第百二十話 失踪者
2018/02/11 本文を修正
俺たち玄武の国所属の魔王討伐隊の面々は、住民総出の見送りを受けてヤマカワの町を出発し、2週間掛けて無事にタートルの町へと到着した。
ちなみに街道の途中にある来る途中は素通りした北ヤマヨコの町だが、今回は寄らざるをえなくなった。
団体行動している最中に勇者パーティーだけが別行動を取るわけにも行かず、町に入らざるをえなかったのだ。
町に入った俺たちは、何も知らない住民たちの大歓声と、事情を知っている者たちの今にも倒れそうな青い顔に出迎えられることとなった。
彼らからすれば、無礼を働いてしまった勇者の供が、魔王討伐という偉業を携えて、再び目の間に現れたという状況なのだ。
血の気が引くのも仕方ないといえよう。
だが結局、滞在中に特別な何かが起こることはなかった。
被害者であり、加害者でもあるエルは、町の住民からの声援に笑顔で手を振り、普通に食事をして、休憩して、そして何をすることもなく町から出ていった。
要するに『お互いあの事はもう忘れましょう』ということにしたのである。
最初はビクビクしていた事情を知っている町の者たちは、何もアクションがない中で状況を理解し、最後は『ありがとうございます』と深々と頭を下げて俺たちの出発を見送りこの話は終了となった。
だが仲間である俺たちは、エルが町に滞在中ずっと気を張っていたことを知っていた。
町から出て深い溜め息を吐いたエルに俺は「よく頑張ったな」と声を掛けたのであった。
北ヤマヨコの町を出発してからは特に何事もなく、俺たちは無事にタートルの町へと戻ってきた。
いや戻ってきたでは味気ないな、俺たちは凱旋したのである。
負けられない戦いに赴き、勝利を収め、見事生還したのだから凱旋に値する行為と言っても良いだろう。
タートルの町では俺たちの偉業を祝おうと、町の外にまで人が溢れ出し、大変な騒ぎとなっていた。
外壁の上にも大勢の住民が詰めかけ、外壁の側面には横断幕が掲げられている。
『祝! 魔王討伐!』
『新たなる英雄に乾杯!』
『我が国の兵士は偉大なり!』
『土の勇者バンザイ! 闇の勇者バンザイ!』
『町の誇りナイト町長&ロゼッタ王女殿下!』
『おかえりなさい、院長先生&兄ちゃん』
と言った具合だ。
最後の横断幕だけ手作り感が凄い。
文面から見ても、孤児院の子供たちの手作りだというのが良く分かった。
オリンピックでメダルを獲得した選手団の凱旋帰国の様な歓迎を受けた俺たちは、紙吹雪が舞い大歓声が飛び交う町の大通りを潜り抜け、一路城へと今回の戦いの報告に向かった。
城の入り口では、なんと普段は城から出てこない国王陛下が自ら俺たちを出迎えてくれた。
門を開けるとそこに陛下が待機していたのを見た俺は、そう言えば町長適性検査の時もこうやってロックが直々に迎えに来ていたなと思い出し、この2人はやっぱり親子なんだなぁと妙な納得をしたのであった。
城の入り口で俺たちを出迎えた陛下は、真っ先にロックの下へと向かい、ロックもまた陛下の側へと近づいて行く。
そして陛下の前で跪こうとしたロックよりも早く、陛下がロックを抱きしめた。
それは大願を成し得た勇者を褒めるものではなく、1人の父親が息子の無事に安堵している光景であった。
今回の戦いの激しさとロックの功績はとうに城へと届いている。
それを聞いた陛下の心境はいかばかりだっただろうか。
陛下の顔を見れば、そこには戸惑いが浮かんでいるのが見える。
恐らくこれは咄嗟に出てしまった反射的な行動だったのだろう。
だがその場に集まった者たちは何も言わずに2人の様子を眺めていた。
息子の無事を喜ぶ父親に文句を言う者など、ここには誰一人いなかったのである。
それから俺たちは謁見の間へと赴き、改めて今回の戦いの顛末を子細漏らさずに報告した。
予め報告は受けていたであろうに、やはり当事者から聞かされる話は別物なのだろう。
その場に集った玄武の国の重鎮たちは、俺たちが語る魔王軍との戦いの報告に驚き、震え、恐怖した。
だが、最後にロックが火の魔王にトドメを刺した場面が語られると、謁見の間は大歓声で満たされたのであった。
俺たちは陛下から直々にお褒めの言葉をいただき、後日今回の功績を讃えて褒美が授けられることとなった。
そしてその夜、城では戦勝記念パーティーが開催され、国の重鎮たちから祝福の言葉を矢のように浴びせられた。
ヤマカワの町での宴とは違う、国が開催する正式な式典である。
