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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第六章 人類敗北編
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第百五十八話 勇者の迷宮その6

 Side:ナイト



 そうして俺たちは遂に家族となった。


 俺から見て正面左手には頬を赤らめたロゼが、自身の左手の薬指に輝く指輪を愛おしげに見つめている。

 右手ではエルが真っ赤になって黙り込んでいた。彼女に渡す指輪は既に用意されており、エルの指にはめられる時を今か今かと待ちわびている。

 そして現在、俺は目の前に佇むアナの左手を取り、指輪をはめている最中だった。

 彼女の頬はほんのりピンク色である。冷静な顔をしながらも、口の端はピクピクと動いているあたり、嬉しさを噛み殺すことが出来ないのだろう。


 そんな幸せいっぱいな俺たちは、周囲を真っ黒なスライムたちに囲まれていた。

 ここに来るまでにアナが仲間にした10匹のスライムたちだ。

 大好きな飼い主の門出を祝う犬のようにスライムが跳ね回るその光景は、何だか怪しげな呪術の儀式のようで、俺は思わず苦笑してしまう。


 そんな俺の苦笑を見て、アナは顔を真っ赤にしている。

 きっと彼女の脳内では、俺の苦笑がイケメンスマイルにでも変換されているのだろう。

 「恋は盲目とはよく言ったものだ」などと考えながら、俺は迷宮の中でこうして幼馴染たちと結婚することになった経緯を思い返していた。



 思い返せば俺たちは、もう一ヶ月も迷宮に潜りっぱなしだ。

 最初の7日間はアナと共にロゼたちを探し回り、ロゼたちと合流してからは本格的に迷宮探索を開始した。

 2人と合流した時に起こった修羅場に関しては正直思い出したくもない。

 激怒するエル、複雑な表情で俺たちを眺めるロゼ、そして裸のまま土下座を敢行している俺とアナ。


「夜になるたびに聞こえてくるアナの悲鳴を聞いたアタシたちがどれだけ心配したと思っているの!」と、エルがなじったかと思えば、

「全員でナイトと結婚するのだからこうなって当然なのだけれど、実際に目の前で見せられると、やっぱりこう胸に来るものがあるわね」と、ロゼが胸の内を正直に明かして、切ない瞳で俺たちを見据えるのだ。



 結局その修羅場は夜が明けるまで続くこととなった。

 自業自得ではあるのだが、だからといって睡眠不足のままで迷宮探索をするわけにもいかない。

 睡魔に負けた俺たちは、合流を果たした階段で、もう一度眠ることにしたのだった。

 その際、アナとエルがいるにも関わらず、ロゼが俺に甘えながら毛布の中に潜り込んでくるという事件があった。

 旅に出て以来、ついぞ見ることのなかったロゼの可愛らしい姿を目の当たりにすることで、俺は彼女に与えた衝撃の大きさを実感し、小さな体を抱きしめながら眠りに着いたのである。


 明けて翌朝、俺たちは朝食を食べながら情報交換を行った。

 ロゼとエルはアナと同じく、吹き抜けの欄干の部分に引っかかっていたのだという。

 俺たちがいる階層よりも大分下の階に落ちていたらしい。

 だが、不幸中の幸いというべきか、2人はお互いの位置が肉眼で見えるほど近い場所に落ちていたのだそうだ。


 だから2人はまず合流を目指した。

 しかし目が覚めた時には既に『魔法の心得』を独占された状態だったので、エルは魔法を使うことができず、戦闘力がなくなっていたという。

 だからエルはステータスの高いロゼに自分の所まで来てくれるようにと頼み、自分は安全地帯でじっとしていたらしい。


 エルが待機していた安全地帯とは、彼女たちが引っかかっていた吹き抜けの欄干なのだそうだ。

 エルは目の前の通路を何度もモンスターが通ったのに一向に欄干に近づく様子がないことから、自分が今いるここが安全地帯なのだと気がついたらしい。


 結局2人は迷宮に落ちた翌日には合流できたそうだ。

 俺とアナが合流した時間とほぼ同じだったようである。


 合流に成功した2人は、次に姿の見えないアナの探索を行うことにした。

 だが、そもそも現在地もアナの居場所も分からない。

 2人はほとほと途方に暮れ、そうこうするうちに夜が来てしまった。


 そんな時だ、日が暮れた迷宮の中でどこからともなく悲鳴が聞こえてくるではないか。

 耳をすませばそれは上の階から聞こえてきており、どうやら女性の声で間違いなさそうである。


 2人は咄嗟に思ったのだという。

 これはアナの悲鳴であり、何者かの手によってアナが酷い目に合わされているのではないかと。

 この時2人は既に大魔王の復活と『勇者』の独占についても気がついていたので、アナの身に危険が迫っていると判断したのだ。


 今すぐ叫んで彼女に無事を確認したい。

 しかしもし万が一アナに酷いことをしている相手に自分たちの生存が知られたら?

 アナの救出ができなくなったら? まかり間違ってアナが殺されてしまったら?

