第百十四話 火の魔王の実力
俺たちが戦場に到着した時、テルゾウ殿は無傷ではあったが、その顔には焦りが見え始めていた。
ここに到着するまでにも、テルゾウ殿が火の魔王に積極的に攻撃を加えているのは見えていた。
超高速移動からの斬撃、光魔法を纏わせた剣による一撃、地面の下からの奇襲、極太レーザー、回避不可能な包囲攻撃。
流石は歴戦の光の勇者、手を変え品を変え放たれる攻撃の多彩さは、力押し一辺倒になりがちなロックたち若き勇者とは一線を画すものだ。
だがテルゾウ殿が放った攻撃の全ては無力化され、火の魔王には未だ傷ひとつ付いてはいなかった。
切断力でも跳躍力でも体躯の大きさでもない。
魔王の持つ能力は攻撃の無効化だ。
そしてそれはあの禍々しい炎が元となっているのは間違いない。
つまり奴を倒すためにはあの炎を攻略しなくてはならない。
俺たちはここまで移動する間に必死に頭を働かせていたが、対処方法は見つからないまま到着してしまったのだった。
「おめぇたち一体何しに来ただ! お荷物を守りながらじゃこいつとは戦えねぇだ、下がっとけぇ!」
「愚かな……我が炎に自ら飛び込んでくるか。まさに飛んで火に入る夏の虫よ」
到着した俺たちを視界に入れた光の勇者と火の魔王の反応は対照的だった。
テルゾウ殿の顔や声には焦りしか浮かんでおらず、対照的に魔王には明らかな余裕が感じられる。
この会話だけでも現在の状況の不味さが手に取るように分かるというものだ。
「やれやれ、だからお前は馬鹿だと言うのだ。見たところ文字通り手も足も出ないようではないか。こういう時に仲間に頼らなくてどうするのかね」
「おおっ! 何か対応策があるだかジェイク!」
「いや、何も無いのだがね」
「引っ込んどけやアホ作家ぁ!!」
ジェイクがいつもの調子でテルゾウ殿に話し掛け、キレられている。
だが馬鹿なことを言いながらもジェイクの目は一切笑っていない。
目の前の怪物の能力の正体とその対処法を探るために、全身を隈なく見回しているのが良く分かる。
「取り敢えず俺様は参戦する! 勇者2人がかりならいくら魔王と言えども!」
「氷の勇者か……笑止!」
そして到着するやいなや、サムは1人戦いに加わって行った。
いつものように氷のハンマーを生み出し、いつものように叩きつける。
だが当たれば相手を吹き飛ばし、押しつぶす必殺のハンマーも火の魔王の前には火にくべられた氷の塊と同じだ。
あっという間にハンマーは溶けてしまい、柄の部分まで融解が進んだところでサムは慌ててハンマーを手放した。
そこに魔王の長い尻尾がうなりを上げて襲い掛かってくる。
サムは咄嗟にしゃがみこみ、紙一重で攻撃を避けるが、それは魔王にしてみれば予想通りの行動だ。
しゃがみこんで体勢が崩れたサムに向かって、魔王はその巨大な口を開き、喰い殺そうと突進してくる。
だが喰わせてたまるかとテルゾウ殿が突っ込んできて、サムを抱えて地面を転がる。
サムとテルゾウ殿はホコリまみれになるが、それでもあの場に残っているよりはマシだっただろう。
魔王はその強靭な顎で、地面を噛み砕き、そして体にまとっている炎で、その周囲の地面を赤熱させていたのだから。
「不用意な攻撃は止めるだよ! 接近戦はオラに任せて援護を頼むだ!」
「ぐっ……了解だ」
そう言ってテルゾウ殿は再び火の魔王へと突進していく。
サムは大人しく援護に回り、慣れない遠距離攻撃を仕掛けていくものの、最も攻撃力の高かった氷のハンマーでの一撃が効かなかったのに、半端な威力の遠距離攻撃が役に立つはずはない。
サムの攻撃は半ば魔王に無視される形で次々と無効化されていったのだった。
「なぁ兄ちゃん、俺たちってさぁ……」
「何かここまであからさまだと清々しいよねぇ」
「口よりも先に頭を動かし給え! この機会に対策を練るのだ!」
「機会って……無視されてるだけじゃん」
そして俺たちは完全に魔王に無視されていた。
魔王にとっては勇者以外の相手など眼中にもないのだろう。
俺たちは距離を取って火の魔王の観察を試みてはいるものの成果はない。
何が厄介かって、攻撃が効かない理由が分からないのが最も厄介だ。
ジェイクは革命武器を使おうと一度は懐に手を伸ばしていたが、サムの攻撃が効かないのを見て観察に徹していた。
あの炎の正体が分からない限り迂闊な攻撃は出来ない。
いくら革命武器が強力とは言え、攻撃が無効化されてしまうのならば意味のない代物だからだ。
そして一向に魔王を倒す算段が付かない中で、新たな仲間が合流を果たす。
それは空からやって来た。
ふと影が通り過ぎたのを見て顔を上げると、上空には巨大フクロウ形態へと変化した老師が旋回しており、老師の上から魔王へと向かって、アナが一直線に落下してきたのだ。
彼女の手には妖刀闇切が握られている。
魔力を切断する力を持つ刀を用いてアナは魔王を倒すつもりだ。
だが……
「若いな」
「ぐぅ!!」
アナの攻撃は魔王には通らず、弾き飛ばされるアナを見て魔王は鼻で笑う。
そして次の瞬間、口を開けて下を伸ばし、空中にいるアナを地面へと叩きつけた。
その舌は灰色と緑色が混ざったような不気味な粘膜で覆われており、その舌で体を打たれたアナの体からは謎の瘴気が立ち昇っている。
どうやら魔王の舌は毒で覆われているようだ。
……いや待て、舌での攻撃で毒付きの粘膜だと?
