第百五十三話 勇者の迷宮その5
Side:ナイト
「すまんアナ! 謝って済む問題じゃないけど、本当にごめん!」
「すいませんナイト。襲いかかったのは私です。お詫びのしようもありません」
俺は殺しかけたアナの前で土下座を敢行し、心の底からの謝罪をしていた。
そしてアナもまた、俺の前で頭を地面に擦り付け、必死の謝罪をしている。
そんなアナの隣では2匹の真っ黒なスライムが体をググっと折り曲げていた。
どうやらアナのマネをして謝罪をしているつもりらしい。
俺たちは謝って謝って謝り続けたが、埒が明かないのでお互い様ということで水に流すことにした。
それからようやく、それぞれが体験した出来事を話し始める。
俺の語った戦勝式の内容にアナは言葉もない様子だ。
俺は俺で、アナの話に驚いていた。
『勇者』を大魔王に独占されたアナが、1人で迷宮を彷徨い、モンスターハウスに放り込まれているなんて想像もしていなかったからな。
だが兎にも角にもアナが生きていたことに、俺は安堵し溜息を漏らす。
死んだと思い込んでいた幼馴染の3人、闇の勇者一行に生存の可能性が見えたのだ。これは間違いなく吉報である。
だが残念なことに諸手を挙げて喜ぶわけにはいかない。
残りの2人、ロゼとエルの安否と行方は未だ分からないままなのだから。
「ううっ……ごめんなさい、ナイト。私が目が覚めた時には2人は傍にいなくて……。そもそも無事なのかどうなのかも分からないのです……」
アナは半べそをかきながら2人とはぐれてしまったことを詫びている。
闇の勇者であり一行のリーダーでもあったアナにとって、2人は守るべき存在だった。
不意を突かれたとはいえ、2人を危険にさらしているのだ。
リーダーとして責任を感じているのだろう。
ゲンとヨミを殺されたことも影響しているのは明白だ。
2人の消滅の瞬間は俺もアナも確かに目撃しているのだから。
「謝る必要はないぞアナ。あの状況じゃどうにもならなかったさ」
突然身内が魔王化して襲いかかってきたのだ。
アナたちではなく俺たちでも、同じ状況になっていただろう。
ともかく俺はアナを落ち着かせることに終止した。
アナは当たり前にあった『勇者』が失くなった上に、2人も仲間が殺され、残り2人が行方不明になってしまったために、情緒不安定になっているようだ。
「そもそもあんな状況を想定しろというほうが無理ってもんだ。大丈夫、『勇者』を失くしてステータスが低くなったアナがこうして生き延びているんだから、きっと2人も生き延びているよ」
これはまんざら根拠のない話でもない。
そもそも俺はアナたちが地割れに飲み込まれたために、死んだものだと思い込んでいた。
しかし地下に広がっていた迷宮の中に落ちたのならば話は別だ。
アナは『勇者』を、エルもまた『魔法の心得』を独占されているために魔法を使えなくなっていることだろう。
だがエルと共に行方不明になっているロゼのステータスは俺に次ぐほどの高さがある。
ステータスの低いエルは心配だが、勇者の供になるためにこれまで訓練を受けてきたのだ。だからこんな状況であっても2人共対処できているはずだ。
安否も所在も未だ不明ではあるが、そうやすやすとあの2人が死んでたまるものか。
俺はそう考えることにした。
そんな風に思い込んでおかないと、身動きが取れなくなってしまう。
不幸な想像などいくらでもできる。むしろ無事で元気であると仮定しておかなければ、先にこちらの気力が折れてしまい、探す気力も無くなりそうで怖かったのだ。
「やっぱりナイトは凄いなぁ……こんな状況なのに、前を向くことが出来るのね」
「そうでもないさ……ん? アナ、お前口調が昔に戻ってないか?」
「え!? あ! ん~んんっ! ゴホン! 流石ですねナイト。この状況下で前向きになれるとは大したものです」
「いや、何でわざわざ言い直したんだよ」
アナはなぜか顔を真っ赤にしてそっぽを向いている。
その周りを黒いスライムがピョンピョンと飛び回っていた。
なんだか愛犬にまとわりつかれているお嬢様のような光景だ。
青空の代わりに迷宮の天井があり、大きくて白い犬の代わりに真っ黒いスライムが飛び跳ねているのだが。
とにかくアナと出会えたことで、やるべきことがハッキリした。
