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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第四章 VS火の魔王編 後編
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第百十五話 革命の炎

 火の魔王バーニング・ドッグ。

 奴は3人もの勇者を相手に全くの無傷で戦い抜いており、一見したところ無敵のように見える。

 だが奴が真に無敵であったのならば、前回の戦いにおいてテルゾウ殿に敗北することはなかったはずなのだ。


 つまりこの1年の間に奴が無敵になる理由が発生したということになる。

 それは一体なんだろうか?

 考えるまでもないだろう。

 前回までには存在しておらず、今回の戦いで突然現れたもの。

 それは即ち、魔王の体を覆い尽くすあの禍々しい赤黒い炎としか思えない。


 ではあの炎はそもそも何なのか。

 全員の報告を聞いたところ、魔王以外であの炎が発動したのは魔王の側近の3匹のみだという。

 その内、マンティスは戦いの最中に炎に取り込まれパワーアップし、残りの2匹はとどめを刺す直前に炎に包まれてその生命を繋ぎ止めていたという。


 今代の火の魔王の特性の1つに、自らの力を側近に分け与え、パワーアップさせるというものがある。

 そこから判断する限り、あの炎は側近を強化する炎の一種であると思われる。

 だが現在、奴はその側近を取り込み、たった一匹の魔王と化して俺たちの前に立ちはだかっている。

 つまりあの炎は単純に側近を強化するためのものではなかったということだ。

 そもそもフロッグとスネークの体からあの炎を吹き出したのは奴らが敗れた後のことだ。


 あれは側近を強化するためのものではなく、側近が戦いに敗れた後で魔王がその体を取り込むための呪いのようなものなのではないだろうか。

 マンティスが炎に取り込まれたのは、炎が奴の体に馴染む前にロックに追いつめられたのが原因なのではなかろうか。



 火の魔王は最初から側近が倒されることを想定して部下の体に呪いの炎を埋め込んでいた。

 そして自らもテルゾウ殿に敗北すると確信し、彼らを取り込む必要があると考えていた。

 奴がテルゾウ殿以外の勇者までもがこの島にやって来ると考えていたかどうかは分からない。

 だが魔王を倒すのは勇者であると考えていたのならば、前回は敗北したテルゾウ殿を相手にしても勝てる方策を考えついていてもおかしくはないだろう。


 そして奴はあの炎を生み出したのだ。

 側近たちの体に埋め込み、そして魔王自身の体にも埋め込んだその炎は、効果を十分に発揮して現在勇者を追い詰めている。


 火の魔王は炎の加工を得意としている。

 一部の勇者や魔王しか知らない技術やアイテムが存在している。

 それだけの情報があるのならば、相手の無敵のカラクリに一応の目処が立つ。


 作戦は既に通達済みだ。

 俺たちはゆっくりと魔王と勇者の戦場へと近づいていったのだった。




 百戦錬磨の人類の英雄、光の勇者テルゾウは作戦の失敗を真剣に考慮し始めていた。


 今回の戦い、奇襲自体は上手く行き、敵のアジトは壊滅し、側近は居なくなり、実質的に残っているのは魔王とその配下のモンスターだけという状況だ。

 しかし肝心要の魔王の討伐に目処が全く立たず、正直撤退も考慮に入れなければならない状況へと陥っている。


 敵は全盛期の力を取り戻し、その上でこちらの攻撃を全て無効化するという反則能力まで手に入れている。

 今も若い勇者2人と共に戦いを繰り広げているが、正直戦いになっていない。

 相手に対して有効打をまるで与えられないというこの状況は、勝負と言うにはあまりにこちらが不利であり、魔王にとって現在の勇者たちは敵にすらなっていないのだ。

 そのくせ敵はこちらを殲滅しようと爪を振り上げ、毒を吐き、尻尾を振り回して攻撃を加えてくる。

 いくら万を超えるステータスを持っていようとも、この調子で戦い続ければ体力の前に心がすり減り、その内に攻撃を受け始めてしまうことだろう。


 それは駄目なのだ、彼らをここで失うわけにはいかない。

 勇者の先達として若い勇者たちの命をここで散らすわけにはいかないのだ。


 テルゾウは最終的には自らの命を犠牲にしてでも若者たちを逃がそうと心に決めていた。

 だがその決意は、やはり若者の手で不必要とされてしまったのであった。


「行くぞ! 私に続けーー!!」

「「ウオオオォォォ!!」」


 その光景を見た瞬間、テルゾウの脳は一瞬フリーズしてしまった。

 この場に現れていなかった唯一の勇者、土の勇者ロック王子が雄叫びを上げて魔王へと突進して行ったからだ。

 それも戦力外だと判断し、戦いの場から遠ざけていた仲間を全て引き連れて。


 先頭はロック王子が務め、その後ろには王子の姉のロゼッタ王女と魔族になりたての老師が続いている。

 そしてその後ろには天使とかいう2人の子供が続き、更には氷の坊主の仲間のエースと元市長のナイトとその弟のライ、最後尾にはキング、エリザベータに加えてジェイクの馬鹿と娘のテルコまでが続いていたのだ。


