第百五十六話 ロックの罪
2018/09/07 内容を細かく修正。
国王陛下の寝室へと突入した僕たちは、椅子に縛り付けられて血だらけになっているガイアク大臣と、天井から吊り下げられて足を切断された国王陛下の姿を発見した。
王弟は部屋のソファに腰掛けており、何が楽しいのか立ち上がりもせずに拍手をしている。
余裕を伺わせるその姿に、僕は迂闊にも王族の貫禄を感じてしまい、軽く自己嫌悪に陥ったのだった。
「キッサマァァァ!! 今すぐ父上を開放して、罪を償え! いや、死ね! まずはとにかく死んで詫びろぉ!」
ショックから回復したロック王子が、床に手をつき、王弟に向かって石でできた巨大なトゲを撃ち出した。
地属性魔法の1つ、ストーンニードルだ。
その軌道は王弟の心臓へと向かっており、殺すつもりで撃ったのは明白であった。
「ふふん」
だが、王子の渾身の魔法を見ても、王弟は避けようとすらしなかった。
石で作られた巨大なトゲは王弟の体を刺し貫き、後ろのソファにも穴を開ける。
だが、次の瞬間には石のトゲは消失し、王弟の体に空いた穴は元に戻っていた。
「なに!?」
「何だ? 回復魔法か?」
「いや、違う! 回復魔法特有の光が発生していなかった!」
「じゃあ何だ? まさか自力で回復したとでも言うのか?」
「気を引き締めろ! これまで見聞きしてきた王弟殿下とは違うぞ!」
共に部屋へと踏み込んできた兵士たちが驚きの声を上げている。
僕たちは王弟の脅威度を一段階引き上げることにした。
目の前で起きた光景はそれだけのインパクトを僕たちに与えたのだ。
「逃げろ……お前たち、逃げるのだ……」
天井から吊り下げられた国王陛下が僕たちに逃げろと忠告してくる。
しかし僕たちは国王陛下を助けに来たのだ。
如何に陛下の命令とはいえ、戦いもせずに敵に背を向けることなどできない。
僕たちは揃って意識を引き締め、王弟の一挙手一投足を見逃すまいと神経を研ぎ澄ませていた。
バシィン!
しかし次の瞬間、僕たちは揃いも揃って壁に弾き飛ばされることとなる。
攻撃のモーションも、軌道も全て視界に入っていた。敵の動きは読めていたのだ。
にもかかわらず、僕たちは王弟の攻撃を避けることができなかった。
なぜ全員揃って攻撃を喰らってしまったのか?
簡単だ、王弟は『避けるスペースのない攻撃』を繰り出してきたのだ。
無造作に振られた王弟の右腕。
それは突如として膨張し、巨大な壁となって僕たちに迫ってきた。
避ける隙間などどこにもない。
僕たちはまとめて打ち据えられ、全員揃って壁に叩きつけられてしまったのだ。
「ぐはっ!」
「がっ! ぐうう……今のは!?」
「物理攻撃を無効化する上に、体が膨張しただと!? まさか王弟殿下が変化したモンスターとは!」
幸いにして威力そのものは小さかったので、僕たちは素早く体勢を立て直すことができた。
その際、壁に掛けられていた槍が視界に入ったので、僕はそれを王弟へと投げつける。
それは先程の王子の魔法と同様、王弟の体へと突き刺さった。
しかしそんなものは何の効果も無いとばかりに、奴は槍を抜き取って、体に開いた穴を瞬時に塞いでしまう。
体の形状を自由自在に変化させ、突き刺さった槍すらも無効化するモンスター。
その正体はスライム。しかも伝説でしか聞いたことのない、物理攻撃を無効化する強力なスライムへと王弟は変わり果てていたのだ。
「おいおい、酷い連中だな。兵士が国王に向かって槍を投げつけるなんて世も末だぜ」
目の前の男は、自らの勝利を確信しているのだろう。
その顔は余裕に満ち溢れている。
対して、僕たちは揃って現状の不味さに歯噛みしていた。
現在の僕たちの戦力では、王弟を倒すことができないと確信してしまったのだ。
物理攻撃を無効化する相手の倒し方なんて簡単だ。魔法を使って戦えば良い。
しかし『魔法の心得』を大魔王に独占されている現状、こちらは王弟を倒せるほどの魔法が使えないのだ。
ロック王子も現状が理解できたのか、先程のように短気に走ることはなく静かに王弟を睨みつけている。
この場にいる味方の中で魔法を使えるのは王子ただ1人。
しかしMPも心力も雀の涙程度である。単純に火力が足りないのだ。
陛下は今の攻撃に巻き込まれていたようで気を失っていた。
ガイアク大臣は椅子ごと床に倒れているが、咳き込んでいるので無事なようだ。
王子は怒りを噛み殺して王弟へと顔を向け、自らの叔父へと話しかけた。
「……お久しぶりですね、叔父上。ご無沙汰しておりましたが、お元気そうで何よりです」
「はっ! 相変わらず年甲斐もなく大人ぶりやがって、気持ち悪いガキだなぁ。なにがお元気そうで何よりだか。俺はいつだって元気全開だぜ、甥っ子ぉ」
スライムになったからなのか、前からだったのか、王弟は腹の肉をブヨブヨとさせながら、気持ち悪い笑顔を向けてロック王子に言葉を返す。
この人にだって王子やロゼ姉のように王族としての作法を教える教師がいたはずなのに、一体全体何が起きたらこんなチンピラのような口調をしゃべる大人に成長してしまうのだろうか?
