第百二十二話 ジョーカーの忠告2
「貴様はそれこそ数え切れないほどの功績を上げ、王弟派を震え上がらせてきた。特に影響力の大きかった功績はこの4つだ。
1つ、町立タートル全学校を作り上げ、町の住民たちに学びの場を提供したこと。
1つ、世界中に散らばったマジックアイテムを回収し、勇者の下へと戻したこと。
1つ、ハズレ勇者として名高かった氷の勇者を更生させたこと。
そして最後の1つ、朱雀の国からの難民問題に見事対処してみせたことだ」
「いや、それはどれもこれも出来たからやっただけで。そもそも俺一人の力ってわけじゃ……」
「だから貴様は恐ろしいというのだ。出来たからやった? 馬鹿を言うな。こんなことが出来る人間が早々いてたまるものか」
そんなことを言われても事実そうなのだから仕方ない。
だがジョーカーはそんな俺の考えをすっぱりと否定する。
「いいか? まず貴様は自分の立ち位置に対して自覚が足りなさすぎる」
「立ち位置?」
「国王の親友の息子、勇者にして次期国王の親友、勇者の兄、勇者の供の兄、勇者の供の恩人、姫の恋人、勇者の想い人、勇者の供の想い人。これだけでもう十分すぎるほどの影響力が貴様にはある」
「ああ、まぁそうなるが……」
「それでも貴様が王弟派のダニどもの視界から外れた理由は、スキル授与の儀式において授けられたスキルの数が1つだけだったために、その影響力も限定的になるだろうと考えられたことが大きい」
「まぁそうかもしれないが……ああそれでか?」
王弟派の貴族たちからすれば、俺はスキルを1つしか授からなかったハズレ者でしかなかったのだ。
だが俺はスキルのことなど気にせずに修業に邁進し、商会を立ち上げ、町長にまで指名された。
そんな俺の姿が王弟派からは恐ろしく見えていたということなのか。
「その特殊な立ち位置故に子供の頃から危険視されていた貴様は、スキル授与の儀式を終えた後、王弟派のクズ共の視界から完全に抹消された。町の者たちからすれば10歳の時点で姫様と婚約し、浮浪者を叩き潰し、孤児院の副院長になった天才少年だが、奴らにしてみれば、眼中にもない話だったのだ」
「まぁそうだろうな。当時のロゼは貴族には避けられていたし、街の治安や孤児院の運営なんて他の貴族にとってはどうでもいいことだろうしな」
「貴様が影響力を発揮し始めたのは、マジックアイテムの回収を始めた頃からだ。まぁそれでも大半の連中は無視していたのだがな。存在自体を忘れていた国王派筆頭の息子が、運良く稼いだ金を使って勇者のご機嫌取りをしている程度に考えられていたそうだぞ」
「酷い話だな。俺は真剣に幼馴染の安否を気遣っていたのに」
「そんな貴様の影響力が無視できなくなったのは、町長に抜擢されてからだ。貴様が町長適性検査の際に提出したあの未完成の計画書、あれによって貴様の評価は一変し、後の町長としての成功により、貴様の力は本物であると確信される事となる」
何で裏社会のボスであるジョーカーが、国の上層部に提出した計画書の内容を知っているのかという話は聞かないほうが良さそうだ。
俺はジョーカーに話を続きを促す。
「王弟派の勝算の1つに、ロック王子が勇者だというものがあった。国王に何らかの問題が生じた場合、その代理として国の舵取りをするものが必要だという意見があったからだ。国王派の側近にはハロルド将軍、エリック魔導師、そして闇の神殿の神殿長と武人は揃っていたが、文人としての人材はとぼしかった。しかし貴様の登場で情勢は一変した。骨の髄まで国王派の貴様ならば王子は喜んで国の運営を託すと考えられたからな」
「いやいやいやいや、それはいくら何でも考えすぎだろうよ。俺みたいな若造が国の舵取りなんて出来るわけがないだろう」
「何も貴様1人で全てを行う必要はない。町長の時のように周囲がサポートすればいいのだからな。しかも貴様は王弟派を震え上がらせるほどの優秀な人材を大量に確保していた。その事に気付いた王弟派貴族どもは先を争って国王派へと擦り寄っていったのだ」
「全く心当たりのない話なんだが? 何処にいたんだよ、俺をサポートしてくれる大量の優秀な人材なんて」
「貴様が自ら育てていただろうが。町の住民の半数が通っている貴様が作り出した学校で」
俺はジョーカーの言った言葉の意味が理解できずにポカンとしてしまう。
ちょっと待て、ちょっと待て! 何? 王弟派の連中はそんな風に考えていたのか?