 彼らは一塊となって魔王へ向かって突っ込んでいく。

 それはまるで追い詰められた動物が、溺れ死ぬと分かっていながらも海へと突入していく様な光景であった。


 これを見逃すようならば魔王は魔王とは呼ばれまい。

 当然の如く魔王は一団を蹴散らそうと突撃してくるが、ロック王子はそれに真正面から対峙した。

 彼ははこの島に来る前、あのカワヨコの町で自分と戦った時のように、魔王の攻撃を正面から受け止めている。

 振り被られた前足を上手く躱し、開きかけた口に飛びついて、魔王を一時的に押さえつけることに成功していた。


 そして土の勇者が魔王を押さえつけている間に攻撃を加えていくのは、なんと後ろに続く仲間たちであった。

 彼らは突撃した勢いのまま、次々と矢継ぎ早に波状攻撃を魔王へと叩き込んでいく。


 だがそれは無意味な行いだ。

 彼らの攻撃力は勇者とは比べ物にならない程に低いのは自明の理。

 万を超えるステータスの勇者の攻撃が通用しなかったのに、千や百前後の攻撃が魔王に通じるわけがない。


 現にロゼッタ王女の攻撃も老師の攻撃も無効化された。

 天使の2人の攻撃も通じず、これでステータス4桁は全滅だ。


 だが続きを見たテルゾウの目は点になった。

 何故ならば、続いて突撃してきたエースとナイトとライの攻撃は魔王の体を覆う炎を貫通して体に傷を残し、続いて攻撃を加えた魔法使いの2人の直接攻撃は、明らかにダメージを与えていたからだ。


 驚いた魔王は体を振り回してロック王子の拘束から逃れようとする。

 そこへ一団の最後、勇者の仲間の中で、いや現在この島にいる者たちの中でもダントツでステータスが低いはずの2人、ジェイクとテルコの攻撃が決まり、魔王は大きくのけぞりながら吹っ飛ばされて行ったのだった。