ひょっとしてこいつフロッグの能力が使えるのか?
そう言えば先程のサムへの攻撃もスネークっぽい感じだった。
こいつは死にかけの体を側近の命を使って復活した怪物だ。
ひょっとしてこいつ、フロッグとスネークとマンティスの能力を受け継いでいるってことなのか?
「ご無事ですかダイアナ様!」
「アナっち! しっかりしろアナっち!」
俺が思考の海に沈んでいる最中に、地面に着地した老師の背中からはエースとゲンが降りてきて、アナの介抱をしていた。
そこで俺は考えている場合ではないことを思い出し、アナが倒れている場所へと向かって行く。
だがそこで、これまで俺を無視していた魔王が突如俺を対して攻撃を仕掛けてきた。
魔王が口を開いて打ち込んできたのはフロッグが使っていたのと同じ毒玉だ。
いや、魔王とフロッグでは体格に差がありすぎる。
吐いてくる毒玉もそれに合わせたのか、より大きくなっていた。
どうやら魔王は基本的に勇者以外は無視をするが、勇者の回復をすることは認めないつもりのようだ。
俺の背丈を超える大きさの巨大な毒玉が俺に向かって迫ってくる。
しかし毒玉と俺との間の地面が急激に盛り上がり、壁となって毒玉の衝突を塞いでくれた。
誰の仕業かなんて考えるまでもない。
この場には地魔法が使える魔法使いが2人もいるのだ。
エルとキングが俺の援護をしてくれたのだろう。
魔王の吐き出す毒玉に破壊力がないのも幸いしたようだ。
魔王は更なる追撃を放とうとするが、それはテルゾウ殿とサムによって阻まれた。
魔王は勇者2人の相手へと戻り、お陰で俺はアナの下へ到着することができた。
アナの体からは腐敗臭が立ち昇っており、着ている服もボロボロだ。
唯でさえセクシーな闇の巫女の戦闘服がとんでもないことになっている。
だがそれを見て興奮していられる状況ではない。
俺はアナの治療を開始した。
俺はまずきれいな水をアナにぶっ掛けて毒を流し、ポーションをぶっ掛けて傷を癒やし、手持ちの毒消しを片っ端からアナの口へと突っ込んでいった。
相手の毒の種類が分からない以上、この方法が一番確実だ。
本当ならじっくりと毒の解析をして、対応する解毒剤を処方するべきなのだろうが何しろ時間がない。
勇者2人がかりで足止めしているとは言え、こちらの攻撃が無効化されているという状況に変わりはないのだ。
呑気に毒抜きをしている時間はないのだから荒っぽい治療でも勘弁してもらいたい。
「ぐっ……うぅ……」
「アナ! おいアナ大丈夫か?」
「大……丈夫。毒は……消えた。ありがとうナイト」
「礼は後で良い! 一旦この場から離れるぞ!」
俺はエースと一緒にアナの体を抱えて走り出す。
それに遅れてゲンといつの間にか人間形態に戻った老師が続き、ヨミは未だカラスの姿のままで俺たちの後を追って来た。
ヨミの足にはアナの刀が握られている。
どうやらアナが取り落とした刀はヨミが回収してくれていたようだ。
そうして俺たちはジェイクたちのいる場所へと戻って来た。
エルとキングは予め地魔法を使ってその場に塹壕を掘っており、俺たちは魔王からは見えない角度で今後の対策を練り始めた。
だが状況は絶望的だ、とにかく相手が強すぎる。
攻撃は無効化され、必殺のマジックアイテムは効かず、側近の能力を使えるようになった相手とどう戦えというのか。
そんな中いつの間にか着替えていたアナが口を開いた。
「ごめんなさい。不用意に突撃してしまいました」
「気にする必要はないぞダイアナ嬢。先程の上空からの攻撃のことならタイミングとしてはベストだった」
「でも通じなかった」
「そう、それが問題だ。貴方の刀でも駄目だったとなると、あれは魔力由来の能力ではないということになる」
そう、それが大問題なのだ。
スネークと戦っていた時も奴は魔力を使っていなかったが、代わりに生命力を使っていた。
だが目の前の魔王は魔力も使っていなければ生命力も使っていそうにない。
その証拠に、これだけ戦っているにも関わらず、体の大きさに変化がないのだ。
まぁダメージを与えていないからということも考えられるが、そのダメージを無効化しているあの炎は一体何なのかという話に戻ってしまうのである。
あの炎を突破できない限り、俺たちに勝機はない。
「取り敢えず私も魔王との戦いに参戦する。ナイトたちはどうにかして相手の能力のカラクリを暴いて」
「分かった。でも無理はするなよ」
