第百二十三話 朱雀の国への入国
戦勝式に出席するためにタートルの町を出発した俺たちは、まずはカワヨコの町へと向かい、町の渡し場から船を使って大河を渡って朱雀の国へと入国を果たした。
そして俺たちは朱雀の国側の大河の町、ヨコカワの町で歓待を受けた。
これまで俺たちは玄武の国の中でしか活動していなかったので、今回が初めての外国訪問となる。
いや、外国ではなくて他国になるのか。
外国という言葉は、地球にいた時の日本人的な表現だ。
思えば日本は周囲を海に囲まれていたが、この世界の国は全て陸続きだ。
だから外の国というよりも、他の国と表現したほうが分かりやすい。
国境付近に暮らしている者たちなどは、平気で国境をまたいで生活をしているし、モンスターも難民も、容赦なく国境を超えて流入してくる。
あくまでも同じ大地の上に存在する他の国、即ち他国なのである。
ヨコカワの町の港で俺たちを出迎えたのは、ヨコカワの町の住民とバードからわざわざ駆けつけてきた朱雀の国の外交官一行であった。
聞けば、それぞれ別ルートでバードへと向かっている青龍の国一行と白虎の国一行のところにも別の外交官たちが出向いているのだそうだ。
彼らは俺たちをとても丁寧に歓待し、最上の宿と最高の食事を用意し、バードまでの効率的な移動スケジュールを用意してくれていた。
俺たちはあまりの準備の良さに驚いていたが、今回の戦勝式の引率の責任者である父さんは向こうの出方をあらかじめ分かっていたようで、「それで構いません。よろしくお願いいたします」とさっさと返事をしてしまい、俺たちは朱雀の国の外交官たちが用意したスケジュール通りの旅をすることとなった。
到着したその日は歓迎式典に費やされた。
ヨコカワの町の町長は率先して俺たちをもてなしてくれていたが、実際に仕切っているのはどうやら外交官のようである。
彼らは裏方に徹していたが、気をつけて見ていると、要所要所で現場責任者へと指示を飛ばしており、町長も実質的には外交官の指示に従って行動しているふしがあった。
宴もたけなわ、歓迎式典がお開きになった後に、外交官の1人が俺たちに近づき、明日の出発時間を告げてすぐに姿を消していった。
明日からは未知の国である朱雀の国の中を移動しなければならない。
当然のことながら早めに寝るべき状況ではあるのだが、その夜、俺たちいつもの勇者一行に父さんやヨンを加えた玄武の国の責任者たちは、宿泊先の宿の一室に集い、朱雀の国の対応について話をしたのであった。
「率直にお聞きますがハロルド将軍、他国に出向く際に今回のように移動の日程やら宿泊場所やらまでが全て事前に決められている事は普通なのでしょうか?」
「いいえ王子、そんな事はございません。これまでも他国の式典に出向くことはございましたが、その全てが決められた期日までに目的地に到着していればいいという程度の話でした」
「ではやはり、今回の朱雀の国の対応は不自然だと?」
「そうなります。もっとも宿泊場所も途中の飲食代も移動費すらもあちら持ちでは文句も言えないのですが」
「まぁそうなのですがね」
ロックは微妙に不満そうだ。
まぁ気持ちは分からんでもない。
折角人生で初めて他国の地を踏んだというのに、自由に動き回れないという状況になるとは思っていなかったのだろう。
とは言っても、向こうの用意した日程は無理のない移動時間、必要十分以上の宿泊施設、そして移動の最中の全ての食事付きという破格の対応だ。
前世のパッケージツアーを彷彿とさせるこのもてなしを受けて、それでも文句を言うのは失礼というものである。
もっとも、相手がそんな至れり尽くせりなもてなしを用意してくるのは、それ相応の理由があるからなのだろうが。
「しかし王子、相手の立場になって考えてみれば、このような対応をとってくるのも致し方ないと思われますが」
「どういう事だ? ヨン」
「恐らく朱雀の国上層部は、他国の者たちに現在の国の荒廃ぶりを見せたくないのだと思われます。ですので移動経路から宿泊場所までを全て最初から決定してしまったのかと」
「他国の者には自国の悪い部分を見せたくはないと?」
「そういう事です。魔王が討伐されてまだ二月余り、未だ国内の復興も手付かずでございましょうから」
まぁ恐らくはそんなところなのだろうな。
日本の旅行会社が企画するパッケージツアーは、訪れる国のメインの観光地を巡り、なおかつ危険な場所へは連れて行かないように作られていた。
それと同じで、来賓を招待する側の朱雀の国としては、魔王を退治した功労者たちに国の荒廃ぶりを見せたくはないのだろう。
朱雀の国は光の魔王に火の魔王と2回続けて積極的に活動する魔王の被害を受けていたのだ。
その傷はそう簡単には癒えないだろうしな。
「甘いなヨン」
と、俺はそんな風に考えており、それで話は終わりそうだったのだが、そこに待ったが掛かった。
発言したのは父さんである。
父さんは俺たちが考えもしなかった別の側面を説明し始めた。
「確かに国の荒廃ぶりを見せたくないという理由もあるのだろう。だが、朱雀の国のこの対応は恐らく別の要因がある」
「ハロルド将軍閣下、別の要因とは?」
