第百六十五話 理不尽はまるで濁流のように
魔王と化した叔父上を倒し、城の内外に張り巡らされていた叔父上の罠の排除に成功した私たちは、遂に囚われていた父上と国の重鎮たちの救出に成功した。
もっとも1年に及ぶ監禁生活は彼らの体力を消耗させ、父上の体はやせ細り、生き残った重鎮たちの数は半数にも満たないという有様であったが。
しかしそれでも事態が好転したことに変わりはない。
叔父上を完璧に排除できたことで、大陸からの脱出口である港までの道は確保することができた。
そこから海を渡った先にはウミナカの町を有する島が存在している。
大魔王の氷河の侵食が流れる水によって阻まれることは確認済みだ。
あそこまで辿り着ければ、時間を稼いで戦力の立て直しが出来るはずである。
だからこそ私たちは叔父上をこの場で完璧に倒す必要があった。
これより先は逃げるだけという段階で、余計な邪魔で時間を取られるわけにはいかなかったからだ。
城から出たところでロリコーン伯爵とエイト兵士長が出迎えてくれた。
彼らもまた作戦通り町の中を我が物顔でうろついていたモンスターの排除に成功しており、作戦は大成功に終わったのだ。
だから私たちは勝どきを上げ、意気揚々とカメヨコ村へと帰って来た。
そして目撃したのである。
モンスターの大群に襲われ、業火に包まれたカメヨコ村と難民キャンプの光景を。
「そんな!」
「何だよこれ!」
「ボーっとしている場合か! すぐに加勢に行かないと!」
出発直前まで何の異常もなかったカメヨコ村からは炎が立ち昇り、奥に広がる難民キャンプでは至る所でモンスターが暴れ回っている。
どうやらモンスターたちは私たちが叔父上との戦いに赴くスキを狙って難民キャンプに襲いかかっていたらしい。
難民キャンプの中心は特にモンスターの密度が激しい。
どうやら逃げ道のない避難民たちは中心部に密集し、モンスターはそれを包囲して襲っているようだ。
「全軍突撃! 避難民たちをタートルの町へ逃がすのだ!」
「しかしあそこはつい先程落としたばかりですよ、兵士長!」
「それでもむき出しの難民キャンプよりかはマシだ! 王弟殿下の排除には成功している。このまま平地で戦うよりは、外壁や建物がある分まだ守りやすい!」
「騎馬隊は我がロリコーン兵団に続け!」
「おおぉー!!」
足の早い騎馬隊を率いてロリコーン伯爵がモンスターの背後へと突進する。
突如背後から奇襲を受けたモンスターたちは為す術もなく蹂躙されていく。
そこから続けてエイト兵士長率いる歩兵部隊がモンスターたちに襲いかかる。
騎馬隊が開いた突破口を広げるようにモンスターを倒し、次々に魔石を取り出していく様子を見れば、彼らの練度が手に取るように感じ取れた。
私も彼らと共に村の中へと入るが、中はまさしく地獄であった。
元々あった村の家々は全て焼け落ち、テントに至っては既に原型を留めていない。
その背後に広がる難民キャンプなど凄惨の一言だ。
どこを見ても避難民の死体が転がっており、モンスターの大群に為す術もなかった彼らの無念を感じ取ることができた。
私は生き残りの避難民たちと合流するために難民キャンプの中央へと向かっていく。
まず先に到着したのはやはり騎馬隊だ。彼らは避難民たちを包囲しているモンスターの大群へと襲いかかり、そのまま避難民が密集している箇所まで到達すると、左右に分かれてグルっと移動しながらモンスターたちを蹴散らしていく。
そうすることで、避難民たちとモンスターたちとの間に僅かな隙間が生まれる。
そこに間髪入れずに歩兵が入り込むことで、避難民たちはモンスターと切り離された。
私は難民キャンプの中央、彼らが集っていた中央の大テントへと向かっていく。
そこは避難民たちの代表者が会議を行っていた場所であり、いざという時の緊急避難場所にもなっていたからだ。
「今帰った! 叔父上は倒した! 一体何があったのだ!」
テントに入るなり私は叫ぶように問い質す。
しかしその直後に目に入ってきた光景を見て、何があったのかなどすぐさま理解することができた。
テントの中にはテーブルが並べられ、その上に横たえられている者たちはどうやら死んでいるらしい。
その回りには大怪我をした者たちが多数座り込んでいる。
本来ならば責任者たちが集まって会議を行っているはずの大テントの中は、重要人物専用の救護所兼死体置場となっていたのだ。
横たわっている者たちを見た私は心臓を掴まれるような心地を経験した。
なぜなら犠牲者の中に見覚えのある顔がいくつもあったからだ。
例えば派手な美人に泣きつかれているのはカメヨコ村の村長だろう。
3人仲良く横になっているのは、朱雀の国から共に国境まで旅をしてきたエンとチュウとキンのようだ。
そして……ああ、何ということか! 見ればエリック先生の奥方もまた、テーブルの上で冷たくなっているではないか!
