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勇者の隣の一般人  作者: 髭付きだるま
第四章 VS火の魔王編 後編
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第百七話 マンティスの憂鬱

 つい先程まで、マンティスは無力感に打ちひしがれていた。

 魔王様から側近に取り立てられ、魔王様から力を授けられ強くなったつもりでいた。

 しかし、8年前に右腕を奪った男と再会した瞬間、魔王様の側近として成すべきことも忘れて吶喊して戦場の守りを放棄。

 挙句奴を倒し切ることも出来ずに撤退する羽目になったのだ。


 もちろん撤退する理由は理解している。

 隠れ潜んでいたアジトに人間たちが襲い掛かってきたからだ。

 どうしてバレたのかは分からないが、魔王軍のアジトを襲撃している以上、相手には勇者がいるはずだ。

 しかも並の勇者ではない。

 この場に攻め込んできている勇者の正体は、この数年間で魔王軍の幹部を少しずつ減らしていき、1年前には軍隊を率いて魔王城に攻め込み、火の魔王様を瀕死に追い込んだあの男、人類最強の光の勇者だと考えて間違いない。

 魔王様は奴との戦いで一度敗北を喫している。

 だから奴と魔王様との一騎打ちなどという状況を作らせるわけにはいかない。

 魔王の側近の役目とは、魔王様の命を狙う勇者の戦力を少しでも削ることなのだ。

 例え実力が及ばずに倒されてしまうとしても、傷の1つ、アイテムの1つ、体力の一欠片でも減らすことが出来れば魔王様の勝率が上がるのだから。


 それなのに今のマンティスには勇者と戦って華々しく散る自分をイメージすることが出来なかった。

 頭に血が登っていたとはいえ、勇者どころか勇者の仲間ですらない男2名と戦い、殺し切ることが出来ないという体たらく。

 そんな自分がこれから勇者を相手に戦えるのだろうかと考えてしまったのだ。


 嫌な奴だと思っていたスネークもフロッグも、万が一ここに攻め込まれた時を想定した計画通りに行動し、スネークは山となり、フロッグは1人目立って人間たちの注意を一身に惹きつけている。

 奴らは奴らで魔王様のために成すべきことを精一杯行っている。

 自分は魔王様に対してどのような貢献が出来るのだろう?

 マンティスは自問自答を繰り返しながら、隠された裏道を使って魔王様の住まいとなっている簡易魔王城へと向かっていた。


 マンティスが簡易魔王城へ到着した時、魔王様は既に戦いの準備を整えられ、目の前の山を登っている最中であった。


 元々この島に存在した山の裏手のスペースに立てられている簡易魔王城は、魔王城という名を付けることすらおこがましいような、ただの掘っ立て小屋である。

 光の勇者率いる朱雀の国の軍隊の総攻撃により攻め落とされた魔王城の足元にも及ばないが、それでも魔王様には風雨をしのげる場所を提供しようと配下のモンスターたちが人間の住む家を参考に見よう見真似で作成したその簡易魔王城は、我ら魔王軍の最後の砦であった。

 その魔王城から魔王様が出撃しているというこの事態、やはり状況は油断ならないようである。



 魔王様の得意とする火の魔法を利用した幻覚魔法を使い、本来の山を隠し通した上で、スネークがスキルを使って偽物の山へと擬態。

 そしてそこでフロッグを暴れまわり、勇者がフロッグを襲うその瞬間を狙い魔王様が攻撃を加えるというこの作戦を考えたのは、現在山へと擬態し勇者たちの意識を欺き続けているスネークの奴であるという。

 魔王者様の力は1年前と比べると大きく減退し、最盛期の力を出すことは最早不可能。

 そんな魔王様の力でも勇者を殺せるアイデアとして、この奇襲攻撃が考え出されたが、その策の中にマンティスは入っていなかった。

 この島に到着してすぐに考え出された策だったので、その後側近として取り立てられたマンティスが入っていないのは仕方のないことだったのだが、対勇者の作戦に参加できないことは、向上心の強いマンティスにとって耐え難い屈辱を生み出していた。


 敬愛する魔王様は、王者の風格を漂わせながらゆっくりと山を登っていく。

 今はまだ、戦場に勇者の姿は見当たらない。

 ならば話をするのは今このタイミングしかない。

 マンティスは魔王に話しかけた。


「魔王様、人間どもの侵入を許したこと申し訳なく思っております」

「ニング」

「魔王様はこれから例の作戦を行なうために、山の上で待機をするのですよね」

「ングング」

「お願いがあります。俺に魔王様の力を更に分けては頂けないでしょうか」

「ング?」

「俺はつい先程、勇者の供でもない人間2人と戦い、奴らを殺し切ることが出来ませんでした。今の俺の力では魔王様のお力にはなれません。勇者と戦える力をくれとは言いません。ですがせめて、勇者の仲間を殺せるだけの力を手に入れたいのです」

