第百四十一話 一騎打ち
side ナイト
かくして我が親友と弟、そして最後の生徒たちと英雄の娘を逃がす作戦は成功した。
魔王軍の姿を覆い隠していた煙幕はいつの間にか消え去っている。
大魔王の足元には例によって体に穴を開けられて心臓を握りつぶされたテルゾウ殿の死体が横たわり、そのすぐ近くには黒焦げになったジェイクの死体が転がっていた。
奥に目を向ければ、撃ち落とされた老師が、モンスターに押さえつけられている光景が目に入る。
大魔王配下のモンスターたちは一匹残らず興奮状態だ。
怪我をしている者も多い。どうやら俺が使用した薬は十分な効果を発揮してくれたようである。
だが老師を撃ち落としたキングには傷一つなく、もちろん大魔王も無傷だった。
しかし中にはダメージの入った魔王も存在していた。
クラゲの魔王が拘束していた父さんたちは地面に倒れており、その近くには青く輝く魔石が転がっている。
巨体を誇るムツキは、その左脇腹に大きな穴が空いていた。
熊の魔王にもかすり傷程度だがダメージが残っている。どうやらジェイクはムツキに攻撃を加えた後、標的を熊の魔王へと変更したが、途中で力尽きて死亡したらしい。
恐らくは攻撃無効化の回数が尽きてしまったのだろう。
先程俺たちが決行した作戦、その本質はロックたちを逃がすために大魔王たちの意識をそらすことにあった。
作戦の流れはこうなっていた。
まずは老師の下からハヤテとデンデを引き剥がし、ライとシャインに2人を預ける。
作戦開始と同時に魔王軍へ向かって煙幕をばら撒き相手の視覚を遮断。
次に朱雀の国の中で散々使ってきた誘怪薬を前方へとバラ撒き、周囲のモンスターたちを混乱させる。
大魔王及び魔王を狙って発射はしたが、当たらなくても混乱を起こせればそれで良かったのだ。
相手の視界を塞ぎ、モンスターが混乱を起こしている間にシャイニング・バリスタで氷河に脱出用の穴を作成。
この時すぐ横の壁ではなく防壁の上に穴を開けたのは、穴の向こうに人がいる可能性と、俺が開けた穴を通ってモンスターたちが即座にロックたちの追撃に向かうのを避けるという理由があった。
着地に関しては問題はない。穴を開けた箇所の裏にはバードの町からスラムへと落とされ、文字通りの山と化していたゴミ山があるからだ。
あそこに落ちれば墜落のダメージは軽減される。少なくとも壁の高さから直に地面に落ちるよりはよっぽどマシなはずだ。
脱出口確保の後はテルゾウ殿とジェイクに魔王の注意を引きつけてもらい、同時に老師に飛び立ってもらった。
煙幕と誘怪薬で混乱させ攻撃を仕掛けることで、目的が暗殺だと誤解させ、脱出させるロックたちに注意が向かないように仕向けたのだ。
老師に飛んでもらったのは、突撃した2人を囮にして、老師が逃走したのだと思わせるためでもある。
この脱出方法で一番のネックはやはりキングの狙撃であった。
打ち出したロックたちが空中で撃ち落とされるのを防ぐために、老師にはわざと逆方向へと向かってもらったのだ。
ちなみにこの時朱雀の国の兵士たちには、俺の仲間の拘束をお願いしておいた。
事前に話せば絶対に反対するだろうし、ハヤテとデンデに至っては老師と共に死にたいと駄々をこねる可能性もあったからだ。
無理矢理にでも脱出させるためには拘束するしかなかったのである。
そして作戦は成功し、結果的に8人もの人数をこの死地から脱出させることに成功した。
作戦の性質上俺は逃げられないのだが、これは勇者の供の責務として覚悟の上である。
俺も逃げられるようにするためには氷河に開ける穴の位置を下げざるを得なくなり、それでは追手が掛かる時間が早くなってしまう。