俺は本心からこの町の皆に学び舎を提供しただけのつもりだったのだが……
「残念ながら王弟派の連中はそういう風には考えなかったという事だ。奴らからすれば貴様は貴族が独占していた特別な力、『知識』を平民に開放し、手駒を増やしたと受け取ったのだ。そしてそれは誤解ではあったがあながち間違いでもなかった。あれは学校が開かれて一年ほど経った頃だったか、貴様の学校で学んだ者たちが次々と本を出し始めただろう? そのあとがきを見た王弟派は貴様の力に戦慄したのだ」
「あとがき?」
「何だ読んでいなかったのか? どの本にも決まって同じ文句が並べてあっただろうが。『最後に学のない平民だった私に学ぶ機会と喜びを与えて下さったナイト=ロックウェル様に最大級の感謝を込めて』とな」
「あ~、っと確かにあったなそんなもの。でもあれはお決まりの感謝の言葉だろう?」
「王弟派からすればそうではなかったという事だ。『本を執筆できるほどの学のある者が大量に町長の傘下に存在する』と受け取ったのさ」
「何だその誤解は」
「馬鹿を言うな、誤解ではなく正解だ。現在学校に通い、知識を身に着けている全ての住民は貴様に感謝している。そして貴様が助けを求めるのならば、己の全力を振り絞り、何があっても貴様の力になろうとするだろう」
「いや、そこまでか?」
「そこまでだ。実際貴様の衣装の作成に仕立て屋の連中は寝る間も惜しんで働き、ナインの探索には町中の人間が協力を申し出ただろう。この町の連中は貴様が動けばその通りに動くのだ。それは貴様が自覚している以上に大きな力なのだぞ」
考えてみる。
俺が作った学校に通った住民は俺に感謝し、俺の手助けをしてくれる。
つい先日も学校で久し振りに教鞭を振るったら、学校の敷地内で最大の収容数を誇る講堂であっても立ち見が出るほどの大盛況だった。
住民の半数が通っていた学校ではあるが、魔王退治の影響で、その生徒数は6割を超え、未だに増加中だという。
この町の住民の数は4万強、仮に4万人だとしてもその6割ならば2万4千人。
……2万4千の戦力が俺にはあるということなのか。
それは確かに影響力を感じても不思議ではあるまい。
「更にトドメとなったのは氷の勇者の更生と、朱雀の国からの難民問題への対応だ。これはどちらも高難易度と言うことすらおこがましい程の実際には対応不可能な案件だった。しかし貴様はそれを成し遂げ、その結果国王派の筆頭へと登り詰めたのだ」
「勝手に登らせないでくれ。サムの更生は兄として当然の行為だし、朱雀の国からの難民問題は国中で対処した案件だろうが」
「そんな風に思っているのは貴様だけだ。氷の勇者と同じ様に腐りきった火の勇者の噂を聞いていた者たちは、当初氷の勇者の更生など不可能だと決めつけていたのだ。なにしろ貴様が行ったことは、氷の勇者を孤児院に住まわせた後、自らの商会で面倒を見ただけだからな。朱雀の国の上層部の働きかけでも変わらなかった勇者の堕落がそんな事で変わるはずがないと考えられていたとしても不思議ではあるまい」
「サムが更生したのは俺の功績というよりも、母さんの一撃と孤児院の子供たちからの影響と、キングとの友情がほとんどだぞ」
「それは無論承知している。だが、事情を知らない者たちからすれば、一国家が成し得なかった難題を貴様が解決したと映ったのだ。おまけに氷の勇者の供となった者たちはどちらも貴様とは因縁浅からぬ2人だしな。町長の力は勇者にも及んでいると受け取られても致し方あるまい」
知らないうちに勇者に影響力のある男に祭り上げられていた俺の立場はどうなるのだ。
そもそもジョーカーの奴は一体いつから俺に興味を示していたんだ。
『無論承知している』なんて言葉を当たり前のように吐かれた俺の身にもなってくれ。