この迷宮のどこかにいる、ロゼとエルとの合流を目指す。
俺とアナは互いに怪我がないことを確認し、アナが潜んでいたという階段をスライムたちと共に下っていった。
だが初めて入った広大な迷宮の中で、どこにいるのかも分からない2人を探すなど、いくらなんでも不可能だった。
結局俺たちは日が落ちるまで2人を探したが見つけることができず、途中で見つけた階段の踊り場で夜を迎えることになったのだ。
迷宮の中で『日が落ちる』とはおかしな言い方かもしれないが、この場合落ちていったのは、迷宮中央に屹立している光の塔の光量だ。
探索中に気がついたのだが、どうもこの光の柱は時間が経つごとに光量が変化しているようなのである。
そういえば昔読んだ勇者の迷宮での冒険譚が書かれた本でも、『とあるモンスターは昼と夜で行動パターンが違う』とか『夜を待ってゲートを潜っていった』といった記述があったことを思い出した。
この話が確かならば、この光の塔は外の世界の太陽の動きと連動しているということだ。
つまり、暗くなったのならば、それは夜という合図なのだろう。
今は夜、迷宮は壁自体が発光しているため完全な暗闇になることはないが、塔の光がなくなった影響は大きく、やはりだいぶ薄暗く感じる。
俺とアナはそれぞれのアイテムボックスの中身の確認を行い、日持ちのしない食料品から消費していくことにした。
そして同時に気がついてしまった。アイテムボックス持ちがここに2人揃っているということは、ロゼとエルの2人は早く探さないと飢える可能性があるということに。
「いや、それは短絡的じゃないか? ロゼがいれば植物生成で食べられる木の実を生み出せるから、とりあえず飢える心配はないはずだ」
「でもそれはあくまでも2人が一緒にいた場合の話です。エルだけだった場合、手持ちのマジックバックの中には精々3日分の食料しかなかったはずです。それに何らかの理由で怪我をしたり病気になったりしている可能性もあります」
「確かにな。でも見つけられないのならどうしようもないだろう? 悪い想像をしていたらキリがないからさ、2人は一緒にいて、怪我も病気も心配なくて、飢えてもいないと思っていようぜ」
「それしか……ないのですよね」
折角の夕食だというのに、俺たちの表情は暗かった。
仕方のないことではある。昼間アナと出会えた時は生きていたことを素直に喜べたが、地上は地獄だし、行方不明が2人もいるし、大魔王が気まぐれを起こせばすぐさま追っ手がかかってもおかしくない状況では楽しむことも難しい。
俺たちはあまり会話らしい会話もせずに夕食を平らげ、早々に眠ることにした。
ちなみにスライムたちは階段の上と下に配置し、夜通し監視を行ってもらっている。
寝ている間のロゼたちとのすれ違いを防止するのが目的だ。
それと仲間にしたばかりなので、モンスターと共に寝るのが怖かったということもある。
迷宮の中という特殊な環境だ、2人揃って寝てしまうわけにもいかない。
だが俺たちには、これまでの冒険の日々の中で、夜間は交代で眠るという習慣が身についている。
話し合いの結果、まずは俺が寝て次にアナが寝ることが決まり、俺は素早く毛布にくるまり眠りについた。
そしてその夜、事件は起きたのである。
すぐ近くでゴソゴソと音がしている。
俺は寝ぼけ眼で薄っすらと目を見開いた。
体から疲労は抜けきっていない。どうやら眠りについてからそう時間は経っていないようだ。
仲間の快適な眠りを確保するために、夜間の見張りの際、極力物音を立てないことは常識だ。
特にアナは闇の神殿の巫女としての訓練を受けているので、仲間の中で最も静かに動くことができる。
そんなアナが夜間に音を立てるだなんて珍しいこともあるものだと、俺は毛布にくるまったままでアナに視線を向けた。
アナはいつの間にか一糸まとわぬ全裸になっており、ゆっくりとこちらに近づいてきている。
……おおぉ、眼福眼福。
ありがたいことだ。これほどの美女が目の前で全裸になって迫ってきているのだから感謝の言葉しか思い浮かばない。
……
…………
…………いや
いやいや、待て待て、何だこれ?
夜間の見張りの最中だぞ!? 何で全裸? 何で迫ってくる? 何だよその見たこともない覚悟を決めたような切なげな瞳は!
