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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第六章 人類敗北編
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第百四十八話 迫りくる絶望と抗えない現実

 大魔王が死にかけている。

 そんな想像もしていなかった事態を目の当たりにした僕たちは、混乱の坩堝に叩き込まれることとなった。


「ロック王子! いっ……一体これは?」

「……分からない」

「分からないって! 兄貴は最後まであの場所に残っていたじゃないか!」

「……本当に分からないのだ。私は何もしていない。ただ逃がされただけなのだから……」

「ほんなら一体誰の仕業だって言うんだっぺ?」

「……ナイト……だろうな。うん、これはナイトの仕業だ。間違いない」

「先生が!?」


 そうなるのだろう、そうとしか考えられない。なにしろ他に生存者などいなかったのだから。

 危機的状況に陥った時、颯爽と現れた勇者様が悪者を退治して助けてくれるというのは物語の定番ではあるが、今回はその勇者であるロック王子を助けるために兄さんが犠牲になったのだ。

 だから、大魔王をここまで追い詰めた人物とは、兄さんで間違いないという結論になる。

 もっともその方法となると、まるで検討もつかないのだが。



「一体どうやって? いや、そもそも大魔王に対抗できるなら、なんでもっと早くにやらなかったのですか! そうすれば父さんだって!」

「……分からない。分からないが……これだけは言える。あの時のナイトの顔には……確かに、覚悟が、宿って……いた」

「どういうことだべ?」

「つまり、ナイトは、あの時点で、確かに、しっ……死ぬつもりだった……はず……だ」


 『その時』のことを思い出すロック王子の体は震えている。

 つっかえつっかえ言葉を紡ぎ出す様子は、まるで8年前までのロゼ姉のようだ。

 だけど、それでもロック王子は、現実に向かい合おうと努力なさっている。

 こんな時兄さんだったら、きちんと王子のフォローをしていたはずなのに!


 でも兄さんはここにはいない。

 兄さんがいないのなら僕が代わりをやるしかない。

 考えろ、考えろ、考えろ!

 僕はあまり得意ではない頭を働かせ、王子の言葉を続けたのだった。


「でも……このステータスを信じるならば、大魔王は大怪我を負っています。そして……それを行えたのはあの場では兄さんしかいなかったはずです」

「……そうだ。つまり、私たちを、逃した後で……『何か』が、起きたのだ」

「何か?」

「一体何が?」

「……残念ながら、その『何か』が何なのかは、まったく分からないが……ナイトはその『何か』を利用した。もしくはナイト自身が『何か』を起こして……大魔王を、負傷させることに、成功した……のだろう」


 そういう結論になるのである。信じられない話ではあるのだが。

 あの時点で兄さんは、大魔王に対抗する手段など何一つ持ってはいなかった。

 これは間違いないはずだ。そんなものがあったのならば、躊躇なく使っていたに決まっている。

 兄さん一人でこの成果だ。もしもその場に僕たちがいたのなら、大魔王を退けるか倒すかして、今頃は祝勝会の一つも開いていたはずなのに!


 結局のところ、その『何か』が具体的に何だったのかはこの場では分からないという結論に至った。

 それよりも今、問題にすべきなのは、大魔王が弱っているという現状だ。

 一旦バードの町に戻るべきだろうか?

