第百十三話 光の勇者VS火の魔王
魔王軍の隠れ家のある島の中央、高台となっている場所に広がる平地の中央よりもやや南側。
その場に立っているのは光の勇者テルゾウであった。
そして倒れているのは火の魔王バーニング・チワワであった。
「二……ニング……」
「悪あがきは止めるだよ。これで勝負は終わりだ」
火の魔王は体中を切り刻まれ、穴だらけにされて地面に横たわっている。
対して光の勇者は傷ひとつなくキレイなものだ。
最初の奇襲攻撃を受けた際には幾ばくかの傷を受けたが、それも戦闘のさなかにスキを見て回復魔法を使って癒やしてしまった。
今、テルゾウの体は完全体であり、隙など微塵もありはしない。
かくして、光の勇者テルゾウは火の魔王バーニング・チワワを追い詰めた。
地形ごと欺かれた最初の作戦、そしてその後の奇襲により一時的に戦場から弾かれた時はヒヤリとしたものだったが、直接対決に持ち込めば、割りと呆気なく決着は着いた。
一年と少し前、朱雀の国の魔王城での決戦の際はギリギリの勝利だったが、火の魔王にはあの時のような力は残っていなかった。
当時の魔王は雰囲気だけではなく、外見も魔王そのものといった風体だった。
その姿も現在のような小型犬のチワワではなく、怪物のような体躯の巨大な黒い犬であったのだ。
この魔王の本質は火、火はその火力により形を変えるものだ。
その身に宿す力が大きければそれに伴い大きく力強い姿に。
そして力が小さくなれば、姿が縮小するのもまた当然と言えた。
実際、前回の戦いの中で、魔王はその姿を何度か変化させていた。
最初の姿は、魔王の名に相応しい怪物犬。
戦いの最中に何度か会心の一撃が決まった後でも堂々たる大型犬。
追い詰められていった時には、素早く動ける中型犬。
そして勝負の趨勢が見えた頃には逃亡するための小型犬。
火の魔王はその特性を活かして状況に応じて姿を変え、テルゾウの猛攻を凌ぎ切り、逃亡を果たした。
本来ならばそのまま地下に潜り、力を蓄えて再起を図るつもりだったのだろう。
だが魔王と部下の隠れるこの島は、偶然にも闇の勇者と仲間たちの手で発見されてしまった。
僅か一年と少しの期間では、失った力を取り戻すことは叶わなかった。
準備不足の火の魔王は逃亡時と同じ小型犬の姿のままでテルゾウに戦いを挑み、そして破れて地面に這いつくばっている。
テルゾウは周囲を見回す。
広場の奥では火の魔王の側近の蛇が、未だ倒されず赤黒い炎を上げてはいるものの、その周囲は氷漬けにされ、その動向は若き勇者と仲間たちによって監視されている。
朱雀の軍の更に向こうでは、平地に生えた一本の木に同じく赤黒い色で燃えている巨大カマキリが貼り付けにされているのが見える。
そしてチラチラと視界に入っていたカエルの姿は、先程から見えなくなった。
側近たちが倒され、魔王も瀕死となっているのが分かったのだろう。
兵士たちと戦っているモンスター軍団の士気は著しく低く、このまま行けば遠からず玄武の国と朱雀の国の合同軍は勝利することは間違いなさそうだ。
つまりこれは勝利だ。
人類は魔王軍に勝利したのだ。
テルゾウが魔王を倒すのはこれで2度目だ。
最初に戦った光の魔王には大切な仲間が殺され、退治するまでの間に朱雀の国の国民にも大きな被害が出た。
それでもどうにか退治したと思ったら、次の魔王が国内で暴れ始め、これを討伐する間にも多くの血が流れていった。
だが、長かった戦いもこれで終了だ。
若き勇者たちの参戦により魔王の側近は倒され、光の勇者の手により今また魔王が倒される。
現在活動中の魔王は他に4体いるが、奴らは目の前の火の魔王ほど積極的に活動していない。
彼らの相手はこれからの若き勇者たちに任せればいいだろう。
自分の仕事は目の前の魔王を倒して終了だ。
そう考えたテルゾウは手に持った剣を振りかぶり魔王の首を切断した。
ヒュン ザシュ!