多少時間を稼いだところで、結果は変わらないのかもしれない。
エースの話が本当ならば大魔王は自らが生み出した氷河を自由に操ることができる。つまりすぐに追っ手が掛かる可能性もあるのだ。
だが俺が残ることで生み出される僅かな時間のおかげで、ロックたちが助かる可能性が僅かでも生まれるかもならば躊躇する必要などどこにもない。
勇者の供の再優先事項とは勇者の命を守ること。
俺が犠牲になってあいつが生き残るのならば、これは当然の選択なのだ。
パチパチ、パチパチ、パチパチパチパチ
先程も聞いた覚えのある拍手が大魔王から届けられた。
「見事、見事じゃ! 実に素晴らしい! あの状況下からまさかこれほどの抵抗を見せてくれるとはのう!」
彼女は本心から喜んでいるのだろう、満面の笑みをもって俺たちの抵抗を褒め称えている。
被害の規模に頓着することなく俺たちの抵抗を褒め称えるその姿はまさに大魔王に相応しい代物だ。
配下の魔王を一体倒し、一体に重症を負わせ、更に配下のモンスター軍団にも少なからぬ被害をもたらしたというのに。
まぁ相手がどう思おうとも大した問題ではない。
俺たちは目的通りロックたちを逃がすことに成功したのだ。
相手からの評価など正直知ったことではないのである。
とは言え、話しかけてくれたのならば、これは時間を稼ぐチャンスだ。
俺は大魔王との恐らく人生最後の話し合いに取り組むことになったのであった。
「随分と余裕じゃないか、自慢の魔王軍団は既に半壊状態だぜ?」
挑発しているつもりはない、事実を言ったまでだ。
実際問題テルゾウ殿とジェイクの活躍で、3体の魔王は死亡し、ムツキは重傷。
8体いた大魔王配下の魔王の中で、満足に動けるのは今や半数にまで減っているのだから。
「そんなことか? 何も問題はあるまい。妾さえ無事ならば魔王などいくらでも増やせるのだからな!」
これもまた事実なのだろう。
大魔王はスキル『魔石融合』を持っており、既に青龍の国を滅ぼし、朱雀の国をも手中に収めようとしている。
国が手に入れば当然その国の宝物庫に収められている宝も大魔王の手に渡ってしまう。
つまり、大魔王は新たに朱雀の国の宝物庫の中の魔王の魔石を手に入れてしまうのだ。
歴代の勇者が倒し国に保管されていた魔王の魔石。
その数だけ魔王が生み出されるというのなら、多少魔王が死んだとて、大魔王にとっては痛くも痒くもないのであろう。
「それにしたって酷いじゃないか。さっきまでいたクラゲの魔王はあんたの盾になって死んだんだろう? 配下に対する思いやりとかはないのかよ?」
「思いやりじゃと? 馬鹿を言うでない。奴らは所詮『大魔王』の能力である魔王への強制命令権によって従っているにすぎんよ。そもそもじゃ、奴らは魔王であるにもかかわらず、人間との戦いに消極的じゃった者たちじゃぞ? そんな恥知らずな連中が死んだところでどうして妾が心痛めねばならんのじゃ」
テルゾウ殿が「魔王たちは大魔王に無理やり戦わさせられているため、真の実力を発揮できていない」とか言っていたが、あれは正しい分析だったわけだ。
エースと同じで反感を持っていても逆らえないから仕方なく戦っていると。
なるほど、だからこんなにあっさりと倒すことができたのか。
いくらなんでも魔王が弱すぎると思っていたんだよな。
「お主のほうこそどうなのじゃ? 頼みの綱の革命武器使いたちは2人共死亡し、頼りになる兵士たちも全滅しておる。この状態からどう挽回を試みるのじゃ?」
だからなんでそんなにワクワクした口調で質問してくるんだよ。
次はどうするの? どうなるの? って子供かこいつは!