そしてその横にはステラ殿の遺体もあり、そしてその横に並べられているのは、私の最愛の妻である……
「シャイン? おい、シャイン! 一体何をしているんだ? そんなところで横になっても疲れは取れないんだぞ?」
現実を受け入れられない私の口からは間の抜けた言葉ばかりがこぼれ落ちる。
視界がフラフラと揺れている。現在進行系でモンスターに襲われているのだから、すぐにでも冷静にならなければいけないというのに、激しく動揺する心臓と心を抑えることができそうもない。
「母さん!」「お前えぇー!」「おばさん!!」という声が聞こえた気がするが、私の目はシャインの姿しか映していない。
私は私を追い抜いてそれぞれの大切な者の下へと駆け寄っていく仲間たちの姿を視界の隅に捉えながら、ゆっくりとシャインの側へと近づいていった。
彼女の死に顔はとても安らかだった。
その顔だけを見たならば、本当にただ寝ているだけのようにも見えただろう。
だが彼女の首と体は明らかに切り離されていたのだ。
右肩から心臓にかけても深い切り傷がある。左の脇腹には大きく穴が空いている。左足は存在せず、当然のことながらその体には意思がなく魂も存在しない。
「何で……何だ、何なんだこれは!? なぜシャインはこれほどの傷を負っているのだ!?」
シャインは私と結婚したことで、玄武の国の次期王妃として扱われていた。
力を失ったとはいえ、私は王族なのだ、旗頭なのだ。
当然妻であるシャインも大事にされていたのである。
その彼女がこれほどの手傷を負って亡くなっているという事実を私は信じられずに混乱をきたした。
「王子……殿下……。よくぞ……ご無事で……」
私を呼ぶ声がして顔を上げてみれば、テントの端の椅子の上に血まみれのジャックが座り込んでいた。
その姿はまさに半死半生だ。
傷の手当てもされずに放置されていた姿を見て、私は慌ててジャックの下へ駆けつけた。
「申し訳、ございません……殿下。突然の包囲と奇襲を受け……私たちは、為す術もなく……」
「辛いだろうが教えてくれ、ジャック! 一体何があったのだ?」
私はまだ息があるジャックに手持ちのポーションを振りかけて、傷を回復させてから事の次第を問いただす。
そして語られた内容を聞き、己の迂闊さに歯噛みすることとなった。
「王子たちが出発して数時間後、突如として村及び難民キャンプを取り囲むようにモンスターの大群が現れたのです。
最低限の警備要員しか残っていなかった難民キャンプは碌な抵抗もできずに壊滅いたしました」
叔父上を倒すために戦力を集中させたのが仇になってしまったらしい。
しかしそうでもしなければ港までの脱出経路を確保できたかどうかは分からないのだ。
「では今ここで横たえられている者たちはその時の戦いで?」
「はい、シャイン様やステラ様は皆を守るために必死に立ち回ってくださったのです。しかし私たちはそんな皆様を守り切ることが出来ず、遺体の回収が精一杯で……」
「……そうか。それで、敵の様子は? 誰か指揮官がいなかったか?」
「指揮官? ……いえ、私が知る限りでは特に指揮官らしき者はいないように見えましたが」
私の頭をよぎったのは、エースやキングといった魔王化した元仲間たちが、モンスターを率いて襲ってきたかもという危惧であった。
だが魔王がおらず、モンスターだけだというのなら、生き残るチャンスはまだ残っている。
そんなことを考えていた時、テントの中にエイト兵士長やロリコーン伯爵、神殿長殿やジョーカーが入ってきた。
彼らはテントの中で留守番組が全滅している姿を目にして、一瞬言葉を失くしていた。
誰の目にも悲しみが見て取れた。
だが彼らは一団の責任者だ。すぐに気持ちを切り替えて、私に言葉を投げかけてきた。
「ロック王子、難民キャンプを襲撃したモンスターたちは一旦引きましたがいつまた攻めてくるやもしれません。大至急ここを破棄してタートルの町へと移動し、それから海の向こうへと逃げなくては人類の絶滅も考えられます!」
エイト兵士長の報告は、覚悟をしていたはずなのに私の胸に衝撃をもたらした。
難民キャンプは壊滅し、シャインもこの場で亡くなってしまった。
それなのに私たちは、つい先程奪還した町を放棄して海の向こうまで逃げなくてはならない。
人類はそこまで追いつめられたのだ。
私たちの運命はまさに風前の灯火。