「皆も聞いているだろうが、このところ我が玄武の国では朱雀の国からの難民たちが自国へと戻らない、戻りたくないという問題が発生している。なぜか? それは国が荒廃していることはもちろんだが、この国特有の問題が難民たちの帰還を足踏みさせているのだ」
そこで俺はジョーカーの話との差異に気付いて手を上げた。
「……え~と、父さん。聞いた話では俺が行った難民政策が原因だと……」
「それもある。が、それだけではないのだ。いくら優遇されようとも、祖国への帰国を足踏みさせる理由には弱い。この問題はもっと根深いのだ」
「根深い問題? 朱雀の国の根深い問題となると……ひょっとして話に聞く国内の身分差のことでしょうか」
俺の発言に父さんは深く頷く。
子供の頃にエリック先生に教わり、シャインやテルゾウ殿からも断片的には聞いているが、この国はとにかく身分の差が激しいことで有名だ。
思い出すのは対岸にあるカワヨコの町。あそこで出会った朱雀の国の兵士たちは、勇者であるテルゾウ殿へ彼が田舎の出身であるというだけで随分な態度を取っていた。
殺気を受けて大人しくなったものの、行軍中も戦闘後も、事あるごとに問題発言をしていたように思う。
つまり父さんはこう言いたいのか。
『この国は思わず帰国を躊躇ってしまうほどに身分が低い人にとっては生きにくい国なのだ』と。
「私はかつて何度もこの国を訪れた事があり、実際にバードまで赴いたこともある。その私に言わせれば、今回向こうが提示してきた旅のルートは、貴族の支配力が強い地域ばかりを優先的に移動するルートになっている」
「貴族の支配力が強い地域? では弱い地域もあるのですか?」
「ああ、貴族といっても十把一絡げだからな。武力に秀で、領民の統治が徹底している地域は支配力が強いが、その逆は弱いのだ。そして我が国へと逃れてきていた避難民たちはそのほとんどが支配力の弱い地域から来ている者たちだ」
「なるほど、それでは俺たちがそこを通ったら大変なことになりそうですね」
「そうだな。ナイトが行った避難民への政策の素晴らしさは朱雀の国の内部にも轟いていると聞く。そしてそのネットワークは貴族の支配力が及んでいない地域ほど強力なはずだ。そんな所を我々が移動したら、身分差にあえぐ者たちに救いを求められたり、下手をすると助命嘆願のために囲まれてしまう可能性もあるだろう」
「助命嘆願って、そんな。何も死ぬわけではないでしょうに」
「死ぬぞ」
「え?」
あまりにもあっさりと言われたので、一瞬意味が分からずマヌケな返事をしてしまった。
「この国では身分の低い者の命は他国よりも相当に軽い。特にこれまでは国民全体が魔王軍に生活を侵されている状況だったのが、魔王が倒され平和になったからな。そうなると、これまで有耶無耶にされてきた国内の身分制度への不満が溢れてくることも十分に考えられる」
「朱雀の国の上層部はそうなる危険性を考慮して、あらかじめ俺たちの移動ルートを決定したと?」
「それもあるだろうが、最も重要なのは戦勝式をきちんと予定通りに済ますことだろうな。仮にも各国の重要人物を国賓扱いで招待しているのだ。国内問題のゴタゴタで式に間に合わなかったりしたら良い面の皮だろうからな」
何だ何だ、折角魔王を倒したというのに、朱雀の国の内部は予想以上に大変なことになっているじゃないか。
そう言えばジェイクが、このままでは人同士の争いが起こるとか言っていたが、あれはこういうことだったのか。
そもそも何だってこの国はそんなに身分の差が激しくなったんだ?
避難民たちだって、元はこの国に住んでいたんだ。
昔からそれ程までに酷い国だったのなら、もっと早くから住民の流出が始まっていただろうに。
「結局は全て魔王軍の影響と言えるのだろうな。光の魔王に火の魔王と、数十年に渡って魔王軍が暴れ続けていた朱雀の国は、地方分権化が極端に加速し、貴族の力が強力になりすぎたのだ」
「では昔はそうではなかったと?」
「昔はな、だが現状この国には公然と身分差が存在し、一部の特権階級だけに富が集まる構造が出来上がってしまっている。光の勇者殿や外交官たちのように他国の事情を知っている者たちはこれでは駄目だと分かっているのだろう。だから彼らは今回わざわざ我々を出迎えにこんな国の端にまでやってきたのだ」
「国の悪い部分を見せないために?」
「むしろ見てもらいたいのかもしれんぞ。支配力の強い地域を通るということは、それだけれっきとした身分差の現状を目にすることになるだろうからな」
そうしてその夜はお開きとなり、俺たちは明日からの移動に不安を抱えながら眠りにつくことになる。
そうして俺たちは目にするのだ。
実感するのだ、理解するのだ、思い知るのだ。
自分たちが暮らしている世界、その隣にも世界があり、そこでは全く別のルールが働いているということを。
どれだけ勇者が強くても、どれだけ勇者の供が支えようとも、どうにも出来ない現実があるのだということを。
それは他国の出来事。
他の国の出来事には、他の国の現実には、勇者は脆いのだと、手が出ないのだと知ることこそが他国を旅することなのだと、俺たちはバードまでの道のりで、そしてバードに到着した後ですら思い知ることとなるのであった。
書籍版発売のお知らせ
今月末に第一巻が発売されます。
発売日は2018年3月30日(金)です。