 勇者の攻撃が全く効かない魔王にダメージを与えることが出来たのは、まさかの劇作家と実力不足の勇者の娘だった。

 彼らは魔王にダメージを与えることが出来たことを喜び、ハイタッチを繰り返している。

 テルゾウは、同じように目を点にした若い2人の勇者と共に、彼らへと近づいて行ったのであった。



「よっしゃー!! QED! 証明終了! これで勝てる、勝てるぞー!」

「「おおー!!」」

「特にジェイクとシャインは良くやった! 2人にはこれから魔王を倒すまで働いてもらうからよろしく!」

「任せておきたまえ」

「オーホッホッホッ! 腕が鳴りますわ!」


 俺は考えがズバリ的中し、魔王へとダメージを与えることが出来たことに安堵を感じていた。

 結局魔王の炎を破りダメージを与えることが出来たのは、俺とエースとライ、そしてエルとキングの直接攻撃と、ジェイクとシャインのみだった。


 中でも圧巻だったのはジェイクとシャインの攻撃だ。

 この2人、ステータスこそ低いものの、その攻撃は実に堂に入ったものであった。

 ステータスが低くても、勇者の供として、そして勇者の娘としてこれまで修練を怠っていなかったのだろう。

 だからこそ2人の攻撃を受けた魔王は吹っ飛ぶ程のダメージを受けたのだ。

 どれだけ高い攻撃力を持っていたとしても、エルやキングのように魔法使い丸出しの攻撃では、ダメージの通りに差が出てしまったのである。


 盛り上がる俺たちの下へと3人の勇者がやってくる。

 3人が3人共理解不能という目をしているのはまぁ仕方がないだろう。

 合流を果たした勇者たちへと俺は状況の説明を始めたのであった。


「3人共お疲れ様。アナ、サム。2人共怪我はないか?」

「大丈夫」

「俺様も怪我はないが……兄さん、一体何をやったんだ?」

「何も何も目の前で見ていただろう? ロックが魔王を足止めして、残りの全員で波状攻撃を仕掛けたんだよ。テルゾウ殿と戦った時の応用だな」

「そうじゃねぇよ! どうやって魔王にダメージを与えたのかって聞いてんだよ!」


 サムがパニックを起こし俺を問い詰める。

 まぁ気持ちは分からんでもない。

 勇者の攻撃が通じなかった相手に魔法使いや劇作家の直接攻撃が効いてしまったわけだからなぁ。


「すまねぇジェイク、オラは頭が悪いからよ。この馬鹿勇者にも分かるように説明してくんろ」

「いきなり卑屈になるな気持ち悪い奴め。ナイトは相手の切り札のカラクリを見破ったのだよ。だから攻撃が通ったと、ただそれだけの話だ」

「あの無敵状態にカラクリがあったって?」


 テルゾウ殿が驚いて俺に説明を求めてきた。

 これからの戦いのためにも説明は必要なので、俺は勇者たちにもあの炎の特性を説明していく。


「カラクリというよりも、特性ですけどね。あの炎には強力な攻撃であればあるほどダメージを減退するという特性があるんですよ」

「……は?」

「何?」「なんて?」


 アナと残りの2人の驚き方が違う。

 ああそうか、アナは革命武器のことをまだ知らなかったのか。


「アナは知らないかもしれないけど、この世には革命武器っていう持ち主と敵対者とのステータス差が大きければ大きいほど、与えるダメージがでかくなるっていうアイテムが存在するんだ。あの炎は恐らくそれを参考に魔王が作り出した特別製だよ」

「革命武器?」

「特別製って……」


 俺はジェイクとスネークとの戦いの様子をアナに説明してやる。

 ちなみにロックの奴には作戦開始前に他のメンバーと共に説明済みだ。

 ジェイクの持つボロボロのナイフを見たロックが危うく塹壕から飛び出そうになった時は焦ったものだった。


「名付けるのならば『革命の炎』ってところか。あの炎には強力な攻撃は全てシャットアウトするという特性が存在している。だがシャットアウト出来るのは強力な攻撃だけで、弱い攻撃、例えばステータス3桁とか2桁とかの攻撃は逆に大ダメージを受けるんだ」

「……だからエルやシャインの攻撃が通用したと?」

「その通り、恐らくは勇者に追いつめられた魔王が作り出した対勇者用の切り札ってところだと思う。火の魔王と戦っていたのは光の勇者であるテルゾウ殿で、テルゾウ殿は基本仲間を持たずに1人で戦う。だけどあの炎は相手が強ければ強いほど効果を発揮するから勇者だけでは攻略できない。『弱い仲間がいなければ倒すことが出来ない状態』になるんだ」


 そう、実際今回の戦いにテルゾウ殿だけが参戦していたのならば、その効果は絶大だったはずなのだ。

 あの炎をまとった魔王はステータスの中で頑強の数値だけが特別な状態になっている状態だ。

 だから仮にカラクリに気づき、ジェイクが参戦したとしても、テルゾウ殿はスピードについていけないジェイクを担ぎながらの戦いになり、不利な状況に追い込まれてしまったはずだ。


 魔王の攻撃を受け止め、そして魔王の動きを封じるのことが出来るロックがいたからこそ、この作戦は成功したのだ。

 そして勇者が複数いるからこそ、この先の戦いも続けることが出来るのである。


「おい、そろそろ時間切れだ。魔王が立ち上がってくるぞ」

「了解です。アナ、サム、そしてテルゾウ殿。3人はそれぞれの仲間であるエルとキング、そしてジェイクを守りながら魔王と戦ってくれ」

「分かった」「了解だ兄さん」「仕方ねぇだな」

「ロックはすまないが単独で魔王の足止めだ。残りの全員はシャインを全力でガード、魔王からの攻撃を防ぎきれ!」

「「了解!」」

「魔王に攻撃が通用するようになっても、相手のスピードもパワーもそのままなんだ。対してこちらでまともにダメージが与えられる4人はステータスが低いから一撃でももらったら即死だ。とにかくエルとキングとシャインとジェイクを守りながら魔王の攻撃を捌き切れ! それで奴は倒せるはずだ!」

「来るぞ!」


 指示を出し終わったタイミングを見計らっていたかのごとく、魔王は俺たちへと突っ込んできた。

 あの状態になった魔王がいつまで同じ状態を維持できるのか知らないが、切り札であるのならばそう長いことは保たないはずだ。

 そもそも自由に使えるのならば、チワワ形態の時から使って来ていたはずなのだ。

 だが、奴はそれをしなかった。

 この事から考えるに、あの炎を使うためには側近の生贄が必要なのだろう。

 だから魔王に敗走はない、この場で勇者を倒そうと考えるはずだ。

 ならば俺たちは魔王の突撃を受け止めればいい。

 逃がすわけにはいかないのはお互い様であるからだ。


 こうしてお互いダメージが通るようになった勇者パーティーと魔王との戦いが再開されたのであった。

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