絶滅という単語を冗談ではなく現実問題として考えなくてはならない段階にまできているのだと、テントに集まった生き残りたちは認識していた。
「……分かった。現時点をもって難民キャンプ及びカメヨコ村を破棄する! 生き残った者たちは力の限り歩を進めタートルの町を目指せ!」
「では我が騎士団が殿を務めましょう」
「私の歩兵隊が怪我人たちの運搬を請け負います。王子は国王陛下と共に速やかに城へとお戻りください」
こういう時に真っ先に名乗りを上げてくれるロリコーン伯爵とエイト兵士長には毎度頭が下がる思いではあるが、生憎とそうも言っていられない。
なにしろ人手が足りないのだ。動けるのならば王子であろうとも動かなればならないだろう。
私は腕に装備したままであった小手を掲げて、彼らに宣言した。
「いや、私はこの魔道具を使って魔法を使い、住民たちの撤退の手助けをしたいと思う」
「それは……しかし、大丈夫なのですか? 王弟殿下との戦いで魔石を大量に消費したとお聞きしましたが」
「確かに数は心もとないが、やらないよりかは生存率が上がるだろう。落とし穴に石の壁と、地属性魔法は撤退戦でも効果が高い。呑気に城にこもっている場合ではないはずだ」
「……おっしゃる通りです。人手が足りず猫の手も借りたい現状、王子の手助けは値千金の価値がございましょう」
「では行動開始だ。生存者たちは移動を最優先! 荷物は全て放棄してとにかく逃げろ! 逃げるんだ!」
そうして開放したばかりのタートルの町へ向けての撤退戦が開始された。
亡くなった者たちの埋葬をしている暇はなかった。
せめて死体を汚されないようにと、テントに火をつけて火葬することしか出来ず、私は涙を流しながら迫りくるモンスターの足止めを続けた。
私は叔父上と戦ったメンバーと共に、残りの魔石を全て使い潰す勢いで道に魔法をばら撒き続けた。
穴を掘る魔法を打ち出せば、一気に大量の落とし穴が生まれ、壁を生み出す魔法を放てば、幾重にも折り重なった石の壁がモンスターたちの追撃を阻む。
そうして出発前の4割にまで激減した大陸の生き残りたちは、どうにかこうにかタートルの町へと逃げ延びることに成功したのである。
しかし彼らの歩みはそこで止まってしまった。
無理もない。訓練をしているわけでもない一般人が戦場に叩き込まれた挙げ句、必死の思いで町へと辿り着いたのだ。
この町から一歩でも踏み出せば、そこは遮るもののない一本道である。
つい先程モンスターに殺されかけた彼らにしてみれば、町の中にいるだけで安心してしまうのだろう。
とりあえず今日は町で休んで、夜が明けた後で、玄武の国の西側にある港へと向けて移動しようということになった。
誰もが疲れていた。
死力を尽くしていた、限界だった。
他人に構っている余裕などなかった。
だから誰一人として気づかなかったのだ。
中央テント付近に設置されていた、特別な犯罪者を監禁するために作られた檻。
その中から、1人の重要人物の姿が消えていたことに。
最後の事件が勃発したのは、翌日の朝早くであった。
避難民たちは絶望感に身を浸しながら朝を迎え、出発の準備を整えていく。
その顔は悲壮の一言だ。無理もない、昨日まで隣りにいた家族や友人が今朝はもうどこを探しても見当たらないのだから。
それでも生き残った者には生き続ける義務がある。
死んだ者たちは彼らの死を望みはしない。
生きて、生きて、生き抜いて、いつか来るはずの笑える時を待つのだ。
亀のようにノロノロと、彼らは町から逃げ出していく。
その姿を見ている私の顔も彼らとそう大差はないだろう。
妻を殺され、生まれるはずだった子を殺され、恩人を殺され、昨日取り返したばかりの城をこれから捨てなければならないという理不尽はこの身を焼くには十分だったのだ。
「そんな顔をするでないロック。お主は立派に彼らを導いておるではないか」
私の横には助けたばかりの父上が座っており、共に町を出て海へと向かう避難民たちの姿を見守っている。
王族たるもの城を捨てる時は最後であるべきだ、という教えに基づき、私たち親子は彼らの脱出を見届けて、最後に町を発つつもりでいたのだ。
「しかし、父上。私は父上を助けるために一年もの歳月をかけ、目を離したスキに守るべき妻も、まだ生まれていない子も、おばさんも、国民までをも殺されたのです」