最初は緊張していたものの、「俺たちは魔王を倒した功労者、つまり主賓なのだからもっと肩の力を抜け」とロックに諭された後は、パーティーを楽しむことが出来るようになった。
俺は先程から城の大広間の真ん中で3人のパートナーをとっかえひっかえ取り替えながら踊り続けている。
ダンスの練習など屋敷を出てからはしてこなかったのだが、意外と踊れるものだ。
12年前に作ったにも関わらず、未だに着ることが出来たドレスを身に纏ったロゼ。
勇者としてこういった式典に出ることもあるからと、旅に出る前に作っていたという黒いシックなドレスを身に纏ったアナ。
そして旅に出る前の夕食会に着ていたローブとはまた違ったドレスを身に纏い、3人の中で一番踊りまくっているエル。
俺は出席者からの羨望の視線を浴びながら、幼馴染にして婚約者たちとの逢瀬を楽しむ。
『家に帰ってくるまでが遠足』という言葉があるが、俺たちは無事に家まで帰ってこれたのだ。
これくらい羽目をはずしても問題はないだろう。
明けて翌朝、俺は一人城を出て、ナイト商会への道を歩いていた。
城から店へと続く道には昨日の紙吹雪が未だ残っており、通りに面する酒場の中には酔っ払いたちが積み重なっている。
彼らの寝顔は皆幸せそうだ。これから訪れる平和な時代を夢見ているのだろう。
旅に出てから常に共にいた仲間たちは今、俺の隣には誰一人として存在していない。
ロックとロゼはそのまま城に残り陛下と久し振りの家族のだんらんを過ごすのだという。
エルもまた実家へと戻った。と言うか、エリック先生が強固に娘の帰宅を主張したのだ。
俺と一緒にいたら間違いが起こると考えたのかもしれない。
今更の話ではあるのだが。
アナは闇の神殿へと戻り、ゲンとヨミそしてハヤテとデンデと老師はアナに付いていった。
家族のだんらんを邪魔するのは良くないとアナが全員を神殿へと誘ったのだ。
父さんは騎士団の仕事で城へと残り、ライはその手伝いをするのだという。
戦いが終わっても責任者にはするべきことが沢山ある。
「これからはしばらく書類仕事だ」と昨夜のパーティーでぼやいていた父さんの背中は微妙に煤けていたように見えた。
その他の兵士たちはしばらく休暇が与えられ、各々実家へと帰ったり、休みを満喫するのだという。
今回の戦いで活躍したヨンと昨夜話をしたが、彼の実家は遠いので、手紙と一緒に贈り物をするつもりだと言っていた。
懲罰部隊の面々は、とりあえず牢屋へと直行した。
だが今回の戦いで恩赦が与えられるため、大半の者たちが出所する事になるのだという。
そんな彼らが出所するのは朱雀の国での戦勝式が終わった後の事だそうだ。
出所した彼らがまた犯罪を犯して、戦勝式を汚さないように、しばらくは牢屋に入れておくのだという。
彼らは文句も言わずに牢屋に入り、大人しくその時を待っている。
何しろ功労者扱いであるため、牢屋と言えどもキレイなベッドが与えられ、3食しっかりとした物が食べられる為、抜け出す理由がないのである。
ちなみに俺たちが南ヤマヨコの町でとっ捕まえたニコとか言う盗賊団の親玉をしていた町長の次男も無事に生き残ったそうだ。
これを機にまっとうな人生を歩んでもらいたいものである。
そんなことを考えているうちにいつの間にやらナイト商会の前に到着していた。
隣に立つ薬局のロックウェル同様、早朝であるにも関わらず従業員が店の前を掃除しているのを見て、「俺がいなくてもちゃんと店を続けてくれていたのだなぁ」と軽く感動してしまった。
その従業員たちは近づいて来る俺に気がつくと揃って驚いた顔をして、一礼してから店の中へと駆け込んでいく。
なんだなんだ? と思っていると、店の中の従業員たちが雪崩を打って店の外へと飛び出してきて、一斉に俺を取り囲んできた。
「社長! この度の大功、誠におめでとうございます! しかし……」
「ナイト様! 無事に帰ってきてくれて何よりでございました! ですが……」
「ロゼッタ様もサム君もご無事のようで、従業員一同安堵しております! でも……」
彼らは揃って俺たちの勝利を祝ってくれた。
ちなみにサムが俺の店で修業していた時、あいつは従業員の皆から『サム君』と呼ばれていたので、勇者となった今でもそう呼ばれているのだ。
俺は彼らとの再会を喜びながら、しかし妙な歯切れの悪さを感じていた。
彼らが喜んでいるのは間違いない。
だが何故だろう? それだけではないようなのだ。
なんとなくだが喜び以外の感情も見て取れる。
これは不安? それとも焦燥だろうか。
俺が困惑していると、店の中からこれまた懐かしい顔が現れた。
