第百四十話 最後の悪あがき
2018/06/16 本文を多少修正
俺たちは大魔王に弄ばれていた。
男の夢の1つに『一度でいいから絶世の美女に弄ばれてみたい』というのがあるが、今回のようなケースならお断りである。
たぎる欲情を百戦錬磨の美女によって操られ、そして気付いた時には一文無しになっていたとしても、それもまた男が一皮剥けるためには必要な出来事だ。
だから今回のようなケースは困るのである。
相手のほうがあらゆる面で上であり、こちらの抵抗は全て無意味だったとしても、再起が可能であるならばこれも経験だと割り切ることもできただろう。
だが、これは冗談抜きの殺し合いなのだ。
頼りにしていた土台も、あると信じていた逆転の目も、頼りになる仲間も、逃げ道すらも失って、意味なく死んでハイそれまでよ。
それでは男として一皮剥けることができない!
再戦の機会を得てリベンジするチャンスもないではないか!
確かにエースは言っていたさ。
「彼女はバード到着時からこの町を氷河で覆う準備をし続けている」と。
ハヤテも同じように言っていたんだ。
「なんとなくそれ以外の気配もしている」と。
あれはこういう意味だったのか!
大魔王は町の周囲をすぐにでも氷河で覆うことができたのだ。
俺たちの死力を尽くした撤退戦など、彼女にとっては単なる娯楽の一つでしかなかったというわけか。
逃げ道を塞がれ、遊ばれていたことを理解し心を折られた俺たちは、地面に膝をついてしまい、動くことができない。
状況の洒落にならない絶望さ加減のせいで、思考はあさっての方向へ飛んで行ってしまっている。
ガッ! ガンガン!! ガキィ! キンキン!!
そんな俺の途方に暮れた思考を断ち切るような音が、突然背後から鳴り響き始めた。
気が付けばいつの間にかジェイクとテルゾウ殿が兵士の背から地面へと降り立ち、そして2人揃って革命武器を振るい、氷河にアタックを仕掛けていた。
先程は急展開すぎて気が付かなかったが、テルゾウ殿の持つ革命武器はボロボロのメリケンサックのようだ。
彼は左手に装着したそれを何度も何度も氷河に叩き付けている。
彼らは未だ諦めることなく、大魔王の氷河を突破しようと試みているようだ。
だがこれまで何度も俺たちの窮地を救ってくれた革命武器は、今回はその絶大な効果を発揮することはなかった。
大魔王にも効果があったのに? と訝しんだ俺ではあるが、当の大魔王本人からわざわざ理由を教えられ、謎が解けると同時に、絶望の度合いもまた増えていった。
「ハハハ、ホホホ、ワッハハハハハ! 一体何をしておるのかお主らは! 革命武器が効果を発揮するためには、ステータスの低い者が高い者へと『直接』攻撃を加えなくてはならぬのじゃぞ! 妾が生み出した氷河を壊すためには、革命武器の持つ反則能力は不適格! 反則抜きに勇者クラスにダメージを与える攻撃力が必要なのじゃ!」
クイーンがサムを抱えて笑っている。
変な表現ではあるが、彼女が腹を抱えようとすると、自然とサムを抱えることになってしまうため、そう言わざるをえないのだ。
クイーンに笑われた2人は氷河への攻撃を止め、そして厳しい顔をして周囲を見回し始めた。
その姿を見た俺は心底驚いてしまう。
この2人がまったく諦めていないことが分かったからだ。
呆けていた俺の姿が目に入ったのだろう、ジェイクが俺を叱責してきた。
「何をボケっとしているのかね君は! それでも勇者の供か、ナイト=ロックウェルか! レベル一桁であっても魔族から幼馴染を救い出した、あの諦めない心意気を持つ少年は一体どこに行ってしまったのかね!?」
ジェイクの声を聞いた俺の脳裏にかつての旅の思い出が蘇る。
あれは火の魔王を倒すためにカワヨコの町からヤマカワの町へと移動している最中のいつかの夕食の時だった。
テルゾウ殿と火の魔王との一対一の状況を叶えるべく、足止めする側近の担当を決める話し合いの際にアナが強固にマンティスとの戦いを主張し、奴との因縁を語ったことがあったのだ。
あの夜はアナもロゼもエルも、いかに当時の俺が凄くて格好良かったのかを身振り手振りを交えて大幅な誇張も加えながら説明をしていた。
ジェイクの今の発言は、3人の話を聞いたがゆえの叱責なのだ。
だがあの時の俺は別に凄かったわけでも、格好良かったわけでもない。
只々3人を死なせたくないと、ロックとの約束をこれ以上破るわけにはいかないと思い、諦めなかっただけの話なのだ。
なにしろ絶体絶命ではあったが、頭も働き体も動き、当然死んでもいなかったのだから、諦める理由がなかったである。
