第百十六話 火の魔王の遅過ぎた成長
勇者一行と火の魔王の戦いは熾烈を極めるものとなった。
こちらの攻撃が相手に通じるようになったとはいえ、魔王のパワーやスピードは相も変わらず圧倒的だ。
それなのに魔王に有効打を与えられる仲間達は揃いも揃ってステータスが低いのである。
攻撃を受けただけで即死であり、そもそも動きに着いて行くことすら出来ない。
エルたちだけでは戦いにならないのである。
だからこそ、勇者のサポートが必要になってくる。
普段はサポートされる側の勇者が仲間のサポートに回るのは珍しいことなので、皆最初のうちは戸惑っていた。
アナはエルを、サムはキングを、そしてテルゾウ殿はジェイクを担いで魔王へ接近し、攻撃の機会を窺う。
しかし魔王は魔王で、相手の手の内は分かっているのだから、そうそうスキを見せたりはしない。
尻尾を振るい、毒を吐き、爪を立てて攻撃を繰り出してくる。
その攻撃を避け、時には担いでいる仲間を庇ってダメージを受けながらも勇者達は魔王への接近を諦めない。
巨躯でありながらスピードもあるこの魔王には勇者以外が放つ遠距離攻撃は当たらない。
そして勇者がダメージを与えられない以上、仲間を担いで魔王へと近づき、直接攻撃を食らわせるしか攻撃の術がないのだ。
そしてここでロックの存在が生きてくる。
攻撃を完全に放棄し、魔王の足止めだけを目的に戦場に立つロックの姿は、まさに歩く障害物だ。
持てる能力をフル活用して魔王の攻撃を受け止め、地魔法を使い段差を作って足を引っ掛けて転ばし、相手の機動力を削いで、その行動を停止させる。
そしてその時こそがまさに攻撃のチャンスとなる。
勇者たちに担がれた仲間たち、そしてロゼや老師に護衛されたシャインはここぞとばかりに魔王に殺到し、動けない相手に攻撃を加えていく。
そして魔王に少しでも反撃の素振りがあれば攻撃の途中であっても勇者達は素早く距離を取り、再び攻撃の機会が来るのを待つ。
俺も上手い具合に魔王が近くで行動を停止した時は、すかさず落とし穴の罠を作成、発動させ、魔王が体制を整える時間を少しでも遅らせることを忘れない。
これだけの巨体を落とす穴は作れないが、足の部分に落とし穴を作成すれば、相手の踏ん張りを妨害することが出来る。
もちろんこんなものは嫌がらせ程度の効果しか望めない。
だが嫌がらせであるからこそ、繰り返し行えばストレスが溜まり、冷静な判断力を奪うことが出来るのだ。
俺たちはしばらくはこのヒットアンドアウェイ戦法を続け、魔王へと着実にダメージを与え続けることに成功していた。
だが俺たちの敵は、仮にも魔王と呼ばれる超越者である。
そう簡単に追い詰める事が出来れば、誰も苦労はしないのだ。
それは何度目かの攻撃が決まった後のことだった。
突如魔王はその巨体を地に沈め、その動きを停止させた。
前足を使って頭をガードし急所攻撃だけは防いでいるようだが、それ以外は無防備なものだ。
それから魔王は全く動こうとしなくなってしまった。
こちらの猛攻に耐えられなくなったのかもと考えたが、それにしては見た目のダメージが少ない。
俺たちは魔王を遠巻きに眺め、様子を伺うが、相手が何かをしてくる様子はなかった。
ジェイクを担いだテルゾウ殿は様子を見るために待ちの姿勢となった。
唯一勇者の直接のサポートを受けていないシャインも無理はせず待機していた。
だが、エルとキングはアナとサムに担がれて、魔王への攻撃を敢行した。
相手の意図が分からないのは事実であるが、攻撃の機会であることもまた事実だからだ。
2人は魔王を挟み込むように襲いかかり、無防備に地面にうずくまる魔王を普段から愛用している杖を使って思い切り殴り付ける。
生粋の魔法使いである2人の攻撃は、へっぴり腰でまるで力の入っていない魔法使い丸出しの攻撃だ。
一応魔法も試してみたのだが、直接攻撃の方が威力が戦ったのだ。
だがそんな攻撃であっても、この状態の魔王が相手ならば俺やライやエースよりも強力なダメージを与える事が出来る。
俺たちは2人に攻撃を任せ、もしもの時に備えて遠巻きに魔王を監視していた。
地面にうずくまる無抵抗な黒犬を杖でボコボコにしていく2人。
それはまるで無抵抗な野良犬をタコ殴りにする町のガキ大将のようにも見えた。
だがあの2人が相手にしているのは、正真正銘本物の魔王である。
その魔王がなぜ無抵抗で殴られ続けているのか。
そんなもの、反撃の準備をするために決まっていたのであった。
「この! この! この! この!」
「ははは!! はっ! はっ! はぁー!!」
エルとキングのテンションは段々とおかしくなり始めていた。
無理もない、この2人にとって『モンスターを殴る』という行為自体が大変珍しい経験なのにも関わらず、その相手が魔王で、しかも有効打を与えることが出来ているのだ。