「そりゃあもちろん俺とあんたの一騎打ちだろ。勝てないだろうけどせいぜい時間稼ぎをさせてもらうさ」
「一騎打ち! 良いのう、良いのう! 良い響きじゃ! 当然妾は請け負うぞ」
「なぁ、ずっと聞きたかったんだが、なんであんたは俺たちをすぐに殺さないんだ?」
「ほ?」
「テルゾウ殿に殺されかけた時は激高していたのに、その後はずっと観戦モードじゃないか。追い詰められればネズミだって猫を噛むんだぜ?」
「何を言っておる、まさにあの時がそのネズミの一撃だったではないか」
言われてみればまさにその通りだ。
油断してトドメを刺そうとしたら、想定外の反撃に遭いダメージを受けた。
だからそれ以降はもう油断することなく、じっくり追い詰めて安全圏から殺そうとしているのだこいつは。
だからすぐには殺さない。すぐに殺さずにじっくり殺す、その方が安全だからである。
「それなのに俺との一騎打ちは受けるのか?」
「受けるに決まっておろう。仮にお主が革命武器を持っていたとしても妾を殺すことはできぬのだからな」
「ステータスが2万5千以上離れているのに?」
「革命武器が効果を発揮する条件はステータスの数値の差ではなく割合じゃよ。お主は妾の1/8ものステータスを誇っておるがゆえに、妾に対しては革命武器本来の力を発揮させることができぬのじゃ」
そうなのか、それは知らなかった。
正直言って俺がこれから取るべき行動は、スキを見て大魔王の足元に落ちているテルゾウ殿かジェイクの革命武器を拾い上げて、力尽きるまで暴れることだと思っていたからな。
しかしそれを手に入れても相手に対して効果がないのならば意味はない。
いや、大魔王の口ぶりからして多少のダメージは与えられるのだろう。
だが一撃で大ダメージを与えられないのであれば、ステータスの差でいずれ押し負けることになる。
しかしとにかく相手が一騎打ちを受けてくれたのは好都合だ。
せいぜい逃げ回って時間を稼ぎ、ロックたちの生存率を少しでも上げてやる。
事ここに至っては、もはやそのくらいしか俺にできることはない。
が、俺の浅はかな考えなど大魔王にはお見通しであった。
「おい、言っておくが無様に逃げ回るような真似は許さんぞ。妾は品性のない相手は嫌いでな。貴様が逃げに転じたその瞬間、容赦なく貴様に全戦力をぶつけるからな」
大魔王は俺に対して『逃げ』を封じる警告を行った。
それを聞いた俺は驚いた演技をして大魔王を挑発する。
「はっ! 光栄だね。大魔王様は俺なんかとの一騎打ちを楽しみにしてくださっているわけだ」
「無論じゃ。先の青龍の国での戦いでは勇者のパーティー以外で立ち向かってきた者はおらんかったのでな、正直不完全燃焼気味なのじゃよ。そこに時間稼ぎとはいえ妾に正面切って一騎打ちを申し込む男が現れたのじゃ。これを受けねば女がすたるわ」
「女がすたるって言うんだったら、男をぶら下げたままで戦うのはどうよ?」
「その手には乗らんよ。妾とサムは融合したことにより一身同体となったのじゃ。サムとは融合したままで戦わせてもらおう」
ちっ、やっぱりそう上手くはいかないか。
ここでサムと大魔王が分離すれば恐らくロックの『勇者』も他の者たちの『魔法の心得』も復活したはずだ。
なんとかサムを回収できれば勝機も見いだせるのだが、中々思い通りにはいかないようである。
「さて、名残惜しいがそろそろお喋りはおしまいじゃ。男らしく正々堂々と一騎打ちをして派手に散ってくれ」
「派手にねぇ。俺はどちらかと言うと縁の下の力持ちになる予定だったんだけどな」
「勇者の供らしいと言えばらしいセリフじゃな」
大魔王はそう言うが、どうやら殺る気は満々のようだ。
これが俺のラストバトルって奴か。
ならばせいぜい大魔王の度肝を抜いてやろうとするかね。
「皆の者、良く聞けい!! これより妾とこやつの一騎打ちを開始する! この戦いは朱雀の国の首都バード陥落を決定付ける記念すべきものじゃ! こやつの体を刺し貫き、その心臓を握りつぶした時! この国もまた妾の手に収まるのよ! 手出し無用、口出しも無用!! 妾の勇姿をその目に焼きつけ、人間共の国が滅ぶ瞬間を見届けるが良い!」
ウオオオ! オオオオ! ヴォヴォヴォヴォオォ!!