「それで? 朱雀の国からの難民問題の対応については? 正直あれは勇者の旅立ちの儀式と勇者の供の選別の準備と並行で行っていたから、とにかく忙しかったってイメージしか持ってないんだが?」
「あの作業量を捌いてなお『忙しかった』で済ます貴様の感覚のほうが恐ろしいな。知っているか? 魔王が討伐されてから一月余り、国内では新たな問題が持ち上がっていることを」
「もう何を聞いても驚かねぇよ。一体何が起こっているってんだ」
「貴様の難民問題への対応が完璧すぎて、難民たちが朱雀の国へ戻らないという問題が起き始めている」
「ええぇぇ!?」
言ったばかりのセリフをいきなり翻すことになってしまった。
だけどこれは仕方がないだろう。
何だそれはどういうことなんだ。
魔王軍が国内で暴れていて危険だから避難してきたのだから、魔王軍の脅威が去ったのならば国に戻ればいいじゃないか。
「これまで世界中で幾度となく起こってきた難民問題への対処法は、昔から基本的に変わっていない。モンスターの被害で、飢饉で、天災で、住処をおわれた者たちへ、逃げた先の土地の支配者が与えるものは基本的に余っている土地への居住権だけだ。それも元からいた住民が住み着かないような荒れ果てた土地が精々でな。貴様のように一定期間の食料支援や、技術者の登用、兵士を使っての定期的な見回りや病の発生を抑えるための薬の配布など、誰ひとりとして行なっていなかった。話を聞いた時はどこの聖者の仕業かと思ったぞ」
「待て待て待て待て。ここに来るまでの間に移動してきた玄武の国の国内の領地でそんな対応をされていたら、甚大な被害が出ていたはずだろうが」
「それを食い止めたのは貴様ではないか」
「何を言っているんだお前は。俺は俺の町以外の領地の運営に口出しなんてした覚えはないぞ」
「口出しはしていなくても、参考例を上げただろうが」
「参考例?」
「2年に1度の町長会議。貴様にとっての2回目の町長会議において、議題に上がった重要事項の内容は?」
「勇者の旅立ちの儀式と、勇者の供の選別と……朱雀の国の難民問題だ」
「その際、貴様は真っ先に指名され、何と答えたか覚えているか?」
「さっき……指摘された行いを……一通り……」
「その時の貴様の影響力は?」
「……凄かった?」
「残念、ハズレだ。『甚大だった』。他の町の町長たちが無視を出来ない様なレベルでな」
「うおあえおあえぇ!!」
奇声を上げて頭を抱えた俺の事を一体誰が責められようか。
てっきり一番の若輩者だからという理由で最初に発言しただけかと思っていたら、最重要人物の意見を真っ先に聞いていただけだったのかよ!
「更に言えば、夜遅くまで働いていた貴様の姿は難民たちのネットワークで瞬く間に国中に、そして朱雀の国の中に残っていた者たちの下へも伝わり、難民の増加に拍車を掛けていたのだぞ」
「あれは……仕事が……立て込んでいたから……」
「いくら明かりの魔道具が実用化され、夜の作業が可能になったとはいえ、人間という生き物は基本的に日が昇ったら活動を始め、日が落ちたら休むものだ。それなのに貴様は毎日毎日フラフラになりながら難民たちへの対処に時間を割いていただろうが。貴様はまだ行ったことがないから実感が沸かないのだろうが、朱雀の国における身分差とは相当なものなのだ。そんな国に住んでいた者たちからすれば、貴様のような天上人が命懸けで自分たちを救おうと奮闘してくれて、しかも実際に住み心地が良ければその土地から離れたくないという気持ちも分かろうというものだろう」
Oh……もはや言葉もない。
俺の行った行為が新たな問題となって俺の愛する祖国へと降り注いでいる。
って言うか、それってつまり朱雀の国の国民の心を奪ってしまったってことなんじゃないの?