と、そこまで考えた俺は、実は今もまだそうであることにようやく気が付いたのだった。
そうだ、一体何を呆けているのだ俺は。
門からの脱出は失敗した。だがそれで全てが終わったわけではない。
勇者は4人共無事だし、俺も当時とは違い戦力になる。
かつての俺の所有スキルは『一般人』のみでレベルは僅かに6。しかも10歳の子供だったではないか。
あの時はそんな状況下であるにもかかわらず、一発逆転の策を思い付くことができたのだ。
なぜか? それは足掻いたからだ。
足掻き抜いたから思い付けた。
足掻いて、足掻いて、足掻き抜いて、俺の足掻きに影響されたエルも同じく足掻いた結果、対応策が見つかって助かったのではないか。
やれやれ、これではジェイクに怒られても仕方あるまい。
大体つい先程俺自身がスキル『独占』への対応策を思い付いたばかりじゃないか。
ヨンもゼロも父さんも兵士たちも、俺の意見に希望を見出し、命を賭してくれたのだ。
諦めている暇など存在しない。そもそも大魔王は未だにトドメを刺すこともなく包囲しているだけなのだから。
追い詰めていると確信しているからなのか、テルゾウ殿とジェイクからの万が一の反撃を警戒しているためなのかは分からないが、どちらにしても相手の油断こそが最大の好機。
俺は屈していた膝を伸ばして立ち上がる。
その時、俺の顔は自然と笑みを作り、自分でも分かるほどに不敵な目付きをしていたのであった。
side ロック
私の横で膝をついていたナイトが立ち上がった。
不敵な笑みをした我が親友は鋭い目つきで周囲をキョロキョロと見回し始める。
どうやらナイトはテルゾウ殿やジェイク殿と同じく、この状況下でも未だ諦めず現状を打開しようとしているようだ。
それに気づいた私は、高止まりしていたはずのナイトの評価が実は未だに測定不足であったのだと、今更ながらに気付かされることになった。
姉上がナイトに惚れる切っ掛けとなった魔族との一件はもちろん私も聞き及んでいる。
というか、ハッキリ言って耳ダコだ。姉上もアナもエルの奴も、とにかく事あるごとにこの話題を持ち出してナイトを褒め称え、そしてその度に夢見る乙女の顔を見せつけてきていたのだから。
しかしあれだけ聞かされていたにもかかわらず、私には彼女たちが陥った『絶体絶命の状況』というものがいまいち理解できていなかった。
いや、正直に言おう。つい先程『勇者』を大魔王に独占されるまでは理解したつもりでいたのだ。
なにしろ旅に出てからというもの、シャイニング・バリスタだったり、迷宮の罠だったり、テルゾウ殿だったり、火の魔王だったりと私のステータスを持ってしても対応できない状況や相手が幾度となく現れたのだから。
だがそんなものは真の絶体絶命からは程遠い代物だった。
当時のナイトや姉上の状況を鑑みれば、私の想定の甘さが心の底から理解できる。
そして『勇者』がなくなった今になって始めて、私は絶体絶命の意味を認識していた。
絶体絶命という言葉は、絶対に死ぬという状況を意味している。
つまり死亡率100%ということであり、現在の状況がまさにそれに該当していた。
状況は違うが、当時のナイトたちと比べても確率に違いはないはずだ。
なにしろどちらも死亡率は100%、絶対に死ぬと決まっているのだから。
……絶対に死ぬしかない状況から挽回するってどういうことだ。
ナイトは今も昔も一体どうしてこの状況下で動けるのだろうか。
テルゾウ殿とジェイク殿なら分かるのだ。
彼らは歴戦の戦士であり私たちとは戦いの経験値に差がありすぎるのだから。
ナイトはそんな彼らと同じ場所に立っているということなのか。
どうやったらそこまで行けるのだ。
どうすればナイトのように諦めない心を持つことができるようになるのか。
大魔王は手を出してこない。
今も周囲を魔王に囲ませて、彼らの行動を笑みを浮かべて見つめているだけだ。
先程までの撤退戦と同じだ。
『いつでも殺せるのだから獲物の足掻きを楽しく観察しよう』という魂胆なのだろう。
あれは油断ではなく余裕だ。
油断している相手には付け入るスキがあるが、余裕のある相手にはそんなものは存在しない。
彼女は優秀な配下に守られ、大群を引き連れて遥かな高みから私たちを見下ろしている。
この状況下からどうやって逃げ出せというのか。
いくらナイトであっても流石に不可能と言わざるをえないだろう。
「策を思い付いた。テルゾウ殿、ジェイク、それと兵士の3人、ちょっと来てくれ。老師も頼む。ハヤテとデンデはライとシャインに預けてな」
