第百六十四話 友が残した功績
「手を緩めるんじゃないよロック! このまま一気にこの馬鹿を仕留めな!」
「分かっております! アースインパクト!」
父上が無事に部屋から出ていった様子を視界に収めた私は、先ほどとは違う一切の手加減のない攻撃を叔父上に向けて放った。
私の腰には今日の日のために集められ加工された魔石が、いくつもの袋に分けられてぶら下がっている。
標的に向かってそれを投げつけてから魔法を放つことで、魔法の威力を何倍にも増幅しているのだ。
しかもその攻撃は単発ではない。
私が攻撃を放つと同時に部屋に残った兵士全員の手のひらから同様の魔法が放たれている。
それによって魔法の威力は更に増大し、確実に叔父上にダメージを与えていく。
ドドガッ! ドガアアァァン!!
「あべらぶあらぼあら!」
多方向からの面制圧による魔法の爆撃を食らった叔父上は、錐揉み回転をしながらソファの向こうへと吹き飛んでいった。
辺りには焼け焦げた匂いが立ち昇り、細かな肉片が飛び散っているのが見て取れる。
やはりあの姿の叔父上は物理攻撃が効かない代わりに魔法攻撃の通りは良いのだ。
私は用意してきた準備が上手く行き、叔父上を倒す算段がついたことでホッと息を吐いた。
「間抜けが」
「何? ……うおぉ!?」
気を抜いた僅かな瞬間、ジョーカーが瞬時に私の背後に現れ、襟首を掴んでグイッと後ろへと引く。
その次の瞬間には、私が立っていた足元からヌメヌメとした粘液でできた槍が天井まで突き立っていた。
この攻撃には見覚えがある。叔父上の体に間違いない。
油断したところを足元から奇襲とは、叔父上も中々に性格が悪いらしい。
「すまない、ジョーカー。助かった」
「謝る前にとっとと仕留めろ。喋っているうちに次が来るぞ」
間一髪のところを救われ、ジョーカーに礼を述べたのだが、返ってきたのは厳しい返答だった。
見れば叔父上は右の脇腹が吹き飛んでいるものの、スライムと化した体を用いて瞬く間に修復し、悪鬼のような形相で私を睨んでいる。
どうやら圧倒的優位を崩されたことで怒りに打ち震えているようだ。
気持ちは分からないでもないな。
『勇者』を失くした当時の私も似たような感情を持った覚えがあるのだから。
「甥っ子だと思っておとなしくしていれば調子に乗りやがってぇぇぇ!!」
「嘘を付くんじゃないよ。あんたがいつおとなしくしたって言うんだい」
「やかましいわ、ババア! 玄武の国の国王たるこの俺の体を吹き飛ばすとは万死に値するぅ!」
言うなり叔父上は体から何本もの突起を生み出し、四方八方へと打ち出しはじめた。
先程私に向けて突き出してきた槍の小型版のようだ。
しかし突入部隊は冷静に手持ちの盾を使って叔父上の攻撃を受け止める。
彼らは全員特殊な盾を装備している。対叔父上用に制作されたこの盾を叔父上の攻撃は貫通することはできないのだ。
そして彼らは次々と剣を抜き放ち、突起に向かって振り下ろしていく。
ニヤリと笑みをこぼした叔父上だったが、その顔が驚愕に染まるのにそう時間は掛からなかった。
物理攻撃が効かないはずの叔父上の突起は次々と傷つけられて切断され、突如複数の切り傷を受ける羽目になった叔父上は苦悶の叫びを撒き散らす。
「グギャアアァ!! 馬鹿な、何で今の俺が斬られるんだ!?」
「相も変わらず話を聞かないねぇあんたは。これで二度目だよちゃんと聞きな。アタシたちはあんたと戦うための準備をしてきたんだよ」
「ふざけんな! 何が準備だ! 『魔法の心得』がない時点で、お前らに逆らう方法などあるわけがない!」
「切断されたあんたの体が何よりの証拠だろう? 詳しい説明をしてあげるほど親切じゃあないんでね。訳も分からないまま死んでいきな!」
そう言って神殿長殿は手に持った杖を振りかぶり叔父上の頭へと振り下ろした。
ただの杖だったならば叔父上には効かなかったはずだ。
しかし神殿長殿の一撃を食らった叔父上の頭は冗談のように陥没し、その勢いのままに壁まで吹き飛んでいってしまう。
兵士たちの持つ盾や剣、そして神殿長殿の持つ杖には仕掛けが施されている。
当然兵士たちの手のひら、正確に言うと手のひらを含めた小手も同様だ。
