↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第六章 人類敗北編
151/173

第百四十九話 勇者の迷宮

 *これはロック一行がバードの町から脱出を果たした頃から始まる話である。


Side:ナイト



 長い階段をゴロゴロと転がり落ちていく。

 勢いが付きすぎていて自力で止まることもままならない。

 そもそも体に力が入らないのだ。

 だがこのまま勢いに任せて転がり続けるのはまずい。

 せめて首の骨だけでも折らないようにと両腕で頭をガードして、俺はしばらくのあいだ転落の感覚に身を任せていた。


 随分と長く落ち続けていたようにも思えるし、割と一瞬のことだったようにも感じられる。

 とにかくそれからしばらくして転落は停止し、俺はノロノロと体を起こした。

 だがやはり長く落ち続けていたようだ。停止箇所から顔を上げれば、転げ落ちてきたばかりの長い階段を見ることができた。

 所々に血や泥がこびりついているその階段は上にも下にも長く続いている。

 どうやら俺は階段の踊り場で停止したらしい。


「グゴッ!」


 くそっ! と言おうとして、喉の調子がおかしいことに気が付いた。

 先程の爆発の影響だろうか、どうやら喉を痛めてしまったようである。

 だがすぐにそんなことを言っている場合ではないと思い出し、俺は目の前の階段と踊り場に罠を設置してから階段を下り始めた。

 下りる際にも罠の設置は忘れない。

 MPの残量はもはや虫の息も良いところであるが、まずは逃亡し、体力を回復し、生き延びることが先決だ。

 いざという時に使うための最低限のMPだけは残して、俺はひたすらに階段を下っていく。


 この時の俺は、今下りているこの階段が一体何のためのもので、どこへ向かっているのかすら、良く分からないままであった。

 とにかくひたすらに生きることだけを考え、可能な限り死地から離れることだけが頭を支配し、俺は体をひたすらに下へ下へと下ろしていく。


 そうして遂に階段は終了し、俺は石造りの巨大な空間へと辿り着いた。

 天井は高く、横幅も十分にあるため、地下であるにも関わらず閉塞感はない。


 その場所は見事なまでに長方形の形をしていた。

 俺が下りてきた階段から一直線に進んだ先には小型の扉が存在している。

 そしてその空間に到着する直前の階段の両側には、なぜか沢山の絨毯が立てかけてあった。


 長い階段を下った先にある細長い通路と、そこに広がる絨毯という光景を思い浮かべた俺は、連鎖的にヤマモリの町近くのダンジョンでの商売のことを思い浮かべる。

 その時点でようやく気づいたのだ。ここがダンジョンの中だということに。



「ダデガヂダヂガ!」


 誰かいないか! と声を出したのだが、やはり喉の調子はおかしいままだ。

 そもそもどうして声を出してしまったのか。目の前に広がるのはガランとした長方形の空間であり、人の姿など見当たらないというのに。

 懐かしい記憶を思い出したせいで幻覚でも見たのかもしれない。

 普段は勇者の迷宮に潜る探索者たちと、彼らを相手に商売している商人たちで賑わっているのだろうこの入口も、この状況下では閑散とするしかないというのに。



 いや、違うか。そもそも先程まで地上では戦勝式が行われていたのだ。

 めったに行われない戦勝式が、朱雀の国の貴族のワガママで早朝から行われたため、普段ここで働いている人たちも、起きてすぐには迷宮には下りずに戦勝式を見に行っていたのではないだろうか。

 そして普段ならば迷宮に潜っている探索者たちも、いつ戦勝式が始まるのか分からないから、あまり深くは潜らず日帰り探索だけしていた時に、今朝急に戦勝式が始まったので全員揃ってそちらに赴いたから、この場には誰もいないのだろう。


 普段ここで働いていた人たちや迷宮に潜っていた探索者たちは、無事にバードの町から脱出することができたのだろうか?