「ナイト様、今回のご活躍誠におめでとうございます。長くロックウェル家に仕えてきた者として感無量でございます」
「ジャック! 久し振りだな、元気だったか?」
「おかげ様で。従業員一同皆健やかに日々の業務に勤しんでおります」
「それは何よりだ」
従業員一同とは薬局のロックウェルとナイト商会の2つの店の従業員の事を指す。
俺は勇者の供となった後、俺が切り盛りしていたナイト商会の運営をロックウェル家に委ね、店が隣同士という理由でジャックが俺の店の責任者になったのだ。
そんな彼らの無事を聞けて俺はホッと息をついた。
そして懐かしい顔を一人一人見回し、恩人が一人居ないことに気づいたのだった。
「そう言えばナインの姿が見えないな。まだ出社していないのか?」
「ナイト様、ナインは……」
「今回の戦いではポーションやら蚊殺し香やらが大活躍してな、薬師としての人生を歩んだ事は間違いじゃなかったと改めて思ったんだよ。だからほら、ナインは俺とロゼに薬師としてのイロハを教えてくれた、いわば師匠なわけじゃんか。一度改めて礼を言っておきたいと思ってな」
「…………」
俺がナインへの感謝を口にした途端、俺に群がっていた従業員たちが全員意気消沈してしまった。
俺は突然の事態にオロオロしてしまう。
え? ……おい、まさか……まさかだよな?
「おいジャック、ナインに何かあったのか?」
「それは……はい、ございました」
何かあったらしい。
ちょっと待て、何かってなんだ。
今回の戦いに出発する前に一度店に寄った時は問題なく元気だったじゃないか。
一体この短期間に何があったというのだ。
俺はジャックに事の真相を問いただそうとした。
だがその前に悲鳴にも似た泣き声を撒き散らしながら、俺に向かって突撃してくる影が現れた。
「ナイト様~!! …………あああぁぁぁ!」
その影は小柄ではあるが中々のスピードで俺に向かって突き進んでくる。
その後ろからは大柄な姿の巨漢が追いかけてくるが、彼の移動速度では目の前の影に追い付くことは出来そうにない。
結果、影は巨漢に捕まえられる事なく、俺の下へと辿り着き、大粒の涙をこぼしながら、俺に助けを求めてきたのであった。
「お母さんを、お母さんを探してください! 見つけてください! ナイト様!」
「ちょっ、ちょっと待ってクーちゃん。何? ナインがどうかしたのか?」
「お母さんが居なくなっちゃったんです! 何処にも居ないんです! お願いします~!!!!」
クーちゃんは俺の胸の中でわんわんと泣きわめく。
そこに遅れて到着したキュウゴロウがクーちゃんを俺の胸から引き剥がした。
「離してお父さん! お母さんが、お母さんが!」
「落ち着きなさいクー、ナイト様を困らせてはいけないよ」
「でも、でも! うぅぅ……うわ~ん」
引き剥がされてもクーちゃんの涙は止まることはなかった。
この2人は親子だ。そしてナインの家族でもある。
ナインの夫のキュウゴロウと一人娘のクー。
キュウゴロウは町の武器屋で働いている鍛冶師であり、クーちゃんは元気いっぱいの14歳の女の子だ。
俺は2人と面識がある。
あって当たり前だ、2人共ナインを迎えに薬局には散々訪れていたし、家族揃って俺の作った学校に通っているのだから。
それはともかく、今のは一体どういうことだ。
ナインが居なくなった? 居なくなったって一体……
「お聞きの通りですナイト様。およそ一週間前にナインは通勤途中に失踪。以降足取りは完全に途絶えております」
「失踪!? 通勤途中って、帰りは2人が迎えに来ていたから……」
「はい失踪当日、ナインは早朝の掃除当番でございました。それが時間になっても出勤せず、営業開始時間になっても現れないため、確認を取ったところ、家から店までの間で足取りが途絶えてしまったのです」
「家から店までって……その時間でも人通りはあるし、治安も良いはずだろう」
「そうなのです。ですが家を出る時に2人に見送られてからの消息が杳として掴めず、現在捜索願いを出しているところです」
俺は泣きわめいているクーちゃんを眺め、一人娘を抱いて肩を震わせているキュウゴロウを見つめる。
俺は苦虫を噛み潰したような顔をしていただろう。
人探しは俺の専門ではないし、失踪してから時間が立っていては手がかりを見つけることも難しいからだ。
久し振りに古巣に帰って来た途端に知らされた恩人の失踪事件。
俺は魔王討伐から続いていた喜びの感情が急激に消失し、代わりに何かドロリとしたものに纏わり付かれているような錯覚を味わっていた。