「それでもお主は精一杯やったのだ。お主が頑張ったという事実までも否定してはいかん」
「頑張っただけでは駄目なのです。実績を伴わなければ、何の意味もありません」
「違うな。どれだけ頑張ったところで理不尽には勝てないこともある。理不尽とは濁流のようなものだからな」
「濁流……ですか?」
なるほど、言い得て妙だと私は感心してしまった。
濁流とは突然襲いかかってくるものだ。
容赦がない上にいつ終わるかもわからない。
そして抵抗はほとんど無意味だ。濁流に巻き込まれないように常に気をつけているわけにもいかないため、巻き込まれたら運を天に任すしかなくなる。
「大切なのは理不尽に足掻き続けることよ。お主が立ち向かう姿を見せ続ければ、彼らもまた理不尽へと立ち向かう勇気を持つことであろう」
そう言った父上の指し示す方向に目を向ければ、肩を落として町から出ていく大陸の生き残りたちの姿が目に入った。
誰も彼もがもはや死人と大差ない有様だ。
彼らを襲った理不尽に、私を襲った理不尽に、立ち向かう姿がどうしても想像できない。
「たった1人で立ち向かうには理不尽があまりにも理不尽すぎます」
「お主は1人ではあるまい? 亡くなった者たちのことは残念だったが、お主と共に歩もうとする者はまだいるではないか」
父上のその言葉を聞き、私は後ろを振り返る。
私たちが今立っている場所は叔父上を倒した亀岩城の背の部分。城の屋上に当たる場所だ。
そこには私と共に最後まで町に残ることを決めた仲間たちが勢揃いしていた。
ハヤテとデンデに支えられたエリック先生。
瀕死の大怪我からなんとか復活したジャックと、彼を支えたまま呆然としているライ。
エイト兵士長とロリコーン伯爵。
神殿長殿とジョーカーは共に両端に陣取っている。やはり2人にはまだわだかまりがあるらしい。
私にはまだ彼らがいる。
彼らがいる限り私はまだ戦える。
それにこうして父上を助けることだって出来たのだ。
希望は繋がっている、何だって出来る。
どうにかなるさと思う気持ちは、まだ心の中に残っているのだ。
これで私の両隣にナイトとシャインがいてくれれば完璧だったのだが、贅沢は言っていられない。
町を出発した避難民の数は既に半数を超えたようだ。
私は足を失った父上を背負い、彼らと合流するために城を出ることにする。
「みんな、名残惜しいがこの町とはここでお別れだ。私たちも彼らに続き海を目指すとしよう」
「わかったぜ、アニキ!」
「海ですかぁ、楽しみですね大先生!」
「……あ? あぁお前、見てみなさい。風の勇者と雷の勇者の兄弟がナイト様の生徒になったんだよ」
「エリック様……おいたわしや」
「今度こそ、今度こそ守る! 守ってみせます! 守らなきゃいけないんだ!」
「ライは危ういな。若いうちに修羅場を経験しすぎたか」
「それでも彼には乗り越えて貰わねば。ロック王子に生涯お仕えできるのは、年若い彼をおいて他にはいないのですから」
「このアタシが闇の神殿を捨てるなんてねぇ。人生は何があるか分からないもんだねぇ」
「同感だな。突然娘が攫われて絶望に叩き落とされることだってあるのだからな」
「しつこい男だねぇ。人類が滅びるかどうかという瀬戸際で、昔のことをグチグチと」
「言うさ。生涯言い続けるだろう。私は貴様を許しはしないのだからな。だが、とにかくこれで……」
「これで私が国王だあああぁぁぁぁーーー!!」
「「!?」」
それは突然やって来た。
城の屋上から避難民たちの退去の様子を観察し、そろそろ下に降りようとした矢先。
屋上へと続く階段を駆け上り、軽快な足取りで私たちの前に現れたのはなんとガイアク大臣だった。
なぜここにいるのか。捕まっていたのではなかったのかなどと疑問は尽きないが、そんなことを全て吹き飛ばすほどの異変が彼の体で起こっていた。
ドクドクと脈打つ体。
青白く変色した皮膚、必要以上に伸びた歯と耳と爪と髪。
その現象には見覚えがあった。
あって当たり前だ。これのおかげで私は親友を失い、これを倒すために一年もの時を掛けてきたのだから。
「この場で貴様たちを殺し、私がこの国の王となる! 覚悟するがいいぃー!!」
氷河が迫り、叔父上を殺し、難民キャンプが崩壊して、妻も子も恩人も死に、国を捨てるその日の朝。
場違いな悪意という名の理不尽が私に降り掛かってきたのであった。