 いや、だが、しかし……


「ロック王子! これは一度バードの町に戻ってみるべきでは?」


 3人組の兵士の中で一番背の低いキンが、町への帰還を提案してくる。

 その気持は分からないでもない。彼らは同僚たちを犠牲にしてここまで逃げてきているのだ。

 ひょっとしたら、町に残された生存者を助けたいとも考えているのかもしれない。

 この情報が確かならば、大魔王は半死半生だ。倒せるうちに倒しておきたいという考えは間違いではない。

 だがそれは不可能なのだ。

 なぜならば……


「無理ですよ。王子をバードの町へお連れすることはできません」

「なぜですか、ライ殿! 大魔王は今弱り切っているのですよ? このチャンスを逃すというのですか!」

「お忘れですか? あそこには現在、モンスターの大群と複数の魔王がいるのです。それに王子の『勇者』は独占されたままで、こちらの主だった戦力は全滅しています」

「あ……」

「この状況下で戻ったとしても、大魔王の下へ到達することもできませんよ。少なくとも複数の魔王と戦えるだけの戦力が揃わなければ不可能です」

「くっ!」


 キンは悔しそうに唇を噛み締めている。

 僕にしたって、大魔王を倒せるチャンスを棒に振るような真似はしたくない。

 しかし、今ある戦力ではどうしたって不可能なのだ。

 そもそも兄さんがいかなる方法を用いて大魔王を追い詰めたのかも分からない現状、バードに戻るのはただの自殺と変わりがないだろう。


「ちょっ、ちょっとお待ちください! 皆様は先程から一体何を言っているのですか?」


 僕たちの会話を聞いていた、南バードの町の領主が会話に割って入ってきた。

 僕は戦勝式で何が起きたのかを説明し、王子にお願いしてステータスを見せてもらい、大魔王を追い詰めたのは王子ではないことを領主に証明する。


 話を聞いた領主はヘナヘナと机に突っ伏してしまった。

 頼りにしていた勇者が役に立たないと伝えられては、この落胆ぶりも無理からぬことか。



「お話は分かりました。いや、正直に言えば未だ半信半疑ではあるのですが、ここでロック王子が偽りを申す必要性は感じられませんので、事実なのでしょう」

「……申し訳ありません。ご期待に添えず……」

「謝らないでください王子殿下。大魔王が復活し『勇者』が独占されるなど、一体誰が予想できるというのですか」

「それは、そうですが……」

「非難されるべきは大魔王を復活させた青龍の国の国民たちであり、貴方はむしろ被害者なのです。どうかお気を落とさずに」

「……ありがとうございます」


 領主は王子に気にするなと告げてはいるものの、その顔を見れば落胆していることは明らかだ。

 領主は乾いた溜息をついた後、椅子に座り頭を抱え込んでしまう。

 その気持ちは良く分かるのだが、このまま無為に時を浪費するわけにもいかない。

 僕はふさぎ込んでしまった領主に話しかけた。


「それで領主殿はこれからいかがされるおつもりなのですか?」



 僕の質問に、領主は渋い顔をして腕を組む。

 今はまだバードの町の住民たちはこの町まで到達していない。

 彼らは移動手段は徒歩なのだ。町に辿り着くには今しばらくの時間が必要だろう。


 しかし逆に言えば、彼らの到着は時間の問題だ。

 彼らがやってきたら、戦勝式で起きた出来事はあっという間に広まってしまう。

 その時点で彼らは詳細な報告を聞くことになるのだ。

 勇者が殺され、各国の精鋭が壊滅したという信じられない出来事を。


 そうなったらパニックが起こるのは間違いない。

 それにうかうかしていたら、この町の住民もまた、大魔王とその配下の毒牙に掛かってしまう可能性もある。

 そのことに思い至ったのだろう。領主は「パンッ」と一つ膝を打つと椅子から立ち上がり指示を出し始めた。


「まずは現状の確認と国民の保護を優先するべきですな。兵士に伝達! 半数を町の防備に残し、残り半数を周辺の村々へと派遣し、村に残っている者たちを全て町へと集めよ! バードの町からここへ向かってくる避難民たちを迎える準備も忘れるな! 更に騎兵の中から決死隊を結成! なんとか魔王軍へと近づき、僅かでも良いから情報を手に入れてくるのだ!」

「はっ、はい!」


 領主の命令を受けて、室内に待機していた兵士が慌ただしく退出していく。

 話を聞く限り、領主の指示に不備はないように思えた。

 味方の孤立を防ぎ、敵の現状を把握することは確かに重要だ。


 だがこれで十分なのだろうか? 兄さんだったらこれで満足したのか?

 考えろ、考えろ、考えろ!

 結果的に僕は領主の指示の中の欠けている部分に気づき、挙手をして提案をしたのだった。


「領主殿、同時に周辺の他の町へと逐一伝令を放つべきです。情報の共有を密にすることで大魔王が何らかの行動を起こした際に、素早く対応することが出来ますから」

「おおなるほど、早速手配いたしましょう」

「それと避難民及び町の住民たちを全て玄武の国へと移動させるべきです。首都が落とされ、貴族のほとんどは全滅。テルゾウ殿も殺害され、兵士の生き残りもこの3人しかおりません。このまま戦うにしても膠着状態になるにしても、既にこの国の中枢は崩壊しております。一旦国を捨てる覚悟をするべきかと」