叔父上はスライムの魔王の魔石を吸収し、物理攻撃の効かない体となった。
そしてその状態となった叔父上を倒すためには魔法を使って戦うしかないのだが、私やシャインといった魔法を使える者は極少数しかいないのが実状だ。
では一体どうやって叔父上にダメージを与えれば良いのか。
答えは簡単だ。単純に数を増やしたり、魔石と反応させて増幅させたりすることで、魔法の威力そのものを高めればいい。
そしてもう一つは、魔法を使わない魔法攻撃。すなわち魔石を使った魔道具による攻撃をすれば良かったのである。
兵士たちの剣や盾の表面には細かく砕いた魔石が貼り付けられ、神殿長殿の杖の中心には大きな魔石が丸ごと嵌め込まれている。
カメヨコ村に集まってきた大陸各地の避難民たち。
その中には当然鍛冶を仕事とする者や魔石の加工を得意とする者も多くおり、彼らの協力により魔道具を量産化し、突入部隊には最高の装備が提供されたのだ。
迫りくる氷河というタイムリミットがある中で、山に潜むモンスターを狩り、魔石を回収し、魔道具ができるのを待つまでの時間は緊迫感のあるものだった。
しかし全員の装備が完成し、私たちは今こうして叔父上と戦うことができている。
タイムリミットが迫る中、最高の装備を用意してくれた彼らの働きは素晴らしいものだった。
彼らの期待に答えるためにも、ここで確実に叔父上を叩かなければならない。
私は注意深く叔父上の動向を見守っていた。
「ふんぬらばっばー!」
気勢を、いや奇声を上げながら立ち上がった叔父上の体はいくらか痩せているように見えた。
その体には傷一つ存在しない。しかしかつてのスライムの魔王の伝説と同様、ダメージを与えれば与えるだけ体の体積は萎んでいるようだ。
私は腰にぶら下げた魔石袋を放り投げると同時に、手のひらを叔父上に向けてアースインパクトを放つ。
私が放った魔法は、私の小手と繋がっている兵士たちの小手と連動し、彼らの小手からもアースインパクトが射出され、数を揃えた魔法は魔石と融合することで威力を増して、叔父上の体に着実にダメージを与えていく。
これもまたエリック先生が開発した魔道具の1つだ。
魔法の威力を補うためには数を揃えるしかないという結論に達した先生は、技術者たちと共に魔法の連動技術を組み込んだ小手を開発してくれたのである。
煙の向こうで膝をついている叔父上から目を離すことはせず、私は腰のポーチから魔石を取り出して小手にある穴の中へと入れていく。
兵士たちも同じ行動をしていた。こうすることで小手そのものが私の魔法の威力を底上げし、兵士たちが装備する小手との連動機能も働いてくれるのだ。
しかしそのためには全ての小手を繋げる必要があった。
良く見れば床には兵士たちと繋がる細い管が這っているのが見えるだろう。
この部屋に突入してすぐにハヤテとデンデはこの魔力管の設置を行っていたのだ。
そうして全ての兵士が配置についた頃合いで、私は叔父上に対する魔法攻撃を開始したのである。
「アースインパクト! アースニードル! アースジャベリン!」
「ギャハアアァ! グボオオォ! ボハアアァ!」
「良いよ良いよ、良い調子じゃないか! このまま削って削って削り倒しな!」
「分かっております!」
突入部隊から放たれる魔法の絨毯爆撃に晒され、叔父上はずいぶんとスマートな外見に変わっていた。
その姿はまさかの私似である。
血の繋がりを存分に感じさせるその姿に、私は凄まじい恐怖を抱くこととなった。
私も人生を誤り、怠惰と享楽に身を任せれば、叔父上のような醜い肉の塊になるのだ。
「絶対にこうはなるまい」と心に刻み込みながら、私は叔父上に魔石を投げつけ、しかし『一気に殺さないように手加減して』魔法を放ち続ける。
「ざっけんな、オラー!」
そして予想通り叔父上の諦めは悪かった。
叫び声を発した叔父上は例の突起を再び四方八方に撃ち放ち、私たちの命を狙ってくる。
しかしその攻撃が通用しないのは既に証明済みだ。
私たちは用意しておいた盾で叔父上の攻撃を受け止め、そして攻撃を再開しようとした。
しかしその思惑は果たせなかった。
なぜなら叔父上の体が元のサイズに戻り、なおかつ当初よりも遥かに肥えた体となっていったからだ。