これが悪意を持った襲撃だったのならば俺は咄嗟に動くことができたであろう。
しかし同じ襲撃とはいえ、これは愛を持った襲撃であった。
だから俺は咄嗟には動けず、アナの突然の奇行を黙ったままで見続けてしまう。
アナはそのまま俺のすぐ目の前までやって来て、実に自然な動きで俺の毛布の中へと潜り込んでくる。
そうして俺と至近距離で見つめ合い、そこで初めて俺が起きていたことに気がついたようであった。
「キャアアアァァァァ!!」
アナは悲鳴を上げながら、俺に思い切り抱きついてきた。
口から出る言葉と行動が合致していない。アナは叫び声を上げ続けながら俺に全裸で密着し、必死に俺の体に縋り付いてくる。
「やあああぁぁぁ! やだあああぁぁぁ!!」
叫び声だけ聞いていると、まるで俺がアナを襲っているかのようだ。
だが現状はまったくの逆。俺はアナに寝ているところを全裸で襲われ、訳も分からぬまま抱きつかれているのだから。
「やだよう、やだあぁ! 怖いよ、怖いの! 助けてナイト! 助けてえぇ!!」
俺に縋り付いてきているアナの体はガクガクと震えている。
密着しているためにアナからの振動がダイレクトに伝わってくる。
いつものクールな闇の勇者の姿からは想像もできない光景だ。
「やだよう、もうやだぁ! ナイト! ナイト! 助けてナイトぉ!!」
だがそれはアナのことを知らない者たちが見た場合の感想だろう。
俺たち幼馴染はアナの『これ』には見覚えがある。
アナは闇の勇者として育てられてきたが、本当は心優しい女の子なのだ。
それこそ昔の訓練で生き物を殺した時でさえ、辛い、苦しいと泣きついてきたほどに。
でもアナはその後、闇の勇者として立派に成長した。
ばっちゃんの訓練も過酷だったのだろうが、1番の理由はやはり、初めてのレベルアップの際に魔族に殺されかけたのが原因だろう。
アナは立派に成長せざるを得なかったのだ。レベルアップをしていなかったがために死にかけたのだから。
しかも俺やロゼやエルもその時一緒に死にかけた。
だからアナは強くなりたいと願い、そして実際に強くなった。
だがその強さの拠り所であった『勇者』は大魔王に独占されてしまい、元の無力な女の子に戻ってしまった。
そして彼女は負けた。エースに負け、モンスターハウスで死にかけ、俺に殺されかけたのだ。
馬鹿か俺は! アナのこういう一面を俺は知っていただろう!
それなのに、いつものように迷宮の中で見張り番なんかさせやがって!
どれだけアナは怖かったのだろう。頼れる俺が眠ってしまい、静かな迷宮の階段でポツンとひとりぼっちで。
まぁだからといって全裸で毛布の中にに潜り込んできた意味はサッパリ分からないのだが、俺はアナの体をギュッと抱きしめ、至近距離でアナの目を見て言葉を紡ぎ出した。
「大丈夫だ。アナ、大丈夫だから!」
「ナイトぉ! ナイトぉぉ!!」
「大丈夫だ。安心しろ。お前は俺が必ず守る!」
「怖いよ、怖いよ! ナイト、怖いんだよぅ……」
「怖いのは当たり前だ、怖い目にあったんだから。それでも大丈夫だ、お前はひとりじゃない。俺がいるだろう!」
「ひっ! ひい~ん……」
アナは俺の胸の中でオイオイと泣き続ける。
一体何があったのかと、階段の入口に配置していたスライムたちが俺たちの近くまでやって来た。
俺はスライムたちに「大丈夫だから見張りを頼む」と言ったのだが、俺のスキルで従っているわけではないからか、まったく言うことを聞く気配がない。
結局アナはそれから一時間近く泣き続けた。
そして泣き終えた後、ようやくスライムたちにも泣いているところを見られたと知り、急いで元の配置に戻したのだった。
「大丈夫かアナ? どうせ泣くなら、涙枯れるまで泣いたほうが良いぞ」
「へっ平気! 平気よナイト。……嘘、嘘だよごめんなさい。まったく平気じゃない! 離さないで! もっと! もっとギュウってして!」
腕を離そうとした俺にアナは縋り付き、必死に抱きしめてくれと求めてくる。
俺としてはむしろ望むところだ。アナの体だったら24時間365日だって抱いたままでいられるだろう。
しかしアナと抱き合ったこの態勢ではアナの顔を見ることができない。
俺は体勢を変えてお姫様抱っこのように泣き崩れた幼馴染を両手で抱え、アナの顔を見下ろしたのであった。
涙と鼻水でグチャグチャになってはいるものの、それでもその絶世の美貌は損なわれてはいない。