 2人は声を出すか出さないかで葛藤し、結局出さずにこっそりと近づくことを決めたのだという。

 そうしてジリジリとした思いを抱きながら幾日も迷宮をさまよい歩き、どうにかこうにかアナの下へと辿り着いたら、俺とアナが素っ裸で愛し合っていたのである。


 そりゃあ怒るだろう、呆れるだろう。

 俺は2人にいらぬ心労を掛けたことを詫び、大声を上げて呼びかけるという基本的な方法に思い至らなかった迂闊な自分に呆れるのだった。



 ロゼとエルに近況を聞かされた俺とアナは、次は自分たちの番だと迷宮に入ってからの話と迷宮に入る前の話を2人に聞かせる。

 2人はアナと同じく大魔王の復活と地上での惨劇に心を痛め、同時に地上には戻れないことを理解して深い溜め息をつくこととなった。


 2人が無事だったことは素直に嬉しい。

 だがここは迷宮という名の広大な袋小路だ。

 だから俺は2人にも迷宮の攻略を持ちかけたのだが、その前にエルから全ての地上への出入り口を確認したほうが良いという話を提案され、それは確かにその通りだと考えを改めた。


 よくよく考えてみれば、バードの町が氷河のドームで覆われたとはいえ、町の北にはモンスターが出入りするための穴が開いているではないか。

 モンスターの目を盗んでこっそりとあそこから抜け出すことも、あるいは可能なのかもしれない。

 俺たちは早速迷宮の入り口を目指した。

 これまでの探索の最中に、いくつか迷宮の入り口へ通じるルートを見つけていたのだ。


 その内の1つに到達した俺たちは、慎重に迷宮の入り口の扉を開ける。

 だが俺たちは、そこで固まることとなった。

 迷宮の入り口の先には、青く輝く氷の塊が存在していたからだ。



「は? 何だこれ? 氷の塊?」


 触っても叩いてもびくともしない氷を見て、俺たちの心に「まさか」という思いが忍び寄ってくる。

 急いで他の入り口も調べてみたが、全て同じ状態となっていた。

 迷宮の入り口は氷で塞がれ、どこからも外へ出ることができなかったのだ。


 俺たちの生存がバレて、大魔王から追っ手が差し向けられるとか、そういうレベルの話ですらない。

 俺たち4人は朱雀の国の首都バードの町の地下に広がる勇者の迷宮の中に閉じ込められてしまったのだ。

 そこでようやく俺たちは大魔王のステータスのMPの減少に気がつき、この目の前の氷の壁が大魔王のスキル『氷河生成』の仕業であることを理解した。


 勇者クラスの攻撃力がなければ傷もつかない代物だ。

 今の俺たちの手に負えるものではない。

 選択肢を奪われた俺たちは、腹をくくって勇者の迷宮の探索に乗り出すのであった。



 そうと決まれば善は急げだ。俺たちはお互いの手札を教え合い、そして手持ちの物資の確認を開始した。

 俺は迷宮攻略に特化したスキルを持っているし、ロゼのステータスは俺に次ぐほどに高い。

 『勇者』を失くしたアナだって戦うことが出来るし、魔法を封じられたエルには知識と頭の良さがある。


 俺たちは戦力に関して言えば、それほど心配はしていなかった。

 問題なのは地上に出られないことによる、補給物資の枯渇だ。

 だが、これに関しては俺の持つスキル『迷宮商人』で補うことが出来るだろう。


 そう考えた俺たちは率先して俺のレベルを上げていき、遂に『迷宮商人』のレベルを10にして、そのスキルを発動することに成功した。

 だがその発動したその能力を確認した俺たちは、揃って不満を呟くことになる。

 スキル『迷宮商人』を使って迷宮内で物を仕入れるためには、なんと『現金』が必要だったのだ。



「ふっざけんなよ! 何だよこれ、ハズレスキルじゃないか!」

「一応、旅の資金は幾らか持っているけど……」

「それは俺もあるよ。でも俺にしてもアナにしても、持っている現金には限りがあるだろ? 手持ちの現金が尽きたら、それでもう物資の補給はできなくなるんだぞ」

「迷宮の中で現金を手に入れる手段はないのかしら?」

「それは流石に難しいんじゃないかなぁ~」



 俺たちは予想外の状況に焦りを覚え、迷宮攻略のペースを早めることにした。

 元々地下10階までは一般開放されていたせいもあるのだろう、俺たちはあっという間に地下10階へと辿り着く。

 そこで俺たちは発見したのだ。

 水場と共に勇者の迷宮地下10階の階段横に存在していた『魔石回収機』の存在に。


「何でこんなところにあるんだよ!」


 と、思わず突っ込んでしまった俺を誰も責められまい。

 ここまで到達する間に手に入れた魔石を回収機へと入れたおかげで、いくらかのまとまった現金が手に入った。

 入ったは良いが、朱雀の国は一体何を考えてこんなところに魔石回収機なんて設置したのだ。

 絶対に地上にあったほうが便利なのに。いや、ひょっとしたら俺たちが知らないだけでショートカット出来る道とかがあったのだろうか?


