第百十七話 炎の殺し方
長い攻防の末に、俺たちは魔王に勝利し、動きを封じ込めることに成功した。
現在、魔王は3人の勇者たちが作成した特製の檻の中に囚われている。
この檻は土・闇・光の勇者たちが、それぞれの得意とする魔法を用いて作り出した特別製だ。
檻に囚われた魔王は当初暴れまわっていたが消耗が激しかったのだろう、結局檻を破ることは出来なかった。
しかし、それでも戦意だけは失わず、未だに俺たちに殺気を向けているのだった。
「グルさん……絶ルルルに許ルルん」
魔王は既にまともに会話もできないほどに弱まっていた。
何でもチワワ形態の時には「バーニング!」としか喋れなくなっていたという話だから、今のこの状態はギリギリ会話が聞き取れる状態なのだろう。
現在の魔王は中型犬である。
その姿は何と言うか……柴犬? いやこれは雑種犬なのだろうか。
犬には詳しくないので犬種は特定できないのだが、何処にでもいる普通の犬っぽい外見にまで弱体化していたのだった。
外見だけを見れば、とても魔王とは思えない。
だがチワワ形態の時と同様の禍々しい殺気は、間違いなく魔王の風格だ。
とは言え、どれだけ魔王の風格を漂わせていたところで、追い詰められていることに変わりはない。
俺たちは火の魔王を追い詰めていた。
しかし追い詰めたところで止まってしまっていたのだった。
「グルル、許ルルん、殺ルルやる、返ルル、グルてやるぞハゲ勇者ル」
「それは関係なかんべぇ! 何でハゲの所だけ完璧なんだべ!」
「フッ」
「鼻で笑いやがった! 笑いやがっただよジェイク!」
「落ち着かんかハゲ勇者」
「ジェ~イク! お前もかぁ!」
どうやらテルゾウ殿は前回の戦いかそれ以前に、ハゲであることを魔王にバレていたようである。
……いや、それは今はどうでも良い話だ。
問題はこの魔王がゴキブリ並みの生命力を持っているということなのだ。
俺たちが魔王を追い詰めているにも関わらず、トドメを刺すことを躊躇っているのは、先程この魔王が首を落としたにも関わらず、死ななかったからである。
側近はもういないので再度の復活はないとは思うが、それでも殺そうとしてまた復活されたりしたら面倒なことこの上ない。
いやそれよりも、これ以上攻撃を続けるとまた小型犬になり、逃亡を許してしまう可能性がある。
前回の戦いでは小型犬状態になった後で逃亡を許してしまったという。
そのため、中型犬状態になった時にこれ以上の攻撃は控えて魔王を生け捕りにし、殺し方を考えたほうが良いという事になったのだ。
まぁ考えているとは言うが、実のところ案はあるのだ。
俺たちは今、それが戻って来るのを待っている最中なのであった。
そしてそれはやって来た。
先程吹き飛ばされて戦場から消えていった氷の勇者一行がゲンと共に俺たちのところへと戻って来たのだ。
俺たちは氷の勇者であるサムに要請した。
『氷の勇者が得意とする氷魔法で火の魔王を殺してくれ』と。
「何で俺様? こいつはテルゾウ殿がとどめを刺すべき相手だろうがよ!」
「オラはさっき魔王を殺そうとして失敗しちまっただ。光じゃ火は殺せねぇ。火の天敵ったらやっぱ水か氷だべ。どうか宜しくお願いするだよ」
「いや、俺様の氷はまるで通じなかったのだぞ」
「直接攻撃をする必要はないべさ。魔王の周囲を氷で覆って、それが解けて水になれば、炎を鎮火することができるんでねぇのか?」
「そんな魔王退治があって良いのか!?」
良いも悪いもまともにやっても殺せないのだからやるしかないのだ。
結局サムはテルゾウ殿の説得に折れ、渋々と魔王を檻ごと氷漬けにした。
氷漬けにされた魔王はすかさず炎弾をぶっ放し、檻ごと氷を破ろうと試みる。
だが、スネークの擬態に騙されていた時の様な奇襲なら兎も角、現在のように完全に見張られている状態ではそんな単調な攻撃は通用しない。
破った箇所から逃げようとする魔王をぶん殴って檻に戻し、すぐさま4重となった檻を復活させて、テルゾウ殿は魔王へと勝利宣言をしたのであった。
「無駄だべ、無駄だべ。オラだけならまだしも、勇者4人掛かりで見張ってるんだべ。逃げられっこねぇべさぁ!」
「……! ……!! …………!!!」
「ふはははははーは! ようやく観念しただか? 言葉を紡ぐことも出来なくなったようだべなぁ!!」
「氷の檻で囲ったから、お互いに声が届かなくなっただけではないのかね?」
「あ」
「これだから貴様は……魔王を追い詰めても馬鹿なのは変わらないのだな」
「酷いべジェイク!」
魔王は閉じ込められ、テルゾウ殿は勝ち誇り、これで勝利は揺るぎないものとなった。
なった、なったはずだ、これ以上一体何があるというのだ。
俺たちは勝利を確定したにも関わらず、誰一人緊張状態が解けずにいた。
仕方がないだろう、何しろ目の前で4重の檻に捕らわれている中型犬は、つい先程首を切られて絶命確実な状態からすら復活を果たした怪物なのだ。
ほら今だって、いつの間にやら魔王の体を覆っている炎の勢いが明らか高まっていて……
「気をつけろ! 何か仕掛けてくるぞ!」
「しっつこすぎるだぁ! 今度は何だべ! 何事だべ!」
「全員一旦退避! 防御を最優先! でも逃がすなぁ!」
「どっちだべさ!」
「サム殿! この周辺を分厚い氷のドームで覆ってくれたまえ! 魔王が檻を破っても逃げられないようにしておくのだ!」
「了解だ作家!」
ジェイクの指示を受けたサムが魔王を閉じ込めた檻を更に覆うように巨大な氷のドームを作り始める。
俺たちは一時的にドームの外へと退避し、中の様子をうかがう事となった。
そしてドームが完成した丁度その後、魔王の炎は檻の中一杯に広がり、そして檻にヒビが入ったと思った瞬間、勢い良く吹き飛んだのであった。
(ドカーン!!)