大魔王の背後に集ったモンスターたちから大歓声が巻き起こる。
しかし大魔王はなぜかイライラしたように彼らを睨みつけ、その歓声を封じ込めてしまった。
どうやら口出し無用と宣言したのに歓声を挙げられたのが気に障ったようだ。
だったら煽るなよと突っ込みたかったが、流石に空気を読んでそれは避けた。
俺は大魔王と配下のコントを横目に、この状況下で出来ることとは何かを考えている。
この一騎打ちは逃げに徹することはできない。
だが馬鹿正直に正面からぶつかっても瞬殺されてしまう。
相手はこれまで3人の勇者を殺したのと同じように抜き手で体を刺し貫き、心臓を握りつぶすのだと宣言している。
実際そうなる可能性は極めて高い。相手の狙いは分かっているのだから1回くらいは避けられるかもしれないが、良くて2回。3回はまず不可能だ。
つまり相手の攻撃を1~2回躱し、次の攻撃で殺されることが前提で行動を起こさなければならない。
ブルリと体が震える。
確実に死ぬ戦いに身を投じることに体が拒否反応を示しているのだ。
だがその震えは意志の力で抑え込む。
テルゾウ殿もジェイクも老師も、ヨンもゼロも父さんも、そして俺たちを逃がすために死んでいった全ての兵士たちも同じように恐怖に襲われ、しかし勇者を逃がすためならと恐怖に打ち勝って魔王軍へと立ち向かっていったのだ。
彼らの犠牲によって生かされている俺が恐怖に屈するわけにはいかない。
それに俺の行動いかんで、これからのロックたちの生存率が変化するのだ。
闇雲に突っ込んで死ぬわけにもいかない、考えを止めてはいけないのである。
大魔王はやはり待ちの姿勢だ。俺が先に動くのを待っていた。
だが待たせ続けるわけにもいかない。女性を待たせるなんて男としては失格だし、相手はキレたら何をするか分からない大魔王なのだから。
考えろ、考えろ、考えろ。
この状況下で俺がすべきことは一体何なのか。
大魔王へアプローチできる回数は僅かに2回。いや2発目で殺される可能性もあるのだから1回が限度と考えるべきだ。
今日一日、いや大魔王が現れてから今に至るまでの奴の行動を思い出せ。
その中から最適な行動を、いや最適でなくても良い。後に残されるロックたちにとって有利となるような行動とは一体何だ?
……
…………
………………!
………………?
思い付いた。
思い付いたがこれはありなのだろうか?
こんなのが俺の最後で、ラストバトルで大丈夫か?
……大丈夫だ、問題ない。
問題ないが面白すぎだ。
やばいな顔がニヤけるのを止められないぞ。
クスクスと笑う俺を見て、大魔王も周囲の魔王やモンスターも訝しげな視線を向けてくる。
奴らからすれば、追い詰められた俺が恐怖でおかしくなったのだとでも思ったのだろう。
生憎と俺は冷静である。
笑ったことで肩の力は抜けてくれた。
やるべきことが見えたおかげで、死への恐怖は薄らいだ。
ならば後は突っ込むだけである。
俺はあえて大仰に腕を振り、大魔王へと啖呵を切った。
「土の勇者の供、ナイト=ロックウェル! 推して参る!」
「氷の大魔王、フローズン・クイーン! 受けて立とうではないか!」
俺のわざとらしい演出に律儀に反応を返すとは、やはり大魔王はこういうシチュエーションが好みのようだ。
俺は掛け値なしの全速力で大魔王の懐へと突き進んでいく。
迎え撃つ彼女の顔は満面の笑みに彩られている。
自分に向かってくる相手がいることがたまらなく嬉しい、圧倒的に不利な状況下で足掻く相手を見るのが最高に楽しい。
あれはそういう表情だ。
だが悪いな大魔王。
俺はあんたなんか眼中にないんだよ。
大魔王が宣言通り、その左腕を俺の胴体めがけて突き刺してくる。
通常であれば察知することもできなかったであろうその攻撃は、何度も見せつけられた上に予告されていたおかげで、俺はギリギリ反応し躱すことに成功した。
必殺の一撃を避けられた彼女の笑顔は益々加速し、口の角度が見たこともないほどに跳ね上がっている。
だが俺はそんな彼女から視線を切り、彼女の胴体から飛び出しているサムの下半身へと手を伸ばす。
そして俺は、サムのズボンを、パンツごと、ズリ下ろしたのだった。