首を狩るのに言葉はいらない。
敵を倒すのに会話はいらない。
只々、冷静に確実に完璧に命を奪う。
出来れば相手に苦しみを与えずに。
それが長い間勇者として活動してきたテルゾウが到達した、敵への接し方であった。
残す言葉を聞くこともなく、テルゾウは火の魔王を仕留めた。
……いや、仕留めたつもりであった。
火の魔王の本質は火。
火とは斬撃で消そうと思っても、簡単には消えないものだ。
燃えている物体を切断すれば、燃え尽きるまでの時間は短くなるだろうが、その間には幾ばくかの時間が残されている。
そして仮に燃え尽きようとしている火に意思があったなら何を考えるだろうか。
その結果がテルゾウの目の前で展開され始めたのだった。
「何だべ?」
魔王の首を狩り、命を奪って、これで終わったと気を抜こうとしたテルゾウは、目の前で突如赤黒い炎を上げて燃え始めた魔王の死体を油断なく見つめた。
前回退治した光の魔王を倒した時にも首を撥ねて仕留めたため、これで終わったと思っていたら、どうやら続きがあるらしい。
だが、それは悪あがきというものだ。
魔王にかつての力がないことは、戦ってきたテルゾウだからこそ良く分かっている。
怪物犬、大型犬、中型犬、小型犬と体を変化させてきた魔王のことだ、次の変身先は極小犬と言ったところか。
だがそんなもの、文字通り赤子の手を捻るようなものだ。
いや、人間の赤子ではなく犬の赤ちゃんなのか。
まぁどちらにしても同じこと、変身することが分かっているのだから、今度は逃げられないように対処すれば良い。
テルゾウはそう考え、光魔法を使って火の魔王の周囲に檻を作成したのだった。
これで奴は袋のネズミ、いや檻の中の犬でしかない。
火の魔王の体を覆う炎は益々燃え上がる。
テルゾウは顔に熱を感じながらも目線を逸らすことなく魔王の変身を見続ける。
しばらくして魔王の体は炎の中に解けて消え、その場には赤黒い炎を立ち上らせる一本の巨大な火柱だけが残った。
「凝った演出だべ」とテルゾウは思ったが、その直後に周囲からも驚きの声が上がる。
見れば囚われていた蛇と、木に串刺しにされていたカマキリも同じように火柱となって立ち昇っているではないか。
まさかと思い、視線を向ければ、遥か向こうでも同じように一本の火柱が立ち昇っているのが見えた。
その4本の柱は文字通り天を衝くように立ち昇り続け、やがて他の3本の柱は段々と細くなり、そして消えてしまった。
だがテルゾウの目の前で立ち上る炎の柱は先程よりも遥かに太く雄々しく燃え盛る。
それはまるで他の3本の柱の火力を吸収したような燃え方であった。
「おいおいおいおい、マジかいな」
テルゾウの呟きに答えてくれる仲間はこの場には誰もいない。
だがそれで良かったのだろう、仲間がいたら次の攻撃に巻き込まれていたはずだ。
巨大な炎の柱は空中で凝縮したと思ったら、急激な勢いで落下する。
『それ』はテルゾウの生み出した光の檻を問答無用で叩き潰し、そのままの勢いでテルゾウへと襲い掛かった。
だがテルゾウはその攻撃に見覚えがあった。
瞬時に全身に神経を集中したテルゾウは、手に持った盾で相手の攻撃を直接受けないように捌くと一旦距離を取る。
そして前方に視線を向けると、そこには懐かしい姿が見て取れた。
山ほどではないが、それでも見上げなければならないほどの高さを誇る堂々たる巨躯。
体を覆う筋肉も、それを覆う毛並みも、更にそれを覆う炎すらも先程までのチワワ形態とは明らかに別格。
その両目は逸らすことなくテルゾウに向けられており、視線の中には殺気と怒気しか存在しない。
違いがあるとすれば炎の色だろうか、先程までのチワワ形態時はきれいな赤い色をしていたが、今の体を覆う炎は、炎の柱として立ち昇った時と同じく禍々しい赤黒い色だ。
「待たせたな勇者。ここからが本番だ」
「待ってやせんわい。勝手にオラの気持ちを代弁すんなや、素直に倒されときゃいいものを」
喋る声すらかつてと同じ渋い声に戻っている。
おまけにきちんと喋ることが出来るほどに力が戻ってしまったようだ。
どうやら認めなければならないらしい。
火の魔王、バーニング・ドッグ。
かつての宿敵が目の前で完全復活したという現実を。
「おいおいおいおい、何だよこれ。こんなんありか!」