「ぶぶぶ、おおぉまえらぁぁぁ! おおれ様に対して、よよよくもやってくれたなぁぁぁ!」
「うわぁ気持ち悪い。デブを通り越してもはや怪物ですねあれは」
「肉が気道を圧迫しているな。あれではまともに喋ることもできまい」
「デンデも大先生もなんでそんなに冷静なんだよ! せっかくあれだけ削ったのに復活どころか体積が増えているじゃないか!」
ハヤテの言う通り、叔父上の体はもはや人の体とは言えない形に変わり果てていた。
背丈は天井まで到達し、その腹は壁に張り付き四角く形を変えている。
己の身の丈に合わない力を持ってしまった者の末路。
目の前で展開されているこの現象は、一言で言えばそういうことなのだろう。
「慌てるなハヤテ。これは予想通りの展開だぞ」
「え? あ、そうか! 確かに聞いた覚えがあるような……」
「まぁ驚くのも無理はない。頭の中での想像と、実際に見る光景とでは衝撃の度合いが違うだろうしな」
「じゃあやっぱりこのおっさんは……」
「ああ、体を削られた叔父上は城の内外に広げていた体を回収、吸収して肥大化しているのだろうさ」
そう、叔父上のこの豹変ぶりは何のことはない、城の中や町の外にまで広げていた自らの身体を吸収したために起きた現象だ。
叔父上の体はスライムである。
叔父上はその特性を利用して城の内外に体を配置し、私たちの動きを阻害してきた。
だが本体がピンチになればそんなことをしている余裕はなくなる。
叔父上は広げていた体を回収し、体の復元を図ったのだ。
そしてそれこそがこの作戦の肝である。
叔父上の体はスライムだ。そして本体を倒せば離れた体は機能を停止するはずという考えの下に当初作戦は立てられていた。
だが、万が一本体を倒しても残りが機能したままだと厄介なことになるという話になり、本体をすぐには倒さずに全ての力を結集させてから倒そうという結論に至ったのだ。
叔父上の体はますます膨張を続け、もはや部屋の中は叔父上で埋め尽くされ、部屋の外にまではみ出していた。
私たちはその惨状を、部屋の外から見守っている。
こうなることは予め予測していたので、叔父上の体が肥大化した辺りから徐々に部屋からの撤退を始めていたのだ。
私たちは体積を増す叔父上から逃げるように廊下を駆けていく。
だが逃げているように見せかけているだけで実際には戦いやすい場所へと誘導しているにすぎない。
私たちはある場所まで到達すると方向を変え、城の外へ足を踏み出した。
そこには階段が設置されている。しかし下へ向かっているわけではない。この階段は城の上、すなわち屋上へと繋がっているのだ。
私たちを追いかけて、叔父上もまた屋上へとやって来た。
その頃には既に叔父上の巨大化は終了していた。
目の前には小山ほどの大きさとなった巨大なスライムが鎮座しており、もはやそこに人間の面影は確認できない。
「こぉれぇでぇ、おぉれぇさぁまぁはぁ、むぅてぇきぃだぁ!」
「アースインパクト!」
ドガガ、ドガアァァン!
「きぃかぁ~ん!」
私はすぐさま魔法を打ち出し目の前の魔王を蜂の巣にしたが、山のような巨体の叔父上には効果がないようだ。
もはや叔父上は完全に化け物と化してしまった。
予想通りの展開とはいえこれはこれで胸に来るものがある。
一体全体どれだけ人生を誤り続ければ、最終的にこんな化物になってしまうのだろうか。
「むぅだぁだぁ! こぉのぉすぅがぁたぁのぉ、おぉれぇにぃはぁ、もぉはぁやぁ、まぁほぉおぉもぉ、つぅじぃなぁいぃ!」
「なるほどねぇ伝承の通りってわけかね」
「『真の姿を現したスライムの魔王にはもはや魔法すら効果がなかった』ですか。となると、やはり用意していた物を使うしかありませんね」
「ああそうなるねぇ。……本当に、全く、ナイト様様だねぇ!」
「私の息子になっていたかもしれない男だからな」
「やかましいよジョーカー! ここからはアタシたちの出番だよ!」
そう言って神殿長殿とジョーカーが叔父上の下へと近づいていく。
伝承にある通り、本性を表したスライムの魔王には物理攻撃はおろか魔法攻撃も通用しなくなった。
ではかつての勇者は一体どんな方法で目の前の怪物を仕留めたのか?