人の心の中には大なり小なり残虐性が潜んでいるものだ。
2人は圧倒的強者を自らの手で蹂躙できる喜びに、その体を浸すのを良しとしてしまっていた。
そんな2人だから気が付かなかった。
いつもの2人ならば、直接戦闘時の自分の弱さを知っているために常に慎重に活動しているから気が付いたはずだ。
だが、この時の2人は魔王をこの手で倒せるかもしれないという快感に支配され、まともな思考回路が吹き飛んでいる状態だった。
だから2人は気が付かなかった。
魔王を覆う炎の色が、段々と変色していたことに。
地に臥せったまま無抵抗に殴打されていた魔王が突如立ち上がり、エルに向かって歩み寄っていく姿を見たキングは、その無防備な背中を見てチャンスだと感じた。
これまでの魔王は無抵抗に殴られ続けてはいたものの、何だかんだで致命傷になるような場所を晒すような真似はしていなかった。
しかし今、視線を上げれば魔王の無防備な背中が広がり、その上には打ってくれと言わんばかりの位置に後頭部が惜しげもなく晒されている。
キングはサムにジャンプを頼み、サムもこの機会を逃すまいと、魔王の後頭部へ致命の一撃を与えるべく突進する。
だがサムとキングが空中へ飛び出したまさにその時、魔王がぐるりと後ろを向いた。
2人は驚いたが、空中では方向転換が出来ないためそのまま攻撃を続行。
キングの杖は当初の狙いとは違うが頭部へと直撃し、そしてキングの目には同じく魔王の後頭部に杖を振り下ろすエルの姿が見えていた。
反応したのは流石だ、だがこれで終わりだ魔王!
キングは心の中でそう決め台詞を吐き、魔王へと愛用の杖を振り下ろす。
キングも未だ16歳、魔王を相手に一方的に攻撃を加えることの出来た経験は、自分が魔王と同等か格上だと錯覚するには十分な出来事だったのだ。
だが、それは所詮は勘違いである。
先程までは有効打を与えることが出来ていた自慢の杖の一撃は、目の前の魔王へと一切のダメージを与えることが出来なかった。
それどころか、振り下ろした腕は痺れ、愛用の杖を取り落としてしまう。
「わぁ!?」という声に顔を上げれば、魔王の後ろではエルが同じように杖を取り落としているのが見えた。
そしてエルとエルを担いだままのアナは、いつの間にか振り被られていた魔王の尻尾の一撃をまともに受けて、ナイトたちが待機している場所へ向けて吹き飛ばされていったのだった。
そして気が付いた時には口を開けた魔王がすぐ近くまで迫っていた。
咄嗟のことに反応すらできず、キングは体を硬直させてしまう。
しかしキングを担いでいるサムは危険に反応し、体を捻って魔王の攻撃を躱そうと試みた。
だがいかな勇者とて空中で、しかも仲間を1人担いだ状態で完璧な回避など出来るわけもない。
魔王に喰われることはギリギリで回避することに成功した。
しかし2人の体は高速で接近してきた魔王の顎にぶち当たり、地面に叩きつけられる羽目になったのであった。
エルとキングが魔王をタコ殴りにしている様子を少し離れた場所で見ていた俺たちは、突如立ち上がった魔王を見て驚きの声を上げた。
魔王が立ち上がったことに驚いたのではない。
魔王の全身を覆っている炎の色が変わっていることに驚いたのだ。
先程までの炎は禍々しい赤黒い色をしていた。
だが立ち上がった魔王を覆う炎は、最初のチワワ形態の時と同様の、明るくきれいな赤い色に変わっていたのだ。
魔王は新たな炎を全身にまといながらゆっくりとエルに向かって歩いて行く。
それを好機と見たのか、キングを担いだサムが魔王の後頭部を狙い跳躍する。
それで気付いた、あの4人は魔王の炎が変色していることに気が付いていない。
俺たちは揃って声を上げようとしたが、その前に事態は終わってしまった。
魔王はサムたちの攻撃を見越していたのか、ぐるりと振り向き2人へと視線を固定する。
そして魔王が振り向いたと同じタイミングで、今度はエルを担いだアナが跳躍し、ほぼ同時に魔王の頭部へと前後から杖が振り下ろされた。
魔王は避ける素振りすら見せていない。
先程までの状態と同じならば、これは致命傷となっていたはずだ。
だが2人の攻撃は魔王には通じず、尻尾の一撃でアナとエルを吹き飛ばした魔王は、サムとキングを食い殺そうと口を開けて空中の無防備な2人へと突撃していく。
だがサムは咄嗟に体を捻って直撃を回避。
しかし完全回避は出来なかったようで、魔王の突進を受けた2人は地面に叩きつけられた。
そしてそのままの勢いで地面を転がり続け、2人は戦場から強制的に排除されてしまったのであった。
「サム! キング!」
「オイ待てエース! くそっ! ゲン、エースに付いて行ってくれ!」
「あいよ!」
2人を追ってエースが駆け出して行く。