「あなたには言いたいことが山のようにあるのですが、まずは1つ質問を。どうしてこのような真似をしでかしたのですか?」
「どうしてもこうしてもアニキが嫌いで、国王の座から引き摺り下ろしたかったからだよ。そんなことも分かんねぇのかバーカ!」
「……そのスライムのような体は一体何なのですか? 大魔王が復活したことと関係があるのでしょう?」
「大魔王? 知らねぇよ、そんなこと! 俺は俺がやりたいようにやっているだけだぜ? こいつは青龍の国からやって来た親切な商人が、「魔王の魔石と一緒に部下に渡してください」と言って手土産にくれた転魔薬って薬を飲んだ結果だぜ」
「「は?」」
えっ……っと、え? は? なに?
大魔王を知らない? 親切な商人から薬をもらった?
今、魔王の魔石って言わなかったか?
「……部下に渡せと言われたものを、ご自身に使用されたのですか?」
「なんでこんな面白い物を部下にあげなきゃならんのよ」
「では、どうしてあなたは大魔王がバードの町を襲った日にクーデターを起こしたのです?」
「そりゃあれだ。その商人が日付を指定したからに決まってんだろ、馬鹿だなぁ。んでさ、飲んだらもう凄えのよ! 体にあふれる万能感! そして圧倒的な戦闘力! これはもう、国の1つも奪わにゃならんだろって思ったんで、こうして城を奪ってみたのさ!」
何が「馬鹿だなぁ」だよ、この馬鹿は!
じゃあ何か? 深い考えも綿密な打ち合わせもなく、ただ単に衝動に赴くままに力を奮って城を落としたってこと!?
「あなたは本当に……、正直呆れてものも言えないのですが、もう少し。ガイアク大臣はなぜあのような姿に?」
「あいつか? さっき言った商人が指定した部下ってのはあいつのことなのさ。ちなみに宝物庫で魔石を選んだのもあいつでな。
準備ができてあいつに薬を渡すって段階でふと思い立って俺が薬を飲んでみたら、本来ならあいつが魔王化して国を乗っ取るつもりだったって聞いたんでね! ふざけんなと思ったんで殺さずにサンドバックにしてやったんだよ」
「……当たり……前だ。この……国は、私の……ものだ……」
随分とくぐもった声がしてきたと思ったら、声の主は倒れ込んでいたガイアク大臣だった。
彼はいつの間にやらこちらを向いており、憎悪に濁った瞳で王弟と王子を睨みつけている。
……ん? 王弟と王子? なんで王子まで睨むんだ?
「ワシは……ワシは王になりたいのだ! 貴様たちを引きずり下ろしたいのだ! そのために青龍の国に協力を仰ぎ、ようやく準備を整えたというのに! 貴様が! 貴様のような豚がワシの力を奪っただと! ふざけるな! ふざけるんじゃない! こんな馬鹿なことがあってたまるかぁ!」
「でもそれがあるから人生は面白いんじゃねぇか。あっはっはっはっ!」
王弟は腹を抱えて笑い転げている。
ようするになんだ? 本来ならばガイアク大臣が魔王の力を得て国を掌握する予定だったのに、それを王弟が横取りしたと?
何だよそのアホな状況は!
「父上をあのような目に合わせたのは何故ですか?」
「そりゃあれだ、アニキが俺が王になることを拒んだからに決まってんだろ。アホな息子に王位を継がせるんだって聞かなくてよぉ。足の一本でも切れば言うこと聞くかと思ったら聞かねぇもんだから、勢い余ってもう片方も切っちまったのさ」
「王子に対して何という無礼を!」
「王弟殿下! 身内とは言え、言葉が過ぎますぞ!」
「別に良いじぇねぇかよ~、めんどくせぇなぁ! 実の姉を呪いにかけるような弟なんざアホ息子で十分だろうが。いや、アホ甥っ子なのかぁ?」
……何?
今なんて言った? 実の姉に呪いをかけた?
「叔父上? 一体何の話をしているのですか?」
「あ? だから言ってんだろ、足をぶった切った理由は、アニキが俺の王位の継承を認めなかったからだよ」
「その後です! 私が姉上に呪いをかけたとはどういうことです?」
「あ? あぁ、そうか。これ秘密なんだっけ。まぁ良いや、どうせお前ら近い内に死ぬんだし教えておいてやるよ。まずな、ロゼッタのスキルが3つだけなのは、俺の仕業だ」
「「な!?」」
何だと? ロゼ姉のスキルの数が少ないのは王弟の仕業?