それなのにナイトは策を思いつき、そして私から離れて大人たちと内緒話を開始してしまった。
敵の目の前であるにもかかわらず、堂々と話し込んでいる。
ナイトたちも大魔王に遊ばれていることは理解しているのだろう。
そうでなくては敵の目の前であれほどあからさまに作戦を練るような真似はしないはずだ。
ちらりと大魔王へと視線を向ければ、彼女は実に楽しそうな顔をしている。
その顔はまさに『この状況下で私たちがどういう足掻きを見せてくれるのか楽しみで仕方がない』という顔だ。
『勇者』を失くした今の私は、絶対強者のオーラを纏う彼女と対峙しているだけで気を失いそうになってしまう。
そんな相手を向こうに回して、ナイトたちは一体何をするつもりなのだろうか。
先程のように奇襲で魔王2体を倒したようにはいかないだろう。
相手は微塵も油断していないのだから。
逃げることだって無理に決まっている。
氷河を突破する攻撃力が存在しないのだから。
助けが来ることはありえない。
今代の勇者は全てこの場に集結し、唯一『勇者』が残っているサムは大魔王と融合中なのだから。
考えれば考えるほど絶望の度合いが深くなっていく。
『悲劇に底などない』という言葉をどこかで聞いたが、あれは真実だったのだな。
「そんな感じで、よろしく頼むわ」
「承知した」
「良かろう」
「中々の案でねぇか」
「「「必ずや、やり遂げてみせます!!」」」
完全に諦めてしまった私の思考回路には彼らの言葉が空虚に感じられる。
この状況下で出てくる『中々の案』にまったく心当たりが存在しない。
よもや彼らは狂っているのではないだろうか。
追い詰められて正常な判断力を失い、あるはずのない希望を見つけたと錯覚していると考えればあの態度も不自然ではあるまい。
私の目にはクラゲの魔王に捕まったまま宙に浮いている、ヨンとゼロ殿とハロルドおじさんの姿が映っている。
大魔王が彼らを殺さずにここまで連れてきた理由は明白だ。
私たちに絶望を味あわせてからじっくりと殺すつもりなのだろう。
どうせ死ぬのならば苦しまないであっさりと死にたいものだ。
そんな風に私は思っていた。
その考え自体がナイトたちへの侮辱なのだと思いもせずに。
気が付けば私の目の前にはナイトと共に朱雀の国の兵士の1人近づいてきており、「失礼いたします」と言った彼は私を担ぎ上げた。
そして私と担いだ兵士とナイトはライとシャインの側へと近づいていく。
2人はハヤテとデンデを抱いたままだ。老師殿からそのまま抱いておいてくれと言われたので、その通りにしているらしい。
この4人は揃って諦めた顔をしていた。恐らく私も同じ顔をしているのだろう。
対象的に老師殿の顔は穏やかなものだ。
彼はハヤテとデンデの顔をそっと撫で、そして決意の炎を瞳に灯して大魔王へと向き直る。
テルゾウ殿も同様だ。
シャインの頭に手を置いて髪をクシャクシャと撫でたと思ったら、次の瞬間にはもう戦う男の顔になって前を向いている。
その際私と目が合った彼は少し迷う素振りをし、そして私に対して口を開いたのであった。
「ロック王子、娘をよろしくお願いするだよ」
それが、私が聞いた彼の最後の言葉であった。
「では行くぞ! 作戦開始だぁぁぁ!!」
ナイトが高らかに声を響かせて攻撃の開始を宣言する。
大きな声を出すことで己を鼓舞し、心に巣食った恐怖を打ち消しているのだ。
ナイトの声は過去何度も聞いてきたそれと比べても最大級の代物だった。
それだけ大魔王とその配下への攻撃には気合が必要だったのだろう。
ナイトの声に身構える大魔王とその軍勢。
しかしナイトは無闇に突撃したりはせず、お気に入りの罠であるカタパルトを作成し、何かを大量に魔王軍へと打ち出し始めた。
樽や瓶、袋に入ったそれらは私たちを包囲しているモンスターの大群の上へとまんべんなく打ち出されていく。
しかし来るのが分かっているのだから、相手が黙って見ているわけがない。
彼らは次々にそれらを撃ち落とし始めた。
それがナイトの思惑通りだとも知らずに。
「ぬっ?」
「これは……煙幕?」
ナイトが撃ち出した代物は全て煙幕であった。
色とりどりの煙がモンスターたちを覆い尽くし、同時に私たちの姿も彼らの視界から消し去ってしまう。
しかし視界を消したところで大した意味はない。
なにしろ逃げ道を塞がれているので、逃げることができないのだ。
ナイトは一体この状況をどう突破するつもりなのだろうか。
ヒュンヒュン! パリイィン!