「確約は出来ない。そもそも無理をしない勇者など真の勇者ではない」
「火と水の勇者に教えてやりたいね」
そう言ってアナもまたテルゾウ殿とサムが戦う戦場へと突撃していった。
残された俺たちは頭を働かせるが、一向に解決策は見えてこない。
俺は塹壕から顔を出して、勇者と魔王の戦いを覗き見る。
それにしても大したものだ。
勇者3人を相手取って全くの無傷で立ちはだかるとか、魔王の名は伊達ではないということか。
3人に増えた勇者たちは次々と強力な攻撃を魔王へと叩き込んでいた。
だが、例によってその全ては無効化され、3人の勇者は段々と追い込まれていっている。
勇者たちのあれだけ強力な攻撃を全て無効化するなんてチートも良いところだ。
だがチートには必ず何らかの解決策があるというのが、この世のお約束だ。
そもそもこんなことが出来るのならば最初から使っていれば良かったわけで、これまで使わなかったのには何か理由があるはずなのだ。
それは何だ、なぜこのタイミングで使った?
と言うか、なぜこのタイミングまで使わなかった?
発動条件が揃わなかった? それとも出し惜しみか?
いや、魔王が追い詰められていたのは間違いないのだ。
それなのに出し惜しみなんてしている場合か?
どちらにしても強力なのに使い勝手が悪いとか、ジェイクの持つ革命武器のようではないか。
と、そこまで考えて閃いた。
閃いたがそんなことがあるのかと、俺は自問自答した。
試してみる価値はある。
価値はあるが、失敗したら即死案件だ。
これを試すには最強の守りが必要だ。
そこまで考えた時、俺の知る限りの最強の守りがこの場に到着したのだった。
「すまない遅れた! 戦局はどうなっている?」
「そんな、お父様とお姉様が2人掛かりで戦っているのに倒せないだなんて!」
「3人だ、3人。サムを視界から外すんじゃない」
そこには上半身が剥き出しのロックとロックと共に到着したシャインがいた。
後ろからは少し遅れてロゼがライを背負ってついてきている。
「氷の勇者ってどことなく火の勇者に似ていてあんまり好きになれないのですわ」
「同じ俺様使いだからと言って、それはどうかと思うぞお嬢」
未だ出会ったことのない火の勇者はどうやら俺様使いらしい。
まぁ話を聞く限りでは恐らく昔のサムがそのまま成長したような感じなのだろう。
……うわぁ普通に最悪だな、出会ったら殴りたくなってしまいそうだ。
ってそんなことはどうでもいいのだ。
今は目の前の魔王をどうにかするのが最優先だ。
俺が益体もない事を考えている間に、エルとジェイクがロックに戦況の説明をしていた。
そしてロックは話を聞くと頷き、俺に向かって歩み寄って来たのであった。
「とにかく私も参戦する。ナイト、すまんが未だに完全回復には至っていないので私にハイポーションを分けてくれ。それとライが重症だ。回復を頼む」
「そりゃもちろんそのつもりだが、少し待て。3人掛かりが4人掛かりになったところで大した違いはないだろう」
「だが突破口が見つからないのならば戦いの中で見つけるしかあるまい」
「それなんだがな、1つ思いついたことがあるんだ」
「何? 何だそれは?」
ロックは勢い込んで俺に説明を求める。
俺はロックを落ち着かせて、全員に集まるように指示を出した。
「取り敢えず落ち着け。ロゼとライが来たら説明する」
「しかしその間にも……」
「心配なのは分かるが待機していてくれ。この考えが正しければ2人にも働いてもらうことになるからな」
俺はそう言って取り敢えずアイテムボックスの中からハイポーションとロックの着替えと予備の装備を取り出し、ロックに着替えるよう求めた。
そしてロックの回復と着替えが終わる頃、ライを背負ったロゼが塹壕へと到着した。
ロゼにはこれといった怪我はなかったが、ライの怪我は酷いものだった。
何でも重症を負ったロックの回復の時間を稼ぐために単身マンティスとやりあったらしい。
しかも回復アイテムが足りなかったので、まともに治療が出来なかったそうだ。
俺は勇者の供としての責任を果たした自慢の弟の体に、ポーションを湯水のように浴びせてやったのだった。
そうしてライが復活した後に俺は先程思いついた考えを皆に説明した。
その考えは最初受け入れられずしばらく揉めたが、ジェイクの説得で納得し、全員が考えを共有することとなった。
こうして俺たちは無敵の魔王を倒す作戦を開始したのであった。