「バーニング」

「魔王様が光の勇者との戦いに破れまともに喋ることも出来ないほど消耗してしまったことは理解できております。しかしそれでも力を! 魔王様のお力になれるだけの力をこの俺に授けて下さい!!」

「ング、バーニング!」


 魔王の目がカッと光ると、魔王の前に小さな火の玉が現れ、それはゆっくりと移動しマンティスの体の中へと入って行く。

 魔王がマンティスへと与えた新たなる力。

 それはまさに劇的な効果を生み出した。


 ゴオっ! ボボボォォォ!!

 ボキッ! ゴキッ! バギギギッ!!


 マンティスの全身が燃え上がり、それと同時に異音が生じ、人型のシルエットが崩れていく。


「ガアアァァ! ギャアアァァ!!」


 マンティスは絶叫を上げ、新たなる力が体に馴染むまでの時間を必死になって耐える。

 しばらくして音が止み、その場に立っていたのは、右腕から炎の鎌を生やした、一匹の巨大なカマキリであった。

 息を吐き出せば熱風が吹き出し、羽の隙間からは火の粉が飛び散り、全身は薄っすらと赤熱している。


 この圧倒的な万能感! 溢れ出る全能感!

 マンティスの心は歓喜に包まれ、そして先程までの殊勝な考えは吹き飛んで、今ならば目の前の魔王ですら倒せるのではないかと考え、自らの主へと視線を向けた。

 そしてすぐに思い違いを理解してしまう。

 力を授けられた影響で、より正確に相手の実力を計れるようになったマンティスは、目の前の魔王の圧倒的な実力を理解できてしまったのだ。


 マンティスは、生まれたばかりの万能感や全能感が霧散していく感覚を味わっていた。

 強くなったつもりの自分よりも、主である魔王様は遥かな高みにいて、敵である勇者はこの眼の前の超越者よりも更に強い怪物であるという。

 さっきまでの自分はなんて滑稽で愚かだったのだと呆れ果て、やはり当初の予定通り、魔王様の手助けをするべく動こうと考え、マンティスは自らの主に次なる行動の伺いを立てる。

 そしてマンティスは山には登らずに、幻覚魔法の境界ギリギリに立ち、スキを見て参戦しろという意味の説明を何とか魔王から聞き出して、その通りに待機していたのであった。



 そして不意の発光により魔王様の幻覚が破られ、作戦を変更して魔王様が山から飛んで行き、スネークが動き出し、ひとしきり暴れたその後で、マンティスの目の前には文字通り千載一遇のチャンスが転がっていた。

 マンティスの視線の先には両腕を炭化させた茶髪の男が、瀕死の状態で一人地面に転がっている。

 間違いない。奴は土の勇者だ。

 マンティスはロックの顔を知らなかったが、魔王様の攻撃を受けて生き残っている茶髪の男など土の勇者以外に居るとは思えない。

 マンティスはこの時初めて、島の中に光の勇者以外の別の勇者までが侵入しているのだと気が付いた。

 そして同時にこの幸運に心の底から感謝した。


 8年前に相棒と共に殺しに向かった土の勇者が、目と鼻の先で瀕死の状態で転がっているのだ。

 光の勇者を倒すことは自分には到底できそうもない。

 しかし目の前に転がっている瀕死の勇者の命ならば簡単に取れるはずだ。

 マンティスはそう考え、倒れ込んだ土の勇者の命を狩るべく一直線に突き進んでいった。

 文字通り『スキを見て参戦した』のである。


 しかしもう少しで勇者の命を取れるという段階で、邪魔をするように槍が飛んできた。

 マンティスはそれを弾き飛ばし勇者の首を落とそうとするが、直前で避けられてしまう。

 何と勇者は土の下へと沈み込み、しばらくしてから離れた場所へと浮上。

 そしてそこには槍を投げた人間の若者が到着し、勇者は少年の背にへばり付いていた少女たちからポーションを振り掛けられて、回復を始めてしまったのだ。


 本来ならばすぐに追撃をするべきだったのだが、少女の内の1人の姿を見て、マンティスは軽く混乱し動きを止めてしまった。

 何故ならば少女の姿に見覚えがあったからだ。

 目の前の少女は8年前、相棒が殺され自らも右腕を失ったあの場にいた、無様に草原に這いつくばり、腰が抜けてあのガキに担がれていた人間の少女に間違いない。

 だがあれは8年前の出来事、8年もあれば人間は成長するのではないか? と考え、マンティスはしばし動きが止まったのだ。


 そして思い出した。土の勇者には『成長停止』した姉がいるという話を。

 更にその姉はあの憎きガキの恋人なのだという噂話を。

 マンティスは思い出し、そしてこの巡り合わせに感謝した。

 今度こそ確実に勇者を殺し、少女はズタズタにしてあのガキの下へと届けてやる!