そんなことを思っていたら、ナイトが煙幕とは別の何かを煙の中へと撃ち出し始めた。
先程とは違いほぼ水平に打ち出されたそれらは、恐らく魔王たちを狙ったものなのだろう。
だが今更毒で奴らを倒せるとは思えない。
それに魔王だけをどうにかしたところで、結局モンスターの大群を突破できなければ逃げられないではないか。
「老師!」
「承知した!」
ナイトの掛け声に合わせ、老師が巨大フクロウ形態へと変身する。
そして彼は体を丸め、その上にナイトはあの懐かしの兵器を置いたのであった。
「ぐっ!」
「大丈夫か老師?」
「予想よりも重かっただけだ、問題はない。それでどうする?」
「もう少し背筋を伸ばしてくれ、向きはそれで良い。もう少し、少しだけ左だ。良しバッチリ! シャイニング・バリスタ発射ぁぁぁ!!」
ナイトの持つ切り札の1つ、シャイニング・バリスタが火を吹いた。
そうだった、ナイトにはこれがあったのだ。
シャイニング・バリスタ
これはかつてヤマモリの町で私が直撃を喰らい、そして初めての敗北を喫した思い出深いマジックアイテムである。
魔力を込めれば込めるほど威力が上がり、込めた量によっては勇者の守りすらも突破することのできるダンジョンから回収された超兵器。
実はこの兵器、ヤマモリの町解放戦で山賊から回収した後、町から許可を得てそのままナイトが持ち続けていたのである。
その後の旅のさなかに、私が魔力を込めるだけ込めておいたので、すぐさま発射が可能だったのだ。
火の魔王との戦いの最中には使う機会がなかったが、この兵器があれば大魔王へと一泡吹かすことができるかもしれない。
それなのに、それなのにナイトはそれを大魔王へと向けなかった。
魔王どころかモンスターにすら向けていない。
ナイトはシャイニング・バリスタを『空へ向けて』放ったのだ。
その光は一直線に突き進み、そして大魔王が作り出した氷河のドームへと着弾し穴を開ける。
ああ、確かに先程大魔王は言っていた。
大魔王が生み出した氷河を壊すためには、反則抜きに勇者クラスにダメージを与える攻撃力が必要なのだと。
だからナイトは氷河を壊し、脱出経路を作ったのだ。
しかしそれは遙かに上、具体的に言えばバードの町の城壁のすぐ上くらいの高さであった。
あんな所に穴を開けてナイトは一体どうしようというのだ。
上から逃げられるのならばとっくに逃げていたというのに。
そんなことを考えていると、ふいに魔王たちのいる方向から嬌声が聞こえてきた。
理由はわからないが争っているような声が聞こえるのだ、しかも大量に。
訝しげな思いを抱いた私とは違い、ナイトは予定通りだという顔をしている。
ナイトはシャイニング・バリスタをアイテムボックスにしまい、次に取り出したのは2つのマジックバックであった。
それは私とライが冒険の旅のために用意していた代物である。
アイテムボックス持ちのナイトが仲間に加わったことでお役御免となったこれらはナイトに預けられ、以来ずっとアイテムボックスの肥やしとなっていたのだ。
ナイトは動けない私の体の前後にマジックバックを背負わせる。
そして幼馴染の意味不明の行動に首を傾げている間に、事態は取り返しのつかない状況まで突入していたのであった。
「良し準備完了だ。テルゾウ殿、ジェイク、老師、頼んだぞ!」
「さよならだべ、テルコ。ロック王子と幸せになるだよ!」
「さらばだ諸君! 最後まで諦めるなよ!」
「お別れだ息子たちよ。吾輩はお前たちと出会えて幸福であった!」
若者たちが揃って「えっ?」という顔をしている間に、テルゾウ殿とジェイクは魔王へ向かって突撃し、老師は空へと飛び立っていく。
どうやら2人はナイトの設置したカタパルトの罠を踏み抜いて加速装置としたようだ。
だがただ突っ込むだけでは自殺と変わらないではないか!