アナは俺と真正面から見つめ合っているこの体勢が恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしているが、それでも目をそらさずに俺に話しかけてきた。
「えっと、それではどうかよろしくお願い申し上げます」
「……何? えっと、それはどういう意味かなアナ」
「あっあれ? こうすれば男の人は獣になるんじゃないの?」
「どこ情報だよそれは! あんなもの見せられて、次の瞬間には襲いかかっていたら鬼畜どころの騒ぎじゃないぞ!?」
「神殿長様だけど……」
「何してくれてんだばっちゃん!!」
俺は全裸美女の幼馴染を膝の上に抱えながら、この場にいないばっちゃんに心の底からの文句をつける。
部屋の中とかならともかく、こんな迷宮の階段であんな風に迫られても、ドキドキの質が違ってしまうだろうに。
俺が手を出す気配がないと悟ったからなのか、アナの瞳にはみるみる涙が溜まっていった。
先程とはまた違う意味で泣かしてしまったと思い、俺はアナの涙を拭き取ろうとする。
しかしその時アナがつぶやいた言葉に俺は動きを止めてしまった。
「やっぱり……やっぱり私じゃ駄目なんだ! ロゼやエルみたいに甘酸っぱい一夜なんて闇の勇者には手に入らないんだぁ!」
「アナ? おい、一体何の話だ?」
「だって私暗殺者だし! 闇の巫女は殺し屋だから、結婚のハードルは高いんだってみんな言っていたもの! 闇の勇者なんて暗殺者の中の暗殺者だから、政略結婚以外は不可能だって……。やっぱりナイトも……」
「誰が言ったんだ! そんなふざけたセリフ!!」
俺は思いもよらなかった話を聞いて腸が煮えくり返っていた。
『闇の勇者は暗殺者だから、政略結婚以外は不可能』だと?
自分で尋ねておきながら言った相手はすぐさま判明した。恐らくはアナとの結婚を狙い俺との結婚を反対していた連中からそんなことを吹き込まれたのだろう。
「俺がお前を愛していないとでも言うつもりか? ふざけんじゃねぇぞアナ! 甘酸っぱい一夜だと? 何百回でも何千回でも過ごしてやるわそんなもん! 大体そんなことを言う連中に限って政略結婚のことしか頭にない奴らだろうが! それともなにか? アナが俺に惚れたってのは嘘だったのか?」
「嘘じゃないよ! 私ナイトのこと大好きだもの!」
「俺だってそうだよ馬鹿野郎! つまりアナは俺と甘酸っぱい夜を過ごしたいってことでいいんだな!?」
「えっと……それもあるけど、その先に行きたい」
「その先?」
「…………ロゼと同じ領域に行きたい」
「へっ?」
おいおい、それはちょっと展開が早すぎやしませんかねぇ、お嬢さん。
いや、良いよ? もちろん良いに決まっていますよ俺は。
でも、ほら。物事には何事も順序とか順番とかいうものがあってですねぇ……
「だって私死にかけたし! モンスターに襲われそうになったし! 大魔王も復活して魔王とモンスターで地上は一杯なんでしょう? 散々泣いて落ち着いたけど、やっぱり怖いものは怖いもの」
「……だからってなぜそういう結論に?」
「旅のさなかにロゼが言っていたの。ナイトに抱かれていると怖いこととか不安なこととかを忘れることが出来るんだって。幸せな気持ちになれるんだって」
おおう、ロゼ。
なんて嬉しいことを言ってくれるのだ、我が恋人よ。
「だから私もロゼのように安心したいの。だってほら、私だってナイトの……こ、婚約者だし、将来のお嫁さんだし、苦しい時や怖い時は旦那様に守ってもらいたいと言うか……」
「分かった。了解。理解した。みなまで言うなアナ」
そう言って俺は毛布をはだけ、黙って服を脱ぎ始めた。
目の前のアナが息を呑む気配が伝わってくるが、ここまで言われたらもう止まれない。
その夜、俺は初めてアナとひとつになった。
それからしばらくは昼は探索に精を出し、夜はアナに精を出し続けた。
結果としてロゼとエルと合流できたのは一週間後の深夜であった。
夜毎に迷宮に木霊するアナの叫びを頼りに必死に探索してみれば、くんずほぐれつしていた俺たちの姿を発見し、エルは出会うなり大激怒。
俺とアナは揃って全裸で土下座をする羽目になったのだった。
その翌日から俺たち4人は揃って迷宮探索を開始することとなる。
2人が生きてくれていたことはもちろん嬉しかったが、ロゼが俺とアナが結ばれたことを祝福してくれたこともまた嬉しいことであった。
お知らせ
「勇者の隣の一般人」第2巻が2018年8月30日(木)に発売いたします。
成長したナイトたち、そして新たな登場人物たちのイラストを是非ともご堪能くださいませ。