前世の世界で行われていた難民への対処法を一通り実践しただけでこの影響力って……
どうすんの俺? 明日にはまさにその朱雀の国に向かって出発しなきゃなんないのに。
「以上、貴様が積み上げてきた功績により貴様の影響力は甚大なものとなり、その力に震え上がった王弟派は急速に勢力を減退させることとなる。そしてあの日、勇者の供の選別の日に貴様と姫様とが行ったスキルの更新の影響により、王弟派は最後に残っていたスキルの数の多さというプライドすらも叩き潰され事実上解体状態へと移行したのだ。それがここ最近、最後の最後まで残っていた残党たちが急激に息を吹き返し始めている」
「その影に青龍の国が存在すると?」
「そう考えてもらって結構だ。お互いに権力を取り戻すのに必死ということなのだろうな」
「お互いに? ……おい、ひょっとして王弟派に接触してきた青龍の国の連中ってサムを神扱いしていた奴らじゃあるまいな!」
「流石に勘が良いな」
「良いなじゃねぇだろう! つまり奴らの狙いは……」
「氷の勇者の供にして、師匠と慕われているエース。そしてそこから本命の氷の勇者へと繋がりを作るつもりなのだろうな」
「くそったれが!!」
サムを勇者ではなく神として崇めていた連中は全員牢屋送りにしたという話だったのに、ここに来て復活してくるのか。
これだから宗教は怖いんだ、弾圧すればするほど燃え盛り、そして暴走していくのだから。
ナインが青龍の国へ連れ去られた理由と事実は理解した。
だがまだ分からないことがある。
これまでの話だと、得があるのは青龍の国だけだ。
青龍の国に王弟派が協力する理由とは一体何だというのか。
「残念ながらそれはまだ不明だ」
勢い込んでジョーカーに尋ねるも返ってきたのは分からないという答えだけだった。
ジョーカーは知っているけれど言わない時は、きちんとそう言う奴だ。
つまりジョーカーもまだ理由を知らないということなのだろう。
「更に言えばナインの足取りも国境の町以降途絶えている。ついでに教えておくが、貴様たちが魔王退治のためにカワヨコの町を出発した前後くらいから青龍の国から一切の情報が入らなくなった」
「情報が入らなくなった?」
「青龍の国各地に散らばっていた情報源からの連絡が完全に途絶えたのだ。改めて国内に放った者も誰ひとりとして帰って来ていない」
「なっ……何だそれ……」
「不明だ、全てが不明。唯一出入りしているのは青龍の国の国民だけだ。他国民は誰ひとりとして青龍の国から戻ってきていない」
「大問題じゃないか!」
「その通り、大問題だ。そしてそんな国の連中が王弟派に近づいているということは、何かを企んでいるということなのだろうな」
「ちょっと待てよ、そんな状況で俺たちは朱雀の国へと行かなきゃならないと?」
「行かなきゃならないだろうな。魔王軍に勝利した功労者たちが戦勝式に出なかったらそれこそ大問題になるだろう」
「俺もロックもアナも父さんもいないとなると、陛下の身を守るのは近衛兵とエリック先生とばっちゃんだけじゃないか!」
「そうなるな。それで? 何か問題でもあるのか?」
「何かって……」
いや、そうだ。何も問題はない。
そもそも俺たちは普段この町にはいないのだし、父さんだって四六時中陛下と一緒にいるわけじゃない。
そもそも父さんは将軍職にも関わらずロックの育成の為に城に残っていたのだから、ロックが勇者として旅立ったのならば、そう遠くない内に本来の任地に出向くことになるのだ。
つまり陛下の身を守るのは最初から今回残る面子だったのだ。
と言うか考えてみれば、戦力としてはむしろ過剰だ。
勇者という超越者と共に旅をしているから忘れていたが、それこそ魔王でも攻めてこない限り城にいる戦力で余裕ではないか。
「理解したようだな。国内にも他国にも憂慮すべき事態はあるのだろうが、それに対応できる人材もまた揃っている。貴様は何も心配せずに朱雀の国の戦勝式に出席し、その帰り道にでも青龍の国に寄って、馬鹿な連中から恩人を取り戻してくれば良いのだ」
「ああ、そうか、そうだな。ありがとうジョーカー、情報感謝する」
「ただし油断はしないことだ。追い詰められた人間というのは時に信じられない事をしでかす生き物だからな」
「それで暴走なのか?」
「そうだ。王弟派は間違いなく暴走しているし、青龍の国も勇者の供の関係者の誘拐などという暴挙に走っている。勇者といえども絶対ではない。ゆめゆめ注意を怠らないことだ」
「あんたって意外と良い奴だよな」
「それは違う。ただ気に入った相手の身を案じているだけだ」
「そうかい。それじゃぁこの辺で」
「また会おう」
「ああ、またな」
そう言って俺たちは別れた。
ナインは青龍の国にいる。
ジョーカーの言う通りの行程になるのは癪だが、どうやら明日からの旅の後の目的地も決まってしまったようだ。
朱雀の国での戦勝式が終わったら青龍の国へナインを迎えに行こう。
俺はジョーカーの屋敷からの道すがら、仲間たちに今回の話をどうやって話そうか考えていたのだった。
書籍版発売のお知らせ
このたび双葉社さまから『勇者の隣の一般人』の書籍化が決定しました。
発売日は2018年3月30日(金)です。