 マンティスは喜々としてロックたちに向かって突撃していった。




 ロックは全身をポーションまみれにされながら、目の前でライがマンティスの手によってズタズタにされていく様を歯を食いしばりながら睨み続けていた。


 敵の罠にハマり、敵の体から転落する間に火の魔王からの直接攻撃を受けた上に、無防備な状態でスネークに弾き飛ばされたロックの体は、ボロボロを通り越して最早何故まだ生きているのか良く分からないほどの酷い有様と化していた。

 しかし全勇者中最高のステータスを持ち、僅かな期間ながらもリミッター解除のための修行に邁進し、なおかつ守備と生存に特化したスキル構成だったお陰で、どうにかこうにか命を繋ぎ止め、ロックは現在姉であるロゼとシャインの手により全力の治療を受けている。


 その治療の為の時間を稼いでいるのはライである。

 ライはこの場に到着するやいなや、弾き飛ばされた槍を拾い、ロックを守るためにマンティスの前に立ちはだかった。

 しかしそれは無茶無理無謀というものだ。

 マンティスの姿はつい先程戦ったばかりだというハロルドおじさんやゼロが語っていた姿形とはまるで異なっていた。

 その姿はまさに禍々しく燃え盛る一匹の巨大カマキリであり、何らかの理由で短期間の内にパワーアップしたのは明らかだ。

 ライの実力ではマンティスの足止めは普通ならば不可能であった。


 だがそんなマンティスの足止めをライは成功させていた。

 足止めが成功した理由は簡単だ。

 ライは自らの家名が『ロックウェル』であるとマンティスに宣言したのである。


 当初ライのことを視界にも入れていなかったマンティスはその言葉を聞いて狙いを変えた。

 マンティスにとって『ロックウェル』の家名は特別な価値を持つ。

 何しろ相棒を殺したのも、右腕を奪ったのも憎きロックウェル家の男たちなのだから。


 だからマンティスは勇者殺害という当初の予定を変更し、ライの殺害を優先してしまったのだ。

 ライはマンティスとまともに戦うことはしなかった。

 防御に徹し、しかしそれでも護衛としての本分を守るために距離は取らずに正面から対峙する。

 結果、幾らも経たない内にライはマンティスの手によってズタボロにされてしまった。


 ズタボロにされただけで命までは取られていないのは、ライの持つ槍のお陰である。

 ライの持つ槍はダンジョンの奥で手に入れた氷の槍。

 火の魔王の加護を授かったマンティス相手には天敵となる代物だ。

 マンティスとしても本命の勇者を相手する前につまらない怪我をするつもりはなかったため、致命傷となる一歩は踏み込まずに戦っていたのだ。


 そのお陰でライは致命傷こそ避けてはいるものの、残念ながらもう限界だ。

 足を切り裂かれ、自慢のスピードは殺された。

 腕を切り裂かれ、槍を両手で持つことが出来ない。

 そもそも斬られた数も傷の深さも限界値を超えている。

 それでも動けるのは、相手の攻撃の半分が火で出来た鎌での攻撃だったお陰で、切られたと同時に焼かれることで強制的に止血され、流れる血の量が思ったよりも少なく済んでいるからだ。


 だがもうこれまでだ。ライはもう一歩も動けない。

 だが動けなくてもここは通さぬと、槍を地面に突き立てて両手を開き、マンティスの進行を食い止めようと試みる。

 マンティスにとってはそんなものは障害物にもなりはしない。

 切り裂くのも馬鹿馬鹿しいとばかりに、炎の鎌と化している右腕を掲げ、そこから火の玉を打ち出して、ライを焼き殺そうとした。

 ライは避けることもできずに、火の玉を直撃を受ける。

 いや、直撃したように見えたが、実際にはそうではなかった。

 ライの目の前にはいつの間にか難燃性の樹木が立ちはだかり、表面だけを薄っすらと焼きながらもライの体を守っていたのだ。


 それを見たライは、お役御免と考え意識を手放す。

 後ろに向かって倒れ込んできた幼馴染の少年を抱きとめたのは、少年の兄の恋人の1人であるロゼッタであった。

 彼女は『上級植物使い』の能力である『植物生成』を使い、ライの目の前に植物を生やして火の玉の直撃を防いだのだ。

 そして血まみれになった仲間を姉に任せて、1人の男が前に進み出る。


 彼の名はロック=A=タートル


 8年前には遂に出会うことのなかった相手との直接対決が、今まさに始まろうとしていた。

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