ドームの中には大音響が響き渡ったのだろうが、生憎とドームの外にいる俺たちの耳には入ってこない。
中にはもうもうと煙が立ち込め、視界は完全に遮られてしまった。
だがその事態も長くは続かず、煙は晴れて視界は確保された。
そして完全に視界が戻った氷のドームのその中には、魔王の姿は確認出来なかったのであった。
「「なにぃぃぃ!?」」
勇者4人がかりの檻は、魔王の爆発で吹き飛ばされた。
檻を構成していた岩と氷は爆風ととも四方八方へと散らばった。
しかし散らばった破片はサムが作り上げた氷のドームの壁を破壊することは出来なかった。
つまりドーム内からの抜け道は存在せず、内部は密室状態だったはずなのだ。
それなのに爆風が収まり中を見渡せば、その場に魔王は存在しなかった。
誰も居ないドーム内を見た瞬間、追いつめられた末の自爆かとも考えた。
だが魔王は自爆してはいない、それは見れば分かるのだ。
魔王は魔族であり、魔族ならば死んだ後には魔石が残る。
そして魔王の魔石は何処にも見当たらなかったのだ。
「また消えたぁ!? 何だべ? どういうことだべ? まさかの転移だべか!?」
「そんなことが出来るのならば、とっくに逃亡しているはずだ! 探せ! 奴は絶対に近くにいるはずだ!」
「ねぇねぇ」
俺たちは揃って先程まで魔王が存在していたドーム内へと駆け込んでいく。
二重扉の要領で魔王の逃亡を許さないようにして中へと入り込み、周囲を隈なく捜索していく。
しかしそこには何もない、誰も存在していない。
何処から来たのか大量の虫がたかっているにすぎない。
魔王は影も形もなく、消えてしまっていたのであった。
「探すってどこを? だーれもいやしねぇでねぇか!」
「それでも探すのだ! 例によって魔法で幻覚を見せているのかもしれん!」
「ねぇってば、聞いてよねぇ」
折角追い詰めた火の魔王にまたもや逃げられたテルゾウ殿とジェイクはパニックに陥っている。
だがそんな2人のパニックを止めたのは先程から2人に話しかけ続けていたエルであった。
「おお流石はジェイクだべ! 聞いてただかオメェら! 早速手分けして……」
「聞きなさいよー!!」
エルは珍しく大声を上げ、2人の暴走を押し留めた。
俺たちは全員エルに注目する。
エルはプリプリと怒りながらも、彼女が察知した『魔王の居場所』を俺たちに教えたのであった。
「テルゾウさんもジェイクも慌てすぎ! 魔王だったらさっきからこの辺りにいるじゃないのさ」
「この辺りってどの辺りだべ?」
「いや、それよりも何故居場所が分かるのだ?」
「アタシは魔力の察知に長けてるからさ。いくら弱まっても魔力の残り香は分かるんだよねぇ」
「それで一体何処に?」
「んー、だからこの辺だよ」
「だから何処だそこは! この辺と言っても虫しかいないぞ!」
「はい正解!」
「は?」
「だから虫だよ。魔王は今度は虫に変身したんだよ」
「「なにぃぃぃ!!」」
俺はエルの言葉に驚き周囲に目を配る。
俺の目には周囲に飛び交う沢山の虫の姿が写ったのであった。
エルは魔王は虫に変身したと言った。
そうだよな、俺たちが戦った魔王は火だ。火の魔王だ。
火を司っているが故に、内蔵する火力により大きさも形も変わっていったのだ。
形が変わるということは、犬にこだわらなくたって良かったわけだ。
火の魔王が虫の形をしていたところで一体何の問題があるというのか。
ああ、俺は馬鹿か。何で言われるまで気が付かなかった。
ついさっきここは魔王が爆発した場所だぞ。
そもそも魔王が逃げられないようにサムが氷のドームで覆っていたんだぞ。
爆心地にタイムラグなしに虫がいるなんてどう考えてもおかしいじゃないか!