 そこまで考えて、彼らのことも心配だが俺自身もまた危機的状況であることに変わりはないことを思い出した。

 だが踊り場から半分くらい階段を下った頃には既にMPは限界領域に突入しており、既に罠作成は使用できなくなっている。


 だが、それならそれでやりようはある。

 俺はアイテムボックスの中から木材や武器、防具類を取り出し、目の前の階段に即席のバリケードを作り上げた。

 野宿の際に火を起こすための枯れ木と予備の装備しか手元にはないが贅沢は言っていられない。


 『勇者の先生』のおかげで劇的に上昇したステータスのおかげだろう。バリケードの作成は楽なものであった。

 あっという間に手持ちの全てを駆使して、即席の柵らしきものを作り上げた俺は、息を殺して迫り来る魔王と配下のモンスターたちを待ち構える。


 俺のすぐ後ろには扉があり、その先には迷宮が広がっているはずだ。

 迷宮の中に入りさえすれば、ひょっとしたら追っ手を巻くこともできるかもしれない。

 だがそれは最後の手段だ。俺はこの迷宮に入ったことはないため、構造を全く把握していない。

 知らない迷路に突入し行き止まりに追い込まれてハイ終わり、などとなってしまう可能性も十分に考えられる以上、そんな博打のような手は打てない。


 だから迷宮に逃げ込むのは抵抗が全て終わってからだ。

 途中に仕掛けてきたたくさんの罠、そしてこの即席のバリケードがあれば多少なりとも時間を稼ぐことができる……はずだ。

 そしてその稼いだ時間の間にMPを回復し、追っ手の数と特徴を把握する。

 行き当たりばったりの逃亡などしてはならない。

 逃げるにしても逃げ方を間違えるわけにはいかないのだ。



 ……



 それから俺は待ち続けた。

 待っている間に体の傷を癒やしておく。

 大魔王から奪い取ったエクスポーションを使おうかとも考えたが、喉以外は大した傷がなかったので、ハイポーションとポーションのみで怪我の治療をした。


 ちなみに、部屋の中にバリケードを作らなかった理由だが、迷宮の中に構造物を作ると迷宮に吸収されてしまう危険性があるためである。

 しかし階段ならばその効果は及ばない。だから俺の罠作成も発動し、商人たちが置いておいた絨毯も吸収されずに残っているのだ。

 迷宮内で商売をしている間、商人たちはその絨毯の上に座り、品物を広げて商売を行う。

 そうすることで絨毯は商人たちの『持ち物』と認識されるらしく、迷宮に吸収されることなく使用できるのだそうだ。

 


 …………



 そういえばずっと動きっぱなしでのどが渇いていた。

 おまけにそろそろ昼食の時間ではないか。

 腹が減っては戦はできぬとも言うし、俺はアイテムボックスから、昨夜作成しておいた非常食のサンドイッチを取り出し、水筒の水で喉を潤す。

 俺のアイテムボックスにはいつだって食料が入っている。

 『こんなこともあろうかと』という状況に俺は常に備えていた。


 氷河に開けた穴から逃したロックたちはちゃんと食事をとっているだろうか。

 あのマジックバックの中にもサンドイッチとスープ、そして水が入っているし、長期の保存食として硬めのパンと干し肉も入っているから、飢えることはないと思いたい。

 徒歩で逃げたとしたら南バードの町まで約一週間。

 上手いこと馬でも手に入れば短縮も可能だ。

 馬車に乗れればとも思うが、それは高望みが過ぎるだろう。

 あの混乱の中、一体どうやって馬車を手に入れろというのか。



 ………………



 襲いかかる敵に対抗するためには、やはり自らの戦力の確認をしておかなければなるまい。

 俺はアイテムボックスを引っ掻き回し、手持ちの道具類の点検を開始した。

 そこで初めて気が付いた。薬品類が大幅に不足している。

 特に緊急時に役に立つ煙幕や各種毒薬、それにモンスターをおびき寄せる誘怪薬は在庫ゼロの状態だった。


 当たり前か、ロックたちを逃がすためには出し惜しみなどしていられなかった。

 手持ちの薬品は全て使い切った。元となる薬の材料は樽で残ってはいるものの、これはこのままでは利用価値はない。

 時間ができれば、また作り置きをしておかねばならないだろう。

 薬師関係のスキルの中には自動作成系の能力がないため、全て手作りでなければならないのが面倒といえば面倒か。

 おまけに次のスキル『上級薬師』を取得するためには、薬師として10年以上のキャリアが必要なのに加えて、これまでに作成した毒薬を超える量の解毒薬を作成する必要がある。

