制的に乗せられていく。


「何をボーっとしているのです! 皆様がいたところで戦力にはならないのです! 速やかに町を出て海の向こうへお逃げください!」



 それが私が聞いたロリコーン伯爵の最後の言葉だった。

 私たちを乗せた馬車はあっという間に門を潜って速度を上げ、町は遠くなりいつしか影も形も見えなくなってしまう。


 こうして私たちはタートルの町から脱出を果たした。

 難民キャンプの惨劇を生き残った避難民の半数と頼れる仲間たちを置き去りにして町から逃げ出したのである。

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