俺と同じように状況に頭が追いついた皆が、周囲の虫を片っ端から叩き落としにかかる。
だが数が多すぎる上に、小さい虫も大量にいるため、倒しきれるかどうかは疑わしい。
サムが氷のドームを大きめに作っていたのも災いした、これでは取りこぼしが発生する可能性がある。
この状況で確実に魔王を退治するためには……そうだ、あれがあった。
俺はアイテムボックスの中から、タートルの町から持って来た、我が商会の今季のおすすめ商品を取り出したのだった。
「全員集まれ! そしてこいつをそこら中にばら撒いてくれ!」
「え? それって……」
「蚊殺し香じゃないかね、それで一体どうするつもりなのかね?」
「魔王は現在虫に変身している。これは虫を殺す煙を発生させる香だ。これならば取りこぼしなく魔王を退治することが出来る! ……はずだ」
「え、これって蚊だけを殺す香なんじゃないの?」
「実はこれは他の虫にも有効なんだよ」
本家本元の蚊とり○香は実は蚊以外にも有効だったりする。
俺は前世で、天井にたむろしていた大量の虫が蚊とり○香の餌食になった場面を見たことがあり、それ以来蚊とり○香に絶対の信頼を寄せているのだ。
そのイメージを俺は商会の開発部へと伝え、開発部の面々は俺の期待通りの品物を作成してくれていた。
だからこの蚊殺し香は他の虫にも効果を発揮する。
これなら魔王を燻り出すことが出来るはずだ。
俺は火打ち石で火を付けた蚊殺し香を皆に配り、全員はバラバラにドームの中に蚊殺し香を設置していった。
大きめに作っていたとはいっても、風も吹かなきゃ天井に穴も空いていない密閉空間だ。
一気に煙は充満し、空中を漂っていた虫たちはボトボトと地面に墜落してくる。
そしていつの間に入り込んでいたのか、俺たちの服に入り込んでいた虫すらも蚊殺し香の餌食となった。
そんな虫の中の一匹、シャインの服の内部へと入り込んでいた虫が地面へと落下したと思ったら突然発火し、テルゾウ殿がそいつを素手で掴んだのであった。
「……イム」
「フ……イム」
「……レ……ム」
そのテルゾウ殿の手の平と同じくらいの大きさの火の玉からはボソボソと声が聞こえてくる。
もはやまともな声にもなっていないそれは、どうやら『フレイム』と呟いているらしい。
どうやらあれこそが魔王の本体であるようだ。
どうやら魔王は、よりにもよって宿敵たる光の勇者の実の娘であるシャインの服に潜り込んで、逃亡を画策していたようである。
だがその企みは失敗に終わり、とうとう外装の全てを剥ぎ取ることに成功した。
テルゾウ殿はその炎をグシャっと手で握りつぶしたのだった。
「……イム」
「フ……イム」
「……レ……ム」
だが何と、それでも魔王を倒すことは出来なかった。
相手は火だ、そして火を握りつぶすことは出来ないということなのだろう。
魔王のあまりの無敵っぷりに、全員の顔に困惑の色が浮かび上がる。
だがそれならそれで、効果的な方法に当たるまで虱潰しに試すのみだ。
鎮火も駄目、握りつぶすことも出来ないのならばと、俺は次なる一手を試すことにしたのだった。
「ロック! 土魔法で、この火の玉を閉じ込めてくれ!」
「は? いやそんなことをしてもどうにも……」
「どうにかなるんだそれが。火の消し方には水をかける以外にも、土や砂を掛ける方法もあるだろう」
俺の意見を聞いた全員はハッとした顔をした。
そうして火の玉はロックが作った石の箱の中に閉じ込められた。
正確には石製なのは外装だけで、箱の中には砂がみっちりと詰まっている。
火を消す方法とは、何も水だけではない。
水をかけて消化する方法の他に、土をかけて消化する方法も存在している。
燃えている物体を濡らすか、酸素の供給をカットするかの違いであり、どちらにしても消火することが出来るのならば問題はないのだ。
相手は魔族の王である魔王であるが、どうやらその特性を利用して完全に火となり延命を図っているようなのだ。
この状態では火であるが故に握りつぶす事は出来ないが、火であるが故に燃えられなくなったのならば死ぬのではないかと考えたのである。
サムに頼まなかったのは、氷だと溶かされる危険性があるからだ。
戦っている時の魔王は、土を赤熱させはしたものの、溶かすことまでは出来ていなかったので、ロックが適任だと思ったのである。
そうしてロックに魔王を閉じ込めてもらい、しばらくすると突然ロックの持つ石の箱から光が溢れ、俺たちの体へと突入してきた。
それと同時にロックの手の中には真っ赤に燃える巨大な魔石が現れた。
いや、その色は単一色ではない、戦闘中の魔王と同じく、通常の明るい赤と禍々しい赤黒い色が混ざった色をしていた。
そして随分と久し振りに聞いた気がするレベルアップを告げるメッセージが頭の中に響いた。
こうして俺たちは火の魔王の討伐に成功したのであった。