 まぁ使えるのだったら何でも良い。これがあるということは、この中に収められている金額の分は魔石を現金化出来るということなのだから。

 そうして俺たちは11階へと降りるゲートへと近づいていった。

 ここは勇者の迷宮。勇者とその仲間以外はこの下に行くことはできないと言われている。


 実際俺が単独でゲートに触っても先へと進むことはできなかった。

 ではアナはどうなのだろう?

 スキル『勇者』を大魔王に独占されたアナはこのゲートを通ることができるのだろうか?

 通れなかったらここでゲームオーバーだ。

 地上には出られず、迷宮の攻略もできず、俺たちは死ぬまでここにいなければならない。


 緊張の一瞬はあっさりと終了した。

 アナの体はゲートを通過することができた。

 そしてアナに触れていれば、俺たちもゲートを通過することができたのだ。


 おまけに一度入ってしまえば、それから後はノーチェックだった。

 どうやら一度でも通過条件を満たしさえすれば、以降はゲートの通過条件は緩和されるらしい。


 スキル『勇者』の有無はゲートの通過には関係なかった。

 ひょっとしたら額に輝く勇者の印がその判定基準だったのかもしれない。

 まぁ通過できたのだから細かいことは気にしなくていいだろう。

 俺たちはゲートを潜り、更に下の階へと降りていく。


 地下11階以降は10階までとは比べ物にならないほどの密度でモンスターがうごめいていた。

 考えてみれば当たり前だ。10階までは多数の探索者が日々潜っていたのに、11階以降は勇者とその仲間しか進めないのだから、こうなっても仕方ないだろう。


 俺たちは資金稼ぎとレベルアップを兼ねて、とにかく手当たり次第にモンスターを狩りまくり、下へ下へと迷宮を下っていく。

 そして迷宮に入って1ヶ月後、俺たちは勇者の迷宮地下20階へと到達した。


 だが、そこで問題が発生してしまう。

 俺たちの中でエルだけは20階のゲートを通ることができなかったのだ。


「何でぇ?」


 そう言われても俺にゲートの判定条件が分かるわけがない。

 だがゲートには古々代語で通過条件が記されていることは分かっている。

 ならばそれを解読すれば、判定条件が分かるはずだ。

 俺は『迷宮商人』を使って、古々代語の本及び、勇者の迷宮について書かれた本を仕入れた。

 そして調べて驚いた。このゲートの通過条件は『勇者の家族』であることだったからだ。


 俺は氷の勇者サムの実の兄であり、ロゼは土の勇者ロックの実の姉。そしてアナは闇の勇者本人である。

 俺たちの中でエルだけが家族に勇者がいなかった。

 幼馴染であり仲間ではあっても、ゲートは家族とは認めてくれないらしい。

 エルはすっかりしょげ返り、「私のことは放って先に進んでよ」と言ってきたが、そんなことが出来るわけがない。



 だがこの問題の解決策は割とあっさりと見つかることになる。

 頭を捻っていた俺に向かって、ロゼがまさかの提案をしたからだ。


「ナイト、私たちと結婚しましょう」と。


 「一体何を言っているのか」と思ったのはわずかに一瞬であり、ロゼの意図はすぐさま理解できた。

 このゲートの通過条件は『勇者の家族』であることだ。

 だけどエルは家族に勇者がいない。

 つまりエルがこのゲートを通過するためには、勇者もしくはその家族と結婚をして勇者の家族になれば良いわけである。


 そう考えると俺たちの関係性は実に好都合であった。

 俺と結婚すれば、氷の勇者であるサムの義理の姉になることができる。

 そもそも、俺の嫁さんは3人で、その中には勇者本人であるアナもいるのだ。

 これでエルがこのゲートを通過するための条件を達成できるはずである。

 条件が『血縁』だったら無理だっただろう。

 『家族』だからこそできる裏技であった。


 元々俺たちは婚約者だ、ロゼとアナとは既に肉体関係にも至っている。

 俺はロゼの提案に賛同し、3人へと結婚を申し込んだ。

 ロゼとアナは二つ返事でOKしてくれた。だがエルは正直複雑そうだ。

「ゲートを通過するために結婚するだなんて」とか思っているのは間違いない。


 だが、こんな状況になっていなくても、俺は3人と結婚していたのだ。

 俺たちは3人がかりでエルを説得し、俺たちはめでたく結婚にこぎつけた。


 祝福してくれる友も参列者もおらず、豪華な食事も音楽も全てが自前。

 結婚の誓いは闇の神殿の巫女であるアナの立ち会いの下で執り行われた。

 結婚指輪は『迷宮商人』を使って入手し、衣装は勇者の旅立ちの儀式の際に着ていた服をそのまま流用したのだ。



 思い描いていた結婚式とは大分異なってしまったが、それでも俺たちは幸せだった。

 こんな状況下でも幸せを感じられる人間の凄さに驚きながら、俺たちは真の家族となり、仲良く20階のゲートを通過し先へと進んでいったのである。

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