エースだけでは何かあった時危険だと判断し、俺はゲンにサポートを頼んだ。
あっちはあっちで何とかするだろう。
こちらはまず、目の前の2人をどうにかしなくてはならない。
俺のすぐ目の前には、魔王の尻尾の一撃で吹き飛ばされてきたアナとエルが横たわっている。
俺はすぐに2人に駆け寄り、傷の具合を確認する。
エルは攻撃を受けた際の衝撃で脳震盪があったが、命に別状はなさそうだ。
だがアナは咄嗟にエルを庇ったからだろう、左腕と左足が折れており、出血も大分酷い状態であった。
「無事か2人共!?」
「大丈夫……無……事……」
「はい、嘘! 大嘘!! こんな時にやせ我慢するなアナ!」
「アタシは~平気~」
「喋らなくて良い! 2人共大人しくしてろ!」
俺はアイテムボックスからポーションを取り出してアナに飲ませながら、2人にハイポーションを振り掛けていく。
そこで気がついた、そろそろポーションの在庫がやばい。
魔王軍との戦いということで、余計な荷物は整理し、可能な限りの回復アイテムを持ち運んできていたのだが、負傷の回数も度合いも予想を遥かに越えており、余裕があったはずの在庫数に迫る勢いになっていたのだ。
だがだからと言って治療を疎かにすることは出来ない。
怪我を怪我のまま放って置くと、その怪我のせいで動きが鈍り、致命傷を負う恐れがあるからだ。
ゲームの世界ならHPが半分になろうが、画面が赤くなろうが構わずキャラクターを動かすのだが、現実世界ならば、かすり傷以上の傷ならば即座に治しておいた方が良いのである。
そして治療の間にも魔王は俺たちに襲い掛かってきていた。
だがそれは待機していたテルゾウ殿とロックが防ぎ、魔王はここまでは辿り着けてはいない。
俺たちは魔王の姿を改めて眺めてみる。
魔王は体を覆う炎を変化させ、先程までと同じように戦いを繰り広げていた。
そしてそれは俺たちの戦い方に変化を要求するものであった。
魔王にはジェイクとシャインの攻撃が一切通用しなくなっていたのだ。
「一体全体どういう事!? 何でアタシたちの攻撃が通用しなくなっちゃったわけ?」
復活したエルが魔王の姿を見ながら絶叫する。
だがその疑問の答えは明白だ。
明白だが現実に見せられると厄介以外の何物でもないな。
防御属性の変化とか、ゲームの中だけにしてくれよ!
「防御属性の変化? あ! 言われてみれば炎の色が変わってる!」
「ああ、赤黒い革命の炎から通常の炎に変化している。あの状態の魔王にはエルたちの攻撃は効かないんだ」
ゲームに出てくるボスの中には戦闘中に弱点やら効果のある属性やらを変化させる者も存在していた。
火の魔王もこれと同じで、革命の炎の弱点を突かれた現状を打破するために通常モードに戻ったのだろう。
だがこれははっきり言って悪手だ。
通常モードに戻ったのならば、普通に勇者の攻撃で仕留めればいいのだから。
ほら現に今もテルゾウ殿の攻撃が通用するようになっている。
これを続けていけば、いずれは……あれは!?
「兄さんあれ! 炎の色が混ざり合っています!」
「まさか……2つの炎を自由に出し入れ出来るようになったのか?」
そうなってしまったらまさに脅威だ。
相手の攻撃に合わせて自由自在に防御属性を変えられたりしたら、いよいよ打つ手が無くなってしまう。
だがしばらく見ていたが、どうもそう上手くはいかないようである。
変化自体はしているのだが、そのスピードは極めてゆっくりだったのだ。
「う~ん……狙いは悪くないと思うんだけどなぁ。どう考えても練習不足だよねあれ」
「まぁあの革命の炎自体が使い慣れていないはずだからな。いくら魔王でも初めての行為には練習が必要なんだろうさ」
「ということはつまり?」
「魔王が炎の扱いに慣れる前に倒しきるべし!」
「ですよね~」
そんなわけで俺たちの攻撃は再開されることとなった。
戦場の外へと吹き飛ばされたサムたちは戻ってこなかったが、それでもこの戦い、俺達の方に分があった。
魔王も善戦していたが、如何せん無敵のネタがバレた状態では、勇者3人とその仲間たち、合計11人もの相手をたった一匹で行なうのは些か無理があったのだ。
通常モードの時は勇者たちが、そして革命の炎状態の時はエルたちが魔王へと攻撃を加え、そのダメージは段々と馬鹿にできないものとなっていった。
話に聞いていた通り、魔王は傷を負う毎に小型化し、始めは見上げるほどの巨躯を誇った魔王は、いつしか中型犬程度の大きさにまで縮小していたのだった。
前回の戦いではこの後に更に小型犬へと変化し、魔王はテルゾウ殿から逃げおおせたと聞く。
だから今度は逃げられないように、魔王は勇者3人がかりで作成した檻に閉じ込められることとなった。
そうして俺たちは本日2度目となるチェックメイトを魔王へと掛けたのであった。