 この項目を見た時、俺は正直ショックを受けたものだった。

 なにしろエラーが出てしまっていたのだから。

 俺は一体いつの間に毒薬ばかりを作りまくる男になっていたというのだろう。


 だが改めて考えてみると、この項目をクリアすることは意外と大変なことのように思える。

 キャリアの方はまだ良いとして、問題は毒薬を超える解毒薬の作成という部分だ。

 俺が作ってきた毒薬というのは、いわばモンスター相手に使う、痺れ薬や睡眠薬が大半なのである。

 しかも樽単位で大量に作り続けていたため、これを超える解毒薬とはまたしても樽単位で作成しなければならない。

 そしてせっかく作ったとしても、これを使う機会はあまりないのだ。

 日常生活でそう痺れることはないのだし、冒険者や探索者だって樽単位では買わないだろう。

 毒薬は大量に使うのに、解毒薬は使わないのであれば差が開いて当然ではないか。

 かと言って、要件を満たさないとスキルの取得はできない。

 流石は上級といったところか、取得条件の厳しさは中級の比ではないということなのだろう。



 ……………………


 

 来ないな。

 ……なんで来ないんだ?



 …………………………



 結局それから数時間、集中力の限界まで俺はモンスターたちを待ち続けたが、やつらはやってこなかった。

 地上での戦い、その最後の瞬間に俺が老師に放り投げられて迷宮の入り口へと叩き込まれたのは、エースがその目で見ていたはずだ。


 なのに来ない、誰も来ない。

 これはひょっとしたら俺をギリギリまで消耗させ、集中力が切れた頃に襲いかかろうという魂胆なのだろうか?

 だとしたらそれは大成功だ。正直俺の気力はとっくに限界を突破している。

 だがあれだけ圧倒していた魔王たちがそんなことをするものだろうか?

 大体彼らは大魔王からの命令を受けて俺の命を狙っていたのだから、諦めることはないはずだ。

 彼らは俺の殺害を大魔王に命じられて……いや待てよ?



「助けて! 助けろ! 助けるのじゃ! この男を妾の前から排除しろぉ!!」



 こう言っていたな。大魔王は確かにこう言っていたはずだ。

 よくよく考えてみれば、大魔王は俺を殺せとは一言も言っていない。

 命令は2つ、『大魔王を助けろ』と『俺を排除しろ』だ。


 エースたちを大魔王から俺を引き剥がすことで大魔王を助けた。

 そして俺が迷宮の中に入ったことで、排除が完了したと考えればどうだ?


 無理だろ? 無理がないか?

 でも魔王たちの取りまとめ役はエースだったと考えれば辻褄は合うのかもしれない。

 あいつは口だけではあるが、なぜか大魔王に逆らうことが出来ていた。

 だからエースは俺の追跡を打ち切った?

 目の前から、そして地上からいなくなったから排除は完了したと判断したのか?

 そうでなければ今現在襲われていない理由に説明がつかないぞ。


 ならばモンスターたちは?

 なぜ奴らは追いかけてこないのか。

 奴らは俺を追いかけてくるはずだ。

 こんな居場所がモロバレの迷宮の中にいるのだから。……迷宮の中?


「ガ……」


 あ……ああ、そうか。そういうことか。

 ここは迷宮の中だから地上のモンスターは入ってこない。

 迷宮のモンスターは地上には出ない、地上のモンスターも迷宮には入らない。

 これは良く知られているモンスターの習性だ。

 だから奴らもまた俺を追ってはこないのか。


「ガ……ガガガ……」


 は……ははは……と溜息を吐くこともままならないが、どうやら緊迫した状況は打破できたらしい。

 打破ではないか。大魔王を一方的に攻撃できたのも、今こうして助かっているのも全ては偶然の産物でしかないのだから。


 だが偶然だろうと何だろうと、どうやら俺は助かったらしい。

 奴らが気まぐれを起こせばすぐにでも殺される程度の不安定な安全ではあっても、どうにかこの瞬間、命を繋ぎ止めることには成功したようだ。


 グラァ


 僅かに残っていた緊張感が抜けたせいなのだろう。

 体が揺れたと思った次の瞬間には、俺は迷宮の床に倒れ込んでいた。


 もはや指一本動かすこともままならない。

 俺はそのまま眠気に抗えずにまぶたを閉じた。

 ロックたちが無事に逃げ延びてくれることを意識を失う寸前まで祈りながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。