現在、その答えが目の前で展開されていた。
「ぐぼおぉぉ? おぉまぁえぇらぁ! 一体なぁにぃをぉしているぅぅ!?」
叔父上が驚くのも無理はないだろう。
なぜなら巨大だった叔父上の体が更に大きくなっているのだから。
叔父上の体を大きくしているのは神殿長殿とジョーカーの2人だ。
もっと正確に言えば、2人が叔父上の体に投げ込んでいる魔石とマジックアイテムがその原因であった。
かつてのスライムの魔王と勇者との戦い。
物理攻撃どころか魔法も効かなくなった魔王を倒すため、かつての勇者は相手を攻撃することを諦め、相手の自壊を狙うことにした。
自壊、つまり魔王自身の手で魔王を倒すように仕向けたのだ。
勇者が持つ莫大な魔力を魔王に注ぎ込み、内部から破裂させるという方法を用いて。
人が人の姿をしているのは、人にとってそれが最適なサイズであるからだ。
人には人の、馬には馬の、モンスターにはモンスターの適正サイズというものがある。
そこからはみ出せば確かに強く強大になるだろう。
だがそれは種族の枠からはみ出る行為であり、どこかで必ず無理が生じる。
ましてや目の前の怪物は元は人であった叔父上が変わり果てた姿なのだ。
大した実力も経験もなく、ただ力だけを手にした叔父上程度では、膨らみ続けるスライムの魔王の体を維持するのは困難。
そう考えた私たちは、叔父上を更に太らせて破裂させる方法を立案し実行したのである。
「おおおぉぉぉ! 止めろ、止めろ、もう無理だぁぁ! 体が破裂するうぅ!」
「それが狙いなんだよ。おとなしく破裂しときな」
「そして貴様を倒した男に震えるがいい。貴様を倒したのはそこの王子でもババアでも兵士でも私でもない。私の息子となったかもしれない男、ナイト=ロックウェルこそが貴様の息の根を止めるのだからな」
そうなのだ。叔父上を倒すことは私たちだけでは不可能だった。
なぜなら『勇者』を失くし、『魔法の心得』すらも独占されている私たちではかつての勇者様の使った方法は使えないからだ。
しかしこの方法を用いなければ叔父上を完璧に倒すことは不可能。
ではどうすればいいのかという話になった時、ナイトの残した功績が私たちを助けてくれたのである。
ナイトの残した功績。
孤児院の出身者や学校で学んだ者たちは様々な分野で活躍を続け、薬の生産量は伸び、料理は旨くなり、ナイト商会が生み出した新製品は今をもって私たちの暮らしを助けてくれている。
そしてその商会の利益を使って、ナイトは何をしていたか。
ジョーカーと出会うきっかけになったのは、ナイトがその名を轟かす原因となった行為とは一体何だったのか。
そう、ナイトは世界中に散らばっていたマジックアイテムをかき集め、闇の神殿と城へと献上していたのである。
アイテムボックス能力を持つ2人、神殿長殿とジョーカーが叔父上の体に投げ込みその体を太らせ続けているマジックアイテム。
その大半は生前のナイトが集めたマジックアイテムなのだ。
もちろん元々城や神殿に保管されていたマジックアイテムも含まれている。
だが元から保管してあったマジックアイテムでは正直数に不安があった。
しかしナイトがその不安を払拭してくれたのだ。
あいつは有効か否かを一切頓着せずに、マジックアイテムというだけで手当たり次第にかき集めていた。
おかげで城の宝物庫や闇の神殿の倉庫の中には、役に立たないマジックアイテムが山のように保管されていたのだ。
普段だったら文字通り倉庫の肥やしとなっていたそれらが、こうして叔父上を倒すための切り札になっていることに私は驚きを隠せない。
なにしろ数だけは多いので、「足りないかもしれない」という不安を持つことなくこうして決戦に臨むことができたのである。
死ぬ前も、死ぬ直前も、そして死んでからもナイトは私を助け、支えてくれている。
ナイトがいなければこの局面を打破できなかった。
ナイトがいなければそもそも立ち上がることさえできなかった。
ナイトが残した人脈や技術、そしてマジックアイテムが私の進む未来への道筋を照らし、そして支えてくれているのだ。
「ギャアアアァァァー!!」
断末魔の悲鳴も高らかに、遂に叔父上の体は爆発四散した。
その体の中心からは巨大な魔石が姿を現す。
それをジョーカーが腰の刀で一刀両断にした。
魔王の魔石など残しておくわけにはいかない。これ以上大魔王の戦力を増やすわけにはいかないからだ。
王弟派を追いつめたのは、ナイトの無自覚な功績だった。
そしてその旗頭である叔父上を倒す方法を残したのも結局のところナイトだったのだ。
私は死してなお力貸してくれる親友を持てたことを誇りに思いながら、城を出てカメヨコ村へと帰っていくのだった。
2018/10/27
モンスター文庫、『勇者の隣の一般人』が販売不振のため2巻で打ち切りとなりました。
それに伴い、この連載の打ち切りを決定しました。
最終話の投稿は10月31日の予定です。
最後までよろしくお願いいたします。