俺は絶叫しながらテルゾウ殿が対峙する魔王の姿を見つめていた。
ボスには変身がつきものと、頭の中では理解していたが、いざ目の前でやられるとたまったもんじゃない。
側近の動きを封じ込め、魔王も討伐寸前となった先程までは、俺たちは勝利を信じて疑っていなかったのだ。
そしてこの場所からでもテルゾウ殿が魔王の首を切断したのは見えた。
その時俺たちは目の前のスネークがまだ生きているにも関わらず喜びを爆発させていたのだ。
サムとキングはハイタッチをし、エルは俺に飛びついてきた。
ちらりと見ればジェイクもまた深い安堵のため息を吐いていた。
思えば最後の最後に乱入してきた俺たちとは違い、テルゾウ殿とジェイクは火の魔王軍を相手に何年にも渡って戦いを繰り広げてきたのだ。
感無量になるのも分かるというものである。
だがそんな俺たちの歓喜は長くは続かなかった。
首を切断され死んだはずの魔王がスネークと同様の禍々しい炎に包まれたと思ったら、突如巨大な火柱と化し、それに続いて俺たちの前でスネークもまた同様の火柱と化してしまったのだ。
俺たちはこれは不味いとスネークへの攻撃を再開したものの、攻撃は相変わらず無力化され、為す術はなかった。
そしてジェイクの指摘により周囲を見てみれば、先程までフロッグが飛び跳ねていた辺りで一本、そしてロックが吹き飛ばされた辺りでも一本の火柱が立ち昇っているのが見て取れた。
勘が働く方ではない俺ですら理解できる。
これはどう考えても良からぬことが起こっている。
だが対処する方法を考える前に事態は動く。
スネークから立ち昇った巨大な火柱は、中にいたスネークごと消滅した。
そして何やら巨大なものが落下したような音がしたと後ろを振り向けば、テルゾウ殿と対峙する巨大な黒犬が視界に入ったのだ。
その大きさはスネークほどではないものの、十分に巨躯と言えるものであり、体を覆っている禍々しい赤黒い炎には心当たりがありすぎた。
魔王は復活してしまった。
しかもどうやら奴は側近の命を吸収して復活したようだ。
と言うか、そうとしか考えられない。
同じ色の炎に覆われ、突如としてパワーアップ。
それと同時に側近の姿は魔石すら残さずに消滅している。
これが吸収でなくて一体何だというのか。
「しかしいくら魔王でも、側近の命を吸収して復活なんて出来るものなのか?」
「……普通は無理だろうが奴ならば可能だろうな。奴は火の魔王、火の勢いが弱まったのならば、新たな燃料を追加すればいいだけだからな」
俺は疑問を呈するが、それにはジェイクが瞬時に答えた。
しかしまだ疑問が残る。
俺は魔王復活に湧くモンスター軍団を指差しながらジェイクに質問した。
「しかしそれならどうして側近を犠牲に? 有能な部下を殺すくらいなら、あそこに山ほどいるモンスター軍団を生贄にするべきだったんじゃないのか?」
「奴の能力の1つに自らの力を部下に授けてパワーアップさせるというものがある。あれは力を受け取れるだけの実力者でないと魔王の力に耐えられないと言われていた。恐らくそれが理由なのだろう。奴は有能な部下でなければ生贄には出来なかったのだ」
そう言えばマンティスも最近側近になったばかりだという話だった。
そうか、ただのモンスターや魔族では魔王の贄になることは出来ないってことか。
「ならさ、これでもう魔王は復活できないってことだよね。側近を全員使っちゃったわけだし」
「その通りだエル嬢。そしてあの状態の魔王にテルゾウは一度勝っている。何も心配することはなかろうさ」
「そっか~、テルゾウさんは凄いねぇ。あの赤黒い炎を突破できるんだ~」
「ん?」
「え?」
エルの指摘にジェイクが停止する。
ちょっと待て、もしかしなくても……
「おいジェイク、あの炎について心当たりは?」
「……全く無い。この島で初めて見た物だ」
「……やばくないか?」
「……やばいな」
俺とジェイクが絶句している間に戦いは始まっていた。
テルゾウ殿は得意とする光魔法と剣術を使って魔王へと攻撃を加えている。
しかしその攻撃は尽くあの謎の炎に弾かれ、攻撃は無効化されているようだ。
どうやら光の勇者による一騎打ちでは魔王退治は不可能なようである。
俺たちはこの戦いに決着を着けるために、勇者と魔王の対峙する戦場へと向かったのであった。