「くっ国を捨てる!? いや、それは……」


 絶句してしまった領主の姿を見て、どうやらお互いの認識に齟齬があることに僕は気が付いた。

 仕方がないことなのかもしれない。いきなり国を捨てろと言われて「ハイそうですね」と同意できる人などいやしないだろう。

 しかし相手との戦力差は歴然なのだ。

 逃げねば死ぬ。それはどうしようもない現実なのだから。


「敵となったエースさんの話を信じるのならば、既に大魔王たちは青龍の国を崩壊させているのです。そして現状、朱雀の国には抵抗する戦力は残っておりません」

「それは……」

「いえ、正確に言えば『勇者』を独占された時点で、大魔王どころか魔王に対抗出来る戦力すらもなくなってしまったのです。我が国がお嫌と言うのでしたら白虎の国へと向かってください。とにかく距離を取らなければ。対応策を編み出す時間すらも手に入れられませんよ」

「……分かりました。勇者の供である貴方様がそうおっしゃるのでしたらそうなのでしょう。全住民退避の可能性まで検討して、対応策を協議していきたいと思います」

「よろしくお願いいたします」


 そうして南バードの町は慌ただしく動き始めた。

 僕たちはそのまま領主官邸に留まり、状況を注視することとなる。

 ここまで散々無理をさせた馬を休ませねばならなかったし、状況が変わったのならば、まず現状を正確に把握する必要があるという結論に至ったからだ。



 日を追うごとに避難民の数は加速度的に増加していく。

 僕らの到着翌日以降、避難民の中でも足の早い者たちが次々と町に到着し始めた。

 危惧していた通り、彼らからもたらされた首都陥落の話はあっという間に町中に広がり、南バードの町全体が重苦しい雰囲気に包まれていく。

 だが、そんな中でも彼らは絶望に染まることはない。

 なぜならこの町にロック王子が滞在していることは、避難民たちの共通認識だったからだ。


 朱雀の国を旅している間に多くのモンスターを退治し続け、そして大魔王には勝てないまでも重症を負わせたと『思われている』ロック王子は避難民たちの希望の星となっていた。


 町の中からも外からも、それこそ一日中、四方八方から絶え間なく王子を称える歓声が沸き起こり、それは領主官邸にまで届いている。

 彼らは勇者を称えることで、我が身に降り掛かった絶望を払拭しようとしているのだろう。


 だが希望を背負わされた方はたまったものではない。

 王子を称える声が聞こえるたびに、当の本人は部屋のベッドで頭から布団を被って震えている。


 彼らの期待に応えることが出来ない自らの不甲斐なさに。

 突如全人類の希望に祭り上げられたことの恐ろしさを実感して。

 誰の助けも期待できない状況で、『勇者』という力を失くした恐怖に王子は今日も苦しみ続けていた。


 そんな王子の姿を見ても、僕は何も出来ないのだ。

 兄さんだったら何をしただろうか? この状況下でどう足掻いたのだろう?


 考えろ、考えろ、考えろ! 考えることを放棄するな!


 しかし普段使っていない頭を絞れば絞るほど、勇者の供として役立たずであることを自覚するだけだった。

 僕もまた王子に負けず劣らずの無力感に苛まれる日々を過ごしていたのだ。




 そんな中、魔王軍の状況を調べるために派遣された決死隊が帰還したとの報告が入る。

 僕たちは領主に請われ、彼らの報告の場へと同席することとなった。


「……すまない、もう一度説明してくれないか?」


 しかし決死隊が報告した内容に、僕たちは首を捻ることになる。

 彼らはそもそもバードの町に到達することも出来なかったと言うのだ。



「改めてご報告させていただきます! 我ら決死隊は、バードの町を中心とした巨大氷河の存在を確認! 目的であった魔王軍の存在は確認することができませんでした!」

「モンスターはおらずに、氷河だけがあったと? そしてその氷河が町の外にまで広がっていたと?」


 領主は首を捻るが僕も同じ気持ちだ。

 彼らの報告を聞いても僕は納得が出来なかった。

 僕たちが脱出した際、氷河はあくまでも町の外壁に沿って作られており、町をドーム状に覆っていただけだったのだから。

 その氷河が町の外にまで広がっている?

 それも町に近づけないほどの巨大さで?