「あの頃の俺ってば、アニキへの嫉妬心が半端なくてよ~。闇の神殿の神官に金を握らせて、ロゼッタのスキル授与の儀式の最中にスキルを少ししか授かれないようにするマジックアイテムをこっそり使ってもらったのさ」
「馬鹿な! そんなものの存在など聞いたこともない!」
「でもあるんだよなぁこれが。何でも大罪を犯したやつの子供とかにこっそりと使っていた代物らしくてな。正直俺も「何でこんなものが?」ってずっと疑問だったんだけど、スキルの更新の話を聞いて理解したのさ。下手にスキルの数が多いと、更新まで時間が掛るだろう? わざとスキルの数を減らすっていうのも、選択肢としてはまぁありだよな」
王弟はケラケラと笑っているが、こちらはそんな場合ではない。
そもそもスキルの更新は兄さんとロゼ姉と司会の男が起こした偶然によって発見された現象だ。
それまでは王族であるにもかかわらず、スキルの数が3つだけだったロゼ姉のことはみんなして不思議に思っていたのだ。
それがこの男の仕業だと? スキルの数が多ければ、ロゼ姉の人生だって変わっていたかもしれないのに!
「でな、あいつがスキル授与の儀式を終えて帰ってきた時はびっくりしたんだよ。スキルの数が少ないのは想定通りだったのに、そのうちの1つが『成長停止』だったもんだからよぉ」
「その理由が私にあると?」
「そ~いうこと! アニキもババアもエリックのおっさんも同じ意見だから間違いないだろ。お前のせいでロゼッタは『成長停止』を授かったんだよ!」
「……私が、一体、何をしたというのです」
「デブ呼ばわりしていたじゃねぇか」
「は?」
「あいつが8歳くらいの頃だったか? 義姉さんに似て段々と可愛くなってきた姪っ子に王族の血が欲しい馬鹿な連中が群がり始めただろう?
そんな時、急に姉と引き離されたアホな甥っ子ちゃんは、スネてお姉ちゃんを「デブ」だの「太っている」だのとなじっていたじゃねぇの!」
「なっ! は? そんなことを私が? いや、それが一体どうしたと……」
「おいおい、しっかりしろよ、甥っ子ちゃん。スキルってのは、生きてきた人生の積み重ねの中から授けられる代物なんだぜ? じゃあ『成長停止』は? あれは何をすればライフルーレットの中に出てくるんだ?」
「何をすれば……ライフルーレットに……」
「簡単だろう? 『成長停止』だぞ、『成長停止』。つまり成長が停止するようなことをしなけりゃ、あれはそもそも選択肢にも出てこないスキルなんだよ」
「成長が……停止……? ま、まさか……」
ロック王子の顔色が真っ青になってしまっている。
そうだ、言われてみればその通りだ。
スキルとは生きてきた人生の積み重ね。人生の中で行ってこなかったことは、そもそもライフルーレットには出てこない。
じゃあどうしてロゼ姉のライフルーレットには『成長停止』なんてものが出現したのか。
それは、つまり、ようするに……
「お前がロゼッタを「デブ」だの「太っている」だの言ったせいで、あいつがまだ一桁の年齢だっていうのにダイエットなんかやったから、『成長停止』を授かったんだろうがよ!
ガキだぜ? 子供ってのは腹いっぱい飯を食って成長すんのが仕事だろうが。8歳の頃なんざ少しぽっちゃりしているくらいで丁度いいだろう。
そんな年齢から食事制限! ダイエット! そりゃ『成長停止』を授かって当然さ! あいつが普通の10歳よりも背が低い理由はそのせいだろうがよ!」
「あ……あああ……」
「それなのにお前は、実の姉に呪いを背負わせた馬鹿なお前は、呑気に立派な勇者様気取り! 笑わせんなよ、このアホ甥っ子が! そ~んなお前から王位継承権を奪い取って何が悪いってんだ、ははっ! は~はっはっはっ!」
そう言って王弟は腹を抱えて笑い転げた。
一方、王子は床に崩れ落ちてしまった。どうやら足の力が抜けてしまったらしい。
「くっ! 総員、一時退却だ! ライは王子の身柄を頼む!」
そう命令を下したのはエイト兵士長だ。
彼は言うなりその場から飛び出し、床に転がっているガイアク大臣の下へ向かったかと思うと、彼を椅子ごと持ち上げて、扉へ向かって駆け出していった。
僕も王子を担ぎ上げてエイト兵士長の後に続く。
だがその姿を見ても、王弟は相変わらず立ち上がる気配すら見せない。
彼は最後までずっとソファに座ったままだった。
そして部屋から脱出しようとする僕たちに、いやロック王子向けて王弟は質問を投げかける。
「なぁ甥っ子。『勇者』を失い、王位も奪われたお前は一体全体何者なんだ?」
完全に脱力し、茫然自失となった王子がその問に答えることはなかった。
僕たちは予想外のダメージを負った王子と傷だらけのガイアク大臣の身柄と共に、亀岩城からの脱出を開始したのである。
2018/08/30に「勇者の隣の一般人」2巻が発売されました。
1巻に続いて2度目ですが、やはり自分の本が書店に並んでいるとドキドキします。
お手にとってくださると嬉しいです。どうぞよろしく。