そんな私の意見など、目の前から消えてしまった2人には届かない。
それにそんなことを言っている場合でもなかったのだ。
2人が突撃したと同時に飛び立った老師は、煙の上ギリギリを飛行していく。
だが向かう方向は先程開けた穴ではなく全くの逆方向。
つまりモンスターたちの頭上を越えて北門へと向かおうとしていた。
その両足には子供服を着せた木材が握られている。
……見間違いではない、老師は子供服を着せた木材を2つ握りしめて、我々とは逆方向へと飛んでいったのだ。
つい先程までの撤退戦。
私たちが走って逃げていたのには理由がある。
たとえ『勇者』を失ったとて、私たちには老師という空を飛べる仲間がいる。
だが敵には天使であるゲンとヨミを殺害したキングという狙撃手がいるのだ。
老師は飛べるがそこまで早くはない。だからキングの射撃には対抗できないだろう。
そういう結論を得たがゆえに、私たちは飛ばずに走ってここまで逃げてきたのである。
その老師が飛んでいた。
それも子供服を着せた木材を抱えて飛んでいる。
この意味が分からないほど私は馬鹿ではないつもりだ。
つまり老師は、いやこの作戦そのものが……
私が自らの考えを口に出す前に事態は動く。
老師が飛んでいった方向では、キングの射撃が空へ向かって放たれ始めた。
キングだけではなく集まったモンスターたちからも放たれる凄まじい弾幕の中を老師は果敢に飛行し続けるが、撃ち落とされるのも時間の問題だ。
「ライ! シャイン! ロックとハヤテとデンデのことをよろしく頼むぞ!」
「え?」「兄さん?」
「それではお三方! お願いします!」
ナイトはそう言ったかと思うと、足元にカタパルトの罠を3つ作成する。
その時、ライとシャインの後ろにはいつの間にか兵士が忍び寄っていた。
彼らは勇者を抱きしめた2人を更に抱き寄せ、あっという間に背後から4人を拘束してしまう。
そしてそのうちの1人がすぐに動いた。
最初に動いたのはハヤテを抱え込んだライを更に抱え込んだ兵士であり、彼はなんと何の躊躇もなく、ナイトが先程作成したカタパルトの罠を踏んだのだ。
罠を踏み抜いた兵士は、いや2人の人間を拘束したままなので3人は、あっという間に空へ向かって吹き飛ばされてしまう。
子供たちを抱え込んだ兵士は、狙い違わず先程シャイニング・バリスタによって開けられた穴を通って、氷河の向こう側へと消えていく。
そしてデンデを抱えていたシャインを拘束した兵士もそれに続くのを見て、私はようやくこの作戦の本質を理解したのであった。
やはりそうだ、間違いない!
この作戦は『私たちを助けるために大人たちが犠牲になる作戦』だったのだ!
必殺の一撃を持つテルゾウ殿とジェイク殿が地上を、そしてキングの射撃を老師が引き付け、その間に私たちを逃がす作戦。
兵士たちに4人を拘束させたのは、「父さんと一緒に死にたい」と言っていたハヤテとデンデを無理やり逃がすためなのだろう。
その最終段階として、私を担いだ最後の兵士が、ナイトの設置した罠の上へと足を踏み出した。
兵士に抱えられた私は、『確かにこの方法なら私たちは逃げられる』と考え、そしてその瞬間に、とんでもない思い違いをしていたのだと気が付いたのである。
この作戦には重大な欠陥が存在していた。
これはナイトの持つスキル『中級罠師』の能力、罠の自動設置を用いた脱出方法だ。
そしてこの能力にはある特性がある。
本来ならば持ち主に有利に働くはずのそれは、今回に限り不利に働いていた。
『中級罠師』の能力である罠の自動設置。
これには『能力者本人は罠に掛からない』という特性があるのだ。
つまりこの脱出方法ではナイトは逃げられないではないか!
「あばよ、親友」
罠が発動するまさにその直前、私の耳は確かにその言葉を聞いていた。
それが脳へと届くその前に、私の体は急激にナイトから遠ざかっていく。
「ナイトーーーー!!」
空中で必死に手を伸ばしたところで動かぬ体では届くわけもない。
私は眼下でテルゾウ殿が胸を貫かれ、ジェイク殿が黒焦げになり、老師が撃ち落とされる瞬間を目撃し、たった一人で敵陣に残ることを選んだ親友に向かって絶叫を上げたのだった。