 予想外の報告を聞かされた領主は見間違いではないかと、決死隊の隊長に確認をとっていた。

 しかし隊長は首を振り、そして報告の続きを告げてきたのだ。


「私は以前青龍の国を旅したことがあり、氷河を実際に見たことがありますので、見間違いということはありえません。それと、もう1つご報告が。我々が確認しましたところ、件の氷河はその規模を徐々に広げているように見受けられました」

「氷河の規模が拡大していると? しかし我が国は青龍の国ではないのだぞ? そもそも季節は夏ではないか。なぜ我が国に氷河が存在し、あまつさえそれが広がるなどと……」


 領主は決死隊の報告を聞き、混乱しているようだ。

 無理もない。この報告が本当だとしたら、そう遠くないうちに氷河はこの町まで到達し、そして町を飲み込んでも不思議ではないのだから。

 それにしても氷河を発生させるなんて大魔王じゃあるまいし……いや待てよ?


「ステータスオープン!」


 僕は急遽ステータス画面を開き、そこから大魔王のステータスを閲覧する。

 健康状態と現在地は変わらず、圧倒的なステータスの値にも変化はないが、1つだけ随分と減っている数値があった。

 思えばこれは戦勝式の時も減っていたのだ。

 なぜならば大魔王は、バード到着時からずっと魔力を消費していたのだから。


 減っている項目はMPであった。

 僕は大魔王のスキルをもう一度チェックする。

 そして考えが間違っていないことを確認し、状況のまずさに歯噛みすることとなった。


「領主殿、それに皆さん。氷河拡大の理由が分かりました」

「本当ですかライ殿! して、その理由とは?」

「大魔王のステータス画面をご覧ください。特にスキル『氷河生成』の説明をご覧になれば状況がお分かりいただけるかと」


 大魔王の持つスキル『氷河生成』。

 そこにはこういう効果が記されていたのだ。


 氷河生成(MPを使用して自身の周囲に氷河を生み出すことができる。また一度生み出した氷河はMPが続く限り成長させることが可能)



 『一度生み出した氷河はMPが続く限り成長させることが可能』


 これが氷河拡大の理由と考えて間違いないはずだ。

 大魔王のMPがいつ見ても減っているのはこのせいなのだろう。

 大魔王は大怪我を負い、現在も治療中のようだ。

 だが、そんな状態であっても生み出した氷河を成長拡大させることで、奴は攻撃を続行していたのである。

 そこまで考えて思い出した。

 エースさんも、『青龍の国を氷河で覆っている』と説明していたではないか。


 だが、状況を把握したことで、僕は途方にくれてしまった。

 勇者クラスの攻撃力でなくては壊すことすら出来ない氷河で周囲を固められてしまっては、そもそも町に近づくことすらできないではないか。

 しかもその氷河は段々と迫ってきており、一度覆い尽くされればそこは人の住めない極寒の極地と化してしまうのだ。


 これでは選択肢は逃げの一択しかない。

 こんな状況下で、一体何をどうしろというのか。


「……どうするもこうするも、このままでは氷河に飲み込まれて凍え死ぬだけです。ロック王子殿下、先日の件を今こそ実行に移させていただきます」

「……先日の件? ……ああ、我が国への撤退ですか」

「座して死を待つわけにも参りません。この町の領主として決断いたします。現時点をもって南バードの町は放棄! 集まった避難民たちにも事情を説明し、すぐさまバードの町から可能な限り離れること、つまり南にある玄武の国へ向かうよう徹底させよ!」


 対抗できない氷河が迫ってきているという状況に押され、領主は町の放棄を決定した。

 この話は当然のことながら他の町や村へも伝えられ、これまで逃げることに消極的だった者たちも一斉にバードの町から遠ざかり、南へ南へと南下していくことになる。

 未だ町の周囲には氷河の影は見当たらないが、着実に町へと近づいてきているという話だ。


 僕たちもまた乗ってきた馬車に乗り、逃亡を再開することになってしまった。


「ねぇ兄さん、兄さんだったらこの状況でどう動きました? ひょっとしたら対処する方法もあったのではないですか?」


 いつものように草原に寝転がって夜空を見ながら、大魔王を追い詰めるという偉業を成し遂げてから亡くなった兄さんに問いかけたその声は、誰の耳にも届かないままに夜の闇へと消えていく。

 大量の避難民を引き連れた朱雀の国からの大脱出はこうして幕を開けたのだった。






 一方その頃、当のナイト本人はというと……



「すいませんでしたー!!」


 一糸まとわぬ生まれたままの姿で、全力の土下座を行っていたのであった。

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